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第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃
5.偵察結果(中)
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「我々騎士だけでは太刀打ちできない怪魔でも、操言士が操言の力を使ってサポートしてくれれば有効なダメージを与えられるようになります」
「わかりやすく言うと、操言の力を武器に宿すとか与えるとか、祈聖石と同じ感じだね。ある特定の物質に、操言士が祈りを込めて操言の力を与える。その与えられた力を〝操言の加護〟と呼び、普通の武器であっても操言の加護が付与されていれば強い怪魔相手に攻撃が通るようになるんだ」
「なるほど、それを被加護の武器と呼ぶんですね」
「操言士の中には、フィールドへ出る騎士や傭兵たちの武器に操言の加護を施すことを主業務とする人もいるくらいなんだ。生活器と同じくらい、需要があるってことだね」
「操言士は光の神様カオディリヒスから操言の力を授かったと言われていますが、怪魔は昼を嫌って夜を好むと言われています。闇の存在である怪魔が光を嫌うので、操言の加護が有効なのかもしれませんね」
(光を嫌う、闇の存在?)
ルーカスの言葉に紀更は何か引っ掛かりを覚えた。
怪魔は確かに夜に出現することが多いが、決して昼間に姿を見せないわけではない。夜に活動するということは、光を嫌っているということになるのだろうか。闇が光を嫌うと言うが、光と闇は、本当に光に軍配が上がるのだろうか。
その引っ掛かりはとても小さく感覚的なもので、わかりやすく整理し、言葉で表現して他者に理解してもらうのは難しかったため、紀更は声に出して言うことはなかった。しかし、小さくもはっきりとした違和感が、喉に刺さった小骨のように気になった。
「だけど、操言の力は無限、無敵じゃない。武器に操言の加護を授けても、その武器の使用回数や時間経過によって、加護は切れてしまうんだ。だから怪魔退治のパーティには必ず操言士がいるといいね。肝心な時に操言の加護がなくなったんじゃ、とても困るからね」
王黎がそう言うとエリックとルーカスは無言で頷き、同感を表明した。
(闇を……夜を好む敵……操言士が戦うべき敵、怪魔)
怪魔が人の「敵」であり脅威である以上、人が人らしく生活していくためには怪魔を排除しなければならない。けれど、どこからともなく湧くように出現する怪魔を、人はいつまで敵とすればいいのだろう。この世界に怪魔が存在する意味とは何なのだろう。なぜそんな存在がこの世界にいるのだろう。なぜ闇を好み、光を嫌うのだろう。それは怪魔という存在が自ら選んだ好みなのだろうか。
では、もしも世界がずっと光に包まれていれば、怪魔は存在しないだろうか。闇が消えてなくなればいいのだろうか。
(でもそれじゃ……)
――闇がなかったら、私はきっと……。
きっと……なんだっけ。あれは誰に語りかけていたんだっけ。
「紀更様?」
テーブルの上をぼうっと見つめたまま黙りこくった紀更に、最美の声がかかる。紀更は何度か呼ばれてから、ようやく気が付いた。
「どうかしましたか」
「あ、いえ……。ユルゲンさん、被加護の武器じゃないけど大丈夫かなって」
早口で紀更が言うと、王黎が答えた。
「被加護の武器は止めを刺すのにとっておくのが定石だから、被加護の武器じゃない場合、前衛を担うことが多いね。たぶん、ユルゲンくんが前衛に立って怪魔を衰弱させて、別の仲間が被加護の武器で斃すんじゃないかな」
「それって、つまりユルゲンさんは一番危ない役目ってことですよね」
