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第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃
6.点と点(上)
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宿を出て左手に進み、ライアー通りに出たルーカスは右手に広がる住宅街には目も向けず、街の西口に向かった。
街の中と外の境目付近には、木々が生い茂る森か畑、牧草地などが広がっていることが多い。このあたりも西口に近付くほどに建物は少なくなり、代わりに左手に野菜畑が見えてきた。
街の外へ続く道は徐々に人通りも少なくなり、代わりに、収穫物を荷車に乗せた農民の一行や、おそらくゼルヴァイス城から来たと思われる役人と護衛騎士の一行などの姿が目につくようになる。
西口には「音の街ラフーア」と書かれた木の看板のかかった石造りのアーチが設置されており、街を出入りする人々を出迎えたり見送ったりしている。そのアーチの内側にとどまると、ルーカスはしばし街の外に視線を集中させた。
昨日、ユルゲンは宿に戻らなかった。おそらく依頼内容を満たす数の怪魔を見つけられなかったか、見つけたが退治できなかったのだろう。そのため、昨夜もウージャハラ草原で野宿して過ごしたと思われる。
怪魔は昼を嫌い、夜を好む。もしも昨夜中に依頼が達成できたのなら、今朝か今日の昼くらいには街に戻るはずだが、街に入ってくるぽつぽつとした人の列の中に、ユルゲンの姿は見当たらない。
(まあ、まだ朝だしな。待つか)
急ぐことでもないので、ルーカスはしばらくぼんやりとする。
昨日は一日、王黎の手ほどきを受ける紀更の護衛に気を張っていたため、こうして気持ちを楽にすることが少し気分転換になった。
とはいえ、身体を動かしていることの方が多い職業なので、何もせずぼんやりしているのが気楽だと思える時間はそう長くはない。すぐに昨日と同じで、せめて素振りくらいは、いや筋力鍛錬ぐらいはしたいと、動きたくなってくる。人目はそう気にならないので、少し離れたところで西口のアーチを視界に入れながら鍛錬するか。
そう思って移動しようとした矢先、ぎりぎり視認できる最も遠い場所を歩く三人組が見えた。その中の一人がこちらに近付くにつれて黒髪だということがわかり、ルーカスはほっと息を吐いた。
「ユルゲンさん」
アーチに近付いてきた三人組に声をかけると、男三人の視線がいっせいにルーカスへ注がれた。
「お疲れ様です」
「よお。わざわざ出迎えか」
「王黎殿に頼まれまして」
「ああ」
ルーカスはそれしか言わなかったが、王黎という名前を聞いてユルゲンは納得した。大方、自分が動きやすいように二人の騎士を別々に行動させたのだろう。
「ユルゲン、連れか?」
「水の村レイトから一緒に来た、騎士団のルーカスだ」
「初めまして、ルーカス。俺はミケルだ」
楊が尋ね、ミケルが挨拶として右手を差し出す。
ルーカスはミケルの手を取り、軽い握手を交わした。
「王都騎士団所属、三等騎士ルーカスです」
「オレは楊。フリーの傭兵だ。ユルゲンは強いな。彼がパーティにいると心強いだろう」
楊も右手を差し出し、ルーカスと握手をして陽気に笑った。
「ユルゲンと合流したいだろうが、まずはきらら亭で依頼達成の報告をして報酬を受け取るのが先だ。いいな?」
楊が言うと、ユルゲンもルーカスに言った。
「ルーカス、悪いがどこかで待っているか、付いてきてくれないか」
「ではご一緒します」
話がまとまったところで、四人はきらら亭に向かって移動を始めた。
その道すがら、ルーカスはせっかくなのでミケルに話しかけた。
「ウージャハラ草原は怪魔が多発しているらしいですね。どうでしたか?」
