【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

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アジト

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レジスが駆けつけた時には既にジョアキンの姿も争っていたであろう敵の姿も無く、地面にジョアキンのものと思われる血痕が残っていただけだった。
侯爵家の騎士達が周辺をしらみつぶしに捜索したものの彼の姿は発見されなかった。

エメリは侯爵邸に戻ると直ぐにスープラ医師を呼び寄せた。

「恐らくは転移魔法でしょう…直後であれば魔法の痕跡を辿ることも可能だったかもしれませんが…」

エメリは唯一事情を知るスープラ医師に自分が見聞きした全てを話した。

「パークシャー伯爵家ですか…つじつまが合います。リストの中にも伯爵の名前は上がっていましたので…」

眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。

「リスト?」

「ええ、この国で…私利私欲を満たすために魔法使いを囲うことは許されざるべき罪です。ですが十年程前から魔法魔術研究所が関係していないにも拘らず魔法の介入があったのではと疑われるべき案件が確認されておりました…」

「ええ、この前…夫と話していましたよね」

「はい。しかし、敵もさるもので…なかなか尻尾が掴めずにおりましたが、五年ほど前から微細な痕跡から関連性が想定される者をリスト化していたところでした。まさか、侯爵様の件がきっかけになるとは…」

眉間に皺を寄せ、暫し考え込んだスープラ医師は徐に顔を上げるとエメリにある提案をした。

「侯爵様のご希望により内密に捜索を進めてきましたが…侯爵様がいなくなったことを隠し通すにも限界があります。であれば…さる人物に協力を仰ぎ至急救出に向け行動に移すべきかと」

「もう私達二人でどうにかできる問題でないのは明らかです。協力を仰げる人物がいるのであれば直ぐにでも助けていただきたいのですが……その…さる人物とは…本当に信頼できる方なのですよね?」

「ええ、勿論。この国で国王陛下の次に信頼に値する方かと」

「国王陛下の次に?!」

大それたことを言うスープラ医師に驚きながらも彼が針小棒大に話す人物でもないのは理解している。

長く生きた彼のお眼鏡にかなう人物とは。
スープラ医師の眼鏡も奥に光る小さな瞳を見つめる。

「それ程の方とは…一体?」

「王太子殿下です」

スープラ医師はきっぱりと言い切った。

「ま…待って、待ってください!王太子殿下は信頼に値する方なの勿論ですが…こんな事件に巻き込んで良いようなお方ではありません!恐れ多くも王太子殿下ですよ?」

「驚かれるのも無理はありません…実は先程お話ししたリストを作成する為、調査を進めていたのが王太子殿下を中心に立ち上げられた極秘調査機関なのです。無論、王太子殿下の側近である侯爵様も調査機関の一員です」

ポカンと口を開けたままのエメリをみたスープラ医師は咳払いする。

「侯爵様の誘拐と調査の対象者が係わっている以上隠すより協力を求め救出に動くのが得策でしょう」

我に返ったエメリはギュッと拳を握った。

こうなった以上、なりふり構っていられない。
侯爵家の面子も、ジョアキンの面子も潰してしまうかもしれないけれど。
このさいどうだっていい!恥や外聞?そんなものかなぐり捨ててやる!
命より大切なものなどない!

「わかりました…もう、この際誰でも構いません!一刻も早く旦那様を救い出せるのなら王太子殿下だろうが何だろうが!…お願いします!早く旦那様を助け出してください!大至急です!」

エメリは立ち上がりスープラ医師の肩を鷲掴みにすると激しく揺らしていた。


どうやって連絡をしたのか、数時間後には転移魔法で侯爵邸の中庭に現れた王太子殿下は朗らかな笑顔を見せた。

「やあ、仔猫ちゃん」

今回もその呼び方なのかと、否定したいものの相手が王太子殿下ともなると簡単に否定の言葉も口に出来ない。

仔猫ちゃん呼びは周囲が聞いたらあらぬ関係を疑られそうな呼び方だが、決して自分に気がある訳でないのはわかりきっている。親しい友人の家族を身近に思うのと一緒だろう。
舞踏会の時も思ったけれど王太子殿下と旦那様は想像以上に近しい関係にあるようだ。

三人は場所をジョアキンの書斎に移した。
香りの良いお茶を用意しローラが出ていくのを見計らいエメリは口を開いた。

「…この度は王太子殿下に夫のことでご心配、ご迷惑をおかけしていること心よりお詫び申し上げます」

「心配はしているが、迷惑をかけられているとは思っていないよ。仔猫ちゃんの為にも夫君を迅速に救出しなければね。まぁ、ジョアキンのお陰で奴等のアジトも一網打尽に出来そうだし」

切羽詰まった様子も緊張感もない穏やかな口ぶりだ。

「心配するなという方が無理かもしれないが…仔猫ちゃんの夫君は文官としての立場や、あの美しい容貌から侮られがちだが…なかなかの剣の使い手だ。腕っぷしの強さも相当なものだよ。そう簡単にはやられないさ」

そう言われて、エメリはジョアキンをマッサージした時の彼の逞しい体を思い出した。
やはり鍛錬を積んで作られた体なのだろう。

「はい、無事でいてくれることを信じています…」

エメリの言葉に王太子殿下の表情が引き締まる。
声のトーンを落としスープラ医師に問いかけた。

「証拠は掴めそうなのか?スープラ」

「はい。こちらに」

スープラ医師はポケットから小さなブローチを取り出した。
それには見覚えがある。
シトリンの宝石が中央に飾られた小さなブローチ。
旦那様の瞳の色と同じ宝石で作られたものだからとタラネ町に乗り込む際着ていたワンピースにローラが付けてくれた物だ。

「先程、侍女の方からお返しいただきました」

「返す?」

首を傾げるエメリにスープラ医師は頷く。

「ええ、このブローチの宝石には記録魔法を施してあります。侯爵家を狙っている人物の仕業ならジョアキン様に接触があるかもしれませんし危害を加える可能性もあります。犯人の手掛かりと証拠を押さえる為にも記録は必須です。ジョアキン様のジャケットに、これと同じ記録魔法を施した宝石を飾りボタンにして身に着けていただきました」

エメリを見つめる小さな瞳はどこか柔らかくなる。

「そうしたら侯爵様の強い希望で、もう一つ必要だと…なんでも…鉄砲玉がどうとか?おかしなことをおしゃっていましたね。石をこんなに可愛らしいブローチになさったので一体どんな鉄砲玉かと思ったら……」

「仔猫ちゃんが鉄砲玉!?…ふっ、ふはは!……はぁ~、ジョアキンにとって君はとても魅力的な奥様のようだ」

王太子殿下は愉快そうに髪を掻き上げた。



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