「怪魔に遭遇したら真っ先に応戦しないといけないからね。でも、彼は傭兵の街出身の傭兵だ。キヴィネが三体とか、よっぽど強力な群れじゃなければ、きっと大丈夫だよ」
王黎は紀更を安心させるようににっこりとほほ笑んだ。
そうして夕食を終え、五人はきらら亭を出て夜道を歩いた。すっかり陽は沈み、室内から漏れ出る明灯器の灯りでどうにか周囲の様子が見える程度だ。
宿に戻って一階の受付を過ぎる。階段を上って客室へ向かうその途中で、エリックはそっと王黎の肩をたたいた。無言で振り向いた王黎に、エリックは黙ったまま顎をしゃくる。
「紀更、明日もまた修行するからそのつもりでね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
王黎は先行く紀更たちにそう声をかけると、女性陣二人が客室の中へ入っていくのを見守った。そして廊下から二人がいなくなると、エリックを先に歩かせてエリックとルーカスの客室に入った。
「紀更殿の護衛任務上、ルーカスも同席させるが構わないな?」
部屋に入るなり、エリックは前置きもなく尋ねた。王黎は手近の椅子に腰を下ろしつつ、どうぞと短く返事をする。
「エリックさん、何かあったんですか」
「今日ラフーア騎士団本部にいたのは、王黎殿の頼みで情報収集をしていたからなんだ」
「ああ……」
ルーカスは何かを悟ったようで、エリックの話を聞く態勢に入った。
「まず、レイトと同じように怪魔が不自然に多発していないか聞いてみたが、答えは是だった。だいたい二日前くらいから、特にウージャハラ草原で怪魔の出現頻度が高くなっているらしい。見習い騎士たちの初期実戦を実施しようとしたが、安全性を考えて控えているそうだ。ユルゲンが怪魔の群れの退治依頼を受けていたが、そんな依頼を簡単に受けられるくらいだからな。いつもより怪魔が多いのは確かなのだろう」
「少なくとも、ひよっこたちを連れて訓練に行けない程度には多いというわけですね」
「さいわい、エンク台地はそれほどでもないらしい。異常はウージャハラ草原だ。今夜も操言士が何名か、ウージャハラ草原に近い営所にいるらしい。騎士も一緒にな」
「レイトで起きた祈聖石の異変については、王都の操言士団に僕が伝えました。それを受けて、王都の本部がラフーア操言支部に、祈聖石の巡回強化を命じているんです」
「一応、騎士団と操言士団で連携はとれている、か」
「そうですね。でも、状況がレイトと似ている気がします。ウージャハラ草原に怪魔が多発し、操言士と騎士の一部が街を離れている……」
王黎の表情は曇った。
騎士と操言士の連携がとれているからといって、安心安全というわけではない。騎士も操言士も、いつも以上に緊張していないといけない異常事態が、すでに起きているのだ。何より、都市部内の戦力が若干とはいえ低下している。
「ほかには何か聞けましたか?」
「いや、それくらいだな」
「エリックさん、水の村レイトのように、怪魔が陽動部隊と本隊に分かれて街を襲う可能性があるってことでしょうか」
ルーカスが前のめりに尋ねる。エリックは首を横に振った。
「それはわからない。ただ、紀更殿がまた危険にさらされてはいけないからな。その可能性を考えておくにこしたことはないだろう」
エリックにとって最優先事項は、あくまでも騎士団から命じられた任務、「紀更の護衛」だ。〝特別な操言士〟である紀更が安全に祈聖石巡礼の旅を続けられるように、危険性は可能な限り排除したい。
「エリックさん、ローベルという操言士の名前は聞きませんでしたか」
「ローベル? いや、特に聞いてはいないが。どうかしたのか」
「最美に、ラフーアに常駐している操言士たちの居所を調べてもらったところ、ローベルという操言士だけが行方不明でした」
「行方不明?」
エリックは怪訝そうに眉を吊り上げた。
「別の都市部へ遠出しているのではないか? あるいは殉職か」