「俺たちはラフーアやレイト周辺で怪魔が多く発生していると聞いてゼルヴァイスから来たんだが、まあ、そのとおりだったな。明らかに普段より数が多いと思うぜ」
「種類はカルーテがほとんどですか?」
「いや、ドサバトもいたな。さすがにキヴィネやゲルーネは見なかったが」
「退治依頼の対象じゃなかったから、ドサバトは遭遇しても逃げたよ。操言の加護が切れるとまずいからな。でも、せっかくだからほかの退治依頼も受けときゃよかったぜ。そしたらもっと稼げたのにな」
楊とミケルは悔しそうな苦笑を交えて交互に答えてくれる。
ゼルヴァイスから来たということは、二人はこのあたりを中心に稼いでいる傭兵なのだろう。つまりフィールドにいる時間が長いはずだ。その傭兵がそう言うのだから、怪魔が通常よりも多発しているのは確実なようだ。
(やっぱり水の村レイトの時と同じなのか)
果たしてこれは偶然の出来事なのか、それとも作為的なものなのか。
ルーカスはさらに尋ねた。
「ラフーアの操言士や騎士も、ウージャハラ草原にいるらしいですね」
「操言士……ああ、そうだな。昨日の昼間は見かけたな」
楊は記憶を掘り起こすように言った。
「夜は見なかったな」
「基本的に出歩かねぇもんな、夜は」
夜は怪魔の活動が活発になるため、襲われる危険性が高い。夜間は都市部の中にいるか、都市部の外にいる場合は営所や小屋で過ごすのが安全だ。それらの場所は近くに祈聖石があるため、一応夜でも安全地帯となっている。
(ローベルという操言士について訊きたいが、おそらく二人は知らないだろうな)
これ以上質問ばかりしていると、逆に怪しまれる可能性がある。
騎士であると身分を明かしている以上、不用意にこちらを疑うことはしないだろうが、ユルゲンがそうであるように傭兵は一般市民と違って勘も鋭いし警戒心も強い。常に自分の命を危険にさらしているため、向けられる敵意や疑惑の眼差し、あるいはこちらの態度の異変を感知することに長けているのだ。
ルーカスはそれ以上、楊とミケルから情報を得ようとするのは諦めた。
きらら亭に到着すると、ルーカス以外の三人は、依頼掲示板の管理者であるきらら亭の亭主に依頼達成の報告に行った。ルーカスはその後ろ姿を、きらら亭の入り口から見守る。
怪魔は普通の生き物と違って、死体が残らない。命尽きた瞬間にその身体は霧散するため、退治したか否か、証拠となるものがない。よって、怪魔退治の完了報告は、基本的に自己申告制だ。虚偽の報告をする者もいるが、嘘はいつかバレるものである。斃されたはずの怪魔やその群れがまだいるとわかれば、虚偽の報告をした人間の信用は地に落ちる。そしてそのような人間の名前はすぐに知れ渡り、依頼を引き受けることは難しくなる。特に傭兵たちが使うことの多い依頼掲示板というシステムは、信頼と信用で運営されているのだ。
その点、楊とミケルはこのあたりでは信用のおける傭兵らしく、きらら亭の亭主は彼らの報告を聞くと、約束の報酬であるいくらかの鋳貨を渡してくれた。それは真の依頼者であるラフーアの町長が、店主を通して支払ってくれる対価だ。
「ユルゲン、報酬の三分の一だ。確認してくれ」
楊はきっちり三等分した鋳貨をユルゲンに手渡した。
傭兵同士の間では、平等で公平であることが重んじられる。今回パーティを組むにあたって、戦闘時の役割にかかわらず報酬は三人で三等分することが条件だった。
「確かに」
鋳貨が報酬額の三分の一であることを確認したユルゲンは、楊とミケルへ順番に拳を突き出した。
「お疲れ」
「おう」
「やったな」
二人はユルゲンの差し出した拳に、己の拳を順番に軽くぶつける。それは依頼達成をねぎらい合う、傭兵同士の間で行われる一種の儀式のようなものだ。
「お前とならまた組んでもいい」
