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第一部 一章
第三話 夜逃げ済み
しおりを挟むそして――。
アヤメ時間で三分、オルデミア時間で三十分くらい経った頃だろうか。
衛兵が戻ってきた。
衛兵の顔も顔面蒼白である。
それを見た時点でオルデミアは今にも倒れそうであった。
「大変です! あ、あの術士の部屋にこんな書置きが!」
「み、見せてみろ!」
衛兵からひったくるように、オルデミアは書置きを手にする。
その内容にオルデミアの体は完全に硬直した。
アヤメは正座から立ち上がると、書置きを覗こうとする。
だが身長が足りなかった。
代わりにミーミルが書置きを覗きこむ。
「何て書いてある?」
横からアヤメはミーミルに聞いてみる。
「んーとねぇ、『二千年前の偉人の魂なんか復活できるわけないだろ! いい加減にしろよこんな国滅びろ』ってさ」
「……」
アヤメとミーミルは渋い顔をして、無言で顔を見合わせた。
やはりその禁忌魔法は失敗していたのだ。
そして失敗した結果、二人はここにいる。
「きっと無理言われて鬱になったんだろう。あ、そういえば上司の三輪さん、先週からうつ病で入院しちゃってさぁ。仕事が回らない回らない」
「それで日曜も?」
「出勤アンド残業」
「うーむ、真似できない……」
「お前も働きだしたらそうなるから覚えていろ大学生。楽しいのは今のうちだけだ。再来年の就活が楽しみだな?」
ミーミルはギリギリと歯ぎしりしながら、アヤメを睨んだ。
その表情は社畜の鬱屈した凄みを感じさせる。
「オルデミア様、どう致しましょう……」
不安そうな衛兵の言葉に、オルデミアは遠い彼方に飛んでいた意識を取り戻す。
「そうだな――今は内密にしていてくれ。対策を考える」
「わ、わかりました」
「私はこの二人と少し重要な話をする。お前は席を外してくれ」
「了解致しました!」
衛兵は叫ぶと、監獄の外へと出て行った。
そしてオルデミアは衛兵がいなくなるのを確認すると、
「おわった」
そう言って地面に座り込んでしまった。
体操座りになって、ピクリとも動かなくなる。
「何だか大変な事になっているみたい……」
「だな」
事情も何も分からないが、オルデミアに悲劇が起きている事だけは、はっきり分かった。
小声で「むりだ」とか「しのう」とか言っているので間違いない。
見た目よりずっとメンタルが弱いのか、強いメンタルがへし折れる程の事態が起きているのか、そこまでは分からない。
しかし、さっきまでのゴツい軍人のようなイメージはすっかり霧散してしまった。
「とりあえず何だかよく分からない禁術で俺達はこの知らない国に召喚された……って事でいいのかな?」
「それでいいんじゃね?」
「ていうか、そもそもここは地球?」
「聞いた事ない国の名前だったから、地球じゃないかもな。そのまま信じるなら、だけど」
「地理苦手だからアイリスって地名、地球にあるかもしれない」
「仮にあってもこんな剣と鎧で武装した国ないっしょ。あったら有名で観光地だよ」
「確かに」
――参った。
『何かのドッキリであればいい』と思うが、ごく普通の一般人である二人に、こんなやたら手の込んだドッキリを仕掛ける理由など思いつかない。
だとしたら本当に別の星か何かにワープさせられたのかもしれない。
宇宙人のUFOにさらわれるように、何かの超科学で違う星に飛ばされた。
まあ、どちらにしても信じ難い無茶苦茶な話ではあるのだが。
「すみません。ちょっと質問」
「うへぁ?」
ミーミルが話しかけると、オルデミアは気の抜けた返事をする。
「じゃあ間違いなら間違いで、元の世界に帰して欲しいんだが。いや、やっぱり帰らなくていいか? 帰っても辛くて苦しいだけだし、その方がきっと幸せになれそ」
「落ち着いてブラック企業勤務。元の世界に帰りたいので、帰らせて下さい」
いきなり心の平静を乱し始めたミーミルの言葉を遮り、アヤメは聞いてみる。
呼び出したなら、戻せるはずだ。
「あ……ああ……うう」
だがアヤメの言葉を聞いたオルデミアは、頭を抱えてしまった。
「まさか戻せない?」
「……戻せる人間はいなくなってしまった」
オルデミアはそう呟くように答えた。
「手紙の主――このプロジェクトを主導していた術士が、行方不明になってしまったのだ。その術士以外には、禁術は行使できない」
「なら誰か代わりに禁術を……」
