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第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃
8.奮闘(上)
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(定石通りなら、まずはドサバトか!)
怪魔が複数、それも種類違いで出現した場合、最もオーソドックスな戦法は、操言士が操言の力で最上位の怪魔の動きを封じ、その間に下位の怪魔を斃す戦い方だ。上位の怪魔を殲滅するにあたり、下位の怪魔からの横槍が入ると苦戦するためである。
また、怪魔との戦闘は長引かせてはならないのが鉄則だ。人間の体力は怪魔と違って有限だからだ。
「エリックさん、ドサバトを上から狙ってください!」
「了解だ!」
王黎は、右方のエリックに向かって叫んだ。
大樹型のクフヴェの蔓が勢いをつけてしなり、エリックを弾き飛ばそうと空気を切り裂いて闇の中から現れる。だがその蔓は、エリックに付与された操言の加護による見えない壁によってパシンと弾き返された。
エリックは闇夜の中、必死で目を凝らし、蔓の動きに気を配りつつも巨大な蜘蛛のようなシルエットのドサバトを攻撃できる距離まで近付いていく。
ドサバトは口から粘液だったり、砂利を含んだ泥水だったりを吐き出して攻撃してくるが、その攻撃は基本的に直線距離にしか届かない。そんなドサバトを斃すには、攻撃が届かないドサバトの身体の真上に飛び、ひょうたん型の胴体にダメージを与えるのが一番だ。
【地を蹴りて力強く、宙を翔けて軽やかに、受ける衝撃は散開し、その脚は自由を手にする】
王黎が言葉を紡ぐと、エリックの下半身が淡く光った。待っていたと言わんばかりにエリックは地面を蹴る。すると、まるで靴の裏にバネでもついているかのようにエリックの身体は高く舞い上がり、危うく浴びそうだったドサバトの粘液を避けられた。
空中のエリックは長剣を地面と垂直に構え、星明かりに照らされたドサバトの背中の一点を見下ろして叫んだ。
「うおぉぉ!」
エリックの身体が、重力によって地面へと吸い寄せられる。
重力とエリックの気合いの乗った長剣は、ドサバトのひょうたん型の身体に真上から突き刺さった。
「ピィィァアア!」
「ふんっっ!」
ドサバトは苦痛を表現するかのように甲高い悲鳴を上げた。
エリックはドサバトの頭部を蹴って地面に戻り、すぐさま態勢を立て直す。そして、動きのにぶったドサバトの身体や八対の足を、これ以上動き出さないようにするために近いところから切断していった。
「ピァァァァァァ!」
王黎から操言の加護を付与されたエリックの長剣は、やわらかな果物でも切るような軽さでドサバトの身体を刻んでいく。そのダメージが積み重なったドサバトは、ひときわ大きな悲鳴を上げて霧散した。
(まずは一匹!)
王黎は休むことなく左方に視線を配った。
ルーカスはドサバトが吐き出す粘液を避けたり、クフヴェの蔓を長剣でガードしたりしている。防戦一方で、有効な攻勢に出られないようだった。
「くっ……見えないっ!」
正面のラフーア中央音楽堂に向かって左側には、ラフーア音楽院がある。建物の高さは音楽堂より少し低いくらいだが、右方のやや離れた位置にある光学院と違って建物の影が完全に怪魔を覆い尽くしており、暗闇の中から襲ってくる敵の攻撃を見定めるのも攻撃を当てに行こうと近寄るのもかなり困難だった。
「ピァア! ピァア!」
「ルーカスっ!」
「エリックさんは引き続き右のクフヴェの相手を!」
ルーカスを援護するために立ち位置を変えようとしたエリックを、怪魔の唸り声にかき消されないように声を張り上げた王黎が制する。
対峙する怪魔とパーティメンバーの数によって、操言士の支援の仕方は変わってくる。攻撃役である騎士の数が少ない方が、その騎士を支援する操言士はやりやすい。騎士一人の動きに集中できるからだ。それが二人、三人と増えてしまうと、誰がどう動くのか把握が遅れてしまう。
左手にルーカス、右手にエリックと分かれて、それぞれ別々の敵を相手にしてもらった方が、王黎としては戦況全体が見渡せた。
(なぜこの場所に怪魔が出現し、動けるんだ!? 祈聖石の効力が消えてるのか!?)