「騎士さんたちと別れたら、俺らと組もうぜ」
「機会があればな」
ニカッと笑う楊とミケルに、ユルゲンも口元を上げてふっと笑った。
二人はそのままきらら亭で昼食をとると言うので、ユルゲンは別れを告げて、入り口付近で待っていたルーカスへ近付いた。
「いいんですか、彼らは」
「ああ、この街にいる間は、またどこかで顔を合わせるだろう」
「あっさりしていますね」
「傭兵なんてこんなもんだ」
一見するとぶっきらぼうで不機嫌そうにも見える傭兵たちだが、使う言葉が短く、ただ飾り気がないだけだ。それが粗野に見えたり薄情に見えたりする人もいるだろうが、当人たちにとってはこれが普通なのだ。命を預け合う瞬間以外は探らず踏み込まず、不用意に慣れ合わない。
「それより、俺はこのあとしばらく宿で睡眠をとりたいんだが、構わないか」
きらら亭を出てなんとなく歩いているようで、ユルゲンの足は宿を目指していた。
「寝てないんですか」
「仮眠程度はとった。いつもならそれで平気なんだが、今はへんに眠くてな」
「自分は構いませんよ。ただ、ウージャハラ草原での怪魔の様子を王黎殿に報告した方がいいのでは?」
そもそも、楊とミケルと即席パーティを組んでユルゲンが怪魔退治に出向いたのは、王黎からの頼み――というより、指示によるものだ。その結果を、一行の司令塔と化しつつある王黎に伝えるべきではないかと、ルーカスは進言した。
「さっき楊とミケルが言っていた以上のことはなかった。怪魔の数は、確かにいつもより多いらしい。キヴィネは見なかったが、カルーテのほかにクフヴェやドサバトがいる。昼間は騎士や操言士が怪魔退治に精を出している。ウージャハラ草原ではそんな感じだ」
「多発の原因とかは」
「さすがにわからねぇな。それに、水の村レイトのような明らかな陽動もなかった。数が多くていつもより群れていて、ただそれだけだ」
「人為的ではない、と」
「さあな。陽動だの本隊だの、レイトと同じ誰かの意図を感じるような事象が起きるとするなら、それは今後だろうな。レイトのことは違和感があると言われればそうだとも思うが、王黎が気にしすぎなんじゃねぇのか、とも思う。まあ、用意周到に準備してレイトを襲った奴がいたとして、今度はラフーアも襲うその理由が俺にはさっぱりわからん」
レイトでの怪魔の動きは異常だった。その異常がラフーアでも起きているのではないか、これから起きるのではないか。王黎は言外にそう危惧している。
エリックとルーカスは、王黎の思うところに共感できた。三人は騎士と操言士で立場は違うものの、「国の防衛」に関わる職務を担っているからだ。
レイトでの異常は、大きな目で見れば国の安全を脅かす可能性につながっているかもしれない。そう懸念するのは、三人の仕事柄だ。
しかしユルゲンはそのような国防の立場にない。レイトにキヴィネが出現したことは異常だと認識するが、その原因や類似の事象について深く考える必要性を感じないのは、仕方がないだろう。
「ユルゲンさんがそう感じたこと、自分が王黎殿にお伝えしておきます」
「いや、少し寝かせてくれたらあとで言うさ」
「王黎殿は、今日も紀更殿と修行なさるそうです。自分はこのあと紀更殿の護衛に行こうかと思っていたので、伝言はそのついでです」
「それなら頼んじまうが、いいのか」
「はい。ユルゲンさんは大事な戦力ですから。眠って体力を回復しておいてください」
ルーカスはさわやかな笑顔を浮かべた。ユルゲンのことを、自分たちの護衛対象である紀更を何かしらの理由で狙う刺客か、あるいはそれ以外の不埒な狙いがある危険人物かもしれないと疑う気持ちはすっかりないようだ。
「んじゃ、ちっとばかし寝かせてもらうぜ」
「モーニングコールは必要ですか」
「要らん。自力で起きるさ」
