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猫のメリー
しおりを挟む運動不足解消の為、ジョアキンのいない時も邸内を散策するのが日課になっていた。
最近は館の中の見取り図を書いてもらい、探検するように見取り図に従って進んでいくのが楽しみになっていた。
探検中に珍しく鍵のかかっている部屋を見つけローラに尋ねると、快く部屋の鍵を開けてくれた。
何か大事なものが置いてあるのだろうか?
大きな金庫が置かれているとか秘蔵書が仕舞われているのかと思いきや、足を踏み入れた部屋は意外にも可愛らしい壁紙が張られた小さな部屋だった。
部屋の中には、子供用の玩具が所狭しと並べられている。
「これは?」
「侯爵様が幼い頃に遊ばれていた玩具です」
子供が跨る木馬から積み木、パズル、小さなピアノや太鼓。
エメリはその中から小さなぬいぐるみを手に取った。
「まぁ!懐かしいですわ。それはお坊ちゃまがお気に入りだった猫のぬいぐるみです。確かメリーと名前をつけてずっと持ち歩いていたのですよ」
「メリー?この猫ちゃん、そんな可愛い名前があるのね」
茶トラの猫のぬいぐるみをよく見ると、あちこち布地の薄い部分や破れた箇所を縫い合わせた補修のあとが見られた。目に使われている黒い釦は片方が新しいようだ。
「随分大切にされているのね」
「ええ、お坊ちゃまは一度気に入られた物は、大層大切になされるお子様でした。壊れたり破れたりすると涙を流して直して欲しいと使用人達に懇願するのです。乳母であった私の母もこのぬいぐるみを何度縫い直したかわかりませんわ」
よく見ると他の木製の玩具類もどこかしら手直しされているようだ。
「新しいものを買い与えようとすると、それこそ大泣きで…違い違うって大切なものはこれなんだと…これじゃなきゃいけないと泣くのです」
ローラは懐かしそうに玩具を手に取った。
「その気質は大人になってからも変わってらっしゃらないように思います。お父様の跡を継がれた時も、使用人達一人一人の名前を憶えているのは勿論、子供のいる使用人には子供の誕生日に休みを与えたり家族の様子まで心配なさる程なのです。一度懐に入れた者を大切になさる気質は、幼き頃そのままですわ」
裁縫道具を広げ膝の上の猫のぬいぐるみに微笑みかける。
「少し布地が痛んでいたところがあるから、直しましょうね?」
思わず、ぬいぐるみに話しかける。
きっと、幼いジョアキンはこんな風に、このぬいぐるみに話しかけていたに違いない。
針に糸を通し温かな気持ちになりながら一針一針、丁寧に縫っていく。
完成して抱き上げると、心なしかぬいぐるみも明るい表情になった気さえする。
窓辺に置いて眺めてみると、ジョアキンが庭を歩く姿が目に入った。
「ジョアキン様が一人で庭を散策なさるなんて珍しい…」
確か書斎で執務中だったと思ったが、気分転換だろうか。
エメリは出来上がったぬいぐるみを手に取りジョアキンの元へ急いだ。
庭に出たエメリの視線の先でジョアキンは徐にしゃがみ込んだ。
暫くして立ち上がったジョアキンの腕の中には丸い物体が見える。
よく見ると、たまに庭で昼寝をしている野良猫だ。
茶トラの長毛で野良猫ながらも使用人達には可愛がられているようだった。
「メリー、少し重くなったんじゃないのか?沢山ご飯をもらっているのか?」
フワフワの猫の耳の後ろを優しく撫でる。
「おまえは良いな…悩みなんてないのだろう?昼寝してご飯をもらってまた昼寝して…」
ゴロゴロと喉を鳴らすメリーはどうやらジョアキンに懐いているようだ。
「おまえには…なんだ、その…家族はいるのか?夫や妻とか…そういえば、おまえが雄か雌かもわからぬままメリーなんて名付けてしまったな」
項垂れ溜息をつく。
「まぁ、どっちでもいいか。おまえは猫のメリーそれでいいな…」
ベンチに座りゆっくりとメリーの喉元を撫でる。
「こうやって俺の腕の中で大人しく微睡むだけの人だったらいいのに。狭い交友関係の中で俺が知る限りの人としかか関わらず」
自虐的になり苦い笑いを浮かべる。
「危ない奴だな俺…周りの奴等が噂する猟奇的変態ってのに充分当てはまるのかもな…」
庭に出て木陰からそっと様子を窺う。
頻りに猫に話しかけているようだが何を話しているかまでは聞き取れない。
ジョアキンがこんなに猫好きだったとは知らなかった。
「猫がお好きなのですね」
「エメリ!?」
ジョアキンは驚き立ち上がったもののスヤスヤと眠る猫を見てまたゆっくりと腰を下ろす。
「随分と懐いているのですね、この猫、よく庭で昼寝をしているのを見かけましたけど」
「ああ、メリーはこの辺を寝床にしているようだからな」
「…メリー?その猫の名前、メリーというのですか?」
「あ、ああ。そうだが…」
確か、ぬいぐるみの猫もメリーだったような。
しかもジョアキンに抱かれている猫は茶トラで、ぬいぐるみと同じ様な見た目だ。
「あの、ぬいぐるみと一緒の名前なのですね」
「ぬいぐるみ?……」
「はい!この子と同じ名前ですね」
背に隠していた猫のぬいぐるみを差し出した。
ジョアキンは呆気にとられポカンとした顔をしている。
「メリーです。私のこと忘れちゃったの?薄情者~」
エメリが猫のぬいぐるみで顔を隠し、ぬいぐるみのメリーに成り代わり喋った。
途端にジョアキンは子供のように破顔して笑った。
「忘れてなんかいないよ。メリー、俺がおまえのことを忘れるなんてあり得ないだろう?毎日一緒に寝ていたんだぞ」
「え、それは初耳ですね。ふふふっ」
エメリは顔からぬいぐるみのメリーを外すと楽しそうにジョアキンに笑いかける。
ジョアキンはエメリの後頭部に手を置くと引き寄せ、チュッと音を立ててキスをした。
「ごめん、あまりにもエメリが可愛いから…つい…我慢できなかった。嫌だった?」
顔を見れば、嫌だと思ってないことぐらい丸わかりなのにジョアキンはワザと聞いてくる。
エメリはちょっぴり悔しくなり挑発的にジョアキンの首の後ろに両腕を回すと、チュチュっと小さな音を立てながら啄むようなキスを何度も繰り返した。
キスされながらもジョアキンの口元は弧を描き、遂にはフッと笑いを漏らす。
ジョアキンはエメリの顔を両手で挟むと少し顔を離す。
「こんな可愛いことをする奴には…こうだ!」
ジョアキンは素早くエメリの唇を奪った。
さっきより長く、深く。
深くなるキスに応えながらエメリは気付いた。
幾度となくこの男とキスをしてきたことを体が覚えている。
しかもそれは、例えようのない幸福感でエメリを満たしていたことを。
何か大きな切っ掛けがあり、全てを思い出すのとは違う。
一枚一枚メッキが剥がれていくかのように…記憶としてではなく、ふとした瞬間に五感で感じるのだ。
それも幸福感に包まれながら。
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