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第二部 一章

第九話 気づくのが遅い

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 パークスとの相談を終えたアヤメは自室に戻る事にした。

 今日は用事も何一つ無く、休みの一日である。
 また街に繰り出して、今度は食材でも買ってみようか。

 そう思いながら、自室のドアを開く。

「戻ったか」

 部屋にはオルデミアとミーミルがいた。

「おはよー」
「随分とゆっくり食事をしていたのだな」

「ちょっとパークスとお話をね」
「そうか。恐らくパークスは、信じる事が出来る仲間のはずだ。関係は大事にして欲しい」
「丁度、そんな感じの話をしてた所だよ」

 アヤメは椅子に座ると、ぐーっと背伸びをする。

「えっと、オルデミアは今日、帝都に帰るんだっけ?」
「ああ、いったん帰る。その詳しい説明をしようとアヤメを待っていた。と言っても暗殺者に気をつけろ、くらいしか言えないのだがな」

 そう言ってオルデミアは自嘲気味に笑う。

「私がいない間はアベルが護衛につくが、正直な所、守り切れる可能性は低い。私がいないタイミングが、敵にとっては絶好のチャンスだからな」
「アベルを帰してオルデミアを置いておくってのは、やっぱ無理か」
「無理だな。騎士団の仕事がなければ、もっと駐留できるだろうが……」

 ミーミルの言葉にオルデミアは眉間に皺を寄せた。

「今は他国との戦争状態である上に、ここはマキシウスが治める南部領。余り大規模な中央兵を置く事は望ましくない。特に騎士団長が統括するような部隊はな」
「色々としがらみがあって難しいな。こういう政治っぽい話は苦手だ」

 ミーミルはベッドにうつ伏せで倒れ込む。

「今後の事は戻ってカカロ大臣と、もう少し相談してみる事にする。私が仕事に一区切りをつけて帰ってくるまで、恐らく四、五日はかかるはずだ」
「それまで殺されないように粘れって事だな」

 ミーミルはベッドに突っ伏したまま言う。

「現神触を倒した二人なら、何が来ても負けそうにないが――それでも警戒はしていてくれ」
「りょーかい」

「昼の街中でいきなり襲われたりはしないだろうが、夜の街には気をつけろ。昼でも一人だけでの外出は絶対に避けてくれ」

 オルデミアは時計を見る。

「いかん。そろそろ時間だ」

 椅子に座っていたオルデミアが腰を上げる。

「もう行くの?」
「ああ。今からでなければ昼に向こうに着けんからな」

「気をつけてね」
「お前達こそ、気をつけてくれ」

「うん」

 アヤメは笑顔で頷く。


「――」


 まさかこれが今生の別れになるのではないか。
 そんな思いがオルデミアの脳裏をよぎる。

「その――他に何か言いたい事はないか? 気になる事とかは」

 話すべき事は話しておかねば後悔するかもしれない。
 オルデミアはもう一度だけ、念押しをした。

「うーん……」

 アヤメは特に思いつかない。

「あー、そういやさ」

 ミーミルは思いつき、ベッドから顔を上げた。

「何かあるのか?」
「全ッ然関係ないけど、パークスやパークスの部隊が亜人種に偏見を持ってない理由が分かったぞ」

「理由が分かったのか?」
「ああ、昨日の夜だけどさ。夜中に怪しい人影が街から出ていくのを見たんだよ。気になって尾行したらパークスで」

「夜中にパークスが外出を……?」
「現神の森にまで行って、森の中に入って行ったんだよ。そしたら森で亜人種とパークスが待ち合わせしててさ。楽しそうにしてるんだよ」

「……」
「だから亜人種に偏見を持ってなかったんだね。どうも亜人種と交友してるみたい」

 アヤメもオルデミアに説明する。

「……」

 だがオルデミアは無言だった。
 無言と言うか、無表情だ。

 顔から色が無くなったというか、そんな感じである。

「何か色々と物々交換したりしてたよ。部外者は立ち入り辛い雰囲気だったから最後までは見れなかったけど……」

 アヤメがさらに続けるが、オルデミアは無言のままであった。

「オルデミア? どした?」

 さすがに不審に思い、ミーミルが声をかける。
 オルデミアは突然、ブルブルと震えだすと、声を絞り出すように呟く。

「……どう……して」
「?」


「どうして! それを! もっと早く言わなかった!!」


 オルデミアは顔を真っ赤にして叫んだ。

「ヒィッ」

 突然の激怒であった。
 アヤメとミーミルには訳が分からない。

「ど、どした? 何をそんな怒ってるんだ?」
「さすがに少し考えれば分かるだろう!!」

「?」「?」

 アヤメとミーミルは首を傾げる。
 さっぱり分かっていない二人に、オルデミアは天を仰ぎ、目を片手で抑える。

「パークスはその辺の兵士長ではない。それは分かるな」
「うん」

「四大貴族、マキシウスの三男だ。三男と言ってもその権力と地位は一般人より遥かに上なのだ」
「うん」

「南部領民は亜人種に良くない感情を持っている。なのに領主の息子が、亜人種と仲良くしているのだ。しかも騎士団を巻き込んだ組織ぐるみで」
「……つまり?」



「発覚すれば大事になる。下手すれば家の取り潰しもあり得るぞ」
「……」


 
 ミーミルとアヤメは現代日本風に考えてみる。



 例えば。

 南部領を日本として。

 亜人種を国に仇名すテロリストとしよう。

 南部領を軍事力で守るパークスの部隊は陸上自衛隊だ。

 とりあえずパークスは陸上自衛隊のお偉いさん――陸将にしておく。



 では日本の陸上自衛官達と陸将が、テロリストと仲良くして物々交換を――




 あっ。
 ヤバイ。




「ヤバくね」
「えっ、もしかして洒落にならない?」
「洒落にならん! 本気で洒落にならない!!」

 事の重大さにやっと気づいた二人に、オルデミアが叫んだタイミングで、ドアがノックされた。

「失礼します。そろそろ出発のお時間です」

 外からエーギルの声が聞こえた。

「どうするのだ! お時間ではないか! こんな情報を得たまま今すぐ帰るのか私は!」
「ご、ごめん」

「こんな話は聞きたくなかった! 感傷的になったのが間違いであった!」
「ま、まあ、今までバレてなかったんだから、緊急事態じゃないだろ。戻って来てから考えようぜ」
「発覚してなかっただけで、ずっと緊急事態だぞ!」

 ドアが再度ノックされる。

「オルデミア団長、時間です。どうされましたか?」

 外からエーギルの声が聞こえてくる。

「こ、こ、この――何という事だ。いいか、最低でも四日間は大人しくしていろ! いいな! その亜人種との関係は絶対に誰にも話してはならんぞ!」
「りょ、りょーかい」

 オルデミアの剣幕にミーミルは、とても大人しく頷いた。

「帰るからな! 気をつけろ! どうしてこんな事に! 信じられん!」

 オルデミアは様々な感想を叫びながら部屋から出て行った。
 色々ありすぎて処理しきれていないようだ。

 オルデミアを見送ったミーミルはベッドに寝転がりながら、アヤメに言った。


「……じゃあ……まあ、とりあえず四日か五日、頑張るか」
「そうだね」
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