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捜索の手
しおりを挟むエメリが姿を消し、一ヶ月が過ぎた。
ありとあらゆる情報を集めさせた。どんな些細な情報でもいい藁にも縋る想いだったが、入ってくる情報を聞く度に落胆する日々が続いた。
実家にも戻っていない。
王都の宿舎をしらみつぶしに探したが宿泊客の中にエメリの姿はなかった。
王都にエメリの知り合いは数少ないし、彼女を侯爵家の捜索から匿うような人物はいないだろう。
もしものことを考えキャサリンの元にまで使者をやったがエメリの姿は確認できなかった。
侯爵夫人ともなれば金銭目的の誘拐だって考えられる。何らかの犯罪に巻き込まれた可能性も含めて捜索を続けているが…あれから脅迫状や身代金を要求するような書状は侯爵邸に届いてはいないことを考えると誘拐や事件に巻き込まれた可能性は更に低くなる。
「わかっている…俺だって馬鹿じゃない、彼女が自ら姿を晦ましたことくらい…」
エメリと最後に会ったのが、あの酷い状況であったことを忘れるわけがない。
彼女が姿を消してから三日後には捜索の手を国中の町や村に広げたが未だに有力な情報は入って来ない。
捜索が空振りに終わったという報告書をグシャリと丸める。
しかし、腑に落ちない。
エメリ一人でここまで完璧に身を隠せるものだろうか。
協力者の存在を疑い始めた頃、ある情報がジョアキンの元に入った。
エメリがいなくなった日、土砂降りの雨の中を王都からカイルイ王国に向った馬車が途中で土砂崩れに巻き込まれた…という内容のものだった。
一気に血の気が引きジョアキンは力が抜け椅子に倒れ込むように座った。
報告書を握り締める手が震えた。
引き続き詳細を調べるよう使者に言い放つと恐怖のあまり吐き気を覚えた。
「駄目だ…エメリ…おまえがこの世からいなくなるなんて…エメリ…そんな筈がない…落ち着け…そんな筈がない…ある訳ない…」
虚ろな瞳は視点が定まらず乾いた呟きだけが漏れた。
土砂崩れで一ヶ月もの間、封鎖されていた道が再び通れるようになるとジョアキンはテオと共にカイルイ王国へ向かった。
エメリの可能性を含む唯一の情報…しかも最悪の結果になり得る情報だ。
じっとしてなどいられなかった。
テオは心配気な視線を斜め前を走る馬上の男に向けた。
「ジョアキン、食事だけは摂らなくては…捜索は体力勝負だ。そんなに痩せちまって…」
「食欲がない…体力は多少落ちたかもしれないが気力は充分ある。心配するな、大丈夫だ」
服の上からでもわかるくらい痩せ、色白で真珠の様に美しかった肌は青白いというより灰色に近く、潤いをなくし酷く乾燥していた。
「ジョアキン、おまえは侯爵邸で待機してくれていればいい。俺が行くから…責任は俺にあるんだ。おまえにレナータのプレゼントを探すのを手伝ってもらったことが夫人の勘違い生んだ始まりで…レナータが酔っ払っておまえに絡んだのだって…あの時、俺が急な任務で家を出たりしなければ…あんなことには…仕事ばかりで妻に寂しい思いをさせた俺の責任だ」
「もういい、おまえの所為じゃない。俺がさっさと真実を話していればよかっただけだ。俺の落ち度だ…だから、謝るのはもうやめてくれ」
ジョアキンは、これ以上聞きたくないと馬の腹を蹴り速度を上げた。
土砂崩れの現場に差し掛かると、ジョアキンは眉間に皺を寄せた。
かなり大規模な土砂崩れだ。
想像はしていたが、これだけの土砂崩れに巻き込まれては助かる可能性は限りなく低いだろう。
エメリでなければいい…巻き込まれた人物がエメリではない…その確認の為に俺はカイルイ王国に向かっているんだ。
自分に何度もそう言い聞かせた。
しかし、現地でジョアキンが手にした情報は彼を失意の底に突き落とす内容だった。
崖下は危険な状態であるが故、馬車は土砂崩れに飲み込まれたまま未だに捜索は行われず、一ヶ月経った今でも遺体が見つかっていない状態だというのだ。
ジョアキンはグッと拳を握る。
「直ぐに、捜索させろ!人が足らないなら金を使って雇え!今直ぐにだ!」
諦めがつかないジョアキンは人を大量に雇い土砂を除けさせ、巻き込まれた人の遺体の確認をすべく動き出した。
エメリではない、そう…エメリではない確証が欲しい。
ジョアキンの血走った目を見てテオは黙って指示に従った。
作業は尋常ではない早さで進み、数日後、巻き込まれたのは乗客の男二人と業者の男一人と確認が取れた。
ジョアキンは帰ることを拒み作業が完了するまでの間、現場近くの国境の町でその数日を過ごした。
エメリでないことがわかりホッとしたものの、また振出しに戻り疲労の色はより濃くなっていった。
カイルイ王国の件が出てからジョアキンは出国許可証の申請について調査に取り掛かった。
エメリが出国許可証を入手することは不可能だろうと思っていた為、国外の捜索に手を伸ばしていなかったのだ…しかし、ここにきて協力者の存在を本格的に疑い始めたのだ。
ゼルクーナ王国はカイルイ王国を含め三つの国と国境を接していた。
その三つの国への出国履歴を調べ上げるのには、かなりの時間を要した。
何故なら、ゼルクーナ王国は唯一海に面した国でこの三国との間では人と物の行き来が頻繁に行われているからだ。
そしてエメリが失踪して半年が経過した或る日、出国許可書申請者一覧と出国者名簿の中に…あの男の名を見つけた。
マルセル・ターナー
エメリの幼馴染であり、親しく交流を持っていた男。
バイオリニストである、あの男ならカイルイ王国への出国許可も簡単に下りるだろう。
そして、エメリを連れ出すことだって可能だ。
胃が押し上げられるような不快感と共に神経が焼き切れそう程、全身がカッと熱くなる。
「…半年…半年だぞ………あいつが…クソッ!」
ジョアキンは書類を床に叩きつけた。
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