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第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
6.裏切りの操言士(上)
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「大丈夫だ、紀更」
低い声でしっとりと名前を呼ばれるその感覚。
バルコニーで、二人で見上げた星空――。
(――っ)
紀更は始海の塔の夜を思い出す。あの時と同じだ。ユルゲンに呼ばれる自分の名前が、妙にくすぐったい。こそばゆくて、むずがゆくて、そわそわする。それなのに――。
(――あったかい)
力任せに押し付けられたユルゲンの胸板は張りがあって、そこに硬い筋肉があることが服の上からでもわかる。彼は傭兵で、身体を資本として戦うことで生きてきた人間なのだと実感する。
その硬さの奥に流れる体温が、自分の背を押し付けている腕の強さが、どうしようもなく落ち着く。ドキドキしてともすれば逃げ出したくなりそうなのに、その反対でずっとこうされていたいとも思う。
昨日ポーレンヌに着いた時は、ユルゲンと二人っきりになったら気まずいなどと思っていた。しかしいざこうして彼の傍にいると、気まずいどころか落ち着くし安心するし、満たされる心地がする。
(もし、王都に戻っても)
ああ――。
やっとわかった。
(私、ユルゲンさんと一緒にいたい)
ゼルヴァイスで夕日を見つめていた時、祈聖石巡りが退屈じゃないと言われて安心した。始海の塔に向かう船の上で、目的が達成できないからここまでだ、と言われなくて安心した。「紀更たちと一緒にいさせてもらう」――複数形ではあったが、そう言ってもらえてほっとした。それはなぜだったのか。
(そっか……)
一緒にいたい。ユルゲンと、まだ一緒にいたいから。
家族でない他人、それも異性に対してそんな風に思うことが初めてなので、恥ずかしくて照れくさくて、素直にその願望と向き合うことができなかった。だからわからなかった。けれど認めてしまえば、そう思っている自分を素直に見つめることができる。
(ユルゲンさん)
至近距離にあるユルゲンの胸。そこにただようユルゲン自身の匂いを、紀更は鼻孔いっぱいに吸い込む。それは少ししょっぱくて、でもどこか甘くて、くせになりそうな妙な魅力を感じた。とても安らいだ気持ちになって、恐れることなど何もなく、心から安心して頼ってしまいたくなってしまう。そうして彼以外のことなどすべて、頭の中から消えてもいいような気がした。
「ユルゲン、さん」
鼻声でぎこちなく彼の名前を呼ぶ。それから紀更は恐る恐る右手を伸ばし、ユルゲンの腰元に添えた。それが今の自分にできる精一杯の感情表現だった。
(一緒にいたいの)
自分の気持ち、感情、それらを司る心。その姿を明らかにするために「言葉」がある。輪郭がぼやけてよく見えなかった曖昧なものも、言葉で表現すれば理解できるようになってくる。理解できれば、不安な気持ちはやわらいでくる。
(旅が終わって王都に戻っても一緒に……でも――)
――それは叶わないかもしれない。
ユルゲンは本来の自分の目的である探し物のために、別の場所へ行ってしまうかもしれない。そう考えたらどうしようもなく心が冷たくなって、強い孤独感を覚えて涙が溢れてしまったのだ。
自分の気持ちと涙の理由が明らかになったことで、こらえていた嗚咽が少しずつ止まり、呼吸が安定してくる。紀更はユルゲンの胸の中で深呼吸を繰り返した。
「泣きやんだか?」
紀更が落ち着きを取り戻した気配を感じ、ユルゲンは紀更の身体を自分の胸元からゆっくりと解放してやった。その手付きは少しだけ名残惜しそうだった。
「はい」
紀更はまだ少し鼻声だったが、涙は止まっている。そしてしずしずと顔を上げて、申し訳なさそうな表情でユルゲンを見上げた。
「ごめんなさい……あの、迷惑を」
「あー、いや……。迷惑だとは思っていない。けど、その……なんだ。泣かれてもどうしたらいいのか俺にはわからん。謝らなくていいから泣いてくれるな。焦るから」