少しいたずらっぽく尋ねたルーカスに向けて右手を振ったユルゲンは、大股で宿へと向かった。一方のルーカスは街中の祈聖石巡りをしているだろう紀更たちを捜すべく、進路を変えて歩き出した。
◆◇◆◇◆
街の中と外の境目付近には、木々が生い茂る森か畑、牧草地などが広がっていることが多い。このあたりも西口に近付くほどに建物は少なくなり、代わりに左手に野菜畑が見えてきた。
街の外へ続く道は徐々に人通りも少なくなり、代わりに、収穫物を荷車に乗せた農民の一行や、おそらくゼルヴァイス城から来たと思われる役人と護衛騎士の一行などの姿が目につくようになる。
西口には「音の街ラフーア」と書かれた木の看板のかかった石造りのアーチが設置されており、街を出入りする人々を出迎えたり見送ったりしている。そのアーチの内側にとどまると、ルーカスはしばし街の外に視線を集中させた。
昨日、ユルゲンは宿に戻らなかった。おそらく依頼内容を満たす数の怪魔を見つけられなかったか、見つけたが退治できなかったのだろう。そのため、昨夜もウージャハラ草原で野宿して過ごしたと思われる。
怪魔は昼を嫌い、夜を好む。もしも昨夜中に依頼が達成できたのなら、今朝か今日の昼くらいには街に戻るはずだが、街に入ってくるぽつぽつとした人の列の中に、ユルゲンの姿は見当たらない。
(まあ、まだ朝だしな。待つか)
急ぐことでもないので、ルーカスはしばらくぼんやりとする。
昨日は一日、王黎の手ほどきを受ける紀更の護衛に気を張っていたため、こうして気持ちを楽にすることが少し気分転換になった。
とはいえ、身体を動かしていることの方が多い職業なので、何もせずぼんやりしているのが気楽だと思える時間はそう長くはない。すぐに昨日と同じで、せめて素振りくらいは、いや筋力鍛錬ぐらいはしたいと、動きたくなってくる。人目はそう気にならないので、少し離れたところで西口のアーチを視界に入れながら鍛錬するか。
そう思って移動しようとした矢先、ぎりぎり視認できる最も遠い場所を歩く三人組が見えた。その中の一人がこちらに近付くにつれて黒髪だということがわかり、ルーカスはほっと息を吐いた。
「ユルゲンさん」
アーチに近付いてきた三人組に声をかけると、男三人の視線がいっせいにルーカスへ注がれた。
「お疲れ様です」
「よお。わざわざ出迎えか」
「王黎殿に頼まれまして」
「ああ」
ルーカスはそれしか言わなかったが、王黎という名前を聞いてユルゲンは納得した。大方、自分が動きやすいように二人の騎士を別々に行動させたのだろう。
「ユルゲン、連れか?」
「水の村レイトから一緒に来た、騎士団のルーカスだ」
「初めまして、ルーカス。俺はミケルだ」
楊が尋ね、ミケルが挨拶として右手を差し出す。
ルーカスはミケルの手を取り、軽い握手を交わした。
「王都騎士団所属、三等騎士ルーカスです」
「オレは楊。フリーの傭兵だ。ユルゲンは強いな。彼がパーティにいると心強いだろう」
楊も右手を差し出し、ルーカスと握手をして陽気に笑った。
「ユルゲンと合流したいだろうが、まずはきらら亭で依頼達成の報告をして報酬を受け取るのが先だ。いいな?」
楊が言うと、ユルゲンもルーカスに言った。
「ルーカス、悪いがどこかで待っているか、付いてきてくれないか」
「ではご一緒します」
話がまとまったところで、四人はきらら亭に向かって移動を始めた。
その道すがら、ルーカスはせっかくなのでミケルに話しかけた。
「ウージャハラ草原は怪魔が多発しているらしいですね。どうでしたか?」
「俺たちはラフーアやレイト周辺で怪魔が多く発生していると聞いてゼルヴァイスから来たんだが、まあ、そのとおりだったな。明らかに普段より数が多いと思うぜ」
「種類はカルーテがほとんどですか?」
「いや、ドサバトもいたな。さすがにキヴィネやゲルーネは見なかったが」
