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第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃
5.偵察結果(上)
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「あ、ルーカスさん、演奏してますよ!」
ラフーア光学院の敷地を後にした紀更とルーカスが北坂を下ってザッハー広場に出ると、ちょうど広場ステージで四人の音楽家が演奏をしているところだった。
「少し聴いてみましょうか」
紀更が興味を示したので、ルーカスは紀更をエスコートして広場ステージに向かう。あいにくとステージ前の長椅子はすでに聴衆たちで満席となっており、立ち見となった。
ステージに立っている四人は、それぞれ違う楽器を持っている。紀更に音楽の深い知識はないので、楽器の名前がわかるはずもなく、横長の笛、縦長の笛、少し太くて長い縦長の笛、もっと太くて長い縦長の笛、ということしかわからない。けれども四つの楽器が奏でる音楽は軽やかで、それでいてどこか哀愁がただよっており、夕暮れ時にぴったりの雰囲気を作っていた。
「素敵な曲ね」
「これ、モーリスの新曲なんですって」
紀更とルーカスの前にいる婦人二人がおしゃべりを始める。一応気を遣って声の大きさは落としていたが、楽器の音に負けないようにと、話が進むにつれて自然と二人の声のボリュームは増していった。
「モーリスって、あの横笛の方?」
「音楽院では奏者として学んでいたらしいのですけれど、卒業後、作曲家としても活動を始めたんですって」
「まあ、素晴らしいわ。ふたつも才能があるなんて!」
「噂ですけれど、一曲書いてほしいと王都から依頼もきているそうよ」
「あらあら! おいくつなの? あなたご存じ?」
「確か二十二、三、ぐらいでしたわよ。娘の相手に、ってアピールするなら早めにしなくちゃね」
「そうね、王都からも依頼されるような優秀な音楽家なんて、素敵よねえ」
婦人のおしゃべりに影響されて、紀更はついつい、横笛を吹く青年をじっと見つめてしまった。
普段着より少しめかし込んだ臙脂色の服に、さらさらとした短い銀髪。ほかの三人の奏者と楽しそうに視線を交えたり、時折、客席に視線を投げてほほ笑んでみせたり、人前で演奏することにとても慣れているようだった。
「すごいですねえ」
紀更は思わず呟いた。
きっと自分があの横笛を持たされても、壊してしまわないか心配であたふたするだけだろう。それなのに、モーリスという青年は楽器を演奏するだけでなく、自分で新しい曲を作るという。自分が吹く横笛のメロディーだけでなく、ほかの縦笛の分も合わせて曲を作るなどいったいどういう手順で行われるのか、紀更には皆目見当もつかない。
「ラフーアの音楽家たちは、生きてる世界が違う気がしますよね」
紀更の隣でルーカスは苦笑した。剣を振るう騎士の世界に身を置いているルーカスも音楽とは縁遠く、きっと紀更と同じ感覚なのだろう。
やがて演奏が終わり、舞台上の四人は丁寧にお辞儀をした。客席からは拍手や指笛が飛び交い、奏者に駆け寄って花束や手紙を渡す若い娘の姿もあった。この街の住民の、音楽家への尊敬と愛情がありありと見て取れるようだった。
「行きましょうか、紀更殿」
「はい」
そんなステージ付近の様子をほほ笑ましく思いながら、二人はライアー通りへ向かい、騎士団本部を目指した。
エリックと合流した紀更とルーカスは、その足できらら亭へ向かった。あとで王黎と、もしかしたらユルゲンや最美が合流することも考え、大人数で囲める丸テーブルの席を所望し、着席する。
「エリックさんは一日中騎士団本部にいたんですか」
各々注文をすませ、食事が運ばれてくるのを待ちながら雑談をする。
紀更が問いかけると、エリックはかすれた声で頷いた。
「ああ……」
「なんだかお疲れですね」
「いや……」
否定はしてみるものの、エリックの表情には疲労が浮かび、声には覇気がない。