がしがしと自分の後頭部をかく仕草をするユルゲンの目は泳いでいる。本当に焦って、対処に困ったのだろう。大人の男であるユルゲンが弱々しげに当惑している表情は、普段の精悍な顔付きとギャップがあってなんだかかわいらしく思える。
「ふふっ」
紀更は思わず笑ってしまった。
「こら、笑うな」
「す、すみません」
「いや、泣くよりは笑っていてくれた方がいいから、まあいいか」
まだ通常営業に戻れないのか、ユルゲンは自分の髪を雑な手付きでなで付けた。
三白眼の鋭い目付きにキリッとした表情。一見すると不愛想でいかつくて、どこか怖いと思わせてしまう人相だが、中身も見た目通りかというと、意外とそうではない。紀更にとってユルゲンという人は、優しくてあたたかい人。一緒にいたいと思える男性だ。
「ありがとうございます、ユルゲンさん」
「いいよ、礼は。何もしてねえ。それより、もう平気だな?」
「はい」
紀更は頷くと、最後にもう一度、火事現場へと頭を下げて短い祈りを捧げた。それからユルゲンと共に宿へと足を向ける。胸の痛みはもうなかった。
◆◇◆◇◆
紀更たち五人は宿の一階の食堂で軽く腹ごしらえをしてから、王黎の提案で操言支部会館へ向かった。騎士団本部で休養しているエリックを迎えに行く前に、昨夜の被害状況について情報収集をするためだ。
しかし受付で支部長への面会を望んだところ、今日は忙しくて無理だと断られてしまう。仕方がないと諦めて操言支部会館を出たところで、王黎にかかる声があった。
「あら、どうしたの、王黎」
朝日を背にして軽やかに手を振るグラマラスな女性操言士、マリカだ。
王黎はマリカの方に目を向け、にこやかにほほ笑んだ。
「おはよう、マリカ。ちょうど出勤の時間か」
「そういうあなたは情報収集ってところかしらね」
マリカは王黎の背後に立ち並ぶ紀更たちに視線を這わせた。
昨夜くらら亭の中で会った時と違って、明るい日差しの下で笑うマリカはとても健康的で、妖艶な雰囲気が少し鳴りを潜めている。とはいえ、マリカの視線に品定めでもするようなねちっこさがあることに気付いた紀更と紅雷は、無意識のうちに身体が硬くなった。
「もう一人、騎士様がいなかったかしら。それに、昨日いなかった顔もいるわね?」
「エリックさんは騎士団本部にいるよ。昨日くらら亭にいなかった彼は、傭兵のユルゲンくん。昨夜はたいへんだったね、マリカ。キミも戦ったのかい?」
王黎はユルゲンの紹介もそこそこに、マリカを心配してみせる。あたかも怪魔が街中に現れてマリカが対応に当たったかのような尋ね方をしたが、昨夜自分たちが遭遇した怪魔以外に怪魔が現れたのかどうかはまだ知らないのが本当のところだ。しかしさも知っているかのような訊き方で相手から情報を引き出すのは、王黎の得意とする話術のひとつだ。
「さすが、情報が早いのね。私が受け持つ班に割り当てられたエリアに怪魔が出てね、応戦したわ。せっかくだから現場へ案内しましょうか。ちょうどいま、そこへ行くところだったのよ」
「じゃあ、お願いするよ」
マリカの提案に王黎は頷く。その王黎の判断に異論のない紀更たちも、一度操言支部会館の中に入って顔を出してから再び外へ出てきたマリカの背中に続くようにとぼとぼと歩き出した。
「昨夜、いったい何が起きたんだい?」
マリカの横を歩きながら王黎は問いかけた。背の高いマリカと王黎は、隣り合うとほぼ身長が変わらない。二人のやり取りに紀更はじっと耳をすませた。
「怪魔の出現に火事。もう、大混乱よ。私は街の東側にいて、連絡係の操言士から怪魔出現の知らせを受け取って、すぐに受け持ちエリアに向かったの」
「いま歩いている方角からすると、街の北東だね?」
「ええ、ジャルサの宿の近くよ。班のメンバーと合流して騎士もそろってから戦闘を開始したわ」
「怪魔の種類と数は?」
「最初はカルーテが十匹くらいと、クフヴェが二匹くらいだったかしら。でも途中で増援が来て、最終的にはドサバトが三、キヴィネも加わっていたわ」
