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鉄砲玉

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王宮内にある王立図書館、エメリが座るのは医学書が並んだ一角の奥まった席だ。
定位置となった窓に面した席からは王宮内を歩く人々が見下ろせる。

静かに薬学の本を閉じた。
専門用語が多く専門用語を調べる辞書を開きまた調べることの繰り返しだ。
結果ちんぷんかんぷんのまま頭痛がしてきた。

「素人が理解できるような内容なら医師も薬師もいらないわよね…」

溜息をつきながら目頭を指で押さえる。

民間療法に関する本を開こうとしたが、窓から差し込む陽光が長くなっていることに気付いた。
夕陽の差し込む窓から回廊で老紳士と立ち話をするジョアキンの姿が見える。
エメリは働き過ぎのジョアキンを半ば強制的に連れ帰ろうと思い立ち、急いで本を戻しジョアキンがいた回廊へと向かった。

しかし、回廊に辿り着くと既にその姿はなかった。

「なんだ…残念」

ジョアキンの執務室がどこにあるのかも知らないエメリは肩を落とし方向転換した。
すると背丈ほどの垣根の奥から聞こえる男の下品な笑い声が耳についた。
好奇心で垣根の隙間を除くと男が二人、何やら談笑しているようだ。

「ミュラー侯爵の新しい夫人が図書館に来ていたらしいぞ」

ミュラー侯爵という言葉に反応し聞き耳を立てる体制に入った。

「ああ、外出させているということは二番目の妻は今のところ軟禁されていないらしいな…ぷははっ」

「そう言えば、王太子殿下の外遊先の案がミュラー侯爵に取り下げられたそうじゃないか」

「ああ、少々仕事が出来るからって目障りなことだ。王太子殿下のお気に入りだからって行動全て自分がやりたいように操っているつもりなのかもな…しかし、あの殿下をどんな手を使って懐柔したんだろうな」

苦々し気に眉間に皺を寄せる。

「あの美しいお顔で口説いたんじゃないのか?その辺の女より綺麗な顔をしているからな」

「男が男に色仕掛けか?ぶはははっ!…でもあり得るなぁ。侯爵がレナータ様を軟禁状態にして貞操帯までつけさせてった話からすると性に対して貧欲だろうから、相手が男でも何でもありだろう」

「っくく…やめろよ。ふふっ…科を作る侯爵の顔が浮かんだじゃないか…気持ちの悪い奴だ…僕はそっちの方の趣味はないからな、いくら綺麗な顔をしていたからって吐き気がする」

なんて下衆な男達なんだろう。
酷い侮辱だ。
要はジョアキンが優秀で仕事が出来て王太子の信頼も厚いのを妬んでいるだけではないか。
しかも、ジョアキンの男としては美し過ぎる容姿を扱き下ろしているようだが自分たちの容姿では到底かなわないと認めていことにも気付いていないお馬鹿さんだ。
こんな男達では、容姿だけでなく仕事でもジョアキンに敵わないことぐらいエメリにだって理解できる。

ムカムカを通り越して顔が熱くなるのがわかった。
拳を握り締め衝動のままに垣根を掻き分け男達の前に立った。
突如現れたエメリに二人は驚きで目を見開き、たじろいぐ。

「な、なんだ!?」

エメリは淑女らしからぬ仁王立ちになり二人の前に立ちはだかった。

「あら、お話し中失礼いたしました。実は夫の執務室を探していて迷ってしまったのです。教えていただけないかしら?」

言葉使いだけは淑女らしさを心掛けた。

「は?…」

明らかに訝し気な目で見られているが一向に気にしない。

「ええ、ミュラー侯爵の執務室はどちらかしら?ご存じですか?」

「えっ…ああ…」

満面の笑みを向けると、急に眼が泳ぎ互いに肘でつつき合う二人は一歩後退る。

「今日は図書館に寄ったついでに仕事熱心な夫を連れて帰ろうかと思っておりますの。お二人もご存じのように夫は王太子殿下の信頼も厚いでしょう?仕事は出来る者のところに集まるというのは本当ですのね。ひっきりなしに仕事が舞い込むでしょう?そのうち体を壊してしまうのではないかと心配で心配でっ」

