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第一部 一章

第五話 詰みです

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「お二人に、頼みがある」

 オルデミアは神妙な顔つきで、二人の前に座っていた。
 歌の発動を終えたアヤメもミーミルと共に、地面に座っていた。

 オルデミアが騒めきに気が付き、牢獄の外がどうなっているのか状況を確認しに行き。
 外がまだ騒めきに包まれている中、オルデミアは牢屋に戻ってくると、二人の前に座りこんだのだ。

 オルデミアの表情は、本当に真剣そのもの。
 今から『自殺する』と言われても、本気だと信じてしまいそうなくらいに真剣であった。

「……頼み?」

 何だか嫌な予感がしながらも、アヤメは聞き返す。
 オルデミアは一つ深呼吸してから、要求を言う。

「何とか、英雄のフリをしてくれないだろうか」
「……」

 アヤメとミーミルは顔を見合わせる。
 やはり嫌な予感通りだった。

「この国は本当に追い詰められている。伝承にしか存在しないような過去の英雄にすがるしかない程に。優れた能力を持っている人間を目にしただけで、神の如き奇跡を起こせると誰もが勘違いしてしまう程にだ」

 その言葉を聞いたミーミルは身震いすると、しっぽの毛が逆立った。
 ブラック企業に勤めているミーミルには、その状況に完全共感できたのであろう。

「実はすでに多くの者は、英雄が復活したと勘違いしている。二、三日前から王宮は宴をやっているし、国民にも英雄が復活したという告知を出してしまった」
「まだ目も覚めていなかったのに、どうしてそこまで」
「ずっと失敗続きで突然、成功したせいだ。それまでは何一つとして呼び出せなかった。あれで完全に成功したと思ってしまった」

 もっと確認しておくべきだった、とうなだれるオルデミア。
 アヤメはそんな程度で騙されるなんて、と首を傾げる。

「言い忘れてたけど、実は昨日サマージャンボ宝くじ当たった」

 オルデミアの様子を見ていたミーミルが、呟くように言った。

「マジで!? これでブラック企業辞められる?」
「まあ当たったの300円だけど――って感じだな、コリャ」
「……なるほどね」

 ミーミルの例えに唸るアヤメ。
 確かに追い詰められていると、そんな言葉にもコロッと騙されるかもしれない。

「とにかく何か策が見つかるまで、英雄のフリをしてくれないだろうか。今のままでは、我が国は本当に滅んでしまう。形だけでもいいのだ。この通りだ。頼む!」

 そう言ってオルデミアは深々と頭を下げる。
 アヤメとミーミルは向かい合い、顔をしかめた。

 安請け合いするような案件ではない。
 だが考える時間は殆ど無い。

「オルデミア様! 大丈夫ですか!」
「先ほどの騒動、まさか英雄様が目を覚まされたのですか!?」
「だ、大丈夫だ! もう少し待ってくれ!!」
 オルデミアが監獄の外へと繋がる扉に向かって叫ぶ。

 何故なら監獄の外に、すでに人が集まってきているせいだ。

 アヤメの『シュヴァリエの風』はどうやら城内の人間、全員に効果があったらしい。
 体が緑色に光り、身体能力を大幅に引き上げた謎の現象。
 その現象の原因は何なのか?

 一番に復活した英雄が原因だと特定されても、何もおかしくはない。

「頼む! もう時間がない! 引き延ばしも限界だ!」
「そう言われても、体もこんなだし……」

 体が女になっている問題もある。
 正直、英雄どころか女性のフリすら微妙である。
 アヤメは何か考えようとするが、外の喧騒が激しすぎて考えがまとまらない。

「こりゃ駄目だ」

 ミーミルはそう言うと、オルデミアの前に立った。
 そしてミーミルは深呼吸してから、こう言った。


「――じゃあ英雄のフリをすればいいんだな?」


 その言葉を聞いたオルデミアの表情がぱぁっと明るくなった。

「ちょ――!?」
「そうだ! フリだけでいい! この国の希望になってくれ!」
「希望にはなれないけど、分かった。フリだけでもしよう」
「ありがとう! 本当にありがとう!」

