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第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び
2.通告と聴取(中)
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「国内部所属の、操言士雛菊の知識が、紀更には必要です」
その笑みの下に苛立ちの炎が燃えていることは、隣にいる紀更にはすぐわかった。
「お前こそ耳が遠いようだな、王黎。教育部の教師操言士で十分だ」
エミリコと同じ主張を繰り返した幹部操言士は、一年前に紀更の家に操言士団の使者としてやって来たレオンだった。やや下向きにずれた眼鏡もこちらの言い分を許すつもりのない硬い表情も、一年前のあの時から何ひとつ変わりがない。
「はっきり言わないとわかりませんか」
そんなレオンに臆することなく王黎は声を大きくした。
「教育部の教師操言士こそ頭が固くて思想が偏りすぎている。教え方も一辺倒でなんの実にもならない。紀更は、《光の儀式》以来操言士としての人生を歩んできた普通の見習いとは違うんです」
「ああ、そうだ。過去に例のない特別な操言士だ。だからこそ教育部の教えが――」
「――必要ないんですよ、そんなもの」
王黎は同じ主張を繰り返すレオンの言葉を遮り、重ねるように強く言った。
「この一年間、操言院が紀更に施した教育。それはほとんど彼女の役に立っていません。祈聖石巡礼の旅で学んだことこそ、紀更が真の操言士になるべく必要なことでした。早く一人前になれとおっしゃるのなら、彼女に最適な教育環境を与えるべきです」
(王黎師匠……)
紀更は目の奥が熱くなった。
いつもひょうひょうとしていてマイペースに人を振り回す王黎。彼が実はとても頭の切れる人物だということは心得ていた。旅の途中で、普段のへらへらした態度とはまったく違う切れ者の面を何度か見てきたからだ。そのたびに感心し尊敬さえした。
そして今は、こんなにも重圧感を放ってくる堅苦しい幹部操言士たちを一人で相手にしても一歩も引けを取らない。なんと頼もしい師匠であることか。
(操言士団は一方的に伝える通告しかしない。王黎師匠はそれをわかっていながら〝話し合う〟と言った。安易に相手の言い分を受け取ることはせず、こちらも必要なことを主張して〝話し合う〟……王黎師匠は最初からそのつもりでいてくれたんですね)
王黎はここにいる幹部操言士たちのことを十二分に知っているのだろう。相手がどんな思想を持って他人をどう動かそうとしたがっているのか。彼らの性格、考え方、その背景。それらを踏まえて自分の意見をぶつけている。相手を知っているからこそ、相手の攻略法も考え出せる。
都市部を訪れるたびに王黎が必ず操言支部に顔を出していたのは、単なる挨拶目的ではない。王黎は各地の操言支部の状況を探り、そこにいる操言士たちが日々どんなことをしているか情報を集めていた。操言士のこと、都市部のこと、この世界のこと。どんなに些細なことでもいつか役に立つにかもしれないと、王黎はいつだって「知る」ことに貪欲だったのだ。
――知りたい、学びたいと思うならとにかく人と話せ。自分から話しかけろ。
ゼルヴァイス城の城主ジャスパーに言われたことが思い出される。
人と話すことの重要性をジャスパーが説いたのは、それが紀更の成長につながるからだけではない。こうやって誰かと意見をすり合わせたり、己の考えを主張したりするために必要なことだからだ。
王黎が船の上で船乗りたちに話しかけていたのも、自分の知らないことを知るためだ。王黎はそうやってひとつでも多くを知り、得た知見すべてを使って賢く生きている。その探求心が、彼を優秀な操言士たらしめているのだろう。
「ふん、若造のくせに。師範の称号を得たからといっていい気になるな」
「師範の称号は公平公正な試験において実力で得たものです。調子に乗るなと釘を刺される謂れはありません」
「王黎、そこまでです。レオンも本題と無関係の発言は慎みなさい」
忌々しげに王黎を睨んだ幹部操言士レオンにコリンが制止をかけた。レオンは鼻息を荒くして王黎から視線をそらす。団長であるコリンに言われては黙るしかない。しかし腕組みをするあたり、まだまだ王黎に言ってやりたい不満が多々あるのは明白だった。