「退治依頼の対象じゃなかったから、ドサバトは遭遇しても逃げたよ。操言の加護が切れるとまずいからな。でも、せっかくだからほかの退治依頼も受けときゃよかったぜ。そしたらもっと稼げたのにな」
楊とミケルは悔しそうな苦笑を交えて交互に答えてくれる。
ゼルヴァイスから来たということは、二人はこのあたりを中心に稼いでいる傭兵なのだろう。つまりフィールドにいる時間が長いはずだ。その傭兵がそう言うのだから、怪魔が通常よりも多発しているのは確実なようだ。
(やっぱり水の村レイトの時と同じなのか)
果たしてこれは偶然の出来事なのか、それとも作為的なものなのか。
ルーカスはさらに尋ねた。
「ラフーアの操言士や騎士も、ウージャハラ草原にいるらしいですね」
「操言士……ああ、そうだな。昨日の昼間は見かけたな」
楊は記憶を掘り起こすように言った。
「夜は見なかったな」
「基本的に出歩かねぇもんな、夜は」
夜は怪魔の活動が活発になるため、襲われる危険性が高い。夜間は都市部の中にいるか、都市部の外にいる場合は営所や小屋で過ごすのが安全だ。それらの場所は近くに祈聖石があるため、一応夜でも安全地帯となっている。
(ローベルという操言士について訊きたいが、おそらく二人は知らないだろうな)
これ以上質問ばかりしていると、逆に怪しまれる可能性がある。
騎士であると身分を明かしている以上、不用意にこちらを疑うことはしないだろうが、ユルゲンがそうであるように傭兵は一般市民と違って勘も鋭いし警戒心も強い。常に自分の命を危険にさらしているため、向けられる敵意や疑惑の眼差し、あるいはこちらの態度の異変を感知することに長けているのだ。
ルーカスはそれ以上、楊とミケルから情報を得ようとするのは諦めた。
きらら亭に到着すると、ルーカス以外の三人は、依頼掲示板の管理者であるきらら亭の亭主に依頼達成の報告に行った。ルーカスはその後ろ姿を、きらら亭の入り口から見守る。
怪魔は普通の生き物と違って、死体が残らない。命尽きた瞬間にその身体は霧散するため、退治したか否か、証拠となるものがない。よって、怪魔退治の完了報告は、基本的に自己申告制だ。虚偽の報告をする者もいるが、嘘はいつかバレるものである。斃されたはずの怪魔やその群れがまだいるとわかれば、虚偽の報告をした人間の信用は地に落ちる。そしてそのような人間の名前はすぐに知れ渡り、依頼を引き受けることは難しくなる。特に傭兵たちが使うことの多い依頼掲示板というシステムは、信頼と信用で運営されているのだ。
その点、楊とミケルはこのあたりでは信用のおける傭兵らしく、きらら亭の亭主は彼らの報告を聞くと、約束の報酬であるいくらかの鋳貨を渡してくれた。それは真の依頼者であるラフーアの町長が、店主を通して支払ってくれる対価だ。
「ユルゲン、報酬の三分の一だ。確認してくれ」
楊はきっちり三等分した鋳貨をユルゲンに手渡した。
傭兵同士の間では、平等で公平であることが重んじられる。今回パーティを組むにあたって、戦闘時の役割にかかわらず報酬は三人で三等分することが条件だった。
「確かに」
鋳貨が報酬額の三分の一であることを確認したユルゲンは、楊とミケルへ順番に拳を突き出した。
「お疲れ」
「おう」
「やったな」
二人はユルゲンの差し出した拳に、己の拳を順番に軽くぶつける。それは依頼達成をねぎらい合う、傭兵同士の間で行われる一種の儀式のようなものだ。
「お前とならまた組んでもいい」
「騎士さんたちと別れたら、俺らと組もうぜ」
「機会があればな」
ニカッと笑う楊とミケルに、ユルゲンも口元を上げてふっと笑った。
二人はそのままきらら亭で昼食をとると言うので、ユルゲンは別れを告げて、入り口付近で待っていたルーカスへ近付いた。
「いいんですか、彼らは」