紀更が大丈夫ですか、と声をかけると、ルーカスが苦笑した。
「鍛錬に付き合わされましたか、エリックさん」
先に運ばれてきた果実酒をエリックの盃に注ぎながら、ルーカスは問いかけた。エリックは渋々白状するような表情で答える。
「初期訓練で三十人ほどな」
「三十人?」
紀更が繰り返すと、ルーカスが補足した。
「三十人の見習い騎士と手合わせをして、その都度直すべきところ、鍛えるべきところを指導したんですね」
喋る気力もないのか、エリックはぐったりと頷いた。
「普通、一人で相手にする人数は十人程度ですから、その三倍ですね」
エリックに代わってルーカスが解説すると、紀更は憐れみの表情を浮かべた。
「お、お疲れ様です」
初期訓練で三十人と手合わせをする。それがいかほどの重労働なのか、紀更にはわからない。だが、怪魔を相手にしてもここまでの疲労困憊を浮かべはしなかったエリックが、こんなにもはっきりと気力と体力を削られているので相当のものなのだろう。
「すごいですね。三十人も見習い騎士さんがいるんですね」
「最初はそれくらいの人数が普通ですよ。訓練の厳しさについていけず、脱落していく見習いも多いんです」
雑談の合間に、店員が三人分の食事を給仕しにくる。そして配膳が終わる頃、紀更たちのテーブルに王黎と最美がやって来た。
「やあ、お疲れ様~」
「お疲れ様です、王黎殿。用事はもういいのですか」
「うん、ひとまずね」
王黎と最美は椅子を引いて腰を下ろしつつ、店員をつかまえて注文をする。
紀更は一日ぶりに見る最美に声をかけた。
「最美さんも用事が終わったんですね」
「ええ。でも明日、また少し別行動をさせていただきますわね」
「紀更、今夜は最美も宿にいるから安心して寝るといいよ。添い寝が必要なら――」
「――い、り、ま、せ、ん!」
昨夜と同じ手法でからかってくる王黎の言葉を、紀更は強い口調で遮った。
五人は軽い乾杯を交わしてから、それぞれの食事に手を伸ばし始める。
「ユルゲンくんはまだ戻らないか」
王黎がぽつりと呟くと、紀更は不安げに言った。
「怪魔退治、難しいんでしょうか」
「難しいというか、目当ての怪魔に遭遇できるかどうかだからね。昨日の夜に遭遇できてなかったら、今夜もチャンスをうかがわないといけないし」
「あ、王黎師匠!」
王黎に訊きたかったことをふと思い出して、紀更は声を上げた。ざっくりと切られた大きめの野菜が入ったバターライスを頬張りながら、王黎はなんだい、と返事をする。
「昨日、ユルゲンさんが言っていたひかごの武器って何ですか」
「ああ、被加護ね」
野菜を口の中でしっかりと噛み砕き飲み込んでから、王黎は説明した。
「最弱の怪魔カルーテならルーカスくんたちの持つ普通の武器でも斃せるんだけど、キヴィネぐらいの強い怪魔になると、普通の武器じゃダメージを与えられないんだ」
「キヴィネの鉄の箱みたいな身体が、とても硬いからですか」
「怪魔の身体の詳しいことはわかっていないけど、そういう物理的な相性というより、なんていうのかな。たとえば死んだはずの人がなぜか目の前に現れたとして、その人の姿に包丁が刺さるかというと、たぶん刺さらないよね? そんな感じなんだ」
「怪魔は普通の生き物じゃない……何か不思議な存在だから?」
「まあ、そんなところだね」
王黎は再びバターライスを頬張った。王黎の説明を、ルーカスが引き継ぐ。
「現在確認されている怪魔は六種類で、弱い方からカルーテ、スミエル、クフヴェ、ドサバト、キヴィネ、ゲルーネと呼ばれています。怪魔が大陸に現れたのは、百から百二十年ほど前、アレクサンドロス王の治世の頃と言われています。オリジーア国内だけでなく、怪魔は他国の領土にも出現すると言われていますが、オリジーアは他国と国交がないので詳細はわかりません。ただ、怪魔は普通の生き物ではない。この百年間、怪魔の脅威と戦い続けてきてそれだけははっきりとしています」
「普通の生き物ではないと、どうしてわかるんでしょうか」
ルーカスの話を聞いていた紀更は疑問に思った。