「結構な群れだね」
「祈聖石の守りがあるはずなのに、どうやって近付いたのかしら」
マリカはため息をついた。
そんな話をしつつ歩いていると、「ジャルサの宿」という看板をかかげた二階建ての宿が見えてくる。その宿を左手に見ながらもう少し道を進むと、戦闘領域だったと思われる場所に出た。周囲の木々は無残になぎ倒され、地面には電撃や爪などでえぐられた痕がある。
「マリカさん!」
足を止めたマリカは、名前を呼ばれた方へ視線を向けた。操言ローブを羽織った三人の操言士が、小走りにマリカに近付いてくる。
「おはよう。三人とも、大丈夫? 少しは眠れた?」
「はい」
「ええ、まあ」
「王黎、紹介するわ。左からモニカ、美春、ディディエ。私の班の操言士よ。みんな、こちらは王都の操言士団守護部の王黎。若いけど、こう見えて師範よ」
「マリカさんの同期の方ですね。とても優秀だ、って聞いています」
そう言ってほほ笑む操言士モニカは王黎とほぼ年齢が変わらないようで、年相応の落ち着いた雰囲気のある女性操言士だった。
「最年少師範なんですよね! すごいです。尊敬します!」
その隣にいる美春と呼ばれた操言士も二十代半ばくらいのようで、マリカやモニカより少し幼く見えたが意思の強そうな瞳にしっかり者の性格が見て取れる。
そして黒い肌のディディエは唯一の男性で、三人の中で一番若く、操言院の修了試験に合格したばかりの新米のようだ。緊張しているのか、ほかの二人と違って無口だった。
「モニカ、傷の具合は?」
「大丈夫です。少しかすっただけですから」
「マリカさん、あたしたち、今日はどうすればいいですか」
美春がマリカに問う。マリカは悩み顔になった。
「そうねえ。支部から任務を与えられるまでは基本的に待ちだけど、できることはしたいものね。美春は、このエリアに不審物や不審点がないか、見回りをしてくれる? モニカとディディエは、このエリアの祈聖石の保守、守りの強化をしてくれる? 復旧できることがあれば、どんどんやってしまっていいわ」
「はい、わかりました」
美春は頷くと背を向け、去っていく。一方でモニカとディディエは困ったような表情でマリカに話しかけた。
低い声でしっとりと名前を呼ばれるその感覚。
バルコニーで、二人で見上げた星空――。
(――っ)
紀更は始海の塔の夜を思い出す。あの時と同じだ。ユルゲンに呼ばれる自分の名前が、妙にくすぐったい。こそばゆくて、むずがゆくて、そわそわする。それなのに――。
(――あったかい)
力任せに押し付けられたユルゲンの胸板は張りがあって、そこに硬い筋肉があることが服の上からでもわかる。彼は傭兵で、身体を資本として戦うことで生きてきた人間なのだと実感する。
その硬さの奥に流れる体温が、自分の背を押し付けている腕の強さが、どうしようもなく落ち着く。ドキドキしてともすれば逃げ出したくなりそうなのに、その反対でずっとこうされていたいとも思う。
昨日ポーレンヌに着いた時は、ユルゲンと二人っきりになったら気まずいなどと思っていた。しかしいざこうして彼の傍にいると、気まずいどころか落ち着くし安心するし、満たされる心地がする。
(もし、王都に戻っても)
ああ――。
やっとわかった。
(私、ユルゲンさんと一緒にいたい)
ゼルヴァイスで夕日を見つめていた時、祈聖石巡りが退屈じゃないと言われて安心した。始海の塔に向かう船の上で、目的が達成できないからここまでだ、と言われなくて安心した。「紀更たちと一緒にいさせてもらう」――複数形ではあったが、そう言ってもらえてほっとした。それはなぜだったのか。
(そっか……)
一緒にいたい。ユルゲンと、まだ一緒にいたいから。
家族でない他人、それも異性に対してそんな風に思うことが初めてなので、恥ずかしくて照れくさくて、素直にその願望と向き合うことができなかった。だからわからなかった。けれど認めてしまえば、そう思っている自分を素直に見つめることができる。
(ユルゲンさん)
