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第二部 二章
第十九話 探索、現神の森
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「それでは村まで案内しますね。気をつけてついてきてください」
ミョルドが先導しながら言う。
これから、さらに森の奥へと行く事になっていた。
森の奥には亜人種の村――ネーネ族の村がある。
そこにはさらに多くの亜人種達が住んでおり、一族を取り仕切る長老もいるらしい。
その長老に会って話をすれば、亜人種の事がより直接的に理解できるのではないか。
というのがアヤメとミーミルの考えであった。
しかしいきなり面会を申し込んで、こうも簡単に面会が通るとは思ってもみなかった。
パークスが長年、培ってきた信頼度がそれだけ高いという事なのだろう。
「ちょっと聞きたいんだが」
ミーミルはニニャに話しかける。
イカルガよりニニャの方が話しかけやすそうだから、というチョイスだった。
「ヒッ」
ニニャはびくりと体を跳ねさせる。
「さっきさ、木の上をツタみたいなのを出して移動してたじゃん? あれ何?」
「あ……あれは……その」
「見えていたのか」
イカルガが会話に入ってきた。
「遠かったけど、見えた。ターザン……って分かんないな。こう、振り子みたいに木と木を渡り歩いてただろ」
「あれは木霊触という法術の一種だ。木霊の力を借りて、蔦状の縄を生成し、木に巻き付けて移動する。この森にすむ者ならば誰でも使える」
「使えると言っても、使えるだけで使いこなすのは難しいですけどね」
パークスが苦笑いしながら言う。
「そうですね。昔、パークス様が木霊触を使おうとしたのですが――」
「ああ、その話は無しで!」
ミョルドの言葉を慌てて遮るパークス。
何か大変な事になったようだった。
まあ普通に考えればターザンがぶら下がれる強靭な蔦を出せたとしても、それにぶら下がって自在に動けるかどうかはターザンの力量次第である。
常人ならば間違いなく、ここの木から落ちて死ぬのが関の山だ。
そう思いながらアヤメは森に生えている木を眺める。
奥に行く程に、恐ろしく巨大な木ばかりになってきた。
幹の直径だけで、人一人分――二メートル近くはある。
高さは――どれくらいだろうか。
もはや木のてっぺんは葉で覆われ、見通す事ができない。
地面は雑草が減り、苔で包まれている。
緑の絨毯のような、そんな柔らかな感触だ。
森の外より、森の奥の方が歩きやすいという普通では考えられない構造の森だった。
「あの、大丈夫です? 疲れてませんか?」
キョロキョロしていたアヤメが気になったのか、ニニャが話しかけてきた。
「あ、はい。平気です」
アヤメはそう言って笑みを浮かべる。
「きつくなったらいつでも言って下さいね。背負いますから」
「ニニャはこう見て村一番の力持ちだ。子供くらい訳は無い」
「いえ、それは大丈夫です。いざとなれば我々が抱えますので」
いきなりパークスの部下が会話に割り込んでくる。
よく見るとアヤメがブラストソードをあげた兵士だった。
そういえば名前を聞いていなかった気がする。
「そうだな。アヤメだけに得をさせる訳にはいかん」
ミーミルは恨みがましく言う。
亜人種式挨拶が妨害された事を、まだ根に持っているようだった。
「得と言われても……」
体は例によって、すこぶる好調である。
今から数時間歩いても疲れる気はしなかった。
つまり背負ってもらう事で得になる事などありはしない――。
――が、ちょっと背中に乗ってみたいとは思った。
何しろニニャはダントツでデカい。
彼女の背中に乗れば、いつもと違った景色を楽しめるのは間違いなかった。
いや、それならばむしろ……。
アヤメはイカルガを見る。
「……む、何か私が気になるか?」
羽に注がれるアヤメの視線に気づくイカルガ。
