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解放と喜び
しおりを挟む男爵邸の夕食に招かれるなんて…。
昨夜、急にジョアキンから男爵家の夕食に招かれ二人で参加すると決定事項のように伝えられた。
しかもジョアキンは男爵邸に行くことに特になんの戸惑いも躊躇もないように見えた。
寧ろ楽しみにしていると感じたほどだ。
全くわからない…。
元妻レナータの為に用意したプレゼントを問い詰めてからというもの二人は互いを避けるようになっていった。
決定的だったのが薔薇園でジョアキンとレナータの密会を目撃してしまったことだった。
急激にエメリの気持ちは荒んでいった。
所詮自分は子を産むための道具。
道具風情が夫の愛が他に向いているからといって責めて良いはずもない。
子を産む道具として大切にされているのだ。
侯爵夫人という地位を与えられ贅沢な生活もさせてもらえる…それで良いではないか。
ジョアキンと過ごすうち距離が縮まったと思っていたのも恋心故の勘違いだ。
気持ちに蓋をするように何度も自分に、そう言い聞かせた。
深い溜息をつく。
どうして男爵夫妻は私達を夕食に招待などしたのだろう。
正直、憂鬱で堪らない。
招待を断ることも考えたが何故か自分が逃げているようで嫌だった。
私が逃げる理由なんてない、何も悪いことはしていない。
しているのはあちらの方だ。
当然、三人の関係性は終わったものだと周囲には思われていた。
エメリ自身そう思っていたが…ジョアキンとレナータの交流が全く絶たれたわけではなく、彼がまだ元妻を愛しているという事実がエメリを追い詰めた。
三人の関係性が全く読めない。
ローラがドレスを何枚も出してくる。
全く気乗りしないものの仕方なく鏡の前で合わせる。
レナータの美しさに自分なんかが敵う筈がないのはわかってはいるが、少しでも美しい元妻に引けを取らない程度になってジョアキンの横に立ちたいという気持ちはまだエメリの中に残っていた。
鏡に写るエメリの顔色が優れないことにローラが気付き声をかけた瞬間、ふらりとよろけた。
瞬時に反応したローラに支えられソファに座らされる。
「奥様!大丈夫ですか?無理をなさらないでください。お疲れなのではありませんか?」
「大丈夫よ、ちょっと…よろけただけ」
ジョアキンとのことで最近ちゃんと眠れていない。
ただの睡眠不足、原因はわかっているのだから。
しかし、ローラは聞く耳を持たない。
「そうですわ!お約束の時間までまだありますし、医師から滋養強壮の薬を処方してもらうのも良いかもしれません。疲れの取れる煎じ茶も良いでしょうね」
「大袈裟だわ。本当に大丈夫だから…」
「いけません!奥様の健康管理は私の務めです。疲れをため込むと大病を患うことだってあるのですよ?」
有無を言わせぬ笑顔でローラはスープラ医師を呼び出すよう手配すると、ドレスは私が選んでおきますと言い残し準備の為に部屋を出て行った。
程なくしてスープラ医師が到着した。
最初はソファに座り診察を受けていたが、フムフムと白髭を撫でながら医師は考え込むとエメリに横になるように指示する。
スープラ医師がベッドに横になるエメリの下腹部に両手を当てるとポウっと柔らかな光が下腹部を覆った。
納得するように何度も頷きスープラ医師はエメリに微笑んだ。
「おめでとうございます。ご懐妊でございます」
丸い瞳を更に丸くさせエメリは息を呑んだ。
「……ほ、本当に…子を…授かったのですか?」
「はい、ジョアキン様のオーラと同じ色とオーラが子宮から放たれております。間違いございません」
言葉が出ず代わりにポロポロと涙が溢れ両手で顔を覆った。
自分は子を産むために望まれて侯爵家に嫁いできた。
まだ若く多産家系の娘ならばという大きな期待がエメリに重くのしかかったのは事実だ。
貴族の嫁として当然、子を産むことの役割の重大さは理解していたが、それでも子を産めなかったらと不安に襲われたのは一度や二度ではなかった。
二人の関係は結婚後最悪の状況なのに、それでも喜びが溢れてくる。
道具としての役割を果たせた嬉しさではない、ただただ純粋に愛する人の子を授かれたことが嬉しかった。
道具の分際でジョアキンに恋心を募らせ、彼の気持ちを欲しいと思うのは分不相応な願いだったかもしれない、でも今は…これからは…例えジョアキンの愛が手に入らずとも、この子がいれば私は幸せだ。
…ジョアキンの子がこのお腹の中にいる。
そっと腹を擦る。
「お、奥様…おめでとうございます!本当に…本当に…ようございました…」
エメリ付きの侍女として元妻と比べられながらも必死に努力する姿を見てきたローラは感極まりエプロンで涙を拭った。
エメリは一つの大きな呪縛から解放されたような気持になっていた。
今の二人の関係は最悪かもしれないが、それでも誰よりも一番先に、一刻も早くジョアキンに伝えたい。
「私の口から誰よりも最初に旦那様に子が出来た事を伝えたいの。ちょっとの間でいいから懐妊のことは口外しないでもらえるかしら?」
主治医とローラにお願いすると二人ともにこやかに頷く。
「それがよろしいでしょう!きっと侯爵様もお喜びになりますわ」
「ローラ、お腹を締めつめないドレスを選び直してもらえる?そうだわ…旦那様の好きなドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキを焼いて今日の手土産に持っていきましょう」
「まぁ、今日は無理して参加なさらずともよろしいのでは?理由が理由ですし…」
「気分が悪いとかはないし大丈夫よ。もし体調が悪くなるようなら先に失礼するから。先生、良いでしょう?」
主治医は白髭を撫でながら軽く笑い。
「体調に問題はありませぬが、妊娠初期ですから決して無理はなさらぬように…侯爵様に嬉しい報告をなさったらなるべく早くお戻りください」
「わかったわ。大丈夫、約束するわ」
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