至近距離にあるユルゲンの胸。そこにただようユルゲン自身の匂いを、紀更は鼻孔いっぱいに吸い込む。それは少ししょっぱくて、でもどこか甘くて、くせになりそうな妙な魅力を感じた。とても安らいだ気持ちになって、恐れることなど何もなく、心から安心して頼ってしまいたくなってしまう。そうして彼以外のことなどすべて、頭の中から消えてもいいような気がした。
「ユルゲン、さん」
鼻声でぎこちなく彼の名前を呼ぶ。それから紀更は恐る恐る右手を伸ばし、ユルゲンの腰元に添えた。それが今の自分にできる精一杯の感情表現だった。
(一緒にいたいの)
自分の気持ち、感情、それらを司る心。その姿を明らかにするために「言葉」がある。輪郭がぼやけてよく見えなかった曖昧なものも、言葉で表現すれば理解できるようになってくる。理解できれば、不安な気持ちはやわらいでくる。
(旅が終わって王都に戻っても一緒に……でも――)
――それは叶わないかもしれない。
ユルゲンは本来の自分の目的である探し物のために、別の場所へ行ってしまうかもしれない。そう考えたらどうしようもなく心が冷たくなって、強い孤独感を覚えて涙が溢れてしまったのだ。
自分の気持ちと涙の理由が明らかになったことで、こらえていた嗚咽が少しずつ止まり、呼吸が安定してくる。紀更はユルゲンの胸の中で深呼吸を繰り返した。
「泣きやんだか?」
紀更が落ち着きを取り戻した気配を感じ、ユルゲンは紀更の身体を自分の胸元からゆっくりと解放してやった。その手付きは少しだけ名残惜しそうだった。
「はい」
紀更はまだ少し鼻声だったが、涙は止まっている。そしてしずしずと顔を上げて、申し訳なさそうな表情でユルゲンを見上げた。
「ごめんなさい……あの、迷惑を」
「あー、いや……。迷惑だとは思っていない。けど、その……なんだ。泣かれてもどうしたらいいのか俺にはわからん。謝らなくていいから泣いてくれるな。焦るから」
がしがしと自分の後頭部をかく仕草をするユルゲンの目は泳いでいる。本当に焦って、対処に困ったのだろう。大人の男であるユルゲンが弱々しげに当惑している表情は、普段の精悍な顔付きとギャップがあってなんだかかわいらしく思える。
「ふふっ」
紀更は思わず笑ってしまった。
「こら、笑うな」
「す、すみません」
「いや、泣くよりは笑っていてくれた方がいいから、まあいいか」
まだ通常営業に戻れないのか、ユルゲンは自分の髪を雑な手付きでなで付けた。
三白眼の鋭い目付きにキリッとした表情。一見すると不愛想でいかつくて、どこか怖いと思わせてしまう人相だが、中身も見た目通りかというと、意外とそうではない。紀更にとってユルゲンという人は、優しくてあたたかい人。一緒にいたいと思える男性だ。
「ありがとうございます、ユルゲンさん」
「いいよ、礼は。何もしてねえ。それより、もう平気だな?」
「はい」
紀更は頷くと、最後にもう一度、火事現場へと頭を下げて短い祈りを捧げた。それからユルゲンと共に宿へと足を向ける。胸の痛みはもうなかった。
◆◇◆◇◆
紀更たち五人は宿の一階の食堂で軽く腹ごしらえをしてから、王黎の提案で操言支部会館へ向かった。騎士団本部で休養しているエリックを迎えに行く前に、昨夜の被害状況について情報収集をするためだ。
しかし受付で支部長への面会を望んだところ、今日は忙しくて無理だと断られてしまう。仕方がないと諦めて操言支部会館を出たところで、王黎にかかる声があった。
「あら、どうしたの、王黎」
朝日を背にして軽やかに手を振るグラマラスな女性操言士、マリカだ。
王黎はマリカの方に目を向け、にこやかにほほ笑んだ。
「おはよう、マリカ。ちょうど出勤の時間か」
「そういうあなたは情報収集ってところかしらね」
マリカは王黎の背後に立ち並ぶ紀更たちに視線を這わせた。
昨夜くらら亭の中で会った時と違って、明るい日差しの下で笑うマリカはとても健康的で、妖艶な雰囲気が少し鳴りを潜めている。とはいえ、マリカの視線に品定めでもするようなねちっこさがあることに気付いた紀更と紅雷は、無意識のうちに身体が硬くなった。
「もう一人、騎士様がいなかったかしら。それに、昨日いなかった顔もいるわね?」
