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第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり
3.暗躍(上)
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ポーレンヌ城下町の南部エリアにある酒場、「ヴィヌスの瞳」。
紀更たちがくらら亭で夕食を終えて宿に戻る頃、ユルゲンは一人でそこにいた。
強い酒を飲む気分ではなかったが軽く酔いたくて、女性が頼むような度数の低いカクテルを、ピーナッツ豆をつまみにちびちびと嗜む。
小さな明灯器が数個置かれただけの店内は隣に座る人物の顔が判別できる程度の明るさしかなく、客の数も多くないので、静かに自分のペースで飲むにはもってこいだ。
――あなた、紀更様の何なんですか。
だが酒で気分を紛らせようと思っても、紅雷の言葉が消えない。頭の中で何度も再生される。
どうして年下の小娘に言われたことに、こんなにも動揺しているのか。それは、やはり年下の別の小娘に関係していることだからだろうか。
(くそっ、メルゲントにいれば……)
こんなにも考えなくてすんだだろう。
ユルゲンの故郷、傭兵の街メルゲントの夜はもっとうるさく、耳障りな言葉の応酬で汚され、あっという間に過ぎていく。そして陽が昇り、新しい依頼を受けて命を危険にさらしに行く。怪魔や野生の獣を追って野に潜み、衣服を汚しながら両刀を振るう。身体が興奮し、頭で考えるよりも前に答えを出す。どう動くべきか、どう走るべきか、どう斬るべきか、どう殺すべきか。
それなのにどうだ、この静かすぎる空気、耳に残る甘ったるい言葉の数々。故郷の仲間が今の自分の女々しさを知ったら豪快に唾を飛ばして笑い飛ばすことだろう。
「ちっ」
「マスター、舌打ちしている彼にラブモンティを」
カウンター席に座るユルゲンの隣の椅子が引かれ、そこに腰を下ろした女が店主に注文する。ラブモンティは度数の強いアルコールにチョコレートリキュールを加えた、甘く辛いカクテルだ。
誰だ、と思って薄闇の中、ユルゲンは目を凝らす。
黒いノースリーブからのぞく両腕は白く、明灯器のわずかな灯りに照らされた唇はぷるりとして分厚い。ハーフアップにされた赤毛は長く背中に垂れて、背筋を伸ばしているために張り出した胸は大きくグラマラスだ。薄暗い中でわずかに光る印象的なその金色の瞳には見覚えがあった。
「お久しぶりね、傭兵さん」
「あの時の操言士か」
「今度こそ名前ぐらい訊いてよ」
女は意味ありげに金色の瞳を細めて、横目でユルゲンを見つめた。
「あの加護は助かった。礼を言う」
しかしユルゲンは女の要望には答えなかった。女の方は見ずに、木製のカウンターに視線を落とし、ピーナッツをまたひとつ口に放り込み、噛み砕く。
「どこでお役に立てたのかしら」
「港町ウダから北上したところで、怪魔が大量に湧いて出た。そいつらを屠るのにあんたの加護が役に立った。その後もう一度戦闘をしたら、なくなったけどな」
「そう」
ユルゲンが水の村レイトで紀更たちと出会う数日前のことだ。
ポーレンヌに滞在していたユルゲンは操言支部会館に赴き、相棒である両刀に操言の加護の付与を依頼した。怪魔退治の仕事をするフリーの傭兵は、そうやって都市部の操言支部会館で操言の加護をもらってからフィールドに出て怪魔と戦うのだ。
その時のユルゲンは、ポーレンヌを出てさらに北上するため、可能な限り長く続く強い操言の加護を頼んだ。そしてその依頼を受けて上々の仕事をしてくれたのが彼女、グラマラスな女性操言士だった。
「それで、この街へ戻ってきたのはどうして?」
自分で頼んだカクテルの入ったグラスをくるりと揺らし、女は尋ねる。名前すら訊いてこない不愛想な男だが、無駄なく鍛えられていると一目でわかるたくましい身体付きに、女の勘が色めき立っていた。
「連れの用事に付いてきたんだ」
