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第二部 一章

第五話 貢がれる幼女

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「ふんふーん」

 アヤメは鼻歌を歌いながら、商店街を歩く。
 その後にはオルデミアや大量の兵士がついてきていた。

 街の人々は何事かと思い行列を見る。
 だがどう見ても一人の幼女が、屈強な兵士達を引き連れているようにしか見えない。

 服は謁見用のドレスから、普段着に着替えていた。
 街を歩くのに、あのドレスはさすがに歩きにくい。

「オルデミア、あの店は何?」
「あれはランプ屋ですね。別売りの火結晶を中に入れて、魔力を注ぎこめば灯りがつきます」

「へー、どれくらい持つの?」
「小指の先ほどの火結晶で八時間程です。ランプは少々値が張りますが、火結晶は安価ですので一般的に使われております」

「一個買っていい?」
「いいですよ。どうぞ」
「わぁい」

 アヤメはランプ屋に入る。
 ドアを押して開くと、ドアの裏に掛けてあったランプが、ちりんちりんと涼しげな音を奏でる。
 ガラスで出来たランプを呼び鈴代わりにしているようだ。

「いらっしゃ――うわあ!?」

 店の奥で椅子に座り、本を読んでいた店主が椅子からずり落ちかける。

 店の中に入って来た子供と兵士はまだいい。
 だが店の外に、隙間なくみっしりと並んでいる兵士達は何なのか。

「な、何か当店に問題でもございましたか?」
「いや、ランプを買いに来ただけだ。気にするな」
「は、はぁ……」

 店の外の兵士達は子供の一挙手一投足を、ジッ……と観察している。
 店主にも視線を向ける事があるが、その目には敵意か殺気のようなものを孕んでいる気がした。

 ――この子供には何かある。

 店主はそう察し、慎重に声をかけた。

「どんな物をお探しでしょうか?」
「んー……」

 よく考えたらランプなんか使った事が無い。
 日本での生活でランプの出番など皆無だ。

「では、こちらなどいかがでしょう? 女性に人気の品です」

 店主は子供が好みそうな可愛らしいランプを指差す。
 花柄でピンク色の塗装がしてある小さなランプだ。

「ちょっと可愛すぎない?」
「実に似合っているかと」
「んー、こういうのより壊れにくくて実用性が高いのがいいなぁ……」

 随分と子供らしくない子供だな、と思いながら店主は別のランプを進める。

「では、こちらはどうでしょう。アルコン王国からの軍需品を手直したものです」
「ん、敵国だよね?」
「アルコン王国の技術力は高く、向こうの国から鹵獲した品を、手直しして売る事もあるのです。頑丈で、デザインも先鋭的ですよ。少し重いですが」

 黒く塗られた流線型の滑らかなフォルムのランプだ。
 さっきの可愛いランプよりガラスも分厚く、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。

「へー、見た目はカッコイイねぇ。これにしようかな?」
「アヤメ様、そういう物を使うのは立場的に不味いかと」
「あー……」

 アヤメはションボリして店主にランプを返した。

 なるほど。
 これは恐らく貴族の一人娘と見た!
 大口の客になる可能性がある。
 ここは取って置きを出すべきだ。

「それではこれはどうでしょう」

 そう思った店主は、店の奥からランプを出してきた。

 クッションの上に置かれ、埃が被らないように布が掛けられている。
 店主は布を静かに、それでいてゆっくりと取り払う。

「北部領のランプメーカーブランド『レパード・クリエイティブ』の一点ものです。非常に堅実な造りで知られているメーカーで、耐久性はもちろん実用性に優れております。部品にはレザーネ鋼が使われており頑丈な上に軽量な逸品ですよ」

 とても美しいランプだった。

 黒地に金の彫金がしてある。
 金なのが少し成金っぽいが、黒のおかげで落ち着いた雰囲気になっている。
 店の表に置いてあるどのランプより部品もしっかりしていた。
 しかも軽い。