淑女らしい言葉使いのまま語尾を強め二歩前に進み距離を詰めた。

「しかも、夫は毎日見なれた私でさえハッとする見目麗しいお姿なので、その派手な容姿に注目が集まり妬みの元になってしまうようですが…その見た目にそぐわず、実は思慮深く大変な努力家ですの!元来優秀な人なのに、それに胡坐をかくことなく日々真摯に物事に向き合うお姿には妻の私ですら感心してしまう程ですわ。本来注目されるべきは夫の美しさや元来の優秀さではなく地道に努力し慢心しない彼の心根ですわ!」

「小娘が……」

小太りな男が顔を背け小声で言った言葉を聞き逃さなかった。

握り締めた拳に爪が食い込む。

バキバキバキッっと大きな音がして三人は驚き振り返った。
そこには垣根を破壊し現れたジョアキンの姿が。

「これは、これは…サンダー伯爵と…ペンリッチ子爵ではありませんか。私の妻と三人、話が弾んでいたようですが?」

「……ああ、ミュラー侯爵…偶然にも…夫人が道に迷われたところに出くわしましたが……侯爵がいらっしゃったのなら…わ、私共の出る幕ではなさそうですな……」

しどろもどろになりながらもどうにか答えると素早く礼をし逃げるように去って行った。

沈黙の中ジョアキンの長い溜息が聞こえる。

「我が妻は勇猛果敢なのか無鉄砲なのか……」

「む、無鉄砲なんかじゃ…だって…ムカムカして…悔しくて!体が熱くなって…」

ゴニョゴニョと口籠る。

「ふーん…」

腕組をしながらエメリに近づく。

「俺のことを見て麗しい姿にハッとしていたのか?」

ニヤリと口元を歪め意地悪そうに目を細める。

女達にうっとりとした目で見られる度にその視線を鬱陶しく感じていたのに、いつも飄々としているエメリがそんなことを思っていたのかと思うとくすぐったくなる。

「はあ!?そんなこと言いましたっけ……何かの聞き間違いじゃありませんか?」

フイっと目を逸らし明後日の方向を向く。

「ふーん…聞き間違いねぇ…」

ニヤニヤしながら、そっぽを向いたエメリの顔を覗き込もうとするとグイッと頬を手で押し戻される。

「痛っ!」

堪えていたジョアキンだったが遂に吹き出し声を上げて笑った。

侯爵となり結婚して以降こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
元々、不愛想で定評があるジョアキンはめったに笑わない。

「旦那様って子供みたい!性格悪いわっ」

更に赤くなり怒るエメリは本当に子供っぽい。
子供に子供と言われてしまった。

「はあー、しかし…プックク…改めて見ると凄い格好だな」

エメリの髪に付いた木の葉を取るとジョアキンは指で摘まみクルクルとまわして、また抑えきれないと言うように笑い始めた。

エメリのデイドレスは所々破れ汚れて手の甲や頬には小さな擦り傷もある。
怒りのあまり垣根を通り抜けた際にあちこち枝に引っ掛けていた。

「…痛いだろう?」

「痛くなんてありません!これっぽっちの小さな傷…」

「強情っ張りめ…」

「旦那様だって似たり寄ったりの格好ですよ!」

「確かにそうだな」

ジョアキンの衣服もエメリと似たよう有様だ。
何ならジョアキンの方が垣根を激しく破壊していたので破れた箇所は大きいくらいだ。

苦笑いし、いつもの不愛想な顔に戻るとエメリの手を引いた。

「帰るぞ」

「子供じゃないので手を引かれなくとも大丈夫です!」

「迷子になって、また同じ様な輩に出会ったら今度は鉄砲玉みたいなおまえが何をしでかすかわからないからな」

「はあ?…鉄砲玉とはなんですかっ。妻に向って言い過ぎです!」

言い返してはみたものの、いつもの冷静な瞳のジョアキンに見つめられエメリは押し黙り大人しく連行された。


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