「う、ううん。何でもないです」
背中に乗って空を飛んでみたい。
自分くらいの体重なら乗って空を飛ぶ事も可能なのではないか。
仲良くなれたら頼んでみても――。
「!」
アヤメがそんな想像をしていた所で、ミョルドが急に足を止める。
ミーミルも耳を動かしながら森の奥を見据えていた。
「何かいる」
ミーミルは警戒を促す為にパークス達に声をかける。
気づけているのは恐らく、亜人種達だけだろう。
「ジェノサイド――とか?」
アヤメはミョルドに聞く。
「いえ。足音が小さいので、恐らくシドだと思います」
「シド?」
聞いた事のない言葉だった。
「中型の魔物ですね。酸を飛ばして攻撃してきます。現神の森ではよく見かける魔物です」
「パークスは知ってる?」
パークスの顔を見ると険しい顔をしていた。
パークスだけでなくアベルやパークスの部下も厳しい表情をしている。
「知っています。かなり危険な魔物ですね。正直な所、余り戦おうと思いたくない魔物です」
アベルは剣を抜きながら言った。
アベルがそう言うなら、本当に危険な生物なのだろう。
「割とヤバい?」
「来るぞ」
ミーミルがそう言った瞬間に、木陰からシドが飛び出してきた。
初見のイメージは黒いカミキリムシだった。
足は六本。
長い爪と牙を備えており、赤い複眼がこちらを見る。
特徴は虫そのものだ。
だが明らかにアヤメが知っている虫と違っていたのはサイズだった。
車くらいのサイズがある。
色々とおかしな生物に出会ってきたアヤメであったが、さすがに鳥肌が立った。
車と同じ大きさの虫など、仮に無害で草しか食べないとしても絶対に近寄る気にならない。
『ギチギチ』
耳障りな音を立てると、六本の足をせわしなく動かしながら、こちらに這って来る。
確実に肉食だ。
「うええー!」
余りのキモさにアヤメは悲鳴をあげる。
この世界に来てから一番、不気味だと思っていた現神触『骸』より遥かに気持ち悪い。
ミーミルも武器を出す事すら忘れていた。
そんな中、誰よりも先に跳んだのはイカルガだった。
腰につけていたナイフが槍のように伸縮する。
特殊警棒のような構造の槍だった。
羽をはためかせ、人間では到底不可能な跳躍力で宙を舞う。
そして空から槍を投擲する。
槍は的確にシドの背中を貫く。
穂先は分厚い甲殻の隙間を通し、その中枢を捉えていた。
シドは瞬きする間もなく、沈黙する。
地面に倒れ込んだまま、小刻みに痙攣するのみだった。
「上手く行った」
死骸に突き刺さった槍を引き抜くと、体液を振り払ってから、元の長さに戻す。
事も無げにシドを倒したイカルガに、アベルは目を丸くしていた。
普通に戦えば、かなりの苦戦を強いられる魔物だ。
巨大な体躯での突進や噛みつきは、金属製の装備でもそう耐えられるものではない。
それよりも恐ろしいのは口から吐き出される酸だった。
液体であるがゆえに、防具が意味を成さない凶悪な代物である。
それをこうまで簡単に――華麗に倒してみせるとは。
「イカルガさん強いですね」
アヤメも称賛を送る。
素人目でも今の動きは、とても美しく無駄の無いものだと思えた。
少なくとも一朝一夕で身につくような動作ではない。
長年の修練によって作り出された技術だ。
「この程度ならば、どうという事もない。ネーネ族の者ならば誰でも出来るさ」
「ほんとに?」
アヤメはミョルドに聞いてみる。
「イカルガのように鮮やかには行きません。ですがシド程度で困っていては、この森で生き抜くのは難しいでしょうね」
そう言ってミョルドはアヤメに笑みを浮かべる。
アヤメはニニャを見る。
ニニャはぶんぶんと首を振っていた。
「しかし何だな」
ミーミルはシドの死骸を見ながら呟く。
「ジェノサイドの時もそうだったが、二度あることは三度あるって言うべきなのか何なのか」
その言葉で、アヤメは気づいた。
ミーミルが見ているのはシドの死骸ではない。