当たり前のように語られる事実は、どのようにして突き止められたのだろう。キヴィネの見た目は動物っぽくないが、カルーテは巨大なネズミのように見えなくもない。ネズミにしては犬のような四本足なので、だいぶ違和感は覚えるが。
「生き物と定義されている存在は、活動するためにエネルギーを必要とし、生きているかぎりなんらかの方法でそれを摂取し続けるものだよね」
口の中で咀嚼していたものを飲み込んだ王黎が、紀更の疑問に答える。
「そして、手段はどうあれ次世代を作り、種全体の継続を恒久的に努力するものだ。そう定義付けした〝普通の生き物〟と比べた場合、怪魔はエネルギーを摂取しないし次世代も作らない。だから普通の生き物ではないとされているんだ」
「でも怪魔は人や家畜を襲いますよね? それはエネルギー摂取が目的なのでは」
「確かに、怪魔は普通の生き物を襲う。でも狼がウサギを狩って捕食するのとは違うんだ。怪魔に襲われた生物は、息の根を止められこそすれ、捕食はされない。失血死による死骸に、捕食の痕跡は見られないんだ」
「なるほど」
そう断定されているということは、怪魔に殺された家畜の死体、もしくは人の遺体をまじまじと観察した人がかつていた、ということなのだろう。
紀更は思わずそんな想像をしてしまい、急激に食欲が下がるのを感じた。運ばれてきた夕食の半分以上を食べたあとに聞いてよかった。
王黎は食欲が減退することはないのか、涼しい顔でなおも説明を続ける。
「斃されると身体が霧散する、というのが普通の生物とは言いがたい決定的な特徴だけど、次世代を作らない点からも真っ当な生物とは言えないね。この百年間、怪魔の幼生体や老体というのは目撃されていない。どういう経緯で発生しているのかわからないけど、赤子として生まれて成長して老いて死ぬ、という生老病死が怪魔にはないみたいだね」
「だから怪魔は普通の生物ではなく不思議な存在なんですね」
「そう。そして原理はわからないけど、強い怪魔になればなるほど物理攻撃が通らなくなる。カルーテなら剣で両断すれば身体が霧散して死ぬ、つまり斃すことができるけど、強い怪魔を退治するのに剣の攻撃では限界がある」
「そこで我々に必要なのが操言士なんです」
ルーカスは真面目な表情で言った。
ラフーア光学院の敷地を後にした紀更とルーカスが北坂を下ってザッハー広場に出ると、ちょうど広場ステージで四人の音楽家が演奏をしているところだった。
「少し聴いてみましょうか」
紀更が興味を示したので、ルーカスは紀更をエスコートして広場ステージに向かう。あいにくとステージ前の長椅子はすでに聴衆たちで満席となっており、立ち見となった。
ステージに立っている四人は、それぞれ違う楽器を持っている。紀更に音楽の深い知識はないので、楽器の名前がわかるはずもなく、横長の笛、縦長の笛、少し太くて長い縦長の笛、もっと太くて長い縦長の笛、ということしかわからない。けれども四つの楽器が奏でる音楽は軽やかで、それでいてどこか哀愁がただよっており、夕暮れ時にぴったりの雰囲気を作っていた。
「素敵な曲ね」
「これ、モーリスの新曲なんですって」
紀更とルーカスの前にいる婦人二人がおしゃべりを始める。一応気を遣って声の大きさは落としていたが、楽器の音に負けないようにと、話が進むにつれて自然と二人の声のボリュームは増していった。
「モーリスって、あの横笛の方?」
「音楽院では奏者として学んでいたらしいのですけれど、卒業後、作曲家としても活動を始めたんですって」
「まあ、素晴らしいわ。ふたつも才能があるなんて!」
「噂ですけれど、一曲書いてほしいと王都から依頼もきているそうよ」
「あらあら! おいくつなの? あなたご存じ?」
「確か二十二、三、ぐらいでしたわよ。娘の相手に、ってアピールするなら早めにしなくちゃね」
「そうね、王都からも依頼されるような優秀な音楽家なんて、素敵よねえ」
婦人のおしゃべりに影響されて、紀更はついつい、横笛を吹く青年をじっと見つめてしまった。
普段着より少しめかし込んだ臙脂色の服に、さらさらとした短い銀髪。ほかの三人の奏者と楽しそうに視線を交えたり、時折、客席に視線を投げてほほ笑んでみせたり、人前で演奏することにとても慣れているようだった。