このあたりはラフーアの中でも祈聖石の守りの効力が強いエリアのはずだ。なぜなら、ラフーア音楽堂の屋根の上にひとつ、そして音楽堂の裏手、少し離れた林の中にもひとつ、祈聖石があるからだ。
だが目の前の怪魔は、そのふたつの祈聖石の守りを無視してここに出現した。それはつまり、ふたつの祈聖石は水の村レイトのそれと同じで、効力を失っているのだろう。
(しかも、今夜は月が細い!)
祈聖石の守りの力もなく、また、怪魔が苦手とする光も今夜は少ない。闇は怪魔を有利にし、人間を不利にさせる。怪魔が暴れるには理想的な環境だ。
王黎は左手のルーカスに向かって叫んだ。
「ルーカスくん、いったん下がって! 怪魔の攻撃が僕に向かないように、注意を引きつけるだけで構わない!」
「了解!」
ルーカスを少し下がらせると、王黎は手のひらを合わせて目を閉じた。
【光の神、カオディリヒス】
脳裏にイメージするのは昼間の空だ。青々と晴れ渡り、目を向ければ眩しくて目が眩む太陽。それは光の神カオディリヒスの化身とも言われ、空からあまねく大地を照らし、人々に恵みと平和をもたらしてくれる。
【内に秘めたる炎の熱、目を焦がすまばゆき光、其が力の一端を我が手に授け給え。光まといし球体の、あたり照らすは陽の光線、闇を払いて我らに味方す、愛しき守りの御力なり】
昼間、頭上に輝く日光。それが、いまこの時だけ再現される様を思い描き、王黎は両手を離すとその手を星空へかかげた。
「最美、守れ!」
戦闘領域上空を周回して飛んでいる最美に向かって叫ぶ。
すると、王黎が両手をかかげたその先。あたりの木々よりも五メイほど高い空中に、光り輝く球体が現れた。その光球の上空を、ニジドリ型の最美がホバリングする。大きな翼を左右に広げたまま、球体が発する熱で暖められた風を腹に受ける形で、最美は羽ばたくことなく空中に座した。王黎の命令通り、それを守るためだ。
太陽を模したその光球は、上空からあたり一帯を照らし出した。ラフーア音楽堂の華麗で荘厳な外壁の意匠も、音楽院のやや古びた木の窓枠も、少し離れた位置にある光学院の門も、昼間のようにとはいかなかったが、識別するには十分なほどはっきりと見える。そして何よりも、四体の怪魔の姿と位置がばっちりと把握できた。
「ピャアアアア!」
――ジジジッ!
――ヒュン、ヒュンッ!
苦手な光に照らされて苦しいのかそれとも怒っているのか、声を発することのできる怪魔ドサバトが、悲鳴に近い声を上げている。キヴィネとクフヴェは声らしきものを発することはないが、断続的な放電音と振り回される蔓が空気を裂く音からして、ドサバトと同じように苦痛を感じているようだ。
そんなクフヴェの振り回す蔓が、上空の光球に当たりそうになる。そのたびにニジドリ型の最美が蔓を避けて別方向へ飛ぶ。すると、最美に従うように光球も空中を移動して、なんとか蔓に当たらずにいた。
(キヴィネとクフヴェが、少し大きいか!)
怪魔は同じ種類でも個体差があり、それは見た目の大きさや攻撃力、防御力に現れる。
見たところ、残るドサバト一匹は標準的だが、キヴィネとクフヴェ二体は標準よりも大きい。キヴィネにいたっては、水の村レイトに出現した個体の一・五倍はありそうだった。
(三……いや、せめてあと二人!)
王黎の中に一抹の焦りが生じる。
たとえ標準の大きさだったとしても、二人の騎士と自分とではやや苦しい戦いだ。今は出現していないが、もしレイトの時と同じように怪魔カルーテが無限に湧き出て加勢してきたら、おそらく撤退するしかない。カルーテが出てこないとしても、怪魔の数と大きさは楽に片付くそれではなく、楽観視はできなかった。
攻撃を引きつける役、ダメージを与えて蓄積し弱らせる役、止めを刺す役――役割分担をして戦略的に戦わないと、この戦力差では勝機を見出せない。だが分担するには、最低あと二人は攻撃役が欲しいところだ。
(それに紀更が……っ)
音楽堂の中に入ったままの紀更。彼女の身に何が起こっているのか不明のいま、一秒でも早く怪魔たちを片付けねば、音楽堂に近寄ることができない。
焦りが積み重なっていく。
早くなんとかしなければ。エリックとルーカスの体力は無限ではないのだから。
(くそっ!)
