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番外編 竜はキューピットになりたい
しおりを挟む俺は借家に併設されていた荒れた馬小屋に手を加えてブラウの為の小屋に作り替えた。
ブラウは空戦で活躍する竜の種族で大型種だ。まだ子供の大きさなので怪しまれずに済んでいるが、いざとなれば子供でも勇猛果敢な種族の血を発揮し飛行速度はかなりのものだ。
しかし、勇猛果敢な種族でも普段は子供らしく甘えん坊なブラウは気分転換に森の泉に美味しい水を飲みに行きたいと駄々をこねる。
因みに、竜を任務に使えるのは竜語が理解出来る者だけだ。竜は賢いので人間の感情を読むのが上手で意思の疎通が取れるのだ。
俺は子供の頃、叔父の家で飼われていた退役した竜のギルの世話をしていたおかげで竜語が話せた。
兄のジョージからは、おまえはブラウに甘すぎると叱られるが、仕方がないだろ? まだ子供だ。任務とはいえ親から引き離されて可哀想じゃないか。両親の顔を知らずに育った俺の父親代わりが叔父夫婦だったように、俺がブラウの親代わりだ。
俺はブラウの我儘に付き合い、町から離れた山の奥まで来ていた。
山の中腹の開けた草むらに降り立つと、ブラウは近くにある泉に行くと言うので俺は少し間、昼寝をすることにした。どのくらい寝ていたのだろうか、目が覚めて周囲を見渡してもブラウはまだ戻ってきていない。自分と同じように、どこかで昼寝でもしているのか。
「仕方のない奴だな」
ブラウが姿を消した方向へ歩いて行くと直ぐに泉に辿り着いた。
ブラウの直ぐ傍に座り込む人がいることにドキリとした。
明るいブラウンの髪を一つにまとめた女の子だ。振り返った彼女と目が合うと俺は立ち止まった。
碧い瞳は木漏れ日を受けて輝いていた。美しい鼻梁を辿ると、その下の小さな口元のふっくらと柔らかそうな唇は少女のように可愛らしい。
どうやら、彼女はブラウを助けてくれたようだった。
俺は不自然にならないよう表情が緩むのを必死に隠しながら近づくと、座り込んだままの彼女の腕を掴み勢い良く引いて立たせた。瞬間、碧い瞳に間近で見つめられ、心臓がギュッと掴まれ呼吸ができなくなり慌てて顔を背けた。
人間じゃなくて森の妖精なのかもしれないと思ったが、彼女はこの山の持ち主で、しかもここに住んでいるのだと言う。
もっと話したいという欲が出てきた矢先に頭上から鳶の高い鳴き声が響く。兄貴が飼っている鳶のミランが上空を旋回しジョージの呼び出しを知らせる。
ガクリと肩を落とし、俺は礼を言うと彼女との次の約束も出来ぬままブラウに飛び乗った。
なんでこのタイミング?
心底腹立たしいが、心とは正反対に本能が任務に向かうのだから、二年間で俺も軍人らしくなったってことだろうか。
上空で鳶の後を追いながら考えるのは妖精みたいな可愛い女の子のことだ。
銃に夢中だった子供時代と軍人となってからの二年間、女の子とは無縁だった。先輩や年上の同僚が恋人の話をしているのを聞いても羨ましいとは思わなかったのに。
自分の中に新たに生まれた感情に戸惑いつつも気持ちは正直だ。
「それにしても、可愛い子だったなぁ。あ、名前聞くのを忘れた! ああああ、もうジョージの呼び出しってタイミング悪過ぎだろ? いっつも、いっつもさぁ!」
キュルキュルキュルと鳴くブラウにカイトは唇を尖らせた。
「なんだよ。確かにブラウのお陰で、あの子に出会えたのかもしれないけれど。次会える確証がないんだよ? 兄貴の所為で! 文句ぐらい言ったっていいだろう?」
キュルキュキュ。
「え、自分はキューピットだって…いつそんな言葉覚えたんだ?」
キュキュキュルルルン。
「そうそう。背中に翼の生えた子供で男女の仲を取り持つんだよ。詳しいな…は? ギルに教えてもらったのか。そういえば、背中に翼があるってのは一緒かもな」
キュキュキュッキュ。
「ああ? ギルは叔父さんと叔母さんのキューピットだったって?! マジか…」
確か叔母さんは独身時代に軍で竜の指導員をしていたと聞いたことがある。
キュキュッ。
「今度はいつ泉に行けるかって? わからないよ! 任務次第なんだからさ」
キュウ。
「わかったよ。なるべく早く仕事終わらせるからさ。そんなに悲しそうに鳴くなってば」
碧い瞳の可愛い女の子の余韻にも浸れず、親代わりも辛いぜと思うカイトであった。
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