一年前も今も、紀更にはレオンに言い返せるだけの智慧も実力もない。しかし王黎は、自分の年齢の二倍は生きていそうなその老獪な操言士相手に一歩も引くことなく、言葉を返すことができる。その冷静さと精神の強さもまた、王黎が最年少で師範の称号を得られた理由のひとつだろう。
「王黎、あなたの意見を採用します。修了試験合格までの間、国内部所属の操言士雛菊を特例として見習い操言士紀更の専属講師にしましょう」
「ありがとうございます、コリン団長」
「操言院の寮と自宅を行き来するサイクルもあなたの意見をそのまま採用します。ただし、こちらが提示することにも了承してもらいます」
しかしコリンの方が少し上手だった。王黎の意見を受け入れる姿勢を柔軟に示す代わりに、王黎が断れないタイミングで隠しておいた考えを突き付けてきた。
「なんでしょうか」
王黎は表情を硬くして身構える。
「特別な操言士の現在の所属はあくまでも教育部です。教育部の操言士が教えないわけにはいきません。教育部所属の操言士も専属の教師とし、授業は雛菊と教師操言士の二名体制で行います」
「わかりました。構いません」
「レオン、エミリコ。専属教師の選定はあなた方とマチルダ教育部長に任せます。いいですね」
「はい、コリン団長」
コリンに問われたレオンは腕組みをほどいて頷いた。専属教師の選定権を与えられたことで、レオンの溜飲は少し下がったらしかった。国内部所属の雛菊の存在を拒否していたエミリコも不服はないようで、黙って頷く。
「特別な操言士には、明後日から操言院での授業を再開してもらいます。レオン、エミリコ。教育部にスケジュールを伝え、準備を整えさせない」
「承知しました」
「今日と明日は休暇とします。明後日の朝、操言院に来なさい。いいですね」
「わかりました」
コリンの冷たい瞳に見つめられて紀更は小声で頷いた。
「では特別な操言士は退出なさい。王黎はまだ残るように」
「紀更、家に帰っていいよ。今日と明日はゆっくり休みな。明後日の朝、操言院で待っているよ」
「はい……ありがとうございました」
紀更は隣の王黎にぺこりと頭を下げるとおずおずと腰を上げた。そして冷えて硬くなった背中に痛いほどの視線を感じながら大会議室を出る。それから一階に下りて、紀更は受付に預けていた旅の荷物を受け取った。そうして操言士団本部の敷地を出て新鮮な空気を取り込むと、ようやく緊張感から解放された気がした。
「あらためて大事な話をしましょうか、王黎」
紀更が退出したあとの大会議室。引き続きやけにひんやりとした空気が流れ、室内にいる全員に緊張が走る。特別な操言士こと紀更の今後の予定以上に重要な話の始まりだ。
「まず〝始海の塔〟について。その塔にまつわる仔細をすべて話しなさい」
コリンと幹部操言士全員の視線が王黎に注がれる。
王黎はその視線の圧を感じながらも、自分の背中に力を入れて胸を張った。
「始海の塔はサーディア領土内の北部、大陸の北西ラッツ半島のほぼ先端に位置していました。見た目は円柱の塔ですが、塔の内部には我々の想像をはるかに超えた超常の力が作用しており、見かけとは異なる物理的空間が広がっています」
「見かけと異なるとはどういうことですか。具体的に言いなさい」
「塔の一階部分は内壁のないワンフロアでした。塔の中と外を隔てる壁にいくつかのドアがあり、そのドアを開ければ塔の外へ出るはず……と思って開けたドアの先は屋外ではなく別の部屋になっていたのです。ほかにも、柱に支えられていない螺旋階段があり、その階段の上、つまり塔の上部には際限がなく、最上階と思われる場所はありません。空をも超えて、塔は無限に上へと伸びているようです」
「嘘はやめたまえ。操言の力をもってしてもそんな建物を作れるはずがない!」
腹を立てた幹部操言士ロジャーは声を荒げた。
「ですから、塔の内部には我々の想像をはるかに超えた超常の力がはたらいていると申し上げました。操言の力がその足元にも及ばないほどの摩訶不思議な力。始海の塔はその力を宿している場所です」
王黎はロジャーに向かって、先ほどと同じ言葉を強調して言った。しかしそれ以上ロジャーには構わず、コリンの求めに応じるように話を続ける。
