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第06話 頭デッカチ操言士と新たな学び
1.帰還(下)
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「っ……っ!?」
突然のことに紀更はされるがままになってしまい、頭の中が真っ白になった。
「え……あのっ」
何かを言おうとしたが出てくる言葉は何もなく、紀更は瑞々しい緑色の目で瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「成長した貴女に再び会えることを楽しみにしています。それでは」
そんな紀更の反応を気にすることはなく、サンディはキラキラと眩しい笑顔のまま颯爽と紀更に背を向けた。そして護衛の騎士や従者に囲まれて第二城壁の正門を通って王城へと去っていった。
「いやあ~……王子サマって感じだね~」
成り行きを見守っていた王黎はにやにやしながら紀更の肩をたたいた。
「紀更、サンディ王子に気に入られたかもね」
「気に入るって……え……え?」
「あーあ、こりゃたいへんだ~」
わざとらしく煽るようなことを呟く王黎は、紀更の今後について楽しみで仕方がないという表情を隠せていない。紀更は目を白黒させて、サンディに口付けられた自分の右手の甲と第二城壁の正門を交互に見比べた。
「王黎殿、紀更殿」
そこへエリックとルーカスがそろって近付いてくる。二人は右手拳を左の鎖骨下に置く騎士流の礼をとった。
「特別な操言士、紀更殿の護衛任務はここで完了させていただく」
「そうですね。長い間お疲れ様でした」
紀更に代わって師匠の王黎が二人の騎士に深々と頭を下げた。紀更も慌てて二人にお礼を述べる。
「あ、ありがとうございました! エリックさんとルーカスさんのおかげで安全に旅ができました。私、その……ご迷惑をおかけしたこともたくさんありましたけど」
怪魔を見たことのなかった紀更を、カルーテから守ってくれたルーカス。初めて遭遇するキヴィネに震える紀更を叱咤してくれたエリック。その後も共に戦い、共に歩き、共に海を渡り、共に進んできた旅の仲間。何度も守ってもらった。何度も助けられた。
「お二人が支えてくださったこと、心から感謝します」
この三週間、共にいてくれたこと。時に負傷してでも必ず護衛してくれたこと。騎士団から下された任務を遂行していただけとはいえ、感謝せずにはいられない。
「ありがとうございました」
もう一度お礼を言うと、紀更は感慨深くなって涙が込み上げそうになった。
「紀更殿、我々もサンディ王子と同じ気持ちです」
「紀更殿が一人前の操言士になる日を楽しみにしていますよ」
「はい……頑張ります!」
エリックとルーカスは最後に穏やかな笑みを浮かべると、広場を後にして西へ――王都騎士団本部があるサバートド地区へ去っていった。
「さて、最美とユルゲンくん、それと紅雷。ちょっといいかな?」
名前を呼ばれた三人は無言で王黎へと一歩近付いた。
「僕と紀更はこのあとすぐ、操言士団本部に行くよ。たぶんちょっと長く拘束されるかもしれない」
「拘束?」
不穏な単語が聞こえて、紀更は不安げな表情で王黎を見上げた。
「今後の紀更のことについて話し合わなきゃいけないからね。始海の塔のこともあるし、もしかしたら長話になるかもしれない。それでユルゲンくん。キミはどうする?」
(あっ……)
紀更は目を瞬かせてユルゲンの表情をうかがった。
騎士団の任務ゆえに同行していたエリックたちと違って、ユルゲンは自分の探しているものが見つかるかもしれないという理由でこれまで行動を共にしてきた。いま王都に帰還したことで、紀更の旅はひとまず終わった。それはつまり、ユルゲン自身の探し物の旅もここで一区切りつくということ。そして今一度、ユルゲンはこの先の自分の道を定めなければならないということだ。
(ユルゲンさんは……どうするの)
結局、紀更の祈聖石巡礼の旅を通してユルゲンの探し物は見つからなかった。ならば別の場所へ探しに行くのだろうか。この王都ではなくどこか別の都市部へ。操言院に戻る紀更とは違う場所へ。どこか遠くへ行って、もう二度と会えないのだろうか。
王黎に尋ねられたユルゲンは黙って紀更を一瞥した。それから、あらかじめ用意でもしておいたのかすらすらと答えた。