「その可能性もありますが、わかりません。ほかにも二名ほど、少し挙動の怪しい操言士がいますがこちらは二名なので、おそらく謀をしているというより、むしろ何かの謀を暴こうとしているのかもしれません」
挙動の怪しい操言士のうち一名が、ネーチャヴィンという支部長の右腕であることに、王黎はあえて触れなかった。
「行方不明の操言士ローベルについては、共同墓地の墓石に名前が刻まれていないか、明日、最美に調べてもらう予定です」
「ひとまず怪魔の方が問題か」
「ええ。もしこれがまた、都市部が怪魔に襲われる前触れだとしたら」
「厄介ですね。ラフーアはレイトよりも広いです。東西南北、どの方角から来るか」
「操言士団は祈聖石の巡回を強化しているのだろう? レイトのように、祈聖石が無効化される心配はないと思いたいのだが」
「同感ですが」
王黎は黙った。
レイトでの怪魔多発、無効化された祈聖石。そして、ラフーア周辺での怪魔多発、行方不明の操言士。何か、普通ではない状況になっている気がする。しかし、情報不足で憶測しかできない段階ならば、あれこれ深く悩んでも仕方ないだろう。
「優先すべきは、とにかく紀更殿の安全だ。一人には決してさせない。いいな、ルーカス」
「はい、紀更殿の傍に常にいるようにします」
「最美にも、有事の際は紀更の傍についているように言っておきます」
エリックが優先順位を示すと、ルーカスと王黎は頷いた。
「王黎殿、ラフーアをすぐにでも出立した方がいいと思うが、どうする」
「移動はもう少し待ってください。せめて一か所くらいは、ラフーア内にある祈聖石の場所を紀更に教えてあげたいし、エリックさんとの約束も果たしたい。それに、次はゼルヴァイス城を目指したいと考えていますが、いまウージャハラ草原を通るのは少し危険かもしれません」
エリックとの約束。それは、騎士団へ情報収集に行く代わりに、紀更の対怪魔戦における戦力向上を図るというものだ。それは一朝一夕で叶うことではないので、時間をかけてでも着実に修行させる必要がある。
「約束はゼルヴァイスの地で果たしてくれても構わないぞ。修行をするのに、ゼルヴァイスでも不都合はないのだろう」
「ええ、まあ、それはそうなんですけど。ゼルヴァイスに行くには、ウージャハラ草原とエンク台地を抜ける必要があるじゃないですか。せめてその前に教えておきたいことがいろいろとあるんですよー」
子供がふてくされてそっぽを向くように、王黎は幼い表情を作った。
王黎とエリックの間で交わされた約束を知らないルーカスは、わからないなりに「まあまあ」と王黎をなだめる。
「では、明日は待とう。だが、可能なら明後日の朝には出立した方がいい。ゼルヴァイス城へは一日ではたどり着かん。途中、営所で夜を明かす必要がある。何も起きないうちに移動した方がいいだろう」
エリックはそう言って窓の外を見た。ラフーアの夜は、昼間の街中に流れた音楽の旋律が残っているかのように、少しだけ喧騒が続いた。
◆◇◆◇◆
「わかりやすく言うと、操言の力を武器に宿すとか与えるとか、祈聖石と同じ感じだね。ある特定の物質に、操言士が祈りを込めて操言の力を与える。その与えられた力を〝操言の加護〟と呼び、普通の武器であっても操言の加護が付与されていれば強い怪魔相手に攻撃が通るようになるんだ」
「なるほど、それを被加護の武器と呼ぶんですね」
「操言士の中には、フィールドへ出る騎士や傭兵たちの武器に操言の加護を施すことを主業務とする人もいるくらいなんだ。生活器と同じくらい、需要があるってことだね」
「操言士は光の神様カオディリヒスから操言の力を授かったと言われていますが、怪魔は昼を嫌って夜を好むと言われています。闇の存在である怪魔が光を嫌うので、操言の加護が有効なのかもしれませんね」
(光を嫌う、闇の存在?)
