オオカミさんは子犬を愛でたい

金色葵

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「近衛先輩に大事な人がいるって知って......」
「大事な人?」
「......医者と獣医になるって、決めた......きっかけの、ひと......」
ここ数日のモヤモヤを思い出して、瞳がどんどん潤んでいく。苦しさが蘇って、光琉は胸を抑えた。
「......人? え......ひ、と? あ......近衛にとったら人なのかな......」
「神崎先輩?」
「あ、いや......それでその子がどうしたの?」
光琉の言葉を聞いて大河が戸惑うように首を傾げる。小さく呟かれた声が良く聞こえなくて、名前を呼ぶと大河が続きを促した。
「その人に......俺が......おれがっ、似てるって言われて」
「似てる⁉」
大河が驚いた声を上げる。
「だから......近衛先輩がこんなに俺に優しくしてくれるのも......大事にしてくれるのも......全部、その人に似てるからだって思って......」
堪えられず光琉の目から涙が零れ落ちた。
(あんな風に愛しそうに、俺のこと見てくれるのも......きっとその人に似てるから......)
胸が痛い。光琉はポロポロと涙を零しながら俯いた。
「..................」
しばしの沈黙の後、ふわりと目元に優しい感触が触れた。目を開けると、大河が光琉の目元をハンドタオルで拭ってくれていた。
「神崎先輩......」
「泣かないで......犬飼くんに泣かれると、俺が近衛と遼に怒られちゃうよ」
そう言って、大河は柔らかい微笑みを光琉に向けた。
「ねぇ、犬飼くん。犬飼くんはどう思ってるか分からないけど......近衛はそんなに器用な人間じゃないよ」
「............」
大河がハンドタオルを渡してくれるので、光琉はそれで涙を拭いた。
(近衛先輩が器用じゃない......?)
首を傾げる光琉に、大河はうんと頷く。
「獣医と医者なんて普通じゃ考えられない。しかも近衛は両学部でトップ成績を取ってるし、誰も近衛が弱音を言ってるのを聞いたこともない。だからみんな近衛はすごいってそう言うし、そう思ってる」
トップ成績、そう聞いて光琉は驚く。牧場の動物の面倒も見て、その上ですべてをこなしているなんて。前の光琉なら純粋にすごいと思うだろう。だけど今はそんなに頑張って心配だと言う気持ちが先に浮かぶ、そしてそんな近衛を、側にいて支えてあげたいと。
それが表情に出てたのか、光琉を見て大河が嬉しそうに瞳を細めた。
「でもそれは、近衛の努力以外の何物でもない。睡眠時間を削って勉強して、人一倍努力して、あの姿を見てたら俺は簡単にすごいって言えないなって思った。それと同時に心配でもあった、今年に入ってから悩んでる素振りや疲れを見せるようになったから」
付き合いの長い人間にしか分かってなかったと思うけど、と大河が付け足す。
「それがさ......犬飼くんが近衛のところに通うようになってからすっかりなくなったんだ。とても楽しそうで、幸せそうな顔でずっとにこにこしてる」
「俺が......通うようになって......?」
「この前近衛がぽつりと零してた。獣医と医者、両方ともになる必要なんてあるのかって迷ってたけど吹っ切れたって。それって犬飼くんの存在があったからじゃないかな? と俺は思ってるんだけど」
「っ......」
光琉は息を飲む。そういえば、最後に近衛と会った日に、近衛は何て言っていた?
あきらめそうになっていたと、獣医と医者を目指すのは、やはりとても大変だと。
その時の、近衛の声が蘇る。
『光琉と出会ってさ......そんな気持ち吹っ飛んだ。絶対、獣医にも医者にもなってみせる』
表情が、そして光琉を包む近衛の温かな体温が蘇った。
『俺の大切なものを守るために......』
その瞳は、確かに真っ直ぐに光琉を見つめていた。
「意外と分かりやすくて単純なんだよね近衛って。ものすごく真っ直ぐで、自分の気持ちに嘘を付けない。例えその子に犬飼くんが似てたとしても、代わりだなんて思ってたのかな?」
一旦言葉を区切ると、大河は光琉を見つめた。
「それは犬飼くんが一番よく分かっているんじゃない?」
大河が光琉を見て優しく笑う。大河のその笑顔はとても温かかった。
だけど光琉は知っている。もっと強く、そして深く、自分のことを優しく包み込んでくれる、太陽のような温かさがあることを。
「............」
光琉はギュッと手を握りしめた。そして椅子から立ち上がる。
「神崎先輩」
「ふふ、近衛は今日はもう終わりにするって、寂しそうに家に帰って行ったよ」
光琉がどこに行きたいか気付いた大河がそう教えてくれる。
「ありがとうございました!」
そう言って、深々と頭を下げると光琉は走り出した。

小さくなっていく光琉の背中を、大河は笑顔で見送る。
「近衛の大事な『人』って......あの子にヤキモチ焼くなんて......犬飼くんにあんなに愛されて近衛は幸せ者だな」
この後の、二人の姿を思い浮かべ、大河は満足そうに笑顔になった。


(先輩......! 近衛先輩‼)
光琉は久しぶりに通る山道を、全力疾走で駆けていた。
『俺の大切なものを守るために......』
そう言っていた近衛の表情がずっと頭の中に浮かんでいる。
近衛と会って、もし本当に光琉が『あいつ』の代わりだと言われたら、そう考えたら今も怖くて堪らない。
だけど、例え近衛の大切なものに、その人が含まれていても。それでも。
頭に浮かぶ近衛の瞳は、光琉のことが大切だと言っている。光琉をとても愛しそうな瞳で見つめている。
(大事なのは、近衛先輩がどう思ってるかじゃなくて! 俺の......自分自身の近衛先輩が好きだって気持ちだ!)
光琉は走る。全身から溢れ出す、この気持ちを伝えるために。
ただ、近衛に向かって。

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