「連れ? あら、仲間がいたの?」
彼女に加護を頼んだ時、ユルゲンはまだ一人だった。一人で妙な飢えを感じ、何かを探し求め、見つけなければいけない衝動のままに流されるような日々を送っていた。
そしてそれは、紀更たちに出会って変わった。今の自分は見習い操言士紀更の、祈聖石巡礼の旅の仲間――そのはずだ。そうでありたい。
「ねえ、あなたは操言士の私に対して、何か感じない?」
女は今にもしなだれかかりそうな気配を醸し出す。その色気付いた雰囲気に呑まれる前に、ユルゲンは席を立った。
場の空気と主導権を握ろうとするこういう女はなるべく相手にせず、早めに別の空間に逃げた方がいい。一夜の火遊びを自分も所望するなら別だが、おそらくこの女は一夜の関係だけであっさりと終わらせてくれないだろう。それに今はとてもそんな気分ではない。
「もう加護を頼むことはないだろう。じゃあな」
ユルゲンは自分が飲み食いした分だけの代金をカウンターに置いて、女には一瞥もくれずに酒場を後にした。
カウンターには一杯のカクテル――ラブモンティが一口も飲まれないまま残されている。獲物を逃がしたような気持ちの女は悔しげな表情でそのカクテルを睨みつけた。
◆◇◆◇◆
「あたし、あの人キライっ」
食事を終えて宿に戻ってきた一行はくつろぎの時間を過ごしていた。
紀更は部屋にこもる気になれず、宿の一階に設けられた談話室のソファに座る。その隣にはもちろん紅雷が座り、甘えるように紀更の腕に頭をこすりつけていた。
しかし、紀更に甘える行動とは裏腹に、紅雷は先ほどからぷりぷりと怒っている。談話室を照らす明灯器の数は少ないが、薄暗い室内の中でもイライラとした紅雷の表情はありありと見えた。
「なんっか! 人を馬鹿にしてます! 紀更様のこと、絶対見下してる!」
「まあまあ。紅雷、落ち着いて?」
「紀更様だってそう思いましたよね!?」
「う、うーん……ちょっと思ったかな」
紅雷をなだめるためには、自分も紅雷と同じだと言ってあげた方がいいかもしれない。紀更は少し抵抗があったが、弱々しく頷いた。
しかし声に出したらはっきりと自覚してしまった。紅雷の言うとおり、確かに自分の中にも先ほど出会った女性――マリカへの苛立ちがあるのだと。
「言従士を見つけられるかどうかに見習いとか関係ないんですよね!?」
「そ、そうね。王黎師匠がそう言ってたわね」
「しかも男女とか女性同士とか、そんなのも関係ないですよね!? 何なんです、あの言い方! まるで見習い操言士が言従士を見つけられるはずがない、みたいな! 女性同士だとなんか悪いみたいな言い方!」
――言従士と出会える操言士自体少ないのに同性なんて珍しいわよ。残念……いえ、よかったわね。
マリカにそう言われた時の頬の強張りを思い出した紀更の胸中に、ぬめっとした何かがどろりと流れ込んできた。
意図しているのかいないのか。それはわからないが、マリカという操言士は妙にこちらの気に障る言い方をしてきたと思う。もったいぶっているような、自分の方が優位だとこちらにわからせたいような、そんな口ぶりだったように感じる。
紅雷が紀更の言従士だと知って驚きの声を上げたのも、きっと言従士の存在に驚いたのではない。「たかが見習いの分際で言従士を見つけるなんて」という、見下していた対象が予想外の成果を成し得たことに対する驚きだったように感じる。
(師範とか六段とか、操言士に関する用語でまだ実感できないものがあるのは私の勉強不足だからいいけど)
「女性同士なのね、って何あれ。どういう意味ですかね! わざわざ言ってくる必要性って何!? って感じじゃないですか、紀更様!」
「紅雷、夜だから小さな声でね」
興奮する紅雷を紀更はなだめる。だが彼女が言うことには紀更も同感だ。マリカは言従士に何かこだわりでもあるのだろうか。
(羨ましいって言ってたから、マリカさんも言従士を見つけたいのかしら)