「塔の中で僕らが対面した人物は二人、名前をクォンとラルーカ。二人とも初代操言士の子孫で、フォスニアの操言士だったそうです」
「フォスニアの操言士だった? 裏切りの操言士ということですか」
コリンが尋ねると王黎は首を横に振った。
その笑みの下に苛立ちの炎が燃えていることは、隣にいる紀更にはすぐわかった。
「お前こそ耳が遠いようだな、王黎。教育部の教師操言士で十分だ」
エミリコと同じ主張を繰り返した幹部操言士は、一年前に紀更の家に操言士団の使者としてやって来たレオンだった。やや下向きにずれた眼鏡もこちらの言い分を許すつもりのない硬い表情も、一年前のあの時から何ひとつ変わりがない。
「はっきり言わないとわかりませんか」
そんなレオンに臆することなく王黎は声を大きくした。
「教育部の教師操言士こそ頭が固くて思想が偏りすぎている。教え方も一辺倒でなんの実にもならない。紀更は、《光の儀式》以来操言士としての人生を歩んできた普通の見習いとは違うんです」
「ああ、そうだ。過去に例のない特別な操言士だ。だからこそ教育部の教えが――」
「――必要ないんですよ、そんなもの」
王黎は同じ主張を繰り返すレオンの言葉を遮り、重ねるように強く言った。
「この一年間、操言院が紀更に施した教育。それはほとんど彼女の役に立っていません。祈聖石巡礼の旅で学んだことこそ、紀更が真の操言士になるべく必要なことでした。早く一人前になれとおっしゃるのなら、彼女に最適な教育環境を与えるべきです」
(王黎師匠……)
紀更は目の奥が熱くなった。
いつもひょうひょうとしていてマイペースに人を振り回す王黎。彼が実はとても頭の切れる人物だということは心得ていた。旅の途中で、普段のへらへらした態度とはまったく違う切れ者の面を何度か見てきたからだ。そのたびに感心し尊敬さえした。
そして今は、こんなにも重圧感を放ってくる堅苦しい幹部操言士たちを一人で相手にしても一歩も引けを取らない。なんと頼もしい師匠であることか。
(操言士団は一方的に伝える通告しかしない。王黎師匠はそれをわかっていながら〝話し合う〟と言った。安易に相手の言い分を受け取ることはせず、こちらも必要なことを主張して〝話し合う〟……王黎師匠は最初からそのつもりでいてくれたんですね)
王黎はここにいる幹部操言士たちのことを十二分に知っているのだろう。相手がどんな思想を持って他人をどう動かそうとしたがっているのか。彼らの性格、考え方、その背景。それらを踏まえて自分の意見をぶつけている。相手を知っているからこそ、相手の攻略法も考え出せる。
都市部を訪れるたびに王黎が必ず操言支部に顔を出していたのは、単なる挨拶目的ではない。王黎は各地の操言支部の状況を探り、そこにいる操言士たちが日々どんなことをしているか情報を集めていた。操言士のこと、都市部のこと、この世界のこと。どんなに些細なことでもいつか役に立つにかもしれないと、王黎はいつだって「知る」ことに貪欲だったのだ。
――知りたい、学びたいと思うならとにかく人と話せ。自分から話しかけろ。
ゼルヴァイス城の城主ジャスパーに言われたことが思い出される。
人と話すことの重要性をジャスパーが説いたのは、それが紀更の成長につながるからだけではない。こうやって誰かと意見をすり合わせたり、己の考えを主張したりするために必要なことだからだ。
王黎が船の上で船乗りたちに話しかけていたのも、自分の知らないことを知るためだ。王黎はそうやってひとつでも多くを知り、得た知見すべてを使って賢く生きている。その探求心が、彼を優秀な操言士たらしめているのだろう。
「ふん、若造のくせに。師範の称号を得たからといっていい気になるな」
「師範の称号は公平公正な試験において実力で得たものです。調子に乗るなと釘を刺される謂れはありません」
「王黎、そこまでです。レオンも本題と無関係の発言は慎みなさい」
忌々しげに王黎を睨んだ幹部操言士レオンにコリンが制止をかけた。レオンは鼻息を荒くして王黎から視線をそらす。団長であるコリンに言われては黙るしかない。しかし腕組みをするあたり、まだまだ王黎に言ってやりたい不満が多々あるのは明白だった。
一年前も今も、紀更にはレオンに言い返せるだけの智慧も実力もない。しかし王黎は、自分の年齢の二倍は生きていそうなその老獪な操言士相手に一歩も引くことなく、言葉を返すことができる。その冷静さと精神の強さもまた、王黎が最年少で師範の称号を得られた理由のひとつだろう。