 オルデミアはミーミルの手を掴むと、固く握りしめた。

「待った待った! そんなの無理!」
「そりゃ俺だって無理だと思ってるけど、もうやるしか選択肢ないしなぁ。いつまでもここでじっとしてても意味ないし。その術士を探すのも、俺たちだけでは無理だし。そもそもこの世界に対する情報もほぼゼロだし」
「むー」

 ミーミルの冷静な状況分析に、唸る事しかできないアヤメ。

「まあ……単純にこの状況を一言で表すとしたら『詰んでる』かなぁ」
「これ詰んでる?」
「詰んでるっしょ。もう何が何だか分からん。笑うしかないレベル」

 確かにミーミルの言う通りだった。
 とりあえず引き受けて、この状況を打開する以外に無い。
 まずは引き受けてから考える。
 それしかないだろう――というかそれ以外、思いつかない。

「じゃあやる……」

 アヤメはそう言うと、腕組みをして俯いた。

「二人ともありがとう! 本当に助かる!」
「それで、一番重要な事を聞き忘れていたんだけど」
「何だ?」
「その英雄ってどんな人? それが分からない事には――」
「な……何故知らない! 世界中に名が知れ渡っている英雄だぞ!」

 オルデミアは目を見開く。
 なぜ知らないと言われても、と二人は顔を見合わせてしかめっ面をする。
 未知の世界で活躍した偉人のプロフィールなど知る訳がない。

「くっ、一体どこの田舎者の魂が……とにかく簡単に説明するぞ! 閃皇『デルフィオス・アルトナ』は帝国を作ったすごい方だ! 女性ながらに皇帝となった! 背が小さいのを気にしていたらしい!」
「じゃあアヤメがデルフィオス役すればいいか?」
「ミーミルは身長高めだしね」
「一方の剣皇『マグナス・アルトナ』は閃皇の補佐を行った方だ! 閃皇が病気で早世された後に皇帝となった女性剣士だ! 今でも伝説として語られ、史上最強と言われている剣の使い手だった!」
「じゃあそっちはミーミルかな」
「ちょうどドゥームスレイヤーだしねぇ」

 ドゥームスレイヤーは『リ・バース』におけるソードマンの三次職だ。
 盾を捨て、魔人剣を操る攻撃重視の職業である。

「ただ剣皇様は人間種だったはずなのだが――」

 ミーミルは猫耳の裏側の毛をぽりぽりと掻く。

「んー、まー、その辺は間違って伝承されたって事にするしかないんじゃね?」
「くっ、それでは歴史が変わってしまう……それより亜人種が実は皇帝だったなど……」
「そんな経歴より二人はどんな性格だっ」


 バァン!

 
 轟音と共に、扉が開け放たれた。
 同時に鎧を着込んだ兵士達や、高価そうなローブを羽織った文官っぽい人間が雪崩こんでくる。
 部屋の人口密度が一気に上昇した。

「な、な、な、何で開いた!?」
「マスターキーがありますのでオルデミア団長!」
「そ、そうか。それは良かった!」

 オルデミアの目が完全に泳いでいる。
 仕込みの最中に乱入されれば当然だ。

「それで――そこにいらっしゃるのが?」

 その場にいた全員の目が、二人に集中する。

「えーと、その、こっちの幼女が閃皇様で、あちらにいる女性が剣皇様だ」
「あのお二方が……」

 その言葉を最後に、部屋の中が水を打ったように静まり返る。
 伝説の英雄、その一挙一動に全員が注目しているのだ。

 思ったよりプレッシャーがやばい、とアヤメは顔を僅かに引きつらせる。
 アヤメはミーミルの顔を見上げる。
 ミーミルは意を決すると、一歩前に出てから、こう言った。


「やーやー、我こそは剣皇マグヌスであるよぉ?」


 ミーミルの声はやや震え声であった。
 しかも謎の疑問形だ。
 伝説の英雄らしい威厳も何も無い。

 ここは自分が頑張るしかない、とアヤメは思った。
 アヤメも一歩前に出て、ミーミルに並んでから言った。


「あ、の、閃皇ふぇるデルフィオスです」

 
 噛んだ。


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クラス「レボリューショナリー」=アヤメの職業。(歌でパーティ全体を強化する)
クラス「ドゥームスレイヤー」=ミーミルの職業。(前衛で大きなダメージを与える)

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