「エリックさんは騎士団本部にいるよ。昨日くらら亭にいなかった彼は、傭兵のユルゲンくん。昨夜はたいへんだったね、マリカ。キミも戦ったのかい?」
王黎はユルゲンの紹介もそこそこに、マリカを心配してみせる。あたかも怪魔が街中に現れてマリカが対応に当たったかのような尋ね方をしたが、昨夜自分たちが遭遇した怪魔以外に怪魔が現れたのかどうかはまだ知らないのが本当のところだ。しかしさも知っているかのような訊き方で相手から情報を引き出すのは、王黎の得意とする話術のひとつだ。
「さすが、情報が早いのね。私が受け持つ班に割り当てられたエリアに怪魔が出てね、応戦したわ。せっかくだから現場へ案内しましょうか。ちょうどいま、そこへ行くところだったのよ」
「じゃあ、お願いするよ」
マリカの提案に王黎は頷く。その王黎の判断に異論のない紀更たちも、一度操言支部会館の中に入って顔を出してから再び外へ出てきたマリカの背中に続くようにとぼとぼと歩き出した。
「昨夜、いったい何が起きたんだい?」
マリカの横を歩きながら王黎は問いかけた。背の高いマリカと王黎は、隣り合うとほぼ身長が変わらない。二人のやり取りに紀更はじっと耳をすませた。
「怪魔の出現に火事。もう、大混乱よ。私は街の東側にいて、連絡係の操言士から怪魔出現の知らせを受け取って、すぐに受け持ちエリアに向かったの」
「いま歩いている方角からすると、街の北東だね?」
「ええ、ジャルサの宿の近くよ。班のメンバーと合流して騎士もそろってから戦闘を開始したわ」
「怪魔の種類と数は?」
「最初はカルーテが十匹くらいと、クフヴェが二匹くらいだったかしら。でも途中で増援が来て、最終的にはドサバトが三、キヴィネも加わっていたわ」
「結構な群れだね」
「祈聖石の守りがあるはずなのに、どうやって近付いたのかしら」
マリカはため息をついた。
そんな話をしつつ歩いていると、「ジャルサの宿」という看板をかかげた二階建ての宿が見えてくる。その宿を左手に見ながらもう少し道を進むと、戦闘領域だったと思われる場所に出た。周囲の木々は無残になぎ倒され、地面には電撃や爪などでえぐられた痕がある。
「マリカさん!」
足を止めたマリカは、名前を呼ばれた方へ視線を向けた。操言ローブを羽織った三人の操言士が、小走りにマリカに近付いてくる。
「おはよう。三人とも、大丈夫? 少しは眠れた?」
「はい」
「ええ、まあ」
「王黎、紹介するわ。左からモニカ、美春、ディディエ。私の班の操言士よ。みんな、こちらは王都の操言士団守護部の王黎。若いけど、こう見えて師範よ」
「マリカさんの同期の方ですね。とても優秀だ、って聞いています」
そう言ってほほ笑む操言士モニカは王黎とほぼ年齢が変わらないようで、年相応の落ち着いた雰囲気のある女性操言士だった。
「最年少師範なんですよね! すごいです。尊敬します!」
その隣にいる美春と呼ばれた操言士も二十代半ばくらいのようで、マリカやモニカより少し幼く見えたが意思の強そうな瞳にしっかり者の性格が見て取れる。
そして黒い肌のディディエは唯一の男性で、三人の中で一番若く、操言院の修了試験に合格したばかりの新米のようだ。緊張しているのか、ほかの二人と違って無口だった。
「モニカ、傷の具合は?」
「大丈夫です。少しかすっただけですから」
「マリカさん、あたしたち、今日はどうすればいいですか」
美春がマリカに問う。マリカは悩み顔になった。
「そうねえ。支部から任務を与えられるまでは基本的に待ちだけど、できることはしたいものね。美春は、このエリアに不審物や不審点がないか、見回りをしてくれる? モニカとディディエは、このエリアの祈聖石の保守、守りの強化をしてくれる? 復旧できることがあれば、どんどんやってしまっていいわ」
「はい、わかりました」
美春は頷くと背を向け、去っていく。一方でモニカとディディエは困ったような表情でマリカに話しかけた。
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