子犬はオオカミさんに包まれていたい♡

金色葵

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研修中も光琉が一番!!

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「みなさんお世話になりました! 短い期間でしたがありがとうございました!」
スタッフステーションに近衛の快活な声が響く。
「いえ~こちらこそありがとうございました~~」
「狼上先生なら、絶対素敵なお医者さんになれます!」
その声に中にいた看護師たちがにこにこと笑顔を浮かべ次々と応援の言葉を返してくれる。
研修最終日、近衛はお世話になった人たちにお礼を告げるため病院内を回っていた。
「いや、先生だなんて。俺はまだ修行中の身ですから」
先生と言われ近衛は恐縮するように頭を掻いた。
肘まで捲った白衣からは日に焼け筋肉質な男らしい腕が覗き、凛々しい眉に意志の強そうな切れ長の瞳、精悍に整った容貌はどこか野生の肉食獣を思わせる雰囲気がある。そんなどこから見ても男らしい近衛の見た目に反して、謙虚さと真摯な性格のギャップに、看護師たちの瞳は瞬く間にハートになった。
「「「応援してますー!!」」」」
「ありがとう」
声を揃えた激励に、ふっと瞳を柔らかく緩め微笑むと、礼儀正しく一礼をしてから近衛はその場を後にした。近衛の背中をジッと見つめていた看護師たちは、近衛が角を曲がった瞬間、きゃあきゃあと黄色い声を上げる。
「いつ見てもめちゃくちゃかっこいいー! あーん連絡先聞いておけばよかったぁ」
「いやいや、あんた彼氏いるでしょーが」
「それが! 医療秘書課の院長秘書が今晩食事でもどうですかってアプローチしたらしいよ」
「あのうちの病院で一番美人の!? 今晩って......完全に誘ってるじゃない~やらしー! それでどうなったの?」
興味津々で、一人の看護師の言葉に全員が身を乗り出す。
「『お気持ちはありがたいんですが......俺には可愛い恋人がいるんで、恋人以外に興味ないです』......って秒で断ったらしい!」
「男前~~!!」
近衛を真似る看護師の返答に、さらにきゃあきゃあとその場は盛り上がる。みな一様に近衛が去って行った廊下の先を見つめ、うっとりと瞳を蕩けさせた。