「ああ、この街にいる間は、またどこかで顔を合わせるだろう」
「あっさりしていますね」
「傭兵なんてこんなもんだ」
一見するとぶっきらぼうで不機嫌そうにも見える傭兵たちだが、使う言葉が短く、ただ飾り気がないだけだ。それが粗野に見えたり薄情に見えたりする人もいるだろうが、当人たちにとってはこれが普通なのだ。命を預け合う瞬間以外は探らず踏み込まず、不用意に慣れ合わない。
「それより、俺はこのあとしばらく宿で睡眠をとりたいんだが、構わないか」
きらら亭を出てなんとなく歩いているようで、ユルゲンの足は宿を目指していた。
「寝てないんですか」
「仮眠程度はとった。いつもならそれで平気なんだが、今はへんに眠くてな」
「自分は構いませんよ。ただ、ウージャハラ草原での怪魔の様子を王黎殿に報告した方がいいのでは?」
そもそも、楊とミケルと即席パーティを組んでユルゲンが怪魔退治に出向いたのは、王黎からの頼み――というより、指示によるものだ。その結果を、一行の司令塔と化しつつある王黎に伝えるべきではないかと、ルーカスは進言した。
「さっき楊とミケルが言っていた以上のことはなかった。怪魔の数は、確かにいつもより多いらしい。キヴィネは見なかったが、カルーテのほかにクフヴェやドサバトがいる。昼間は騎士や操言士が怪魔退治に精を出している。ウージャハラ草原ではそんな感じだ」
「多発の原因とかは」
「さすがにわからねぇな。それに、水の村レイトのような明らかな陽動もなかった。数が多くていつもより群れていて、ただそれだけだ」
「人為的ではない、と」
「さあな。陽動だの本隊だの、レイトと同じ誰かの意図を感じるような事象が起きるとするなら、それは今後だろうな。レイトのことは違和感があると言われればそうだとも思うが、王黎が気にしすぎなんじゃねぇのか、とも思う。まあ、用意周到に準備してレイトを襲った奴がいたとして、今度はラフーアも襲うその理由が俺にはさっぱりわからん」
レイトでの怪魔の動きは異常だった。その異常がラフーアでも起きているのではないか、これから起きるのではないか。王黎は言外にそう危惧している。
エリックとルーカスは、王黎の思うところに共感できた。三人は騎士と操言士で立場は違うものの、「国の防衛」に関わる職務を担っているからだ。
レイトでの異常は、大きな目で見れば国の安全を脅かす可能性につながっているかもしれない。そう懸念するのは、三人の仕事柄だ。
しかしユルゲンはそのような国防の立場にない。レイトにキヴィネが出現したことは異常だと認識するが、その原因や類似の事象について深く考える必要性を感じないのは、仕方がないだろう。
「ユルゲンさんがそう感じたこと、自分が王黎殿にお伝えしておきます」
「いや、少し寝かせてくれたらあとで言うさ」
「王黎殿は、今日も紀更殿と修行なさるそうです。自分はこのあと紀更殿の護衛に行こうかと思っていたので、伝言はそのついでです」
「それなら頼んじまうが、いいのか」
「はい。ユルゲンさんは大事な戦力ですから。眠って体力を回復しておいてください」
ルーカスはさわやかな笑顔を浮かべた。ユルゲンのことを、自分たちの護衛対象である紀更を何かしらの理由で狙う刺客か、あるいはそれ以外の不埒な狙いがある危険人物かもしれないと疑う気持ちはすっかりないようだ。
「んじゃ、ちっとばかし寝かせてもらうぜ」
「モーニングコールは必要ですか」
「要らん。自力で起きるさ」
少しいたずらっぽく尋ねたルーカスに向けて右手を振ったユルゲンは、大股で宿へと向かった。一方のルーカスは街中の祈聖石巡りをしているだろう紀更たちを捜すべく、進路を変えて歩き出した。
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