「あの術士は未知の技術と、恐るべき魔力を持っていた。あの能力があってこそ、行使できた術だ。奴がいなければ、もはや再召喚も叶わん。いや、そもそも召喚自体が無理な話だったのだな……フフフ」
そう言ってオルデミアは自重気味に笑う。
かなり精神的に追い詰められているようだ。
「じゃあ今から探せばいいんじゃね? 指名手配したりすればいい」
「もう間に合わん。いなくなってから一週間は経っている。恐らくこの国にはいないだろう。今頃は国外に逃亡している」
「どうしてそんなに放置を……」
「あいつが『徹夜続きで疲れた、研究も終わったし、一週間くらい休暇が欲しい』って言った! 俺も確かに疲れているだろう、と思って休暇を与えたのだよ!」
そう声を荒げたオルデミアはさらに深く頭を抱える。
「何かおかしいような気はしていた。体に魂が定着して目を覚ますのに時間がかかるとか何とか、暴れるかもしれないから牢に入れておいた方がいいとか――そもそも剣皇様は亜人種じゃなかったのに、何で信じてしまったんだ。いくら二千年前の風化しつつある伝承でも、人種までは間違って伝わっていなかっただろうに……!」
丸まったオルデミアはそのまま「馬鹿だ」とか「アホだ」とか呟き始めた。
「むーん」
アヤメは唸ると地面に胡坐をかいて座り込む。
「止めなさい、女の子が胡坐なんてはしたない。パンツ見えますよ。パンツもろだしはいくら中身が男でも恥ずかしいでしょう」
「お母さんか!」
ミーミルの突っ込みで、少し顔を赤くしながらアヤメは正座に座り直す。
「それはともかく、どうしたもんかね」
ミーミルもアヤメの横に座る。
と聞かれても、いい考えはアヤメも浮かびそうになかった。
「とりあえずアヤメ、俺の胸を揉んだから、俺もそっち揉んでいいか?」
「胸を揉んでもいい考えは浮かばないのは実証済み」
「んー、まぁ、揉むほどの胸はないからいっかぁ。ゴリゴリするだけだろうしな!」
そう言ってミーミルはニャハハハと笑う。
――何故か非常にムカついた。
アヤメはミーミルの豊満な胸を掴むと引きちぎる。
と思ったがやめた。
胸のネタは想像以上に頭に来る、というのが女になってよく分かった。
殺意すら覚えるくらいだ。
と思った所で、目の端に何かが映り込んだ。
「ん――?」
点滅する光。
いや、よく見ると光ではない。
アイコン。
しかも見知ったアイコンだった。
このアイコンは――。
「PKモードONアイコン?」
「ん、どした?」
「今、視界の中にPKモードONアイコンが浮かんでる。そっちから見える?」
「何も見えんねぇ」
アヤメの目には確かに、アイコンが映り込んでいた。
『リ・バース』にはプレイヤーに攻撃できるモードが搭載されていた。
街や安全地帯以外ならば、それをONにすれば殺人――プレイヤーキルが可能だ。
まあ実際にプレイヤーが死ぬ訳ではなく、キャラが殺されるだけだが。
ノーリスクの決闘や戦争とは違い、PKをした場合は殺されたキャラクターは経験値が減少し、殺したキャラクターにはそれに勝る重度のペナルティが課せられる。
オンラインゲームなのだから、基本的には会話で大体の問題は決着がつく。
だが会話がまとまらず、それでも決着をつけねばならない事が起きた時に、ONにすれば相手を力で排除する事が可能になる。
それをONにするアイコンが、アヤメの目には見えていた。
しかしアイコンは不意に消滅する。
「消えた」
「何が?」
「PKアイコンが消えた……」
「よくわかんないけど、殺したい相手でもいた?」
「そんな訳――」
いや、違う。
さっきアヤメはミーミルに対して殺意を抱いた。
まさかそれに反応して、PKモードを促すアイコンが表示された?
「実はさっき、ミーミルが俺の事を大平原の小さな胸って言った時に」
「言ってないぞ」
「ちょっと殺意を覚えたんだ。そしたら、目の前にアイコンが出てきた。『リ・バース』で表示されていたPKモードONアイコンが」
「ええ……思ったら表示されたって事? じゃあ仮にインベントリを思って、体力回復剤でてこい~♪で回復剤が出るとでも」
――カツン。
ミーミルの正座している膝の前に、赤い液体の入った薬瓶が出現した。
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閃皇『デルフィオス・アルトナ』=昔の偉人(皇帝)
剣皇『マグナス・アルトナ』=昔の偉人(皇帝)
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