それより視線が少し高い。
死骸の奥――森の奥。
そこには赤い複眼が数え切れない程に浮かび上がっていた。
ミョルドが先導しながら言う。
これから、さらに森の奥へと行く事になっていた。
森の奥には亜人種の村――ネーネ族の村がある。
そこにはさらに多くの亜人種達が住んでおり、一族を取り仕切る長老もいるらしい。
その長老に会って話をすれば、亜人種の事がより直接的に理解できるのではないか。
というのがアヤメとミーミルの考えであった。
しかしいきなり面会を申し込んで、こうも簡単に面会が通るとは思ってもみなかった。
パークスが長年、培ってきた信頼度がそれだけ高いという事なのだろう。
「ちょっと聞きたいんだが」
ミーミルはニニャに話しかける。
イカルガよりニニャの方が話しかけやすそうだから、というチョイスだった。
「ヒッ」
ニニャはびくりと体を跳ねさせる。
「さっきさ、木の上をツタみたいなのを出して移動してたじゃん? あれ何?」
「あ……あれは……その」
「見えていたのか」
イカルガが会話に入ってきた。
「遠かったけど、見えた。ターザン……って分かんないな。こう、振り子みたいに木と木を渡り歩いてただろ」
「あれは木霊触という法術の一種だ。木霊の力を借りて、蔦状の縄を生成し、木に巻き付けて移動する。この森にすむ者ならば誰でも使える」
「使えると言っても、使えるだけで使いこなすのは難しいですけどね」
パークスが苦笑いしながら言う。
「そうですね。昔、パークス様が木霊触を使おうとしたのですが――」
「ああ、その話は無しで!」
ミョルドの言葉を慌てて遮るパークス。
何か大変な事になったようだった。
まあ普通に考えればターザンがぶら下がれる強靭な蔦を出せたとしても、それにぶら下がって自在に動けるかどうかはターザンの力量次第である。
常人ならば間違いなく、ここの木から落ちて死ぬのが関の山だ。
そう思いながらアヤメは森に生えている木を眺める。
奥に行く程に、恐ろしく巨大な木ばかりになってきた。
幹の直径だけで、人一人分――二メートル近くはある。
高さは――どれくらいだろうか。
もはや木のてっぺんは葉で覆われ、見通す事ができない。
地面は雑草が減り、苔で包まれている。
緑の絨毯のような、そんな柔らかな感触だ。
森の外より、森の奥の方が歩きやすいという普通では考えられない構造の森だった。
「あの、大丈夫です? 疲れてませんか?」
キョロキョロしていたアヤメが気になったのか、ニニャが話しかけてきた。
「あ、はい。平気です」
アヤメはそう言って笑みを浮かべる。
「きつくなったらいつでも言って下さいね。背負いますから」
「ニニャはこう見て村一番の力持ちだ。子供くらい訳は無い」
「いえ、それは大丈夫です。いざとなれば我々が抱えますので」
いきなりパークスの部下が会話に割り込んでくる。
よく見るとアヤメがブラストソードをあげた兵士だった。
そういえば名前を聞いていなかった気がする。
「そうだな。アヤメだけに得をさせる訳にはいかん」
ミーミルは恨みがましく言う。
亜人種式挨拶が妨害された事を、まだ根に持っているようだった。
「得と言われても……」
体は例によって、すこぶる好調である。
今から数時間歩いても疲れる気はしなかった。
つまり背負ってもらう事で得になる事などありはしない――。
――が、ちょっと背中に乗ってみたいとは思った。
何しろニニャはダントツでデカい。
彼女の背中に乗れば、いつもと違った景色を楽しめるのは間違いなかった。
いや、それならばむしろ……。
アヤメはイカルガを見る。
「……む、何か私が気になるか?」
羽に注がれるアヤメの視線に気づくイカルガ。
「う、ううん。何でもないです」
背中に乗って空を飛んでみたい。
自分くらいの体重なら乗って空を飛ぶ事も可能なのではないか。
仲良くなれたら頼んでみても――。
「!」
