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第二部 四章
第七十六話 元凶の改善
しおりを挟むそれから数日が経った。
相変わらずアヤメとミーミルはパークスの家で遊んでいた。
たまに会議に参加するくらいで基本的には暇である。
そして今日もアヤメはセツカとリッカの二人と遊び、ミーミルは猫らしく惰眠を貪っていた。
そしてもう一人――オルデミアは机に座って何かを考えこんでいる。
オルデミア自身も暇になりつつあった。
すでにマキシウスに狙われる理由は無い。
敵を一人に絞るという南部領に来た目的も達成されている。
むしろジェイド家の協力を得た事で、ここは二人にとって帝国内で最も安全な場所となった。
だが今回は偶然、上手くいっただけである。
根本的な問題は、まだ解決していない。
それにはアヤメとミーミルを、今より一歩先へ進める必要があった。
「分かった」
「ん、どした?」
机に座って考え込んでいたオルデミア。
数時間に渡って頭を抱えていたのだが、急に顔を上げて言い放った言葉が「分かった」であった。
ミーミルはベッドに寝転がったまま、顔だけオルデミアの方に向ける。
「どうしてこんな事になってしまうのか、原因が分かったのだ」
「おお、何だ?」
「お前たちが馬鹿だからだ」
「やべー、アヤメ。喧嘩売られてんぞ」
ミーミルはアヤメを見る。
「アヤメちゃん、パス!」
「わぁー!」
アヤメはセツカの投げたボールを空中でキャッチする。
そして勢いよくベランダから下へ落ちていった。
「……二階から落ちたぞ」
「まあ大丈夫だろ」
「リッカ、パス!」
ベランダの外――中庭からボールが飛ぶ。
ボールは一気にパークスの家の三倍くらいの高さまで飛んでいく。
『木霊触!』
それをリッカが触手で絡め取る。
「リッカ、法術は禁止だよ」
「だって取れないもん……」
「じゃあくすぐり罰ゲームね」
セツカはリッカをくすぐり始める。
「きゃあー、やめてお姉ちゃん!」
「よいしょっと」
中庭からベランダまでアヤメがジャンプする。
ベランダに着地すると、アヤメはリッカの前に立った。
「た、助けてアヤメちゃん……」
「くすぐりの刑ね」
「ひぃー」
アヤメもリッカをくすぐり始める。
「うーん、エクストリームキャッチボール」
「アヤメ、話を聞きなさい」
三人はごろごろと絨毯を転がっている。
いつの間にかアヤメはセツカとリッカを。
リッカはアヤメとセツカを。
セツカはリッカとアヤメをくすぐり合っていた。
「ミーミル、アヤメが言う事を聞いてくれない」
ミーミルはベッドから飛び降りるとアヤメの足を突然、掴んだ。
そしてアヤメの足裏をくすぐり始める。
「今だ! やってしまえ!」
「わー」「わー」
「ひ、ひきょ……やあああ」
アヤメは三人にわき腹、脇、足裏をくすぐられ始める。
セツカ、リッカの二人はミーミルに少しずつ、心を許し始めていた。
かなり時間がかかったが、アヤメがどうにか三人の仲を取り持ったおかげである。
「あははは! しぬー! 本当にしぬぅー! オルデミア助けて! あはは」
アヤメは笑いながら悶絶している。
目の端に涙が溜まり、白い肌は上気し、汗ばんでいる。
おかしい。
子供がじゃれているだけだ。
なのに不思議と色気を感じるのは何故なのか。
「……」
オルデミアも一緒に混じってアヤメをくすぐりたい衝動に駆られる。
吸い寄せられるように悶えるアヤメに一歩近づくオルデミア。
すでに足とわき腹と脇は埋まっている。
だとしたら……後は首筋? 背中? それとも、ふとも
「あ、オルデミアは混ざったら駄目だぞ。セクハラで訴えるからな」
オルデミアが近づいてきたのに気づいたミーミルが先手を打つ。
「せ、せく?」
「お触り禁止。エロ禁止」
「そ、そんな事はせん!」
「前科がある奴の事など信用できるか。それにオルデミアが近づいてきたから、セツカとリッカがちょっとビビってるだろ」
ちなみにセツカとリッカの二人は、オルデミアにまだ心を開いていない。
オルデミアは身長も高く、顔もいかついので慣れるにはかなり時間がかかるだろう。
「たすけてー! あははは! こ、ころされるー!」
「ほら下がれ下がれ」
ミーミルの言う通り、オルデミアは下がるしかなかった。
何故なら自分はアヤメを助けようとしなかった。
アヤメをくすぐろうと――追い打ちをしようとしたのだ。
遊ぼうとしただけなら、まだ許されたかもしれない。
だがミーミルの言うように邪な気持ちは無かっただろうか。
もしあったのだとしたら、自分は――。
そんな感じでオルデミアが自問自答している間に、十分が経った。
「ふー」
ミーミルはくすぐり疲れ、髪をかき上げながら立ち上がった。
セツカとリッカもやり切った顔をして立ち上がる。
アヤメはぐったりして動かない。
「ええと、それで何だっけ?」
ミーミルの言葉で、オルデミアは自分を取り戻す。
やっと話を最初に戻せそうだった。
「それは……お前たちがアホなのが全ての災いの元であるという事だ」
「アヤメ、喧嘩を売られているぞ」
アヤメは虚ろな目をして返事をしない。
『へんじがない ただのしかばねのようだ』一歩手前であった。
「アホというか、無知が過ぎるという話だ」
「ふむ……」
ミーミルは腕組みをする。
確かに二人はこの世界について余りに無知であった。