王黎の脳裏に撤退の二文字が浮かんだ、その時だった。
「王黎!」
猛々しい声で王黎の名を呼ぶ声が、背後から聞こえてきた。
「ユルゲンくん!?」
振り向いて光球の明るさの下に現れた姿を視界に入れると、王黎の表情に希望が宿った。
「紀更は!? なんだよこの数の怪魔は!」
腰元から両刀を抜いて構えながら、ユルゲンは厳しい表情で問う。そのユルゲンの隣には、同じく得物を構える二人の男の姿があった。
「紀更は音楽堂の中にいる! そちらの二人は!?」
「オレは楊。ユルゲンとウージャハラ草原でパーティを組んだ傭兵だ」
「同じく、ミケルだ」
「付いてきてもらって正解だな。楊、ミケル、とっとと片付けるぞ!」
交わす言葉もそこそこに、傭兵三人は怪魔へ向かっていく。
走り出した三人の背中に、王黎は大声で指示を出した。
「ユルゲンくんは左手のドサバトへ! ルーカスくん、ユルゲンくんの援護を!」
「はいっ!」
「楊さんとミケルくんは右手のクフヴェにダメージを! 少ししたら操言の加護を与えます!」
「了解っ!」
ルーカスは、明るくなって見えるようになったクフヴェの蔓を長剣で払いつつ、ドサバトに近付いたり離れたりして注意を引きつけた。時折、キヴィネが光の縄に苦しみながらも電撃を飛ばしてくるが、電撃はこちらに届く前の、練られる際のビリリという音が特徴的なので、その音が聞こえた瞬間にルーカスは距離をとってキヴィネの攻撃範囲から逃げた。
「王黎! 武器に加護を!」
クフヴェとドサバトの攻撃を避けつつ、両刀を握ったユルゲンがドサバトの懐にまで入り込んだ。エリックとは違い、胴体を上からではなく横からかっ切るつもりだ。
王黎は言葉を紡ぎ、ユルゲンの両刀がドサバトを両断できるように、操言の加護を与える。加護を得たユルゲンの両刀は、持ち主の軽快な立ち回りに合わせてドサバトを刻んでいった。
怪魔が複数、それも種類違いで出現した場合、最もオーソドックスな戦法は、操言士が操言の力で最上位の怪魔の動きを封じ、その間に下位の怪魔を斃す戦い方だ。上位の怪魔を殲滅するにあたり、下位の怪魔からの横槍が入ると苦戦するためである。
また、怪魔との戦闘は長引かせてはならないのが鉄則だ。人間の体力は怪魔と違って有限だからだ。
「エリックさん、ドサバトを上から狙ってください!」
「了解だ!」
王黎は、右方のエリックに向かって叫んだ。
大樹型のクフヴェの蔓が勢いをつけてしなり、エリックを弾き飛ばそうと空気を切り裂いて闇の中から現れる。だがその蔓は、エリックに付与された操言の加護による見えない壁によってパシンと弾き返された。
エリックは闇夜の中、必死で目を凝らし、蔓の動きに気を配りつつも巨大な蜘蛛のようなシルエットのドサバトを攻撃できる距離まで近付いていく。
ドサバトは口から粘液だったり、砂利を含んだ泥水だったりを吐き出して攻撃してくるが、その攻撃は基本的に直線距離にしか届かない。そんなドサバトを斃すには、攻撃が届かないドサバトの身体の真上に飛び、ひょうたん型の胴体にダメージを与えるのが一番だ。
【地を蹴りて力強く、宙を翔けて軽やかに、受ける衝撃は散開し、その脚は自由を手にする】
王黎が言葉を紡ぐと、エリックの下半身が淡く光った。待っていたと言わんばかりにエリックは地面を蹴る。すると、まるで靴の裏にバネでもついているかのようにエリックの身体は高く舞い上がり、危うく浴びそうだったドサバトの粘液を避けられた。
空中のエリックは長剣を地面と垂直に構え、星明かりに照らされたドサバトの背中の一点を見下ろして叫んだ。
「うおぉぉ!」
エリックの身体が、重力によって地面へと吸い寄せられる。
重力とエリックの気合いの乗った長剣は、ドサバトのひょうたん型の身体に真上から突き刺さった。
「ピィィァアア!」
「ふんっっ!」
ドサバトは苦痛を表現するかのように甲高い悲鳴を上げた。
エリックはドサバトの頭部を蹴って地面に戻り、すぐさま態勢を立て直す。そして、動きのにぶったドサバトの身体や八対の足を、これ以上動き出さないようにするために近いところから切断していった。
「ピァァァァァァ!」
王黎から操言の加護を付与されたエリックの長剣は、やわらかな果物でも切るような軽さでドサバトの身体を刻んでいく。そのダメージが積み重なったドサバトは、ひときわ大きな悲鳴を上げて霧散した。
(まずは一匹!)
