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記憶力
しおりを挟む部屋に入って来たローラをソファに座らせるとエメリは部屋の鍵を閉めた。
「奥様?」
ローラの顔に緊張が走る。
「ローラに確認したいことと、調べて欲しいことがあるの」
エメリは声を潜め身を乗り出した。
「はい…」
ゴクリと喉を鳴らしローラも身を乗りだす。
二人顔を突き合わせながら更に声を潜めた。
「私の記憶が定かなら、下女の中に足を痛めている人物がいた気がするの。間違いないかしら?」
ローラは記憶を手繰り寄せるように顎に手を置くと暫くして
「はい…確か下女の一人が足を怪我しておりました。仕事中の怪我ではないようでしたが念の為、休みを取るようにメイド長に勧められたのに大したことはないと仕事を続けておりました」
「右足だったわよね?」
「どちらの足だったかまでは…記憶が定かではありませんが踵を引き摺るように歩いておりました」
「その下女の名は?いつ頃からここで働き始めたのかしら…誰かの紹介とか?」
自分の記憶に間違いがなかったことに気が高ぶり、エメリは矢継ぎ早に質問した。
「サラと申す者です」
使用人として働く者達にはミュラー侯爵家はその知名度だけでなく、厳しいながらもしっかりとスキルが身に付き、行儀見習いにも力を入れていると評判が高いらしい。しかも給金も良いことから人気の働き口であるそうだ。
故に当然辞める者も少ないので採用されるにはかなりの狭き門で十年以上新しい使用人の採用がなかったのだという。
ローラは誇らし気に胸を張り、言葉を続けた。
「丁度ジョアキン様がご結婚なさる少し前でしたので、よく覚えております六年前ですわ。確かメイド長の知り合いの紹介だったかと」
きっぱり言い切ってから、ハッと口元を押さえた。
「し、失礼しました。私ったら奥様の前でなんてことを…」
最初の結婚のことを口にしてしまい青褪める。
「大丈夫よ、気にしないで」
結婚のタイミングで使用人を増やすことは良くあることだ。
今のところ不自然なことが見受けられない経緯だ。
「メイド長の知り合いの紹介…六年前の結婚…。ローラ、直ぐにメイド長の知り合いというのが誰なのか、サラの出身や身元に係わることを全て調べてちょうだい。勿論秘密裏にね」
「畏まりました」
「サラは今どこに?」
「たしか、昨日からお暇を頂いております。なんでも弟の具合が悪いとか…」
「……そう…」
昨日の今日だなんて、偶然だろうか…。
サラが犯人の一人だと仮定すればこのまま行方を眩ます可能性だってある。
「お願いローラ、急いでちょうだい」
「はい!承知しました」
緊張感を持ち引き締まった表情になると部屋を出て行った。
二日後、ローラはエメリに報告にやって来ていた。
部屋の鍵を閉め向き直るとその表情は険しい。
「サラの紹介者はメイド長のメイド養成学校時代の古い友人で現在はパークシャー伯爵家のメイド長をしているジゼルという人物だそうです」
「キャサリン様のお家の?」
「はい、パークシャー伯爵家のメイド長の紹介ともなれば一目置かれるのは間違いありません。出身はタラネ町で庶民の出です。サラの両親は既に他界しており弟が一人…四日前から、その弟の看病のためお暇を頂いております」
「タラネ町…確か魔法道具を作る工房が沢山ある街よね」
国の殆どの魔法道具がタラネ町製で魔力のある職人たちが工房を構える町だ。
魔力を持つ職人たちも勿論、魔法魔術研究所に所属している。
今では魔力のある職人も減り存続が大変だとも聞く。
キャサリン様を頼りサラのことをもっと詳しく調べるべきだろうか。
しかし、その前に彼女の歩き方をもう一度確認したい。
あれから数日しか経っていない、まだ足を引き摺っているだろう。
偶然を装って近づけば身長も自分と同じくらいか判断がつく。
「サラは今、タラネ町の実家にいるのよね?」
「はい。今の状況を考えると弟の病気を理由に仕事を辞める可能性もあります」
「そうね…このままでは拙いわ。急がなくちゃ」
「サラの実家の住所は?」
「こちらです」
住所の書かれたメモを握り締めた。
今のところ何の証拠もないけれど、だからこそ自分が気になったほんの些細なことでさえ見逃してはいけない気がする。
「直ぐに馬車を用意してちょうだい」
同行すると言い張ったローラを置いて、タラネ町に土地勘があるという護衛騎士のレジスを連れ馬車に乗り込んだ。
目立たないよう質素な馬車を用意させ、街娘に見えるようなワンピースを着た。
護衛騎士のレジスもいつもの騎士服ではなく庶民の服装だ。エメリの横に並べば恋人か兄くらいにしか見えないだろう。
エメリは腕を組むと疑わしいサラという女の記憶を呼び起こしていた。
あれはジョアキンの書斎へ向かう途中だった。
書斎から出てきた彼女は短くなった蝋燭を手持ちの籠に入れ真新しい蝋燭が入った箱を抱えていた。
掃除洗濯に始まり蝋燭の管理や交換といった雑用も下女の仕事だ。
そのままゆっくりと足を気にしながら二階に上がり二人の寝室に入って行った。
痛めたのだろうか右足の踵を気にするような不自然な歩き方が目に入り転びでもしたのだろうか、重たいものは持たないよう周囲の下女にフォローしてもらえているのか気になってメイド長に言っておこうと思っていたのだ。
ジョアキンは王宮の執務室でエメリがタラネ町に向ったとの報告を受けた。
「まったく、あの鉄砲玉が!」
ジョアキンが勢い良く立ち上がると椅子が後ろに倒れ大きな音が執務室に響いた。
いつも冷静なジョアキンらしくもない様子に秘書の男も慌てて立ち上がる。
スープラ医師の邸宅からの帰り、エメリの様子がおかしかったことを思い出していた。
タラネ町に知り合いがいるとは聞いたことがない、大方今回の犯人に絡む何かだろう。
一旦帰宅すると、侍女のローラからタラネ町行きの詳細を聴き出したジョアキンは馬を用意させた。
剣帯を腰に装着すると彼の髪の色と同じ漆黒の愛馬シャドーに跨りタラネ町へと駆けた。
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