「すごいですねえ」
紀更は思わず呟いた。
きっと自分があの横笛を持たされても、壊してしまわないか心配であたふたするだけだろう。それなのに、モーリスという青年は楽器を演奏するだけでなく、自分で新しい曲を作るという。自分が吹く横笛のメロディーだけでなく、ほかの縦笛の分も合わせて曲を作るなどいったいどういう手順で行われるのか、紀更には皆目見当もつかない。
「ラフーアの音楽家たちは、生きてる世界が違う気がしますよね」
紀更の隣でルーカスは苦笑した。剣を振るう騎士の世界に身を置いているルーカスも音楽とは縁遠く、きっと紀更と同じ感覚なのだろう。
やがて演奏が終わり、舞台上の四人は丁寧にお辞儀をした。客席からは拍手や指笛が飛び交い、奏者に駆け寄って花束や手紙を渡す若い娘の姿もあった。この街の住民の、音楽家への尊敬と愛情がありありと見て取れるようだった。
「行きましょうか、紀更殿」
「はい」
そんなステージ付近の様子をほほ笑ましく思いながら、二人はライアー通りへ向かい、騎士団本部を目指した。
エリックと合流した紀更とルーカスは、その足できらら亭へ向かった。あとで王黎と、もしかしたらユルゲンや最美が合流することも考え、大人数で囲める丸テーブルの席を所望し、着席する。
「エリックさんは一日中騎士団本部にいたんですか」
各々注文をすませ、食事が運ばれてくるのを待ちながら雑談をする。
紀更が問いかけると、エリックはかすれた声で頷いた。
「ああ……」
「なんだかお疲れですね」
「いや……」
否定はしてみるものの、エリックの表情には疲労が浮かび、声には覇気がない。
紀更が大丈夫ですか、と声をかけると、ルーカスが苦笑した。
「鍛錬に付き合わされましたか、エリックさん」
先に運ばれてきた果実酒をエリックの盃に注ぎながら、ルーカスは問いかけた。エリックは渋々白状するような表情で答える。
「初期訓練で三十人ほどな」
「三十人?」
紀更が繰り返すと、ルーカスが補足した。
「三十人の見習い騎士と手合わせをして、その都度直すべきところ、鍛えるべきところを指導したんですね」
喋る気力もないのか、エリックはぐったりと頷いた。
「普通、一人で相手にする人数は十人程度ですから、その三倍ですね」
エリックに代わってルーカスが解説すると、紀更は憐れみの表情を浮かべた。
「お、お疲れ様です」
初期訓練で三十人と手合わせをする。それがいかほどの重労働なのか、紀更にはわからない。だが、怪魔を相手にしてもここまでの疲労困憊を浮かべはしなかったエリックが、こんなにもはっきりと気力と体力を削られているので相当のものなのだろう。
「すごいですね。三十人も見習い騎士さんがいるんですね」
「最初はそれくらいの人数が普通ですよ。訓練の厳しさについていけず、脱落していく見習いも多いんです」
雑談の合間に、店員が三人分の食事を給仕しにくる。そして配膳が終わる頃、紀更たちのテーブルに王黎と最美がやって来た。
「やあ、お疲れ様~」
「お疲れ様です、王黎殿。用事はもういいのですか」
「うん、ひとまずね」
王黎と最美は椅子を引いて腰を下ろしつつ、店員をつかまえて注文をする。
紀更は一日ぶりに見る最美に声をかけた。
「最美さんも用事が終わったんですね」
「ええ。でも明日、また少し別行動をさせていただきますわね」
「紀更、今夜は最美も宿にいるから安心して寝るといいよ。添い寝が必要なら――」
「――い、り、ま、せ、ん!」
昨夜と同じ手法でからかってくる王黎の言葉を、紀更は強い口調で遮った。
五人は軽い乾杯を交わしてから、それぞれの食事に手を伸ばし始める。
「ユルゲンくんはまだ戻らないか」
王黎がぽつりと呟くと、紀更は不安げに言った。
「怪魔退治、難しいんでしょうか」
「難しいというか、目当ての怪魔に遭遇できるかどうかだからね。昨日の夜に遭遇できてなかったら、今夜もチャンスをうかがわないといけないし」
「あ、王黎師匠!」