言従士を従えることができるのは強い操言士だけだという俗説。王黎はその俗説をきっぱりと否定したが、マリカはもしかしたらその俗説を信じているクチなのかもしれない。
六段操言士の自分は強い、見習い操言士の紀更は弱い。それなのに言従士を従えているのは紀更の方。それがマリカにとっては気に食わないことなのかもしれない。
(言従士がいることで嫉妬されるなんて)
それは思ってもみないことだった。
紀更自身は、言従士を従えている王黎のことを羨ましく思ったことはない。付け加えるならば、言従士を従えていない皐月やヒュー、ヒルダを下に見たこともない。
だがマリカは――彼女のような操言士はそうではないのだろう。言従士を従えている操言士は、従えていない操言士よりも上。そんな風に妙な序列を互いにつけ合っているのかもしれない。
(言従士って、なんだろう)
操言の力を持って生まれる操言士も不思議な存在だが、その操言士に付き従う言従士も不思議な存在だ。カタリーナや紅雷、そして最美のように、言従士は自分が従うべき操言士がわかるという。その存在を強く求めるという。
「ユルゲンさん……」
紀更は無意識のうちにその名を呟いた。
水の村レイトで出会っ傭兵のユルゲン。始海の塔に向かう船の上でも考えたが、やはり彼も言従士なのだろうか。カタリーナや紅雷が強く求めているように、彼が探し求めているものとは彼が従うべき操言士なのだろうか。
「まだ……戻ってこないね」
紀更は宿の正面ドアの方に視線を向けた。夜には宿に戻ると言っていたのに、ユルゲンの姿はまだない。それとも実は紀更の知らない間に戻ってきていて、すでに部屋で休んでいるのだろうか。同室の王黎を訪ねるふりをして、様子をうかがってみようか。
「ねえ、紀更様。紀更様と傭兵さんって、いつから一緒にいるんですか」
「え?」
ふいに紅雷から問われて、紀更は一瞬思考が停止した。そしてすぐに思い至る。自分たちは紅雷に根掘り葉掘り質問をしたが、自分たちのこれまでの旅路についてはあまり詳しくを紅雷に話していなかったことに。
「そうね、ちゃんと話していなかったわね」
「教えてくれますか」
紅雷は居住まいを正し、紀更の話を一言も漏らすことなく聞き取ろうと真剣になる。
紀更はこれまでのことを思い返しながら説明した。
紀更たちがくらら亭で夕食を終えて宿に戻る頃、ユルゲンは一人でそこにいた。
強い酒を飲む気分ではなかったが軽く酔いたくて、女性が頼むような度数の低いカクテルを、ピーナッツ豆をつまみにちびちびと嗜む。
小さな明灯器が数個置かれただけの店内は隣に座る人物の顔が判別できる程度の明るさしかなく、客の数も多くないので、静かに自分のペースで飲むにはもってこいだ。
――あなた、紀更様の何なんですか。
だが酒で気分を紛らせようと思っても、紅雷の言葉が消えない。頭の中で何度も再生される。
どうして年下の小娘に言われたことに、こんなにも動揺しているのか。それは、やはり年下の別の小娘に関係していることだからだろうか。
(くそっ、メルゲントにいれば……)
こんなにも考えなくてすんだだろう。
ユルゲンの故郷、傭兵の街メルゲントの夜はもっとうるさく、耳障りな言葉の応酬で汚され、あっという間に過ぎていく。そして陽が昇り、新しい依頼を受けて命を危険にさらしに行く。怪魔や野生の獣を追って野に潜み、衣服を汚しながら両刀を振るう。身体が興奮し、頭で考えるよりも前に答えを出す。どう動くべきか、どう走るべきか、どう斬るべきか、どう殺すべきか。
それなのにどうだ、この静かすぎる空気、耳に残る甘ったるい言葉の数々。故郷の仲間が今の自分の女々しさを知ったら豪快に唾を飛ばして笑い飛ばすことだろう。
「ちっ」
「マスター、舌打ちしている彼にラブモンティを」
カウンター席に座るユルゲンの隣の椅子が引かれ、そこに腰を下ろした女が店主に注文する。ラブモンティは度数の強いアルコールにチョコレートリキュールを加えた、甘く辛いカクテルだ。
誰だ、と思って薄闇の中、ユルゲンは目を凝らす。
