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「あっ......!」
強風に傘が飛ばされ、激しい横殴りの雨に、光琉の全身は一瞬でびしょ濡れになった。それでも光琉は怯むことなく、一分でも時間が惜しいというように先を急ぐ。光琉は誰も歩いていない暗い夕暮れの道を、雨に打たれながら駆けていく。
大学の門をくぐり、牧場に続く道の入り口に着く頃には、ますます雨脚は強くなっていた。
(すごい雨......前がよく見えない!)
降りしきる雨が、顔にかかって視界がはっきりとしない。上に進む度に、風の勢いが増しているのを光琉は感じていた。
(やっぱり大したことないなんて嘘だったんだ!)
そう確信した光琉は歩みを速める。
「っ......」
舗装されていない土の山道はぬかるんで、足元を取られた光琉はその場に躓いた。暗い山道に、光琉がこける音とバシャンッという水の跳ねる音が響いた。
「いった......」
視界もはっきりしない中、受け身をうまくとれなかった光琉は、地面に強く体を打ち付けて、その場に蹲る。
しかし、光琉はすぐに顔を上げる。強い視線で前を見つめると、光琉は起き上がりしっかりと地面を踏みしめ、再度歩き出した。
水で滑りやすくなった坂、強い雨と風に晒され暗くなった山道を、それでも光琉は戸惑いなく進む。
ただでさえきつい勾配の中、暗くなった山で嵐に揺れる木々たちは、昼間とは非にならないぐらい不気味な雰囲気を醸し出していた。普通の人間なら、こんな状態で先に進むことは簡単なことではないだろう。
だけど光琉にはそんなこと関係ない。
実家の牧場にいた時、豪雨の日、風の強い日、そしてこんな風に台風の日だってあった。そんな時は、父と長男である光琉が、いつだって率先して自分たちの大事な場所を守ってきたのだ。
こんな風に、雨の山道を駆け回ったことは、一度や二度ではない。そして光琉の牧場は、ここの百倍近い規模があるのだ。
「大自然育ち! 舐めんなよ‼」
とめどなく大雨を降らせる空に向かってそう叫ぶと、心の中に浮かぶ彼の元を目指して、強い足取りで光琉は山道を走り抜けた。
(先輩......!)
山を登りきり、牧場に辿り着いた光琉は、ハアハアと肩で息をしながら周りを見渡す。
(近衛先輩......! どこ......?)
電話口からは、風の音が聞こえた。そして、近衛はまだやることがあると言っていた。だったら、今も外にいるかもしれない。暗い中で光琉は必死に目を凝らす。
すると、何かが動くのが見えた。その姿が見えた瞬間、光琉はそちらに向けて迷いなく駆け出した。
「近衛先輩!」
呼んだ名前に、その姿がこちらに振り向く。
「ひかる......」
呆然と光琉の名前を呼び返した近衛は、信じられないという表情でこちらを見て大きく目を見開いた。
鶏小屋の屋根を押えながら、全身ずぶ濡れの近衛の姿に、光琉は息を飲んで側に駆け寄る。
「先輩!」
「お前......なんで......」
薄いトタンの屋根が飛ばされないように、固定作業をしていた近衛は、光琉の姿にその手を止める。屋根から手が離れた瞬間に、風にあおられ板が捲れ上がった。
「っ......」
板の先が近衛にかすめそうになり、光琉は慌ててそれを上から押え込んだ。
「先輩! 今のうちに固定して!」
「ひかる......」
「早く!」
驚きに動きを止めたままの近衛に、光琉が大きな声を出した。それにハッとして、近衛は屋根を押え直し釘を打ち付ける。しっかりと固定された屋根に、ホッと息を吐くと光琉は近衛を見上げた。
「先輩大丈......」
「光琉!」
大丈夫?と聞こうとして、最後まで口にする前に、強い力で近衛に引き寄せられた。光琉の肩を掴み、正面からきつい視線に射すくめられる。
「バカ! なんで来た⁉ こんなずぶ濡れになって......家から一歩も出るなって言っただろうが!」
近衛の怒鳴り声に、光琉はビクッと体を竦める。肩を掴む近衛の力が、痛いぐらいに強い。いつも優しい近衛の、初めて聞く怒った声に、反射的に怖さがこみ上げた。
だけど光琉はキッと近衛を睨み返す。
「ずぶ濡れなのは先輩のほうだ!」
濡れた近衛の服を、光琉はキュッと掴む。
「何がこっちの天気は崩れてないだよ! 俺は大丈夫だなんて......そんなの嘘だってすぐ分かる! 何で来たって?先輩が心配で来たに決まってるだろ!」
近衛を真っ直ぐに見つめ、光琉は叫んだ。感情が高ぶって、反射的に瞳が潤む。うるうると涙に滲んだ光琉の瞳と、叫んだ言葉に近衛は息を飲んで、堪らずといったように光琉を抱きしめた。
「光琉......」
体を包む近衛の体温は冷え切っていて、長い間雨に晒されていたのが分かる。それにも心が痛んで、光琉は少しでも温めたいという気持ちで近衛の体に腕をまわした。
必死で自分に抱きつく光琉に、近衛は自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
「とりあえず、宿舎に入ろう」
手を握りしめ、雨から守るように光琉の体に覆いかぶさると、近衛は歩き出した。
強風に傘が飛ばされ、激しい横殴りの雨に、光琉の全身は一瞬でびしょ濡れになった。それでも光琉は怯むことなく、一分でも時間が惜しいというように先を急ぐ。光琉は誰も歩いていない暗い夕暮れの道を、雨に打たれながら駆けていく。
大学の門をくぐり、牧場に続く道の入り口に着く頃には、ますます雨脚は強くなっていた。
(すごい雨......前がよく見えない!)