王黎は休むことなく左方に視線を配った。
ルーカスはドサバトが吐き出す粘液を避けたり、クフヴェの蔓を長剣でガードしたりしている。防戦一方で、有効な攻勢に出られないようだった。
「くっ……見えないっ!」
正面のラフーア中央音楽堂に向かって左側には、ラフーア音楽院がある。建物の高さは音楽堂より少し低いくらいだが、右方のやや離れた位置にある光学院と違って建物の影が完全に怪魔を覆い尽くしており、暗闇の中から襲ってくる敵の攻撃を見定めるのも攻撃を当てに行こうと近寄るのもかなり困難だった。
「ピァア! ピァア!」
「ルーカスっ!」
「エリックさんは引き続き右のクフヴェの相手を!」
ルーカスを援護するために立ち位置を変えようとしたエリックを、怪魔の唸り声にかき消されないように声を張り上げた王黎が制する。
対峙する怪魔とパーティメンバーの数によって、操言士の支援の仕方は変わってくる。攻撃役である騎士の数が少ない方が、その騎士を支援する操言士はやりやすい。騎士一人の動きに集中できるからだ。それが二人、三人と増えてしまうと、誰がどう動くのか把握が遅れてしまう。
左手にルーカス、右手にエリックと分かれて、それぞれ別々の敵を相手にしてもらった方が、王黎としては戦況全体が見渡せた。
(なぜこの場所に怪魔が出現し、動けるんだ!? 祈聖石の効力が消えてるのか!?)
このあたりはラフーアの中でも祈聖石の守りの効力が強いエリアのはずだ。なぜなら、ラフーア音楽堂の屋根の上にひとつ、そして音楽堂の裏手、少し離れた林の中にもひとつ、祈聖石があるからだ。
だが目の前の怪魔は、そのふたつの祈聖石の守りを無視してここに出現した。それはつまり、ふたつの祈聖石は水の村レイトのそれと同じで、効力を失っているのだろう。
(しかも、今夜は月が細い!)
祈聖石の守りの力もなく、また、怪魔が苦手とする光も今夜は少ない。闇は怪魔を有利にし、人間を不利にさせる。怪魔が暴れるには理想的な環境だ。
王黎は左手のルーカスに向かって叫んだ。
「ルーカスくん、いったん下がって! 怪魔の攻撃が僕に向かないように、注意を引きつけるだけで構わない!」
「了解!」
ルーカスを少し下がらせると、王黎は手のひらを合わせて目を閉じた。
【光の神、カオディリヒス】
脳裏にイメージするのは昼間の空だ。青々と晴れ渡り、目を向ければ眩しくて目が眩む太陽。それは光の神カオディリヒスの化身とも言われ、空からあまねく大地を照らし、人々に恵みと平和をもたらしてくれる。
【内に秘めたる炎の熱、目を焦がすまばゆき光、其が力の一端を我が手に授け給え。光まといし球体の、あたり照らすは陽の光線、闇を払いて我らに味方す、愛しき守りの御力なり】
昼間、頭上に輝く日光。それが、いまこの時だけ再現される様を思い描き、王黎は両手を離すとその手を星空へかかげた。
「最美、守れ!」
戦闘領域上空を周回して飛んでいる最美に向かって叫ぶ。
すると、王黎が両手をかかげたその先。あたりの木々よりも五メイほど高い空中に、光り輝く球体が現れた。その光球の上空を、ニジドリ型の最美がホバリングする。大きな翼を左右に広げたまま、球体が発する熱で暖められた風を腹に受ける形で、最美は羽ばたくことなく空中に座した。王黎の命令通り、それを守るためだ。
太陽を模したその光球は、上空からあたり一帯を照らし出した。ラフーア音楽堂の華麗で荘厳な外壁の意匠も、音楽院のやや古びた木の窓枠も、少し離れた位置にある光学院の門も、昼間のようにとはいかなかったが、識別するには十分なほどはっきりと見える。そして何よりも、四体の怪魔の姿と位置がばっちりと把握できた。
「ピャアアアア!」
――ジジジッ!