オルデミアの言う通り、無知ゆえに問題が巻き起こっている気はする。
「だから私はお前達にちゃんと勉強をして貰いたいと思っている」
「うへー」
「露骨に嫌な顔をするな。また面倒事に巻き込まれたいか?」
「でもこれまでも、勉強してただろ。あれじゃ駄目なのか」
「あの時間をもっと増やす。それからミーミルは勉強時間はほぼ寝ていただろう」
「うへー」
「ただ勉強するだけでなく、試験や宿題も行おうと思う」
「くそ! こんな所にいられるか! アヤメ、逃げるぞ!」
アヤメは無反応だ。
「逃げないように、お前達二人だけではなくネーネ族にも授業に参加して貰う」
「は!?」
「彼女達は元々、世界について勉強する機会を得たいと考えていた。ならば丁度良いチャンスだ。それに、お前達を慕うネーネ族がそばにいれば、逃げるという考えもなくなる。さすがのミーミルも彼女達に情けない姿を見せようとは思わないだろうしな」
「鬼畜め! アヤメ起きろ。死んでる場合じゃないぞ」
「ちなみに今日からやる。一刻も早くお前達の無知さを解消せねば、一瞬たりとも目が離せないままになってしまうからな」
「マジかー」
絶望の表情で天を仰ぐミーミル。
「勉強?」「するの?」
セツカとリッカは興味津々のようである。
現神の森では外の事を勉強する機会はなかったはずだ。
「パークスやジオ、レガリアにも話をつけてくるからな」
「まさか、その三人も参加とか」
「第一回目の勉強会にはもちろん出て貰おうと思っている。まあスケジュールの都合がつけばだが」
「うっへぇ」
その三人が出てくるなら適当な事はできない。
少なくともサボりは許されないはずだ。
「で、でもアレじゃね? 皇帝が勉強会に出るとかおかしくね? 後ろの方でネーネ族が勉強してるのを見ているだけでいいっしょ? な?」
「二人はネーネ族との親交を深める為、また勉強会の視察を行うという名目で、一緒に参加するという設定で行く」
「アヤメ、今すぐにオルデミアを埋めよう。ほら動けって!」
動かない。
―――――――
「えー、それでは第一回の授業を始めたいと思います」
「よろしくお願いします」
第一回『パークスあおぞら教室』はパークス家の庭で開催される事となった。
パークス家の庭には黒板が一つ引っ張り出されている。
そして木製の机と椅子が十二組、並んでいた。
椅子にはネーネ族長老のククリア、その孫のセツカとリッカ、。
ネーネ族のミョルドとニニャ、イカルガ。
ジェイド家からパークスにジオ、レガリア。
中央帝国兵団はアベル、エーギル。
そして閃皇と剣皇――アヤメとミーミルが座っている。
そうそうたるメンバーであった。
もちろん他のネーネ族や兵士達もいる。
ジェイド家の三人も、忙しい合間を縫って参加してくれた。
「なんでこんな事に」
ミーミルは授業参観のような気分で椅子に座っていた。
その表情は授業が始まる前から死んでいた。
「必要な事だから仕方ないよ」
一方でアヤメはやる気だった。
ミーミルのスキルと比較すると、アヤメのスキルはこの世界に密接に関わっている。
特に神侵シ降臨唱は現神を召喚する特性がある。
今回はどうにか場は収まったが、次にミスればどんな事になるか想像もつかない。
使う時には細心の注意を払うべきである。
何よりこの世界に来る前は、ミーミルがトラブルメーカーで、自分が収める役だった。
それがいつの間にか自分がトラブルメーカーでミーミルが収める役になってしまっている。
アヤメとしても、これ以上のやらかしは避けたい所であった。
それにはまず、世界の知識を得る事が大事なのだ。
知識を得る事が、この国の礎に――。
いや、この国だけでなく、自分達が地に足をつける礎にもなるはずである。
「今回は実際にやる前のテスト授業となります。なので時間も短く簡単に流れを把握して貰うような形です。緊張せず、気楽な気持ちで参加して下さい」
教卓にいるのはオルデミアだった。
教師の代理である。
さすがにいきなり本職の教師を連れてくる事はできなかった。
なにせ授業相手がジェイド家の一族である。
軽く教育機関を当たってみたが、即座に断られた。
なので今回は内々で進めてみる事になったのだ。
「それでは、始めます。まずは教科書の十五ページを開いてください……っと、あれ?」
オルデミアは急に周囲を見渡し始める。
何かを探しているようだった。
「オルデミア殿、教科書なら教卓の中です」
「……ああ!」
レガリアの指摘で、オルデミアは自分の教科書を探し当てた。
「ええと、私自身もこんな場所に立って教えるのは初めてでして……不手際があるとは思いますが、ご容赦下さい」
緊張せずに、と言ったオルデミア本人が最も緊張していた。
まだプレゼンテーションの段階に近い。
ミーミルはプレゼンをした事はないが、多くの人間の前で話す事の大変さは知っている。
ミーミルは昔の自分を見ているようで少し胃が痛んだ。
「では十五ページ、法術の歴史を読んで貰います」
オルデミアは誰に当てるか悩む。
誰に読ませるのがいいのか。
それすら悩むメンバーだった。
「……じゃあ、ミーミル様」
「!?」
そうしてオルデミアの授業が始まった。
――――――
すみません。
書いているうちに長くなってしまったので最終話は次回になります。
次は多分、大丈夫のはず……です。
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