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⑭
しおりを挟む(どうしよう......)
光琉は一人唸っていた。
勝手知ったる近衛の家(実際は大学の宿舎だが)牧場に入り浸っている光琉は、すっかり部屋の中のどこに何があるのか把握するようになっていた。今もスーパーで買って来た食品を近衛の冷蔵庫に詰めている。
当の本人の近衛は、牛斗たちの様子を見に牛舎の方に行っていた。
光琉の食べるプリンと、近衛の好きなビターチョコを入れながら、ハァとため息を零す。
(先輩に......好きってどうやって伝えよう)
先日近衛への感情を自覚してから光琉は悩んでいる。
自分の気持ちを近衛にどう伝えたらいいのかということを。
(俺も好きなので付き合いましょう、とか? 恋人になってもいいですよ? ......とか)
心の中で考えて光琉はプシューと赤くなる。
(恋人になってもいいですよってなんだよ~~ここは素直に、先輩のことが好きです! でいいんだ!)
あれから何度か伝えようとしたけど、暇さえあれば近衛に撫でられ抱きしめられ甘やかされ、ドキドキして上手く伝えることができなかった。
(今日こそは......! 言うぞ!)
冷蔵庫を締め、光琉はよし!と気合を入れた。
「ひかる」
「ひゃぁっ......」
急に耳元で声が聞こえたと思ったら、後ろから抱きしめられる。吐息が耳にかかって光琉の口から変な声が漏れた。
「ごめん、驚かせたか? 可愛い声出して」
「も、お......近衛先輩‼」
抱きしめてきたのはもちろん近衛で。光琉の反応に、ふふっと近衛は笑みを零した。
「可愛い声なんて出してない!」
「何言ってんだ。あれが可愛くなかったら何が可愛いんだ?」
恥ずかしくてきゃんきゃんと噛みつくと、近衛が光琉を抱きしめて引き寄せる。されるまま背中を近衛に預けると、近衛が光琉を上から覗き込んで首を傾げた。
相変わらず近衛の雰囲気は甘い。なんなら日に日にその甘さが増してくるぐらいだ。
(え⁉ これってもしかして、近衛先輩の中ではもう付き合ってるってことになってんのかな......)
愛しさをまったく隠そうとしない近衛の視線に、光琉は思わずそう思う。
「あ、そうだ。あいつの写真見るか?光琉」
にこにこと笑顔で光琉を見つめる近衛に、光琉は目を瞬かせる。
(あいつ......?)
光琉の頭にハテナが浮かんだ。
(あいつって......誰?)
急に近衛の口から出てきた『あいつ』という人物。気安い雰囲気で呼ぶ『あいつ』という言葉に、光琉の胸がざわざわと騒めき出す。
動きを止めた光琉を不思議そうに見つめてから、近衛はああと言うように口を開いた。
「この前光琉に聞かれただろ? 俺が医者と獣医を目指したきっかけ」
「えっ? う、うん......」
(そうだったっけ......)
光琉は慌てる。確かに覚えはあるけど、答えを聞いた覚えがない。そんな大事な話、聞いたら忘れるわけがない。そこまで考えて光琉はハッとした。そう言えば、あの時近衛の腕の中が心地よくて、半分寝そうになっていた。記憶にないということは、光琉は話しの最中に眠りに落ちてしまったということか。そういえば夢見心地に近衛の声をずっと聞いていた気がする。
「俺が高一の時、あいつが亡くなって......めちゃくちゃ落ち込んだんだ」
言いながら近衛が光琉に抱きつく。え!と驚きながら、光琉は強く抱きしめる近衛の腕に手を重ねた。
(亡くなったとか......! そんな大事な話してくれてたのに......聞いてないなんて俺のバカ‼)
心の中で光琉は自分を詰る。
「だけどさ、いつまでも落ち込んでたら、あいつに怒られると思って。これからは大事な人を、自分の力で守れるようにって目指すようになったって話しただろ」
光琉は抱きしめる近衛の腕をギュッと握りしめた。こんな大事な話を、近衛は光琉にしてくれていたんだ。
近衛が光琉に心を許してくれている気がしてとても嬉しくなる。
だけど、それと同時に。近衛にそんな大事な人がいたんだということに、動揺を感じる自分がいた。
「俺さ......なるって決めてから誰にも弱音吐いたことないんだけど。実は......ものすごく大変でさ......正直あきらめそうになったこともあった」
「............」
光琉はジッと近衛の話を静かに聞いていた。誰にも言ったことのない弱音を光琉にだけ話してくれるなんて。
心の中に嬉しさと喜びが広がる。
「だけど、光琉と出会ってさ......そんな気持ち吹っ飛んだ。絶対、獣医にも医者にもなってみせる。俺の大切なものを守るために......」
そう言って、近衛が光琉を見つめる。光琉を見つめる視線は真摯で、とても愛しさに満ちていた。
「近衛先輩......」
近衛の瞳が言っている、自分の大切なもの、それは光琉だと。
真っ直ぐな気持ちに、心と体がキュンと甘く痺れる。
(もう......ほんとにこの人のことが好きだ)
すりと肩口に頭を凭れかけすり寄ると、近衛がチュッと光琉の髪に口付けた。
「せんぱい......」
優しい感触が心地よい。甘さに惚けそうになる気持ちのまま、好きだという言葉を近衛に伝えるため、光琉は口を開いた。
「俺、ほんと光琉に会った時びっくりした。あいつさ、光琉にそっくりなんだ」
「え............」
だけど、次に聞こえた近衛の言葉に、光琉は言葉を失った。
(俺が......? 誰と......?)
