上 下
14 / 44

記憶力

しおりを挟む

部屋に入って来たローラをソファに座らせるとエメリは部屋の鍵を閉めた。

「奥様?」

ローラの顔に緊張が走る。

「ローラに確認したいことと、調べて欲しいことがあるの」

エメリは声を潜め身を乗り出した。

「はい…」

ゴクリと喉を鳴らしローラも身を乗りだす。
二人顔を突き合わせながら更に声を潜めた。

「私の記憶が定かなら、下女の中に足を痛めている人物がいた気がするの。間違いないかしら?」

ローラは記憶を手繰り寄せるように顎に手を置くと暫くして

「はい…確か下女の一人が足を怪我しておりました。仕事中の怪我ではないようでしたが念の為、休みを取るようにメイド長に勧められたのに大したことはないと仕事を続けておりました」

「右足だったわよね?」

「どちらの足だったかまでは…記憶が定かではありませんが踵を引き摺るように歩いておりました」

「その下女の名は?いつ頃からここで働き始めたのかしら…誰かの紹介とか?」

自分の記憶に間違いがなかったことに気が高ぶり、エメリは矢継ぎ早に質問した。

「サラと申す者です」

使用人として働く者達にはミュラー侯爵家はその知名度だけでなく、厳しいながらもしっかりとスキルが身に付き、行儀見習いにも力を入れていると評判が高いらしい。しかも給金も良いことから人気の働き口であるそうだ。
故に当然辞める者も少ないので採用されるにはかなりの狭き門で十年以上新しい使用人の採用がなかったのだという。

ローラは誇らし気に胸を張り、言葉を続けた。

「丁度ジョアキン様がご結婚なさる少し前でしたので、よく覚えております六年前ですわ。確かメイド長の知り合いの紹介だったかと」

きっぱり言い切ってから、ハッと口元を押さえた。

「し、失礼しました。私ったら奥様の前でなんてことを…」

最初の結婚のことを口にしてしまい青褪める。

「大丈夫よ、気にしないで」

結婚のタイミングで使用人を増やすことは良くあることだ。
今のところ不自然なことが見受けられない経緯だ。

「メイド長の知り合いの紹介…六年前の結婚…。ローラ、直ぐにメイド長の知り合いというのが誰なのか、サラの出身や身元に係わることを全て調べてちょうだい。勿論秘密裏にね」

「畏まりました」

「サラは今どこに?」

「たしか、昨日からお暇を頂いております。なんでも弟の具合が悪いとか…」

「……そう…」

昨日の今日だなんて、偶然だろうか…。
サラが犯人の一人だと仮定すればこのまま行方を眩ます可能性だってある。

「お願いローラ、急いでちょうだい」

「はい!承知しました」

緊張感を持ち引き締まった表情になると部屋を出て行った。






二日後、ローラはエメリに報告にやって来ていた。
部屋の鍵を閉め向き直るとその表情は険しい。

「サラの紹介者はメイド長のメイド養成学校時代の古い友人で現在はパークシャー伯爵家のメイド長をしているジゼルという人物だそうです」

「キャサリン様のお家の?」

「はい、パークシャー伯爵家のメイド長の紹介ともなれば一目置かれるのは間違いありません。出身はタラネ町で庶民の出です。サラの両親は既に他界しており弟が一人…四日前から、その弟の看病のためお暇を頂いております」

「タラネ町…確か魔法道具を作る工房が沢山ある街よね」

国の殆どの魔法道具がタラネ町製で魔力のある職人たちが工房を構える町だ。
魔力を持つ職人たちも勿論、魔法魔術研究所に所属している。
今では魔力のある職人も減り存続が大変だとも聞く。

キャサリン様を頼りサラのことをもっと詳しく調べるべきだろうか。

しかし、その前に彼女の歩き方をもう一度確認したい。
あれから数日しか経っていない、まだ足を引き摺っているだろう。
偶然を装って近づけば身長も自分と同じくらいか判断がつく。

「サラは今、タラネ町の実家にいるのよね?」

「はい。今の状況を考えると弟の病気を理由に仕事を辞める可能性もあります」

「そうね…このままでは拙いわ。急がなくちゃ」

「サラの実家の住所は?」

「こちらです」

住所の書かれたメモを握り締めた。
今のところ何の証拠もないけれど、だからこそ自分が気になったほんの些細なことでさえ見逃してはいけない気がする。

「直ぐに馬車を用意してちょうだい」

同行すると言い張ったローラを置いて、タラネ町に土地勘があるという護衛騎士のレジスを連れ馬車に乗り込んだ。

目立たないよう質素な馬車を用意させ、街娘に見えるようなワンピースを着た。
護衛騎士のレジスもいつもの騎士服ではなく庶民の服装だ。エメリの横に並べば恋人か兄くらいにしか見えないだろう。

エメリは腕を組むと疑わしいサラという女の記憶を呼び起こしていた。



あれはジョアキンの書斎へ向かう途中だった。
書斎から出てきた彼女は短くなった蝋燭を手持ちの籠に入れ真新しい蝋燭が入った箱を抱えていた。
掃除洗濯に始まり蝋燭の管理や交換といった雑用も下女の仕事だ。
そのままゆっくりと足を気にしながら二階に上がり二人の寝室に入って行った。
痛めたのだろうか右足の踵を気にするような不自然な歩き方が目に入り転びでもしたのだろうか、重たいものは持たないよう周囲の下女にフォローしてもらえているのか気になってメイド長に言っておこうと思っていたのだ。



ジョアキンは王宮の執務室でエメリがタラネ町に向ったとの報告を受けた。

「まったく、あの鉄砲玉が!」

ジョアキンが勢い良く立ち上がると椅子が後ろに倒れ大きな音が執務室に響いた。
いつも冷静なジョアキンらしくもない様子に秘書の男も慌てて立ち上がる。

スープラ医師の邸宅からの帰り、エメリの様子がおかしかったことを思い出していた。
タラネ町に知り合いがいるとは聞いたことがない、大方今回の犯人に絡む何かだろう。

一旦帰宅すると、侍女のローラからタラネ町行きの詳細を聴き出したジョアキンは馬を用意させた。

剣帯を腰に装着すると彼の髪の色と同じ漆黒の愛馬シャドーに跨りタラネ町へと駆けた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

引きこもり令嬢が完全無欠の氷の王太子に愛されるただひとつの花となるまでの、その顛末

藤原ライラ
恋愛
 夜会が苦手で家に引きこもっている侯爵令嬢 リリアーナは、王太子妃候補が駆け落ちしてしまったことで突如その席に収まってしまう。  氷の王太子の呼び名をほしいままにするシルヴィオ。  取り付く島もなく冷徹だと思っていた彼のやさしさに触れていくうちに、リリアーナは心惹かれていく。けれど、同時に自分なんかでは釣り合わないという気持ちに苛まれてしまい……。  堅物王太子×引きこもり令嬢  「君はまだ、君を知らないだけだ」 ☆「素直になれない高飛車王女様は~」にも出てくるシルヴィオのお話です。そちらを未読でも問題なく読めます。時系列的にはこちらのお話が2年ほど前になります。 ※こちら同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない

迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。 「陛下は、同性しか愛せないのでは?」 そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。 ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。

ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!

藤原ライラ
恋愛
 生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。  けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。    ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。  ☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆

処理中です...