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訪問

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演奏会の翌日から会話らしい会話のない日々が続いた。

必要最低限の会話のみでも生活はどうにかなるようだ。

ジョアキンが王宮から帰宅するのは深夜になり、朝食は一緒に取るものの会話はなくなった。
顔を見る時間さえ極端に少なくなり、避けられているのは明らかだった。
これでは結婚当初に逆戻りだ。

今朝だって…マルセルを招くことを伝えた時のジョアキンは食事の手を止めることなく

「そうか」

と一言だけだった。


書斎で書類整理をしていたエメリは悶々とした日々を振り返り、手に持っていた紙をクシャリと握った。

夜も同じベッドには入るものの、触れてもこない。

「なによ…こっちだって触れてこようものなら振り払ってやるのに」

気の強い言葉が口を突いて出るが、気持ちは言葉と裏腹に揺れ動く。

どうして黙っていられなかったのか……一度口から出してしまった言葉は取り戻せない。どうして、もう少し上手く立ち回れなかったのだろう。

「でも、悪いことをしたのは旦那様の方よ…」

言葉にしてしまったことへの後悔と同時に、彼を非難する強い気持ちも一層大きくなる。

マルセルを侯爵邸に招くのだって、ジョアキンへの当てつけに他ならなかった。






数日後、エメリとマルセルは侯爵邸でお茶を楽しんでいた。

「本当に、侯爵家の奥様なんだね」

「自分の昔を知るマルセルに奥様なんて言われると、なんだかムズ痒いわ」

「確かに、昔のエメリはお転婆で男の子と一緒に校庭を走り回っていたからね。当時一緒に遊んでいた誰もが今のお淑やかな姿は想像つかないだろうな」

悪戯っぽく笑う彼を見ると少しだけ心が和んだ。

「そいえば、マルセルは独身?」

「ああ、結婚はまだ先かな。十九だし…やりたいことも行きたい所も沢山あるし…でも理想の相手と出会えたら…その時は…今度は逃さないように結婚しちゃうかもしれないけれどね」

「ふーん」

ニヤニヤしながら皿の上のクッキーを一枚取る。

「今日のお茶会のお供はクッキーではなくマルセルの恋の話かしら」

「ちょ、ちょっと…」

マルセルは頬を染め慌てた。

「僕は恋愛経験少ないし…ご期待に沿えないよ」

「その少ない経験でいいのよ。私達が会わなかった間マルセルがどんな風に大人になって来たのか聞きたいの」

ワクワクしながら瞳を輝かせる。

「なら、僕だって聞きたいよ。エメリがどんな風に大人になって来たのか…恋愛や結婚…今の幸せな…結婚生活についても…」

マルセルは赤い頬のまま視線を落とした。

「恋愛や結婚か…大概の貴族がそうであるように利害に基づく結婚だから、私は恋愛することなく結婚したの」

当たり前の様に言うエメリを見つめるマルセルの瞳は切なげに揺れた。

「でも、今は幸せなんだろう?」

幸せ?幸せなんだろうか…何不自由のない暮らしではあるけれど、夫と元妻の関係に悩みながらも夫婦生活を続ける自分が。

表情を曇らせながらも、口元だけ笑みを作る。

「御伽噺はお姫様と王子様が結婚して、めでたしめでたしって終わるけれど……その先の話はわからないじゃない?…私の結婚も想像していたものとは良くも悪くも違うみたい」

「エメリらしくない、歯切れが悪い言い方だね」

柔和な笑顔は消え、マルセルは口を真一文字に結ぶ。

「らしくない…そうね、子供の頃とは違うわ。大人になると抱える物が増えて、しかも複雑で厄介。あの頃の様に素直な気持ちをぶつけたら、相手の気持ちも素直に返って来るなんて夢のまた夢ね…」

「なんだか、今度は含みのある言い方だね」

男性と二人きりの時には部屋の扉が少し開けられている。
扉の外にはローラが控えているのだ。
流石に私達が話す内容まではわからないだろうが、念の為、お茶とお菓子の新しいものを用意するようにと声をかける。

ローラが離れるのを待って、話を続けた。

「貴族の夫人が持つ悩みの一つは夫の女性関係だわ。貴族の男性であれば妾や恋人を持つ人も多いから。全く腹を立てない方もいるけれど、頭では良き妻として慌てず騒がず過ごすべきだとわかってはいるのよ?でも…少なからず悩み…悲しみやイライラを抱えている夫人も多いの」

「その貴族の夫人というのは、君のことだろう?エメリ」

マルセルは何故か酷く悔しそうな顔をしていた。

「侯爵は君を大切にしてくれていないのか?」

「…大切って、抽象的じゃない?……侯爵夫人として私は贅沢な暮らしをして、こんなに恵まれているのに不満を言ったら怒られてしまいそう…そもそも貴族で愛のある結婚なんて稀だわ」

「そんなことを聞いているんじゃない。侯爵様は君を愛してくれていないってこと?」

「っ…そ、そうよ…旦那様が私に好意を寄せるなんて、ある筈がないわ」

愛する人が他にいるのだから…。

「貴族の結婚というものをしておきながら、君は割り切って妻でいる訳ではないんだね。君の顔を見ていればわかるよ…愛して欲しいって…思っているんだろう?」

マルセルは顔を苦痛に歪ませる。

「僕なら…今の僕なら…子爵家の令嬢を妻にしても周囲が許すくらいには有名になれた…なのに…遅かったんだと諦めていたのに…こんなのっ…」

ローラがお茶とケーキの乗ったワゴンを押して入って来た。

マルセルは膝の上で拳を握った。

「すまない、こんな筈じゃなかったのに。こんなこと言うつもりじゃなかったのに…失礼するよ」

「…マルセル」

立ち上がるとローラに礼を言い、逃げるように出て行ってしまった。

言葉もなく、ただ茫然と佇む。
彼を追うことさえ出来ない。

自分勝手なエゴで…彼をジョアキンへの当てつけの為に利用した。結果、私は彼を深く傷つけた…子供の頃の懐かしくも暖かな雰囲気をそのまま纏った優しい友人を。

最低な自分の行いを悔いながら、マルセルが乗った馬車が去って行くのを窓から見つめた。



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