黒いノースリーブからのぞく両腕は白く、明灯器のわずかな灯りに照らされた唇はぷるりとして分厚い。ハーフアップにされた赤毛は長く背中に垂れて、背筋を伸ばしているために張り出した胸は大きくグラマラスだ。薄暗い中でわずかに光る印象的なその金色の瞳には見覚えがあった。
「お久しぶりね、傭兵さん」
「あの時の操言士か」
「今度こそ名前ぐらい訊いてよ」
女は意味ありげに金色の瞳を細めて、横目でユルゲンを見つめた。
「あの加護は助かった。礼を言う」
しかしユルゲンは女の要望には答えなかった。女の方は見ずに、木製のカウンターに視線を落とし、ピーナッツをまたひとつ口に放り込み、噛み砕く。
「どこでお役に立てたのかしら」
「港町ウダから北上したところで、怪魔が大量に湧いて出た。そいつらを屠るのにあんたの加護が役に立った。その後もう一度戦闘をしたら、なくなったけどな」
「そう」
ユルゲンが水の村レイトで紀更たちと出会う数日前のことだ。
ポーレンヌに滞在していたユルゲンは操言支部会館に赴き、相棒である両刀に操言の加護の付与を依頼した。怪魔退治の仕事をするフリーの傭兵は、そうやって都市部の操言支部会館で操言の加護をもらってからフィールドに出て怪魔と戦うのだ。
その時のユルゲンは、ポーレンヌを出てさらに北上するため、可能な限り長く続く強い操言の加護を頼んだ。そしてその依頼を受けて上々の仕事をしてくれたのが彼女、グラマラスな女性操言士だった。
「それで、この街へ戻ってきたのはどうして?」
自分で頼んだカクテルの入ったグラスをくるりと揺らし、女は尋ねる。名前すら訊いてこない不愛想な男だが、無駄なく鍛えられていると一目でわかるたくましい身体付きに、女の勘が色めき立っていた。
「連れの用事に付いてきたんだ」
「連れ? あら、仲間がいたの?」
彼女に加護を頼んだ時、ユルゲンはまだ一人だった。一人で妙な飢えを感じ、何かを探し求め、見つけなければいけない衝動のままに流されるような日々を送っていた。
そしてそれは、紀更たちに出会って変わった。今の自分は見習い操言士紀更の、祈聖石巡礼の旅の仲間――そのはずだ。そうでありたい。
「ねえ、あなたは操言士の私に対して、何か感じない?」
女は今にもしなだれかかりそうな気配を醸し出す。その色気付いた雰囲気に呑まれる前に、ユルゲンは席を立った。
場の空気と主導権を握ろうとするこういう女はなるべく相手にせず、早めに別の空間に逃げた方がいい。一夜の火遊びを自分も所望するなら別だが、おそらくこの女は一夜の関係だけであっさりと終わらせてくれないだろう。それに今はとてもそんな気分ではない。
「もう加護を頼むことはないだろう。じゃあな」
ユルゲンは自分が飲み食いした分だけの代金をカウンターに置いて、女には一瞥もくれずに酒場を後にした。
カウンターには一杯のカクテル――ラブモンティが一口も飲まれないまま残されている。獲物を逃がしたような気持ちの女は悔しげな表情でそのカクテルを睨みつけた。
◆◇◆◇◆
「あたし、あの人キライっ」
食事を終えて宿に戻ってきた一行はくつろぎの時間を過ごしていた。
紀更は部屋にこもる気になれず、宿の一階に設けられた談話室のソファに座る。その隣にはもちろん紅雷が座り、甘えるように紀更の腕に頭をこすりつけていた。
しかし、紀更に甘える行動とは裏腹に、紅雷は先ほどからぷりぷりと怒っている。談話室を照らす明灯器の数は少ないが、薄暗い室内の中でもイライラとした紅雷の表情はありありと見えた。
「なんっか! 人を馬鹿にしてます! 紀更様のこと、絶対見下してる!」
「まあまあ。紅雷、落ち着いて?」
「紀更様だってそう思いましたよね!?」
「う、うーん……ちょっと思ったかな」
紅雷をなだめるためには、自分も紅雷と同じだと言ってあげた方がいいかもしれない。紀更は少し抵抗があったが、弱々しく頷いた。
しかし声に出したらはっきりと自覚してしまった。紅雷の言うとおり、確かに自分の中にも先ほど出会った女性――マリカへの苛立ちがあるのだと。