「せっかくだから、しばらく王都で稼ごうかと思ってる。探し物もゆっくり探してみるつもりだ。王都は広いから焦らずにのんびりするつもりでな。急ぐもんでもねぇし」
「そっか。住まいはどうするつもりだい?」
「共同営舎を使う。稼げなきゃ野宿だが、まあ選り好みしなきゃ仕事はあんだろ」
「じゃあ、どこかですぐにまた会うかもしれないね」
ユルゲンの進退がはっきりしたところで王黎は朗らかに笑った。
(よかった……まだ王都にはいるんだ)
その隣で紀更はこっそりと胸をなでおろす。
今すぐにでもユルゲンが王都を去る可能性を考えていただけに、彼がしばらく王都に滞在すると聞いて紀更の不安は落ち着いた。
「紅雷、次はキミのことなんだけど」
「はい」
紅雷は少し緊張した面持ちになった。
「キミが紀更の言従士であると、操言士団にしっかり認めてもらう必要があるんだ。言従士として認められれば、キミは平和民団ではなく操言士団の所属になる。だからキミもしばらく王都にいてほしいんだけど、構わないかい?」
「もちろんです! あたしはいつでもどこでも紀更様の傍にいます! いてもいいんですよね!?」
紅雷は今にも紀更に飛びつき、抱きしめんばかりに声を張り上げた。そして今様色の瞳で紀更を見つめる。
「う、うん……あの、拒否する理由とかないですもんね?」
「ないね。操言士と言従士は一蓮托生、死ぬまで一緒だよ。何があってもね」
尋ねる紀更に王黎は目を細めてにっこりと笑いかけた。
「よかったぁ~。紀更様と一緒にいられるなら、あたしは何も問題ありません!」
「でもね、紅雷。キミを言従士として認めてもらえるのがいつになるかはわからないんだ。そもそも紀更は見習いだから操言院に戻らないといけないしね。結構待たせるかもしれないけど平気かい?」
「もちろんです! 紀更様が来いってあたしを呼ぶまでいくらでも待てます!」
「でも紅雷、待ってる間生活はどうするの?」
紀更が紅雷の当面の生活を案じると、紅雷は自信満々の笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。あたしもどこかの共同営舎に登録して、自分の食い扶持ぐらいはなんとかしますから! ポーレンヌやウダでもそうしていましたし。だから紀更様は、まずはそーげんいんで頑張ってください! あたし、ずっと待ってます!」
「いいね、それでこそ言従士だ」
屈託ない紅雷に王黎はほほ笑んだ。
「じゃあ、ユルゲンくんと紅雷はまず王都の中を知っておいた方がいいね。最美、案内を頼める? 当面の生活に必要な場所と、治安の悪い場所とかね。最終的にどこかの共同営舎に連れていってあげてね」
「畏まりました、我が君」
王黎が頼むと最美は静かに頷いた。
「え、あの、師匠さん。あたし、傭兵さんと一緒ですか」
ユルゲンと一緒にされたのが不満なようで、紅雷は唇を尖らした。
「うん、二人一緒にまとめて案内した方が早いだろう?」
「紅雷、お願い。いい子で最美さんの言うことを聞いてね」
「はい、紀更様」
紀更がなだめるように紅雷の頭をなでると、紅雷はおとなしく頷いた。
「では参りましょう、ユルゲン様、紅雷さん」
最美が先導して二人を連れていく。そうしてヴィローラ広場には王黎と紀更だけが残った。
「王黎師匠、ユルゲンさんと紅雷が一緒で大丈夫でしょうか」
「まあ、平気じゃない? 紅雷はともかくユルゲンくんは大人だしね。それより僕らは操言士団本部に行くよ。重苦しい用事はちゃっちゃと終わらせたいからね~」
王黎は広場から東へと歩き出す。その道の向かう先はメクレドス地区。操言士団本部と操言院がある地区だ。
操言士団本部と呼ばれる敷地には、会館と呼ばれる建物がいくつかある。その中でも敷地の一番奥にある、ひときわ頑丈で濃いグレーのレンガ壁が威圧感を放つ建造物が操言士団本部の本館で、操言士団団長と九人の幹部操言士の勤め先だった。
操言士団本部に到着し、本館の一階で受付にいた操言士に声をかけた紀更と王黎は二階へと案内された。すでに団長はじめ、幹部操言士たちが待っているとのことだった。
大会議室と呼ばれる部屋に通されると、互いの顔がよく見えるように設計された大きな円卓に十人の操言士が座っていた。昼過ぎの日差しが窓から注いでいるにもかかわらず、十人が放つ重苦しい空気のせいで室内はどことなく暗く見える。室内はしんと静まり返っており、着席している幹部たちの十対の瞳すべてが紀更と王黎に注がれていた。