――ヒュン、ヒュンッ!
苦手な光に照らされて苦しいのかそれとも怒っているのか、声を発することのできる怪魔ドサバトが、悲鳴に近い声を上げている。キヴィネとクフヴェは声らしきものを発することはないが、断続的な放電音と振り回される蔓が空気を裂く音からして、ドサバトと同じように苦痛を感じているようだ。
そんなクフヴェの振り回す蔓が、上空の光球に当たりそうになる。そのたびにニジドリ型の最美が蔓を避けて別方向へ飛ぶ。すると、最美に従うように光球も空中を移動して、なんとか蔓に当たらずにいた。
(キヴィネとクフヴェが、少し大きいか!)
怪魔は同じ種類でも個体差があり、それは見た目の大きさや攻撃力、防御力に現れる。
見たところ、残るドサバト一匹は標準的だが、キヴィネとクフヴェ二体は標準よりも大きい。キヴィネにいたっては、水の村レイトに出現した個体の一・五倍はありそうだった。
(三……いや、せめてあと二人!)
王黎の中に一抹の焦りが生じる。
たとえ標準の大きさだったとしても、二人の騎士と自分とではやや苦しい戦いだ。今は出現していないが、もしレイトの時と同じように怪魔カルーテが無限に湧き出て加勢してきたら、おそらく撤退するしかない。カルーテが出てこないとしても、怪魔の数と大きさは楽に片付くそれではなく、楽観視はできなかった。
攻撃を引きつける役、ダメージを与えて蓄積し弱らせる役、止めを刺す役――役割分担をして戦略的に戦わないと、この戦力差では勝機を見出せない。だが分担するには、最低あと二人は攻撃役が欲しいところだ。
(それに紀更が……っ)
音楽堂の中に入ったままの紀更。彼女の身に何が起こっているのか不明のいま、一秒でも早く怪魔たちを片付けねば、音楽堂に近寄ることができない。
焦りが積み重なっていく。
早くなんとかしなければ。エリックとルーカスの体力は無限ではないのだから。
(くそっ!)
王黎の脳裏に撤退の二文字が浮かんだ、その時だった。
「王黎!」
猛々しい声で王黎の名を呼ぶ声が、背後から聞こえてきた。
「ユルゲンくん!?」
振り向いて光球の明るさの下に現れた姿を視界に入れると、王黎の表情に希望が宿った。
「紀更は!? なんだよこの数の怪魔は!」
腰元から両刀を抜いて構えながら、ユルゲンは厳しい表情で問う。そのユルゲンの隣には、同じく得物を構える二人の男の姿があった。
「紀更は音楽堂の中にいる! そちらの二人は!?」
「オレは楊。ユルゲンとウージャハラ草原でパーティを組んだ傭兵だ」
「同じく、ミケルだ」
「付いてきてもらって正解だな。楊、ミケル、とっとと片付けるぞ!」
交わす言葉もそこそこに、傭兵三人は怪魔へ向かっていく。
走り出した三人の背中に、王黎は大声で指示を出した。
「ユルゲンくんは左手のドサバトへ! ルーカスくん、ユルゲンくんの援護を!」
「はいっ!」
「楊さんとミケルくんは右手のクフヴェにダメージを! 少ししたら操言の加護を与えます!」
「了解っ!」
ルーカスは、明るくなって見えるようになったクフヴェの蔓を長剣で払いつつ、ドサバトに近付いたり離れたりして注意を引きつけた。時折、キヴィネが光の縄に苦しみながらも電撃を飛ばしてくるが、電撃はこちらに届く前の、練られる際のビリリという音が特徴的なので、その音が聞こえた瞬間にルーカスは距離をとってキヴィネの攻撃範囲から逃げた。
「王黎! 武器に加護を!」
クフヴェとドサバトの攻撃を避けつつ、両刀を握ったユルゲンがドサバトの懐にまで入り込んだ。エリックとは違い、胴体を上からではなく横からかっ切るつもりだ。
王黎は言葉を紡ぎ、ユルゲンの両刀がドサバトを両断できるように、操言の加護を与える。加護を得たユルゲンの両刀は、持ち主の軽快な立ち回りに合わせてドサバトを刻んでいった。
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