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おまけ

④バレンタイン編・後編

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とりあえず大河の研究室に一旦置いてもらおう。
そう思い、一度で家に持って帰るには重量のあるそれを大河の研究室に運ぶ。からかった罰として宰にも運ぶのを手伝ってもらって、遼は紙袋を抱えながら研究室の扉を開けた。
「大河......わっ!」
扉を開けて遼は驚きの声を上げた。
「遼......!」
椅子に座った大河が遼に気付いて嬉しそうな声を上げる。微笑みを浮かべて遼に向かって腕を広げる。その腕の中に、いつも通り入っていきたいところだが。
遼はその場を動けなかった。
「すっげぇ数のチョコ......」
広がる光景に宰が思わずというように感嘆の声を零す。
そこには机も床もすべてを覆いつくすようにチョコの紙袋がひしめきあっていた。
これ全部大河あてのチョコレートだろうか。あまりの数の多さに驚きが隠せない。
さすが校内外にもファンがいて、有名な雑誌に論文が載り、次世代を担う天才として名を馳せるイケメンはレベルが違う。さながらアイドルのようなチョコの数に遼と宰はぽかんと口を開ける。
「あっ遼ももらったチョコ置きにきたんだよね。待って今スペース開けるから」
俺のはチョコじゃないけどな......
遼は内心で返事を返した。大河が立ち上がろうとした瞬間、後ろに積み上げられている本の山が揺れたのに気付いて、遼はハッとする。
「動くな‼‼」
「え?」
いきなりかけられた声に、大河は驚いて動きを止める。
「俺がするから大丈夫だ!お前のチョコも俺のも!お前はなにもしなくていいから研究の続きしてろ‼‼」
そう叫びながら、大河の背後でグラグラと揺れている本の山を見つめる。無事に倒れず持ち直したそれに遼はホッと胸を撫でおろした。
この状況で大河が動くと、何が起こるか容易に想像がつく。大惨事になる前に、ここは何もせずジッとしてもらうのが得策だ。
「遼......ありがとう」
遼の言葉に大河が笑顔になる。見つめる優しく愛のこもった瞳に遼はキュンと胸を高鳴らせた。
「さ、じゃあ片づけるか」
「え...俺も?」
かけられた声に、宰が驚きの声を出す。
「さすがにこの量は俺一人じゃ無理だからな」
そう言って遼が宰の方に視線を向ける。
足の踏み場もないほどのチョコの海と、にこにこしながらこちらを見守る大河を見比べて、宰はハァと息を吐いた。
「はいはい。分かりましたよ」
なんだかんだで宰は面倒見がいい。催事のチョコレート売り場のような甘い匂いが漂う中で、テキパキと遼たちは動き出した。

「よし!これでいいな」
すっかり片付いた室内に遼が満足気な声を零す。
我ながら綺麗に整頓できたと思いながら、それでも山のような数のチョコを遼は見つめる。
中には大河がよく食べているカロリーがメイト的なお菓子や十秒でチャージできる系のゼリーもあった。今は遼が手料理をふるまっているので食事代わりに食べることはなくなったが、お菓子と称して今もよく食べていた。一緒に野菜ジュースを贈っているのが、なんとも女性らしい気遣いだなと遼は感嘆するが。
「大河にはチョコなんだな......」
宰の言うように推しカプへのプレゼントなら遼と同じラインナップになってもいいはずだ。
「愛の質が違うんだ。仕方ない」
妙に神妙な顔の宰に励ますように頷かれて、遼は質って何?と思ったが何も言わなかった。
「じゃっ、俺もう行くわ」
「なんか用事あった…?ごめん!」
佐々木の言葉に遼は慌てる。
「用事ってほどじゃ、ちょっと文学部に......」
「文学部?」
「あっいや......なんでもない」
同じ経済学部の宰が文学部に何の用事だろうと聞いた遼に、気まずそうに宰が言葉を濁す。その様子に女子からの呼び出しかと遼はにんまりと笑った。
「なるほど~早く行ってやれよ」
「違うって......」
珍しく動揺している様子がさらに怪しくて、遼はますますにやにやとした顔になった。
「佐々木...ありがとう。これお礼に」
そんな二人に大河が声をかける。その手にはカロ〇ーメイトとゼリーが握られていて、大河はそれを宰に差し出す。プレゼントされたものかと思うが、それにしては箱の角が曲がっていたり長いこと置いていたような雰囲気があった。
「もらったものはあげられないから。俺のストックなんだけど、よかったら持って行って」
さらっともらったものは大事だというのを言外に含んだ大河のイケメン発言と、どうにかして宰にお礼をしたいという優しさに、その場にほんわかとした癒しの雰囲気が流れる。
「おう......もらってくわ」
イケメンオーラを真正面から受け、ほんのり頬を染めながら宰はそれを受け取った。
「女子がお前にはチョコを渡したくなる気持ち。何となく分かる」
「佐々木~~!」
「?よく分かんないけどありがとう」
宰の言葉に瞳を尖らせる遼を見て、笑いながら宰は去っていった。