突然のことに紀更はされるがままになってしまい、頭の中が真っ白になった。
「え……あのっ」
何かを言おうとしたが出てくる言葉は何もなく、紀更は瑞々しい緑色の目で瞬きを繰り返すことしかできなかった。
「成長した貴女に再び会えることを楽しみにしています。それでは」
そんな紀更の反応を気にすることはなく、サンディはキラキラと眩しい笑顔のまま颯爽と紀更に背を向けた。そして護衛の騎士や従者に囲まれて第二城壁の正門を通って王城へと去っていった。
「いやあ~……王子サマって感じだね~」
成り行きを見守っていた王黎はにやにやしながら紀更の肩をたたいた。
「紀更、サンディ王子に気に入られたかもね」
「気に入るって……え……え?」
「あーあ、こりゃたいへんだ~」
わざとらしく煽るようなことを呟く王黎は、紀更の今後について楽しみで仕方がないという表情を隠せていない。紀更は目を白黒させて、サンディに口付けられた自分の右手の甲と第二城壁の正門を交互に見比べた。
「王黎殿、紀更殿」
そこへエリックとルーカスがそろって近付いてくる。二人は右手拳を左の鎖骨下に置く騎士流の礼をとった。
「特別な操言士、紀更殿の護衛任務はここで完了させていただく」
「そうですね。長い間お疲れ様でした」
紀更に代わって師匠の王黎が二人の騎士に深々と頭を下げた。紀更も慌てて二人にお礼を述べる。
「あ、ありがとうございました! エリックさんとルーカスさんのおかげで安全に旅ができました。私、その……ご迷惑をおかけしたこともたくさんありましたけど」
怪魔を見たことのなかった紀更を、カルーテから守ってくれたルーカス。初めて遭遇するキヴィネに震える紀更を叱咤してくれたエリック。その後も共に戦い、共に歩き、共に海を渡り、共に進んできた旅の仲間。何度も守ってもらった。何度も助けられた。
「お二人が支えてくださったこと、心から感謝します」
この三週間、共にいてくれたこと。時に負傷してでも必ず護衛してくれたこと。騎士団から下された任務を遂行していただけとはいえ、感謝せずにはいられない。
「ありがとうございました」
もう一度お礼を言うと、紀更は感慨深くなって涙が込み上げそうになった。
「紀更殿、我々もサンディ王子と同じ気持ちです」
「紀更殿が一人前の操言士になる日を楽しみにしていますよ」
「はい……頑張ります!」
エリックとルーカスは最後に穏やかな笑みを浮かべると、広場を後にして西へ――王都騎士団本部があるサバートド地区へ去っていった。
「さて、最美とユルゲンくん、それと紅雷。ちょっといいかな?」
名前を呼ばれた三人は無言で王黎へと一歩近付いた。
「僕と紀更はこのあとすぐ、操言士団本部に行くよ。たぶんちょっと長く拘束されるかもしれない」
「拘束?」
不穏な単語が聞こえて、紀更は不安げな表情で王黎を見上げた。
「今後の紀更のことについて話し合わなきゃいけないからね。始海の塔のこともあるし、もしかしたら長話になるかもしれない。それでユルゲンくん。キミはどうする?」
(あっ……)
紀更は目を瞬かせてユルゲンの表情をうかがった。
騎士団の任務ゆえに同行していたエリックたちと違って、ユルゲンは自分の探しているものが見つかるかもしれないという理由でこれまで行動を共にしてきた。いま王都に帰還したことで、紀更の旅はひとまず終わった。それはつまり、ユルゲン自身の探し物の旅もここで一区切りつくということ。そして今一度、ユルゲンはこの先の自分の道を定めなければならないということだ。
(ユルゲンさんは……どうするの)
結局、紀更の祈聖石巡礼の旅を通してユルゲンの探し物は見つからなかった。ならば別の場所へ探しに行くのだろうか。この王都ではなくどこか別の都市部へ。操言院に戻る紀更とは違う場所へ。どこか遠くへ行って、もう二度と会えないのだろうか。
王黎に尋ねられたユルゲンは黙って紀更を一瞥した。それから、あらかじめ用意でもしておいたのかすらすらと答えた。
「せっかくだから、しばらく王都で稼ごうかと思ってる。探し物もゆっくり探してみるつもりだ。王都は広いから焦らずにのんびりするつもりでな。急ぐもんでもねぇし」
「そっか。住まいはどうするつもりだい?」