王黎に訊きたかったことをふと思い出して、紀更は声を上げた。ざっくりと切られた大きめの野菜が入ったバターライスを頬張りながら、王黎はなんだい、と返事をする。
「昨日、ユルゲンさんが言っていたひかごの武器って何ですか」
「ああ、被加護ね」
野菜を口の中でしっかりと噛み砕き飲み込んでから、王黎は説明した。
「最弱の怪魔カルーテならルーカスくんたちの持つ普通の武器でも斃せるんだけど、キヴィネぐらいの強い怪魔になると、普通の武器じゃダメージを与えられないんだ」
「キヴィネの鉄の箱みたいな身体が、とても硬いからですか」
「怪魔の身体の詳しいことはわかっていないけど、そういう物理的な相性というより、なんていうのかな。たとえば死んだはずの人がなぜか目の前に現れたとして、その人の姿に包丁が刺さるかというと、たぶん刺さらないよね? そんな感じなんだ」
「怪魔は普通の生き物じゃない……何か不思議な存在だから?」
「まあ、そんなところだね」
王黎は再びバターライスを頬張った。王黎の説明を、ルーカスが引き継ぐ。
「現在確認されている怪魔は六種類で、弱い方からカルーテ、スミエル、クフヴェ、ドサバト、キヴィネ、ゲルーネと呼ばれています。怪魔が大陸に現れたのは、百から百二十年ほど前、アレクサンドロス王の治世の頃と言われています。オリジーア国内だけでなく、怪魔は他国の領土にも出現すると言われていますが、オリジーアは他国と国交がないので詳細はわかりません。ただ、怪魔は普通の生き物ではない。この百年間、怪魔の脅威と戦い続けてきてそれだけははっきりとしています」
「普通の生き物ではないと、どうしてわかるんでしょうか」
ルーカスの話を聞いていた紀更は疑問に思った。
当たり前のように語られる事実は、どのようにして突き止められたのだろう。キヴィネの見た目は動物っぽくないが、カルーテは巨大なネズミのように見えなくもない。ネズミにしては犬のような四本足なので、だいぶ違和感は覚えるが。
「生き物と定義されている存在は、活動するためにエネルギーを必要とし、生きているかぎりなんらかの方法でそれを摂取し続けるものだよね」
口の中で咀嚼していたものを飲み込んだ王黎が、紀更の疑問に答える。
「そして、手段はどうあれ次世代を作り、種全体の継続を恒久的に努力するものだ。そう定義付けした〝普通の生き物〟と比べた場合、怪魔はエネルギーを摂取しないし次世代も作らない。だから普通の生き物ではないとされているんだ」
「でも怪魔は人や家畜を襲いますよね? それはエネルギー摂取が目的なのでは」
「確かに、怪魔は普通の生き物を襲う。でも狼がウサギを狩って捕食するのとは違うんだ。怪魔に襲われた生物は、息の根を止められこそすれ、捕食はされない。失血死による死骸に、捕食の痕跡は見られないんだ」
「なるほど」
そう断定されているということは、怪魔に殺された家畜の死体、もしくは人の遺体をまじまじと観察した人がかつていた、ということなのだろう。
紀更は思わずそんな想像をしてしまい、急激に食欲が下がるのを感じた。運ばれてきた夕食の半分以上を食べたあとに聞いてよかった。
王黎は食欲が減退することはないのか、涼しい顔でなおも説明を続ける。
「斃されると身体が霧散する、というのが普通の生物とは言いがたい決定的な特徴だけど、次世代を作らない点からも真っ当な生物とは言えないね。この百年間、怪魔の幼生体や老体というのは目撃されていない。どういう経緯で発生しているのかわからないけど、赤子として生まれて成長して老いて死ぬ、という生老病死が怪魔にはないみたいだね」
「だから怪魔は普通の生物ではなく不思議な存在なんですね」
「そう。そして原理はわからないけど、強い怪魔になればなるほど物理攻撃が通らなくなる。カルーテなら剣で両断すれば身体が霧散して死ぬ、つまり斃すことができるけど、強い怪魔を退治するのに剣の攻撃では限界がある」
「そこで我々に必要なのが操言士なんです」
ルーカスは真面目な表情で言った。
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