ルーカスの言葉に紀更は何か引っ掛かりを覚えた。
怪魔は確かに夜に出現することが多いが、決して昼間に姿を見せないわけではない。夜に活動するということは、光を嫌っているということになるのだろうか。闇が光を嫌うと言うが、光と闇は、本当に光に軍配が上がるのだろうか。
その引っ掛かりはとても小さく感覚的なもので、わかりやすく整理し、言葉で表現して他者に理解してもらうのは難しかったため、紀更は声に出して言うことはなかった。しかし、小さくもはっきりとした違和感が、喉に刺さった小骨のように気になった。
「だけど、操言の力は無限、無敵じゃない。武器に操言の加護を授けても、その武器の使用回数や時間経過によって、加護は切れてしまうんだ。だから怪魔退治のパーティには必ず操言士がいるといいね。肝心な時に操言の加護がなくなったんじゃ、とても困るからね」
王黎がそう言うとエリックとルーカスは無言で頷き、同感を表明した。
(闇を……夜を好む敵……操言士が戦うべき敵、怪魔)
怪魔が人の「敵」であり脅威である以上、人が人らしく生活していくためには怪魔を排除しなければならない。けれど、どこからともなく湧くように出現する怪魔を、人はいつまで敵とすればいいのだろう。この世界に怪魔が存在する意味とは何なのだろう。なぜそんな存在がこの世界にいるのだろう。なぜ闇を好み、光を嫌うのだろう。それは怪魔という存在が自ら選んだ好みなのだろうか。
では、もしも世界がずっと光に包まれていれば、怪魔は存在しないだろうか。闇が消えてなくなればいいのだろうか。
(でもそれじゃ……)
――闇がなかったら、私はきっと……。
きっと……なんだっけ。あれは誰に語りかけていたんだっけ。
「紀更様?」
テーブルの上をぼうっと見つめたまま黙りこくった紀更に、最美の声がかかる。紀更は何度か呼ばれてから、ようやく気が付いた。
「どうかしましたか」
「あ、いえ……。ユルゲンさん、被加護の武器じゃないけど大丈夫かなって」
早口で紀更が言うと、王黎が答えた。
「被加護の武器は止めを刺すのにとっておくのが定石だから、被加護の武器じゃない場合、前衛を担うことが多いね。たぶん、ユルゲンくんが前衛に立って怪魔を衰弱させて、別の仲間が被加護の武器で斃すんじゃないかな」
「それって、つまりユルゲンさんは一番危ない役目ってことですよね」
「怪魔に遭遇したら真っ先に応戦しないといけないからね。でも、彼は傭兵の街出身の傭兵だ。キヴィネが三体とか、よっぽど強力な群れじゃなければ、きっと大丈夫だよ」
王黎は紀更を安心させるようににっこりとほほ笑んだ。
そうして夕食を終え、五人はきらら亭を出て夜道を歩いた。すっかり陽は沈み、室内から漏れ出る明灯器の灯りでどうにか周囲の様子が見える程度だ。
宿に戻って一階の受付を過ぎる。階段を上って客室へ向かうその途中で、エリックはそっと王黎の肩をたたいた。無言で振り向いた王黎に、エリックは黙ったまま顎をしゃくる。
「紀更、明日もまた修行するからそのつもりでね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
王黎は先行く紀更たちにそう声をかけると、女性陣二人が客室の中へ入っていくのを見守った。そして廊下から二人がいなくなると、エリックを先に歩かせてエリックとルーカスの客室に入った。
「紀更殿の護衛任務上、ルーカスも同席させるが構わないな?」
部屋に入るなり、エリックは前置きもなく尋ねた。王黎は手近の椅子に腰を下ろしつつ、どうぞと短く返事をする。
「エリックさん、何かあったんですか」
「今日ラフーア騎士団本部にいたのは、王黎殿の頼みで情報収集をしていたからなんだ」
「ああ……」
ルーカスは何かを悟ったようで、エリックの話を聞く態勢に入った。
「まず、レイトと同じように怪魔が不自然に多発していないか聞いてみたが、答えは是だった。だいたい二日前くらいから、特にウージャハラ草原で怪魔の出現頻度が高くなっているらしい。見習い騎士たちの初期実戦を実施しようとしたが、安全性を考えて控えているそうだ。ユルゲンが怪魔の群れの退治依頼を受けていたが、そんな依頼を簡単に受けられるくらいだからな。いつもより怪魔が多いのは確かなのだろう」
「少なくとも、ひよっこたちを連れて訓練に行けない程度には多いというわけですね」
「さいわい、エンク台地はそれほどでもないらしい。異常はウージャハラ草原だ。今夜も操言士が何名か、ウージャハラ草原に近い営所にいるらしい。騎士も一緒にな」
「レイトで起きた祈聖石の異変については、王都の操言士団に僕が伝えました。それを受けて、王都の本部がラフーア操言支部に、祈聖石の巡回強化を命じているんです」