アヤメがそんな想像をしていた所で、ミョルドが急に足を止める。
ミーミルも耳を動かしながら森の奥を見据えていた。
「何かいる」
ミーミルは警戒を促す為にパークス達に声をかける。
気づけているのは恐らく、亜人種達だけだろう。
「ジェノサイド――とか?」
アヤメはミョルドに聞く。
「いえ。足音が小さいので、恐らくシドだと思います」
「シド?」
聞いた事のない言葉だった。
「中型の魔物ですね。酸を飛ばして攻撃してきます。現神の森ではよく見かける魔物です」
「パークスは知ってる?」
パークスの顔を見ると険しい顔をしていた。
パークスだけでなくアベルやパークスの部下も厳しい表情をしている。
「知っています。かなり危険な魔物ですね。正直な所、余り戦おうと思いたくない魔物です」
アベルは剣を抜きながら言った。
アベルがそう言うなら、本当に危険な生物なのだろう。
「割とヤバい?」
「来るぞ」
ミーミルがそう言った瞬間に、木陰からシドが飛び出してきた。
初見のイメージは黒いカミキリムシだった。
足は六本。
長い爪と牙を備えており、赤い複眼がこちらを見る。
特徴は虫そのものだ。
だが明らかにアヤメが知っている虫と違っていたのはサイズだった。
車くらいのサイズがある。
色々とおかしな生物に出会ってきたアヤメであったが、さすがに鳥肌が立った。
車と同じ大きさの虫など、仮に無害で草しか食べないとしても絶対に近寄る気にならない。
『ギチギチ』
耳障りな音を立てると、六本の足をせわしなく動かしながら、こちらに這って来る。
確実に肉食だ。
「うええー!」
余りのキモさにアヤメは悲鳴をあげる。
この世界に来てから一番、不気味だと思っていた現神触『骸』より遥かに気持ち悪い。
ミーミルも武器を出す事すら忘れていた。
そんな中、誰よりも先に跳んだのはイカルガだった。
腰につけていたナイフが槍のように伸縮する。
特殊警棒のような構造の槍だった。
羽をはためかせ、人間では到底不可能な跳躍力で宙を舞う。
そして空から槍を投擲する。
槍は的確にシドの背中を貫く。
穂先は分厚い甲殻の隙間を通し、その中枢を捉えていた。
シドは瞬きする間もなく、沈黙する。
地面に倒れ込んだまま、小刻みに痙攣するのみだった。
「上手く行った」
死骸に突き刺さった槍を引き抜くと、体液を振り払ってから、元の長さに戻す。
事も無げにシドを倒したイカルガに、アベルは目を丸くしていた。
普通に戦えば、かなりの苦戦を強いられる魔物だ。
巨大な体躯での突進や噛みつきは、金属製の装備でもそう耐えられるものではない。
それよりも恐ろしいのは口から吐き出される酸だった。
液体であるがゆえに、防具が意味を成さない凶悪な代物である。
それをこうまで簡単に――華麗に倒してみせるとは。
「イカルガさん強いですね」
アヤメも称賛を送る。
素人目でも今の動きは、とても美しく無駄の無いものだと思えた。
少なくとも一朝一夕で身につくような動作ではない。
長年の修練によって作り出された技術だ。
「この程度ならば、どうという事もない。ネーネ族の者ならば誰でも出来るさ」
「ほんとに?」
アヤメはミョルドに聞いてみる。
「イカルガのように鮮やかには行きません。ですがシド程度で困っていては、この森で生き抜くのは難しいでしょうね」
そう言ってミョルドはアヤメに笑みを浮かべる。
アヤメはニニャを見る。
ニニャはぶんぶんと首を振っていた。
「しかし何だな」
ミーミルはシドの死骸を見ながら呟く。
「ジェノサイドの時もそうだったが、二度あることは三度あるって言うべきなのか何なのか」
その言葉で、アヤメは気づいた。
ミーミルが見ているのはシドの死骸ではない。
それより視線が少し高い。
死骸の奥――森の奥。
そこには赤い複眼が数え切れない程に浮かび上がっていた。
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