呆然と光琉は近衛の言葉を聞く。
「俺に撫でられると、心地よさそうにするところも似てて」
「っ!」
光琉は息を飲んだ。さっきまで心地よさに包まれていた感情が、水を浴びせれたように一気に冷えていく。
どくどくと心臓が立てる嫌な音が、全身に広がっていった。
(似てるって、俺が、近衛先輩の大事な人にって......こ、と............)
そう分かった途端、ぐにゃりと視界が歪んだ気がした。
「ふふ、これなんだけどさ......」
機嫌が良さそうに近衛は笑うと、スマホの画面を光琉に見せようとした。
「いい」
その手を光琉はグイッと押し返した。
反射的に、心がその人のことを見たくないと叫んだ。
「光琉」
強い力で腕を押し返す光琉に、驚いたように近衛が名前を呼ぶ。
「ひかる? ......どした?」
俯いた光琉を近衛が心配そうにのぞき込む。声も視線もとても優しくて、光琉の瞳にじんわりと涙が浮かんだ。
「光琉......‼」
涙が滲む光琉の目を見て近衛が目を見開く。
「どうした!大丈夫か⁉」
一気に近衛の声に真剣さが滲む。後ろから抱きしめた光琉を、近衛が正面から抱きしめようとした。
「っ......!」
そんな近衛の体を、両手で強く押し返す。抱きしめるのを拒むような動作に近衛が息を飲んだ。光琉は近衛から離れると、顔を見せないように俯き横を向いた。
「そうだ......俺......おれ、今日用事があるんだった。だから......帰ります」
「光琉?」
明らかに様子のおかしい光琉に、近衛が眉を寄せる。その間にも近衛が腕をこちらに伸ばしてくるのが見えて、光琉はぐっと唇を噛みしめて顔を上げた。
「大丈夫。近衛先輩の話しに感動してちょっとうるっとしちゃっただけだから。用事があるから今日はもう帰るね」
「......あ、ああ......」
精一杯の力を振り絞って、近衛に笑顔を向ける。近衛はまだ光琉の様子を伺うようだったが、有無を言わせない光琉の雰囲気に、分かったと頷いた。
光琉は山道をトボトボと歩きながら下る。
「っ......、ふ、ぅ............」
さっき零すのを我慢した涙が、堪えきれず瞳から溢れ出した。
『光琉にそっくりなんだ』
近衛の言葉が頭の中に蘇る。
『俺に撫でられると、心地よさそうにするところも似てて』
そう言った近衛の声は、とても優しかった。
(俺以外の人も、あんな風に優しく撫でてたんだ......)
あんな風に近衛に優しく触れられるのは自分だけじゃなかったという事実にショックを受けていた。
何より。
(もしかして俺は......『あいつ』の代わりだった............?)
浮かんだ思いに、光琉は打ちひしがれる。
自分は今しっかりと歩けているだろうか。踏みしめているはずの地面がどこかふわふわして、感触が感じられなかった。
近衛の視線も触れる手も、あんなに光琉に対して愛しさに満ちていたのに。もしかして光琉ではなく、近衛の大事な人に似ているからだったのだろうか。
光琉を見ながら、その向こうにいる『あいつ』を見つめていたのだろうか。
次から次に悪い考えが浮かんできて止められない。
光琉はそれを振り払おうとしてハッとした。
(そういえば俺......好きだって言われてない)
光琉は足を止める。
とても分かりやすく愛情を向けられていたので、光琉はすっかり近衛に愛されている気になってしまっていた。だけど、それが自分じゃない誰かへ向けられたものだとしたら。
(全部......俺の勘違いだった............?)
サァァーーと全身から血の気が引いていく。光琉は思わずその場に蹲った。
「う......ふっ......やだぁ......このえせんぱいっ......」
胸が痛い。痛くて痛くて、張り裂けそうだ。
それでも、やっぱり近衛のことが好きで、大好きで堪らなくて、今すぐに抱きしめて欲しい。
誰もいない山道で、光琉は近衛の名前を呼び続けた。
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