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想い
しおりを挟む言葉が出ない。
日が暮れてから救出作戦が始まる予定だったのに…今、目の前にいる人を信じられない思いで見つめた。
あまりの早い展開に嬉しさと動揺が入り混じり頭の中も心の中も混乱していた。
「……ジョアキン様…どうしてここに?」
キャサリンの顔は一層青褪め、声さえも掠れていた。
ジョアキンはチラリと周囲に視線を送り二人に近づく。
「君を大切に思う侍女が逃がしてくれた。俺が殺されたら君も死んでしまうかもしれないってね。君の為に俺には生きてもらわなければ困るそうだ」
やつれた頬に一筋の涙が流れた。
「再婚の話が出た時、両親が持ってきた釣書の中に君のものがあったね。三人で食事をした時に直ぐに…いや、もっと前に気付くべきだった…そうしたら、君の長年の気持ちにも気付けたかもしれない…すまなかった」
「おい、そこで何をしている!」
ビルが杖を翳しながらゆっくりと近づいて来る。
ジョアキンは瞬時にエメリを自分の背後に隠した。
「へぇ…旦那を追って、こんな所に乗り込んでくるとはな。豪気な奥様ってところか?まぁ、丁度良い…御夫婦お揃いなら仲良く一緒に片付けてやろうか」
ジョアキンが慣れた手つきでスラリと剣を抜くのと同時に、エメリはローブの内ポケットに隠し持っていたローラ特製の赤玉を握る。
「やめて!」
キャサリンは手を広げ、ビルの前に立ちはだかった。
「お嬢様、伯爵様からのご命令です。逆らうことは許されませんよ、怪我したくなかったらどいて下さい」
キャサリンは涙で濡れた瞳のままビルを睨みつける。
男はチッと舌打ちをするとキャサリンの肩を掴み押し退けた。
その強い力にキャサリンはそのまま地面に倒れ込んだ。
痛みに顔を歪めた彼女へ僅かに視線を向けた男の隙を見逃さずジョアキンは一気に斬りかかる。
男は辛うじて避けたものの杖を持つ右手の甲に傷を負った。
「小賢しい奴め。ホント、あんたのことは昔から気に食わなかったよ…今日、一思いに殺せると思うと血が沸くぜ」
「以前から知っていたような口ぶりだな。まあ、六年前から監視されていたのだから当然か」
「六年?そんなもんじゃないぜ。お嬢様の言いつけで学院時代からあんたの行動を監視していたからな。何もかも手に入れて人から向けられる好意も当たり前だと思っているような人間が傲慢に振舞う様を見てきたさ。本当に胸糞悪かったぜ…あんたをうっとり見つめるお嬢様にも…うんざりだ…」
最後の言葉で口籠ると薄暗く曇った瞳は一転し鋭い眼差しをジョアキンに向けた。
ビルが杖を高く上げた瞬間、二つの閃光が彼をめがけて放たれた。
目が開けられないくらいの眩しい光と周囲を吹き飛ばすような突風にエメリは堪らず地面に這いつくばった。
恐る恐る目を開けると四方八方から突入の任務を帯びた騎士達が現れた。
既に伯爵家の護衛騎士を全て片付けていたのか私達四人の周囲をぐるりと囲んだ。
ビルは倒れたまま動かない。
近くに落ちていた杖をローブを纏った魔法使いが拾うと、騎士の一人がキャサリンに近づき手を差しのべたが、彼女は状況が飲み込めず視線を漂わせた。
「キャサリン嬢、今回のミュラー侯爵拉致に関することでお話を伺いたい。よろしいですね」
口調は優しいものの毅然とした態度で告げた。
キャサリンは漸く状況を理解できたようたが、騎士が差し出した手の存在すら見えていないのか四つん這いのまま倒れるビルの傍まで来ると彼の体を揺さ振った。
「やだ…嫌だ……嫌だ!ビル!起きて…サラが心配するわ……あなたの姿が見えないとサラも私も心配になるのよ?……いつも…心配で…ビル…起きて、ビル……」
嗚咽交じりにビルの名を呼ぶキャサリンは、どこにそんな力が残っていたのかと思う程、彼を揺さ振った。
エメリは前のめりに転びそうになりながらもキャサリンの肩を掴んだ。
「キャサリン様!」
ビルの横に膝をついた一人の魔法使いが彼を仰向けにさせた。
「大丈夫、急所は外してあります。意識を失っているだけです」
ビルの瞼が微かに震えた。
放心状態で彼の横に座り込んだままのキャサリンの肩を抱き締めると、エメリもその場にへたり込んだ。
ボブもサラも連行されていった。
キャサリンもそのまま馬車に乗せられた。
ジョアキンはキャサリンを追おうとしたエメリの手を強く引き胸の中に閉じ込めた。
「駄目だ。大人しくしていろ」
「で、でも…キャサリン様が…」
ポロポロと涙が溢れ言葉にならない。
ジョアキンはエメリを胸に閉じ込めたまま黙って彼女の背を撫で続けた。
その後、取り調べを終えたビルとサラは魔力があると確認された為、審判が下るまでの間、魔法魔術研究所の預かりとなった。
放心状態が続いたキャサリンは精神状態が安定するまで取り調べが数日見送られ、その間に拉致された筈のジョアキン本人が全ては勘違いだと供述した。
「拉致とは?……どうやら誤解をしているようだな。妻と懇意にしているキャサリン嬢に美味しいワインと茶を勧められて少しばかり長居をしてしまった。連絡をするのも忘れる程、会話も弾んでしまってね…あらぬ誤解を生んでしまったようだ…申し訳ない」
謝罪した侯爵の供述は一貫しており頑なに覆さなかった為、拉致事件に関しては罪の問われることは無くなり、その後のキャサリンへの取り調べも侯爵の強い要望により簡易的なもので終了したという。
拉致事件の疑いが発端となり一気に伯爵家の悪事が炙り出された。
魔力を持つ者を不正に匿い私利私欲のため利用した罪。魔力を使った事業の不正やそれに纏わる暴行傷害、恫喝等。複数の事件への関連が疑われ伯爵家には厳しい追及がなされた。
そして、パークシャー伯爵は爵位を剥奪され投獄されることになった。
キャサリンは自身が知っていたのは魔法を持つ者を父が匿い働かせていたことのみで彼等が行っていた悪事の内容までは把握していなかったと明らかになった。
その為、投獄は免れたものの一定期間修道院へ送られることとなった。
ビルは投獄された後、魔法魔術研究所の更生プログラムを受けることになるという。
サラは一から魔法を学ぶべく同じく魔法魔術研究所内の寮に入ったと聞いた。
パークシャー伯爵家の領地は分割され、その一部を伯爵家の遠縁にあたる男爵が治めることになった。
男爵はキャサリンを哀れに思い修道院から出た後は男爵家に迎え入れることを考えているという。
キャサリンが罪を償った後、戻るところがある。
彼女がまた新しい生活を送れる場所がある…それだけでもキャサリンのこれからに仄かに明るさが見えた気がしてエメリは胸の閊えが僅かに軽くなった気がした。
彼女が戻って来た時、依然と同じような関係を築けるなんて甘い考えは持ってはいない。
それでも…キャサリンが戻れる場所があることに心から安堵した。
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