降りしきる雨が、顔にかかって視界がはっきりとしない。上に進む度に、風の勢いが増しているのを光琉は感じていた。
(やっぱり大したことないなんて嘘だったんだ!)
そう確信した光琉は歩みを速める。
「っ......」
舗装されていない土の山道はぬかるんで、足元を取られた光琉はその場に躓いた。暗い山道に、光琉がこける音とバシャンッという水の跳ねる音が響いた。
「いった......」
視界もはっきりしない中、受け身をうまくとれなかった光琉は、地面に強く体を打ち付けて、その場に蹲る。
しかし、光琉はすぐに顔を上げる。強い視線で前を見つめると、光琉は起き上がりしっかりと地面を踏みしめ、再度歩き出した。
水で滑りやすくなった坂、強い雨と風に晒され暗くなった山道を、それでも光琉は戸惑いなく進む。
ただでさえきつい勾配の中、暗くなった山で嵐に揺れる木々たちは、昼間とは非にならないぐらい不気味な雰囲気を醸し出していた。普通の人間なら、こんな状態で先に進むことは簡単なことではないだろう。
だけど光琉にはそんなこと関係ない。
実家の牧場にいた時、豪雨の日、風の強い日、そしてこんな風に台風の日だってあった。そんな時は、父と長男である光琉が、いつだって率先して自分たちの大事な場所を守ってきたのだ。
こんな風に、雨の山道を駆け回ったことは、一度や二度ではない。そして光琉の牧場は、ここの百倍近い規模があるのだ。
「大自然育ち! 舐めんなよ‼」
とめどなく大雨を降らせる空に向かってそう叫ぶと、心の中に浮かぶ彼の元を目指して、強い足取りで光琉は山道を走り抜けた。
(先輩......!)
山を登りきり、牧場に辿り着いた光琉は、ハアハアと肩で息をしながら周りを見渡す。
(近衛先輩......! どこ......?)
電話口からは、風の音が聞こえた。そして、近衛はまだやることがあると言っていた。だったら、今も外にいるかもしれない。暗い中で光琉は必死に目を凝らす。
すると、何かが動くのが見えた。その姿が見えた瞬間、光琉はそちらに向けて迷いなく駆け出した。
「近衛先輩!」
呼んだ名前に、その姿がこちらに振り向く。
「ひかる......」
呆然と光琉の名前を呼び返した近衛は、信じられないという表情でこちらを見て大きく目を見開いた。
鶏小屋の屋根を押えながら、全身ずぶ濡れの近衛の姿に、光琉は息を飲んで側に駆け寄る。
「先輩!」
「お前......なんで......」
薄いトタンの屋根が飛ばされないように、固定作業をしていた近衛は、光琉の姿にその手を止める。屋根から手が離れた瞬間に、風にあおられ板が捲れ上がった。
「っ......」
板の先が近衛にかすめそうになり、光琉は慌ててそれを上から押え込んだ。
「先輩! 今のうちに固定して!」
「ひかる......」
「早く!」
驚きに動きを止めたままの近衛に、光琉が大きな声を出した。それにハッとして、近衛は屋根を押え直し釘を打ち付ける。しっかりと固定された屋根に、ホッと息を吐くと光琉は近衛を見上げた。
「先輩大丈......」
「光琉!」
大丈夫?と聞こうとして、最後まで口にする前に、強い力で近衛に引き寄せられた。光琉の肩を掴み、正面からきつい視線に射すくめられる。
「バカ! なんで来た⁉ こんなずぶ濡れになって......家から一歩も出るなって言っただろうが!」
近衛の怒鳴り声に、光琉はビクッと体を竦める。肩を掴む近衛の力が、痛いぐらいに強い。いつも優しい近衛の、初めて聞く怒った声に、反射的に怖さがこみ上げた。
だけど光琉はキッと近衛を睨み返す。
「ずぶ濡れなのは先輩のほうだ!」
濡れた近衛の服を、光琉はキュッと掴む。
「何がこっちの天気は崩れてないだよ! 俺は大丈夫だなんて......そんなの嘘だってすぐ分かる! 何で来たって?先輩が心配で来たに決まってるだろ!」
近衛を真っ直ぐに見つめ、光琉は叫んだ。感情が高ぶって、反射的に瞳が潤む。うるうると涙に滲んだ光琉の瞳と、叫んだ言葉に近衛は息を飲んで、堪らずといったように光琉を抱きしめた。
「光琉......」
体を包む近衛の体温は冷え切っていて、長い間雨に晒されていたのが分かる。それにも心が痛んで、光琉は少しでも温めたいという気持ちで近衛の体に腕をまわした。
必死で自分に抱きつく光琉に、近衛は自分を落ち着かせるように大きく息を吐いた。
「とりあえず、宿舎に入ろう」
手を握りしめ、雨から守るように光琉の体に覆いかぶさると、近衛は歩き出した。
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