「共同営舎を使う。稼げなきゃ野宿だが、まあ選り好みしなきゃ仕事はあんだろ」
「じゃあ、どこかですぐにまた会うかもしれないね」
ユルゲンの進退がはっきりしたところで王黎は朗らかに笑った。
(よかった……まだ王都にはいるんだ)
その隣で紀更はこっそりと胸をなでおろす。
今すぐにでもユルゲンが王都を去る可能性を考えていただけに、彼がしばらく王都に滞在すると聞いて紀更の不安は落ち着いた。
「紅雷、次はキミのことなんだけど」
「はい」
紅雷は少し緊張した面持ちになった。
「キミが紀更の言従士であると、操言士団にしっかり認めてもらう必要があるんだ。言従士として認められれば、キミは平和民団ではなく操言士団の所属になる。だからキミもしばらく王都にいてほしいんだけど、構わないかい?」
「もちろんです! あたしはいつでもどこでも紀更様の傍にいます! いてもいいんですよね!?」
紅雷は今にも紀更に飛びつき、抱きしめんばかりに声を張り上げた。そして今様色の瞳で紀更を見つめる。
「う、うん……あの、拒否する理由とかないですもんね?」
「ないね。操言士と言従士は一蓮托生、死ぬまで一緒だよ。何があってもね」
尋ねる紀更に王黎は目を細めてにっこりと笑いかけた。
「よかったぁ~。紀更様と一緒にいられるなら、あたしは何も問題ありません!」
「でもね、紅雷。キミを言従士として認めてもらえるのがいつになるかはわからないんだ。そもそも紀更は見習いだから操言院に戻らないといけないしね。結構待たせるかもしれないけど平気かい?」
「もちろんです! 紀更様が来いってあたしを呼ぶまでいくらでも待てます!」
「でも紅雷、待ってる間生活はどうするの?」
紀更が紅雷の当面の生活を案じると、紅雷は自信満々の笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。あたしもどこかの共同営舎に登録して、自分の食い扶持ぐらいはなんとかしますから! ポーレンヌやウダでもそうしていましたし。だから紀更様は、まずはそーげんいんで頑張ってください! あたし、ずっと待ってます!」
「いいね、それでこそ言従士だ」
屈託ない紅雷に王黎はほほ笑んだ。
「じゃあ、ユルゲンくんと紅雷はまず王都の中を知っておいた方がいいね。最美、案内を頼める? 当面の生活に必要な場所と、治安の悪い場所とかね。最終的にどこかの共同営舎に連れていってあげてね」
「畏まりました、我が君」
王黎が頼むと最美は静かに頷いた。
「え、あの、師匠さん。あたし、傭兵さんと一緒ですか」
ユルゲンと一緒にされたのが不満なようで、紅雷は唇を尖らした。
「うん、二人一緒にまとめて案内した方が早いだろう?」
「紅雷、お願い。いい子で最美さんの言うことを聞いてね」
「はい、紀更様」
紀更がなだめるように紅雷の頭をなでると、紅雷はおとなしく頷いた。
「では参りましょう、ユルゲン様、紅雷さん」
最美が先導して二人を連れていく。そうしてヴィローラ広場には王黎と紀更だけが残った。
「王黎師匠、ユルゲンさんと紅雷が一緒で大丈夫でしょうか」
「まあ、平気じゃない? 紅雷はともかくユルゲンくんは大人だしね。それより僕らは操言士団本部に行くよ。重苦しい用事はちゃっちゃと終わらせたいからね~」
王黎は広場から東へと歩き出す。その道の向かう先はメクレドス地区。操言士団本部と操言院がある地区だ。
操言士団本部と呼ばれる敷地には、会館と呼ばれる建物がいくつかある。その中でも敷地の一番奥にある、ひときわ頑丈で濃いグレーのレンガ壁が威圧感を放つ建造物が操言士団本部の本館で、操言士団団長と九人の幹部操言士の勤め先だった。
操言士団本部に到着し、本館の一階で受付にいた操言士に声をかけた紀更と王黎は二階へと案内された。すでに団長はじめ、幹部操言士たちが待っているとのことだった。
大会議室と呼ばれる部屋に通されると、互いの顔がよく見えるように設計された大きな円卓に十人の操言士が座っていた。昼過ぎの日差しが窓から注いでいるにもかかわらず、十人が放つ重苦しい空気のせいで室内はどことなく暗く見える。室内はしんと静まり返っており、着席している幹部たちの十対の瞳すべてが紀更と王黎に注がれていた。
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