【完結】好きになったイケメンは、とてつもなくハイスペックでとんでもなくドジっ子でした

金色葵

文字の大きさ
上 下
9 / 45
第一章 自覚のきっかけはキス

しおりを挟む

 ノートヴォルトは返事もせず演奏を始めてしまった。
 背中にチェロの膨らみのある音を受けつつ、努めて冷静に、何事もなかったかのように、静かに扉を開け、外に出るとそっと閉めた。
 数歩だけ冷静を装い続け歩いた後、トイレまで全力疾走した。

 コンサートホールの控室など誰も来ないだろうが、廊下の先にあるトイレの個室に駆け込むと、深呼吸する。

 反則だ。あの顔は反則。どうしよう、だめだ、かっこいい、顔だけはかっこいい。
 落ち着け。6年間気にしたこともなかったじゃない。
 吸って、吐いて、はいゆっくりー
 なんで今になって。
 なんで今更こんなことに!?
 待って、落ち着け、先生のデスクを思い出すんだ。あのだらしなさ。
 ローブだってよれよれだし、いつ洗ってるかわかんないし。
 シャツも不思議なにおいしたし。
 シャツ…先生のシャツを着てしまったんだ。
 ちがうちがうちがう、おちつけーー。

カチャリ。

 個室の鍵を開け、誰もいないとわかっているトイレの様子を隙間から伺う。

 よし、誰もいない。

 無駄に手を洗い、無駄に顔を洗うと、ポケットのハンカチはびしょびしょになってしまった。

「いいのは顔だけ。そう、他はダメ。日常生活が壊滅的すぎる。大丈夫。練習に集中しよう、集中」

 そもそも顔がいいからって急になんなんだ。
 私も頭が緩いな。
 宮廷魔術師にキャーキャー言ってる最前列女子と変わらないじゃない。
 あの女子たち、あの魔術師並に先生が整ってると知ったら……

 廊下を歩いて戻り控室の扉を開けると、教授は演奏の終わり部分を弾いていた。
 邪魔しないようにグラスハープに戻り、びしょびしょのハンカチは鞄の上に広げた。

 練習しよう。

 指先に魔力を巡らし、自分の動揺が流れていないか確認する。
 よし、大丈夫そう。
 乱れた魔力で演奏なんかしたら何言われるか分からない。

 真ん中のグラスの淵に指を置き、すっと撫でると透明な音が鳴った。

 そのまま譜面の初めから弾き始める。
 比較的軽快に始まったのも束の間、メロディは急に不穏になる。
 悲し気な響きが続き、こと切れてしまいそうな高音が続いた後、長い低音が命の灯を消してしまうように余韻を響かせ終わる。

「ラストの高音、全く出来ていない」

「わあぁっいつの間に前に!?」

(目は暗い緑だったんだ)

「…ラストの高音」

「はい、すみません。これ3和音じゃないですか。左手はずっと低音だし、親指がうまく当たらないんです」

「配置を変えるんだ。使う和音ごとに並べておけば出来る」

「そんな簡単に言い切らないで下さいよ」

「出来る。出来ないと思われるからこそやる意味がある」

 そう言うと教授は高音のいくつかのグラスの配置を変えた。
 そしてコールディアの隣に立つと、弾いて見せる。
 グラスが赤く光り、透明な音が重なった。

「これなら指も届く」

「あれ…どうして光り方が違うんですか」

 コールディアがすっとグラスを撫でると、淡く青く光る。
 だが今教授が鳴らした時は赤だった。

「マギアフルイドは保持する魔力量で発色が変わる」

「そうだったんですね。以前見た演奏は私の青に近い色だったんで、皆そういうものかと思ってました」

 それからいつも通りの指導が始まった。
 コールディアもいつしか没頭し、教授の表現を再現しようと夢中になった。

 この無心に譜面にのめり込む時間は好きだった。
 初見で音符を追うだけだった演奏に徐々に色が付き、情景が広がり、物語が膨らむ。
 この楽しいだけではない苦悩する練習の先にある1つの世界を想像すると、興奮にも似たある種のゾーンに入る。その感覚がたまらなかった。

 その世界に到達するために、ノートヴォルトからの厳しい指導が入る。

――違う、丁寧に繋ぐんだ。音を1個ずつブツ切れで並べるんじゃない。

――スタッカートはもっと切って。君のはターアータンタン。欲しいのはターアータッタ。コモンには無理でも魔奏なら出来る。違いを魅せるところだ。

――まだ弱い、もっと強くていい。流す魔力を少しだけ上げて…やりすぎだ、魔律が変わってしまう。

 指摘される度に魔力量、指の動き、グラスへの当て方…それらを調節し応えようとする。
 時間はあっという間に1時間を過ぎ、小休憩を挟んで1度合わせることにした。

 椅子に座って、指を閉じたり開いたりして動かす。
 魔力をずっと纏わせていると熱を持ったような感覚になるので、手をひらひら振って冷ますようにするのが休憩時の癖だった。

 パタパタしながら、チェロを鳴らす教授を眺めそうになり、やっぱり目を逸らした。

「先生、なんで髪を結ったんですか」

「髪? 弦に挟まる」

「…なるほど」

 結局チェロを準備する教授をちらちら眺めつつ、短い休憩を終えるとまたグラスハープの前に立つ。

(いつも猫背なのに、チェロの時は姿勢いいんだ)

 猫背は伸ばしても猫背だろうと思っていたが、思いのほか伸ばした背筋はまっすぐで、チェロを構えた様子は優美と言えた。
 そしてそのまま視線は自然と弦を押さえる左手にいってしまう。

 ピアノの時にもつい見てしまうこの手元が、実は彼女は昔から好きだった。
 男性の手なのにすらっと伸びていて指先が美しい。
 それこそ魔法のように動くあの指先で生み出される音が好きで、その音を生む手も好きなのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに撫でられたい~イケメンDomと初めてのPLAY~

金色葵
BL
創作BL Dom/Subユニバース 自分がSubなことを受けれられない受け入れたくない受けが、イケメンDomに出会い甘やかされてメロメロになる話 短編 約13,000字予定 人物設定が「好きになったイケメンは、とてつもなくハイスペックでとんでもなくドジっ子でした」と同じですが、全く違う時間軸なのでこちらだけで読めます。

手紙

ドラマチカ
BL
忘れらない思い出。高校で知り合って親友になった益子と郡山。一年、二年と共に過ごし、いつの間にか郡山に恋心を抱いていた益子。カッコよく、優しい郡山と一緒にいればいるほど好きになっていく。きっと郡山も同じ気持ちなのだろうと感じながらも、告白をする勇気もなく日々が過ぎていく。 そうこうしているうちに三年になり、高校生活も終わりが見えてきた。ずっと一緒にいたいと思いながら気持ちを伝えることができない益子。そして、誰よりも益子を大切に想っている郡山。二人の想いは思い出とともに記憶の中に残り続けている……。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...