「言従士を見つけられるかどうかに見習いとか関係ないんですよね!?」
「そ、そうね。王黎師匠がそう言ってたわね」
「しかも男女とか女性同士とか、そんなのも関係ないですよね!? 何なんです、あの言い方! まるで見習い操言士が言従士を見つけられるはずがない、みたいな! 女性同士だとなんか悪いみたいな言い方!」
――言従士と出会える操言士自体少ないのに同性なんて珍しいわよ。残念……いえ、よかったわね。
マリカにそう言われた時の頬の強張りを思い出した紀更の胸中に、ぬめっとした何かがどろりと流れ込んできた。
意図しているのかいないのか。それはわからないが、マリカという操言士は妙にこちらの気に障る言い方をしてきたと思う。もったいぶっているような、自分の方が優位だとこちらにわからせたいような、そんな口ぶりだったように感じる。
紅雷が紀更の言従士だと知って驚きの声を上げたのも、きっと言従士の存在に驚いたのではない。「たかが見習いの分際で言従士を見つけるなんて」という、見下していた対象が予想外の成果を成し得たことに対する驚きだったように感じる。
(師範とか六段とか、操言士に関する用語でまだ実感できないものがあるのは私の勉強不足だからいいけど)
「女性同士なのね、って何あれ。どういう意味ですかね! わざわざ言ってくる必要性って何!? って感じじゃないですか、紀更様!」
「紅雷、夜だから小さな声でね」
興奮する紅雷を紀更はなだめる。だが彼女が言うことには紀更も同感だ。マリカは言従士に何かこだわりでもあるのだろうか。
(羨ましいって言ってたから、マリカさんも言従士を見つけたいのかしら)
言従士を従えることができるのは強い操言士だけだという俗説。王黎はその俗説をきっぱりと否定したが、マリカはもしかしたらその俗説を信じているクチなのかもしれない。
六段操言士の自分は強い、見習い操言士の紀更は弱い。それなのに言従士を従えているのは紀更の方。それがマリカにとっては気に食わないことなのかもしれない。
(言従士がいることで嫉妬されるなんて)
それは思ってもみないことだった。
紀更自身は、言従士を従えている王黎のことを羨ましく思ったことはない。付け加えるならば、言従士を従えていない皐月やヒュー、ヒルダを下に見たこともない。
だがマリカは――彼女のような操言士はそうではないのだろう。言従士を従えている操言士は、従えていない操言士よりも上。そんな風に妙な序列を互いにつけ合っているのかもしれない。
(言従士って、なんだろう)
操言の力を持って生まれる操言士も不思議な存在だが、その操言士に付き従う言従士も不思議な存在だ。カタリーナや紅雷、そして最美のように、言従士は自分が従うべき操言士がわかるという。その存在を強く求めるという。
「ユルゲンさん……」
紀更は無意識のうちにその名を呟いた。
水の村レイトで出会っ傭兵のユルゲン。始海の塔に向かう船の上でも考えたが、やはり彼も言従士なのだろうか。カタリーナや紅雷が強く求めているように、彼が探し求めているものとは彼が従うべき操言士なのだろうか。
「まだ……戻ってこないね」
紀更は宿の正面ドアの方に視線を向けた。夜には宿に戻ると言っていたのに、ユルゲンの姿はまだない。それとも実は紀更の知らない間に戻ってきていて、すでに部屋で休んでいるのだろうか。同室の王黎を訪ねるふりをして、様子をうかがってみようか。
「ねえ、紀更様。紀更様と傭兵さんって、いつから一緒にいるんですか」
「え?」
ふいに紅雷から問われて、紀更は一瞬思考が停止した。そしてすぐに思い至る。自分たちは紅雷に根掘り葉掘り質問をしたが、自分たちのこれまでの旅路についてはあまり詳しくを紅雷に話していなかったことに。
「そうね、ちゃんと話していなかったわね」
「教えてくれますか」
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