研究室には遼と大河の二人きり。
大河は椅子に座ると遼に腕を伸ばした。
「ん」
遼は自分に向かって広げられる腕の中に、すんなりと収まる。腕の中に収まった遼を大河はギュッと抱きしめた。
「遼もありがと......疲れたでしょ」
労わるように大河の手が遼の体を撫でて、温かくて優しい体温に遼の頬がじんわりと赤くなる。
「別に...このぐらいどうってことないし」
そう言いながらも遼は甘えるように大河に身を預けた。
「ふふ、かわいい」
遼の体を受け止めて大河はギューッと強く抱きしめた。
「そうだ......チョコね、みんな遼と一緒に食べて下さいって言ってたよ」
「えぇ......大河も?」
すりすりと大河の肩口に頬を寄せていた遼は驚いた声を出す。
「俺もってことは、もしかして......」
「うん、おれもたいがと一緒に食べたり使ってくださいって......」
「使う?チョコを?」
遼へのバレンタインの内容が、自分と全然違うことを知らない大河が、不思議そうに首を傾げる。
「ありがたいよな......」
だけどもうそんなことどうでもよくて、大河の温かい体温と腕に包まれ遼は幸せな気持ちに浸っていた。
自分たちの関係がこんなにも色んな人に受け入れられている。その事実が嬉しくて嬉しくて堪らない。
「うん......ありがたいね」
大河の膝に座って体を預ける遼の髪に大河は頬を寄せ呟いた。
その声が優しくて穏やかで、きっと大河も今同じ気持ちだと遼には分かった。

「俺からのもあるから......」
「え...?」
「チョコ」
大河がみんなに愛されているのは嬉しいけど、でも一番大好きで愛しているのは自分だと主張したくなって遼はぽつりとそう呟く。その言葉に、大河は一気にとてつもなく嬉しそうに破顔した。
「うん!」
喜びが隠せない声で頷く大河に遼も嬉しくなる。
大河は遼の耳元にそっと唇を寄せた。
「俺ね、チョコとりょうが食べたい」
「っ......」
ベットの中と同じトーンで甘く囁かれてピクンと遼の体が跳ねた。
遼は大河にもたれかかっていた体を起こすと、その首に腕をまわした。そしてジッと大河を見つめる。
その瞳が甘く潤んでいて、この世界中にあるどんなチョコよりも遼自身が甘くて美味しそうだと大河は思った。
「おれもたいががたべたい」
「可愛いお誘いだね」
可愛い可愛い愛しの恋人からのおねだりに大河は優しく目を細めた。
「じゃあ一緒に食べよっか。ぜんぶ」
優しくて欲情に濡れたその言葉に、遼はうんと頷いた。

家に帰れば遼の作ったチョコレートケーキと甘い時間が待っている。

♡HAPPY VALENTINE♡
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