(えっと......後は......)
看護師たちをうっとりさせているなんてまったく気付いていない近衛は、挨拶が残っている最後の一人を探していた。
「狼上くん。お疲れ様」
そこに声がかけられる。
「加藤先生お疲れ様です!」
声の方向に振り返る、ちょうど探していた人物から声をかけられ近衛は笑顔になった。
「この度の研修はありがとうございました。とても勉強になりました」
「いやいや、僕も研修の担当をするのは久しぶりだったから、色々刺激になったよ」
加藤先生と呼ばれた中年の男性は礼儀正し近衛の姿に、微笑ましそうに微笑んだ。
姿勢のいい長身に白衣をはおり、銀色のフレームの眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべる彼からは、とても人の良さそうな雰囲気が醸し出されていた。
「そんな......僕のほうこそ先生のような名医にご指導いただけるなんて。お忙しい中貴重なお時間をいただいて感謝しています」
加藤の言葉に近衛は居住まいを正した。
穏やかに笑みを浮かべているが、加藤はこの業界にいれば知らないものはいないというほど名医であり、有名な外科医だった。多忙なはずなのに、今回の研修に特別講師として参加し、今回近衛は彼から直接学ぶ機会を得た。通常ならこれだけの名医が研修医でもない学生の講師として参加することはまずない。
加藤が現れた時は、参加していた学生が全員絶句したぐらいだ。それは近衛も例外ではなく、彼の姿を見た時はかなり驚いた。知識もさることながら、経験に裏付けされた加藤の講義は、喋る話、言葉、仕草、どれ一つとってもすばらしいもので、近衛もかなり勉強になった。かといって偉ぶることもなく、学生である近衛たちにもとてもフランクに接してくれた。加藤は医者を目指すすべての人間の目標であり、誰しも憧れる存在だ。近衛は尊敬の意味も込め、加藤に向け深々と頭を下げた。
畏まった近衛の言葉と態度に、加藤はさらに微笑みを深める。
「ハハッ、狼上くんは礼儀正しいね~今時珍しいぐらいの好青年だ。聞いたよ、看護師やスタッフだけじゃなく、清掃のおばさんにまで挨拶に行ったんだって? ほんと律儀というか真面目というか......人たらしというか......」
この一週間加藤は何度近衛の評判を聞いたか、それもすべて賞賛の言葉ばかりで、今朝に至っては会った全員が加藤に向かって近衛のことを褒めちぎってくる。それも医者、看護師、病院のスタッフ、患者など老若男女問わずで、どうやらこの一週間で近衛はすっかりこの病院内の人間のハートを掴んだようだ。
「え?」
最後の方の声が小さく、聞き取れなかった近衛が首を傾げる。
「いや......若いのにしっかりしてるって思ってね」
無自覚でこれなんだからすごいな......と加藤は楽しそうに笑う。そんな加藤に近衛はさらに恐縮するように首の後ろを押さえた。
「そうだ......君を探してたんだ」
「俺......じゃなかった、私をですか?」
慌てて一人称を言い直す姿も好感があり、加藤は近衛に向かって笑みを深める。
「大学を卒業した後、僕のところに来ないかい? 僕の元で研修医として働いて欲しいんだが......」
「っ......」
加藤の言葉に近衛は驚きに目を瞠る。
医療界でレジェンドと呼ばれる名医から直々の誘い。加藤は笑みを浮かべているが、瞳は真剣そのもので、本気で言っているのが伝わってくる。こんな素晴らしい人物からの誘いなんて、医療を目指すものならば誰もが光栄だと思うだろう。
だけど。
「すみません。卒業後は北海道の病院に勤務することが決まっているんです」
加藤の瞳を見つめ返し、近衛は真っ直ぐに答える。
「ほっかいどう......」
まさか断られるとは思っていなかった加藤から、驚くような声が零れた。
「はい! 将来は恋人の実家の牧場を一緒に継いで、そこの動物たちと人々の健康を守るって決めてるんです。まあ一番守りたいのはもちろん光琉のことなんですけどね」
照れるように首の裏に手をあて、近衛が精悍な顔をニヤケさせる。嬉しそうに話す近衛は、光琉と口にした瞬間、デレッと頬を緩めた。一週間見てきた中で、一番輝いた幸せそうな近衛の笑顔に加藤は瞳を瞬かせる。
「プッ......!」
男らしい見た目とデレデレと緩んだ笑みとのギャップに、加藤は堪えられず吹き出した。そのまま肩を揺らしてくくくっと笑う。
「そ、れは......大事なことっ、だっ......ね......」
「先生?」
口を押えて笑いをこらえる加藤に、近衛は首を傾げた。どうやら本人に自覚はないらしい。
「いや、すまない」
加藤はコホンと咳ばらいをする。
「それはいい志しだ。地方には医療が行き届いていないところも多い。君のような若くて将来有望な医者がそういった考えを持つこと、僕は素晴らしいと思うよ」
せっかくの誘いを断ったのに、嫌な顔一つせず加藤は穏やかに笑みを浮かべる。
「まあ......狼上くんみたいな天才が、僕の元についてくれたらとても助かると思ったから、残念ではあるけれど」
ポンッと肩を叩かれる。
「そっちで何か困ったことがあれば僕の名前を出すといい。こう見えても業界内では顔が利くんでね」
茶目っ気たっぷりにそう言い残すと加藤は背を向けた。
「っ......! ありがとうございます先生!」
その背に向けて大きく返すと、近衛は加藤の背が見えなくなるまで深々と頭を下げていた。


加藤は廊下を歩く。
「いやぁ......まさか僕まで秒で振られるとは、狼上くんの恋人はそうとう素敵な子のようだ」
加藤は頭を掻くが、その顔には楽し気な笑みが浮かんでいた。

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