「一応、騎士団と操言士団で連携はとれている、か」
「そうですね。でも、状況がレイトと似ている気がします。ウージャハラ草原に怪魔が多発し、操言士と騎士の一部が街を離れている……」
王黎の表情は曇った。
騎士と操言士の連携がとれているからといって、安心安全というわけではない。騎士も操言士も、いつも以上に緊張していないといけない異常事態が、すでに起きているのだ。何より、都市部内の戦力が若干とはいえ低下している。
「ほかには何か聞けましたか?」
「いや、それくらいだな」
「エリックさん、水の村レイトのように、怪魔が陽動部隊と本隊に分かれて街を襲う可能性があるってことでしょうか」
ルーカスが前のめりに尋ねる。エリックは首を横に振った。
「それはわからない。ただ、紀更殿がまた危険にさらされてはいけないからな。その可能性を考えておくにこしたことはないだろう」
エリックにとって最優先事項は、あくまでも騎士団から命じられた任務、「紀更の護衛」だ。〝特別な操言士〟である紀更が安全に祈聖石巡礼の旅を続けられるように、危険性は可能な限り排除したい。
「エリックさん、ローベルという操言士の名前は聞きませんでしたか」
「ローベル? いや、特に聞いてはいないが。どうかしたのか」
「最美に、ラフーアに常駐している操言士たちの居所を調べてもらったところ、ローベルという操言士だけが行方不明でした」
「行方不明?」
エリックは怪訝そうに眉を吊り上げた。
「別の都市部へ遠出しているのではないか? あるいは殉職か」
「その可能性もありますが、わかりません。ほかにも二名ほど、少し挙動の怪しい操言士がいますがこちらは二名なので、おそらく謀をしているというより、むしろ何かの謀を暴こうとしているのかもしれません」
挙動の怪しい操言士のうち一名が、ネーチャヴィンという支部長の右腕であることに、王黎はあえて触れなかった。
「行方不明の操言士ローベルについては、共同墓地の墓石に名前が刻まれていないか、明日、最美に調べてもらう予定です」
「ひとまず怪魔の方が問題か」
「ええ。もしこれがまた、都市部が怪魔に襲われる前触れだとしたら」
「厄介ですね。ラフーアはレイトよりも広いです。東西南北、どの方角から来るか」
「操言士団は祈聖石の巡回を強化しているのだろう? レイトのように、祈聖石が無効化される心配はないと思いたいのだが」
「同感ですが」
王黎は黙った。
レイトでの怪魔多発、無効化された祈聖石。そして、ラフーア周辺での怪魔多発、行方不明の操言士。何か、普通ではない状況になっている気がする。しかし、情報不足で憶測しかできない段階ならば、あれこれ深く悩んでも仕方ないだろう。
「優先すべきは、とにかく紀更殿の安全だ。一人には決してさせない。いいな、ルーカス」
「はい、紀更殿の傍に常にいるようにします」
「最美にも、有事の際は紀更の傍についているように言っておきます」
エリックが優先順位を示すと、ルーカスと王黎は頷いた。
「王黎殿、ラフーアをすぐにでも出立した方がいいと思うが、どうする」
「移動はもう少し待ってください。せめて一か所くらいは、ラフーア内にある祈聖石の場所を紀更に教えてあげたいし、エリックさんとの約束も果たしたい。それに、次はゼルヴァイス城を目指したいと考えていますが、いまウージャハラ草原を通るのは少し危険かもしれません」
エリックとの約束。それは、騎士団へ情報収集に行く代わりに、紀更の対怪魔戦における戦力向上を図るというものだ。それは一朝一夕で叶うことではないので、時間をかけてでも着実に修行させる必要がある。
「約束はゼルヴァイスの地で果たしてくれても構わないぞ。修行をするのに、ゼルヴァイスでも不都合はないのだろう」
「ええ、まあ、それはそうなんですけど。ゼルヴァイスに行くには、ウージャハラ草原とエンク台地を抜ける必要があるじゃないですか。せめてその前に教えておきたいことがいろいろとあるんですよー」
子供がふてくされてそっぽを向くように、王黎は幼い表情を作った。
王黎とエリックの間で交わされた約束を知らないルーカスは、わからないなりに「まあまあ」と王黎をなだめる。
「では、明日は待とう。だが、可能なら明後日の朝には出立した方がいい。ゼルヴァイス城へは一日ではたどり着かん。途中、営所で夜を明かす必要がある。何も起きないうちに移動した方がいいだろう」
エリックはそう言って窓の外を見た。ラフーアの夜は、昼間の街中に流れた音楽の旋律が残っているかのように、少しだけ喧騒が続いた。
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