「いい感じ! どう?」
「かなり高そうに見えますが……」

「おいくらですか?」
「こちらは15万ラピスです」

「どうですか?」
「レフナイト製の剣が2本は買えます」
「うーん?」

 価値がよく分からない。
 日本円にして貰えば価値が分かるが、そんな事は望むべくもなかった。

「お高いです」
「お高いですか……」

 オルデミアに買ってもらう以上、無理は言えない。
 リ・バースのお金が使えればいいが確実に無理だ。
 アヤメはションボリとして、ランプを机の上に戻す。

 それを見た外の兵士達の何人かが、バタバタとどこかへ走って行った。

「レパード・クリエイティブ製の物がお気に召したのでしたら、同じブランドの別商品もお見せしましょうか?」

 店主は棚に置いてあったランプを指差す。

「こちらはどうでしょうか」
「おいくらですか?」
「こちらは1万ラピスです」

「どうですか?」
「ランプにしては高いですが、まあ妥当な所です」
「なるほどー」

 色違いの物が三個並んでいる。
 青赤黒。
 どれにしたものか……。

「アヤメ様!」

 いきなり店の中に兵士が何人か押しかけてきた。

「どうしたの?」
「先ほどのランプ――我々に買わせて下さい!」

 先頭の兵士の手にはお金が握りしめられていた。
 1000ラピスと書かれている札束だ。

「ここに15万ラピスあります」
「我々の想いだと思って受け取って下さい」
「お前達、どうやってこんな大金を?」

 オルデミアは驚く。
 15万ラピスは本当に大金なのだ。

「ありがとう、って受け取って大丈夫な額?」
「一般的な新兵兵士の初任給が一万五千ラピスです」
「給料十ヵ月分!!」

 日本で例えるなら新卒で初任給20万円としてそれの十倍。
 おおよそ200万円くらいのお金である。

 車が買える。
 普通にヤバい額だ。
 少なくとも手渡しで貰えるような額ではない。

「さ、さすがに貰えないよ……」
「お気になさらず」
「店主、さっきのランプを貰えるか」
「さあ、15万ラピスだ」

「えっ、あ、ありがとうございます?」

 兵士達は強引に話を進めていってしまう。
 アヤメは慌てて止めに入った。

「駄目だって! こっちの安いので大丈夫だから!」
「皇帝が持つならば相応の格が必要です」
「そうですよ、アヤメ様」

「こ、皇帝?」

 店主は耳を疑う。

 確か皇帝は15、6の少女になったと聞いていた。
 目の前の幼女はどう見ても十歳以下だ。

 アイリス帝国の皇帝が自分の店に来たというのか?
 何かの間違いではないのか?
 だが皇帝だからこそ、これだけの兵士を引き連れているのでは?

 店主の頭に様々な可能性が巡る。

「店主、プレゼント用の梱包は出来るか」
「できますが、えっ、皇帝様? 何が起きていますか?」

 店主はパニック気味であった。

「お前ら、この金はどうしたのだ」
「貯金です」

 そう言う兵士の顔にオルデミアは見覚えがあった。
 この兵士は、金と暇があれば酒場に顔を出していた兵士のはずだ。
 そんな男に貯金があるだろうか?

 そう考えた所で、気づいた。

「――お前、剣はどうした」

 軍で支給している剣と形が違う。
 軍支給の剣はコストダウンの為に統一された規格で作られている。
 形状が違うなどあり得ない。

「……剣……は」

 今、金を持って来た全員が、支給している剣と違う剣を持っていた。
 オルデミアは兵士に素早く近寄り、剣を引き抜く。

「あっ!」
「木製の模造品だな――レフナイト製の剣はどうした?」

「えーっと」
「軍で支給しているレフナイト製の剣はどうしたのだ?」

「えーっと……」

 兵士達が目を逸らす。
 そういえばさっき兵士達が走って行った先――。

 ランプ店の向かいは、武器屋であった。

「これは懲罰モノだぞ」
「違うのです。アヤメ様にどうしてもランプを買ってあげたくて!」
「そうです! 私達が武器を持つより、アヤメ様がランプを手にした方が国の為になると思ったのです!」
「この木剣は忠誠の証なのです!」
「軍人が武器を手放してどうする! 忠誠以前の問題だそれは!」

 オルデミアが声を荒げる。
 店主は店の中で暴れられないか不安でならなかった。
 ランプはガラス製品なので、暴れられたら一瞬で全滅する。

「ちょ、ちょっと待って」

 そこで止めに入ったのは、アヤメだった。

「ええと……じゃあ……」

 アヤメはインベントリ内を思い出す。
 確か敵からドロップした分解用のアイテムを持っていた気がする。
 アイテム整理せずに寝落ちしたのだから間違いない。

 それを呼び出すイメージ。

 空中に燐光が舞った。
 燐光はすぐに収まり、アヤメの足元に剣が人数分転がる。

「これで代わりになればいいけど」

 アヤメは床に出現した剣を拾うと、兵士に渡す。

「この剣がブラストソードで、こっちがアダマンエストックで、これが斬魔刀ね。これは……何だっけ……覇王の塔69階ドロップだからホーリーバスターのはず」

 全てレアランクの剣である。
 レアといっても性能は低く、アヤメは装備できないし、市場価値も低い。
 アヤメくらいのレベルになるとレアランクの装備は分解して、装備強化用の素材にするくらいしか使い道がないのだ。

「こ、これは一体?」
「あげる。ランプのお礼。木剣よりマシでしょ?」
「あ、有難き幸せ!」「これは間違いなく神器!」「神ィ!」

 兵士達は口々にアヤメを称える。

「アヤメ様、甘やかしてはいけませんよ」
「貰ったらちゃんと返さないと」

 そう言ってアヤメは店主から受け取ったランプを嬉しそうに抱えていた。
 綺麗なラッピングもしてある。

 その様子を見ていると、怒る気も無くなってしまう。

「……分かりました。まあ、この兵士達には私やアヤメ様が特に何かするまでもなく、天罰が下るでしょう」

 オルデミアの言葉が意味する所を、兵士達は理解できなかった。

「騒がしくして済まなかった。また何かあれば頼む」
「ありがとうー」

 オルデミアとアヤメは店主に頭を下げると、店から出て行った。

「ど、どこから剣が出て……ありがとうございました! またのお越しを!」

 何から何まで何が起こったのか分からなかったが、とりあえずテンプレの挨拶は返せた店主だった。

「これは僥倖」「だな」「無理して剣を売り払って良かった」

 兵士達もアヤメとオルデミアについて店の外に出る。


 
 その前に店を包囲していた兵士達が立ち塞がった。
 目は一様に敵意で濁っている。



「許されると思ったか?」
「抜け駆けして褒美を貰うなど」
「神器が貰えるなら軍需品など幾らでも売り払うわ」
「アヤメ様にプレゼントをして点数を稼いだ上に、アヤメ様から直接、恩賞を得るなど言語道断である」

 アヤメから装備を受け取った兵士達は、オルデミアの言葉が何を意味していたのか知った。

「話せば分かる」
「問答無用」

 
 ジェイドタウンに兵士の悲鳴が響き渡った。
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