「王黎、あなたの意見を採用します。修了試験合格までの間、国内部所属の操言士雛菊を特例として見習い操言士紀更の専属講師にしましょう」
「ありがとうございます、コリン団長」
「操言院の寮と自宅を行き来するサイクルもあなたの意見をそのまま採用します。ただし、こちらが提示することにも了承してもらいます」
しかしコリンの方が少し上手だった。王黎の意見を受け入れる姿勢を柔軟に示す代わりに、王黎が断れないタイミングで隠しておいた考えを突き付けてきた。
「なんでしょうか」
王黎は表情を硬くして身構える。
「特別な操言士の現在の所属はあくまでも教育部です。教育部の操言士が教えないわけにはいきません。教育部所属の操言士も専属の教師とし、授業は雛菊と教師操言士の二名体制で行います」
「わかりました。構いません」
「レオン、エミリコ。専属教師の選定はあなた方とマチルダ教育部長に任せます。いいですね」
「はい、コリン団長」
コリンに問われたレオンは腕組みをほどいて頷いた。専属教師の選定権を与えられたことで、レオンの溜飲は少し下がったらしかった。国内部所属の雛菊の存在を拒否していたエミリコも不服はないようで、黙って頷く。
「特別な操言士には、明後日から操言院での授業を再開してもらいます。レオン、エミリコ。教育部にスケジュールを伝え、準備を整えさせない」
「承知しました」
「今日と明日は休暇とします。明後日の朝、操言院に来なさい。いいですね」
「わかりました」
コリンの冷たい瞳に見つめられて紀更は小声で頷いた。
「では特別な操言士は退出なさい。王黎はまだ残るように」
「紀更、家に帰っていいよ。今日と明日はゆっくり休みな。明後日の朝、操言院で待っているよ」
「はい……ありがとうございました」
紀更は隣の王黎にぺこりと頭を下げるとおずおずと腰を上げた。そして冷えて硬くなった背中に痛いほどの視線を感じながら大会議室を出る。それから一階に下りて、紀更は受付に預けていた旅の荷物を受け取った。そうして操言士団本部の敷地を出て新鮮な空気を取り込むと、ようやく緊張感から解放された気がした。
「あらためて大事な話をしましょうか、王黎」
紀更が退出したあとの大会議室。引き続きやけにひんやりとした空気が流れ、室内にいる全員に緊張が走る。特別な操言士こと紀更の今後の予定以上に重要な話の始まりだ。
「まず〝始海の塔〟について。その塔にまつわる仔細をすべて話しなさい」
コリンと幹部操言士全員の視線が王黎に注がれる。
王黎はその視線の圧を感じながらも、自分の背中に力を入れて胸を張った。
「始海の塔はサーディア領土内の北部、大陸の北西ラッツ半島のほぼ先端に位置していました。見た目は円柱の塔ですが、塔の内部には我々の想像をはるかに超えた超常の力が作用しており、見かけとは異なる物理的空間が広がっています」
「見かけと異なるとはどういうことですか。具体的に言いなさい」
「塔の一階部分は内壁のないワンフロアでした。塔の中と外を隔てる壁にいくつかのドアがあり、そのドアを開ければ塔の外へ出るはず……と思って開けたドアの先は屋外ではなく別の部屋になっていたのです。ほかにも、柱に支えられていない螺旋階段があり、その階段の上、つまり塔の上部には際限がなく、最上階と思われる場所はありません。空をも超えて、塔は無限に上へと伸びているようです」
「嘘はやめたまえ。操言の力をもってしてもそんな建物を作れるはずがない!」
腹を立てた幹部操言士ロジャーは声を荒げた。
「ですから、塔の内部には我々の想像をはるかに超えた超常の力がはたらいていると申し上げました。操言の力がその足元にも及ばないほどの摩訶不思議な力。始海の塔はその力を宿している場所です」
王黎はロジャーに向かって、先ほどと同じ言葉を強調して言った。しかしそれ以上ロジャーには構わず、コリンの求めに応じるように話を続ける。
「塔の中で僕らが対面した人物は二人、名前をクォンとラルーカ。二人とも初代操言士の子孫で、フォスニアの操言士だったそうです」
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