【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

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舞踏会

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王太子の誕生日を祝い王都が一段と華やかに飾られる。
多くの人が押し寄せ街は祝賀ムードで溢れていた。

世の中の賑やかな様子とは裏腹にエメリは憂鬱だった。
ジョアキンと二人、王太子の誕生日を祝う舞踏会に招かれていたのだ。

王都での社交界デビューをしていなかったエメリはこの大きな舞踏会がデビューとなる。

義母はエメリのドレスや身に着ける宝石、髪型に至るまであれこれと世話を焼いてくれた。
クリーム色のドレスにウエストに巻かれた幅広のリボンはゴールド。首元と耳を飾るのはシトリンというゴールの色味を持つ宝石でジョアキンの瞳を連想されるものが選ばれた。

正装をしたジョアキンは彼の髪色と同じ漆黒のタキシードを身に纏っていた。
漆黒のタキシードには瞳と同じ金色の糸で襟元と袖口に繊細な刺繍が施されており胸元に飾られたコサージュはエメリのドレスと同じクリーム色で中心には宝石シトリンが輝いていた。

いつもに増して大人の色気を放っている…こういう格好をするとエメリでさえ無駄にドキドキしてしまうからどうにかして欲しい。

しかし、ドキドキしていたのはエメリだけで一方のジョアキンはいつもの無表情で着飾ったエメリを見つめた。

「まぁ、いいだろう」

特段褒める訳でもなく一言で終了である。まぁ、褒められるとは思ってもいないかったので大して腹も立たない。

二人は馬車に乗り込んだ。
馬車の窓から見える街は提灯の灯りで華やかに彩られていた。
沢山の人々が集まり賑わっている街並みと相反して緊張がで押し潰されそうなエメリはつい暗い表情になる。

慣れない上に、国中の貴族が集まる舞踏会だ。勿論、ジョアキンの元妻レナータも再婚した夫と参加する。
しかも、その再婚相手はジョアキンの親友であったテオ・マルギュイだ。
彼は有能な騎士でその活躍により男爵の位を授かったと聞いている。

以前は三人とも大変仲の良い幼馴染であり友人だった。
ジョアキンとレナータが離婚し彼女の再婚相手がジョアキンの親友であることは再婚当時かなり話題になったそうだ。

テオがジョアキンに怯えるレナータを支えるうちに二人の中に恋心が生まれても不思議ではないだろう…というのが世間一般の見方で、傷付いた令嬢を支えた幼馴染の有能な騎士として二人の結婚は好意的に受け止められていた。

その一方でジョアキンの悪評は上がる一方だったようだが。

エメリは窓の外を眺めたまま押し黙っていた。

「緊張しているのか?」

ジョアキンはチラリと視線だけよこした。

「…いいえ、大丈夫です!」

自分を奮い立たせるように語尾を強めた。

『あなたの元妻に会うのが憂鬱なのよ』だなんて言える訳もなく悶々とする。

王太子妃主催のお茶会の時のように自分と元妻レナータを比べる視線からは逃れることは出来ない。

自分がこの数ヶ月もの間、どれだけの努力を重ねてきたか知る由もないジョアキンを忌々しい思いで睨みつけると、扇子を握り締めこの数ヶ月の努力の日々を思い出していた。



舞踏会が近づくのが憂鬱で堪らなかったあの頃。

「舞踏会の準備は進んでいる?」

久し振りに訪ねてきた義母の言葉に表情が曇った。そんなエメリを見て義母は静かにティーカップを置いた。

「ドレスは決まったの?」

「まだ、迷っていて…」

何を着ても元妻には敵わないだろうという諦めから選ぶ気も失せるのだ。

「レナータが参加するからでしょう?」

いきなり真相を突かれて

「あなたらしくないわね…エメリ。今、侯爵夫人なのはあなたなのよ。しっかりしなさい!……まぁ…でも、同じ女として気持ちは充分すぎるくらいわかるわよ」

義母は侍女のローラを呼んだ。
義母の細かい指示が飛び部屋中にドレスと宝飾品の数々が集められる。

「…お母様?」

「いつまで、うだうだと悩んでいるつもりなの?少しでも自信が持てるように最大限の努力をなさい!……かく言う私もね……昔、夫と関係のあった女が同席するような舞踏会では落ち着かなかったわ…でもね負けたくないって思ったものよ?今一番美しい自分で挑むんだって意気込んで行ったものだわ」

ホホホホッ軽やかに笑う。

ジョアキンは義父似だ。
義父も若い頃には相当女性達に人気だったことは容易に想像がつく。
しかも義父は旦那様と違って柔和で人当たりも良いのだから義母は心配でならなかっただろう。
もしかしたら私以上に苦しんだ時があったのかもしれない。

義母の言葉に沈んでいた心が浮上するのがわかった。
らしくない自分…ここはひとつ先人の知恵とパワーに縋るしかない。

「…お母様。私、頑張ります!力をお貸しください。よろしくお願いします!」

義母は腕を組み力強く頷いた。

「体形や顔は変わらなくても、女は化ける生き物なのよ。侯爵家の全総力を挙げてあなたが自信を持てるくらい美しい淑女に仕立て上げて見せるわ」

これまでにない連帯感が生まれ、二人は手を握り合った。

「そうとなったら、これまで以上に厳しくいくわよ。外見を繕ったところで内面が備わらなければ綻びが見えてしまうわ。ダンスも立ち居振る舞いも完璧を目指しますよ!それから今日から減量にも取り組んでもらうわ。さあ、気を引き締めなさい!」



それからというもの義母による特訓は容赦ないものだった。
この数ヶ月の努力を無駄にはしない。
エメリは扇子を握り締めたまま武者震いした。

「震えているのか?…大丈夫だ…取り敢えず俺の傍から離れるな。周囲の視線なんて気にしなくていい…切りがないからな。俺が挨拶を交わす連中とだけ同じように微笑み挨拶すれば良いだけだ」

対面に座るジョアキンは眉をしかめて、そう言うと長い足を邪魔そうに組み変える。
その長い足を組み替える仕草はどこか気怠そうでいて妙に優美だ。
エメリは車内の温度が上がったような気がして落ち着けずに手に持った扇子を広げパタパタと扇いだ。

静かに馬車はとまった。

侯爵家の侍女達が総力を挙げて全身磨き上げ整形級の化粧を施してくれたのだから自信を持たなきゃ!
義母が厳選に厳選を重ねたドレスを身に纏っているのだもの下を向いてはいけない!
そして、この見目麗しい夫ジョアキンにエスコートされるのだ。最高に華やいだ笑顔でいなくちゃ!
エメリはすっと背筋を伸ばし煌びやかな会場へと足を踏み入れた。




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