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告白

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ジョアキンはいつものように深夜日付が変わる頃に帰宅し入浴を済ませエメリのいる寝室に向かう。

「……ん?…今日は珍しく寝相が良いな」

いつもなら広いベッドに大の字で寝ている妻が大人しくシーツに包まり寝ているのを見て首を傾げながらもベッドに潜り込む。

ホッとし目を閉じようとしたら、いきなり腕を掴まれ小さな悲鳴を上げた。

「ひっ!」

腕を振り解くと、勢いよく起き上がったのは珍しく寝相の良かった妻だ。

「おかえりなさいませ、旦那様」

ベッドサイドのランプの小さな灯りの中でバクバクと煩い心音を押さえようと胸に手を当て深呼吸を繰り返す。

「ど、どうしたんだ…眠れないのか?」

平静を装ってはいるが声がうわずる。

「なかなかお会いできないので起きて待っておりました。休みなしで一ヶ月もの間働き続ける旦那様の健康が心配で健やかなお顔を拝見したいと思っていたのです」

「ああ…心配には及ばん…あ、明日も早い…もう寝るぞ」

毛布を引っ張り上げ潜り込もうとするジョアキンと同時にエメリも抱きつき一緒に横になった。

「な、何をしている?!」

「夫婦ですから抱き合って寝てもおかしいことはないのでしょう?仲の良い夫婦や恋人同士は一緒にいれば引っ付いているものだと聞いております」

今日はいつもと違う透け感のある素材の胸元の開いた夜着を用意してもらっていた。
エメリは勇気を出して小さいな胸をジョアキンの腕に押し付けてみた。

「だから毎日一緒に寝ているだろう!普通の夫婦のように!」

「寝ているだけでは子は出来ぬと知っております!」

更にギュウっと胸を押し付ける。

「俺はこういうことをする女は好かない!」

いかにも高位貴族の紳士然たるジョアキンが『俺』と自分を呼んだことに違和感を覚えながらもひるまず言い返した。

「こういうこと…とは何ですか?!好かないって?やっぱり…嫌いってことですか?!」

「こ、こういう…は、破廉恥に胸を押し付けてきているだろ!嫌いとは言っていないだろっ!好きではないと言っただけだ!」

「私のなんてたいして大きくもありませんから!破廉恥なんていわれるほどの物でもありません!嫌いでもなく好きでもないとは……要は私を何とも思っていないということですね?……ならいいですっ!私…頑張りますから!」

そもそもエメリもジョアキンを好きとか愛してるとか思っている訳でもない。
同じなら責めたて騒ぎ一方的に愛を求めるのもお門違いだ。

「胸は大きさの問題じゃない!そもそも俺は巨乳…好きでもないし!…おまえ…何を頑張るって言うんだ!…また破廉恥なことを…」

言い争うあまりにどんどん論点がズレてしまっている。

「子作りを頑張るということが破廉恥ですか?子孫を残すためにも必要なことだし、愛を確かめ新しい命を授かるための尊い行為なのではないのですか?」

教科書で教わったとおりの文言を投げかけるとジョアキンは盛大な溜息をつき頭を掻いた。

「忙しいんだ…」

「そんな言い訳が通るとお思いですか?忙しいのは事実の様ですが、お仕事が片付いた後もだいぶゆっくりと王宮内でお過ごしだとか。避けていると勘違いされても仕方がありませんよね」

本来は旦那様に女性的な部分をアピールしもっとお近づきになるのが目的だったが、そんなものはとうにエメリの頭の中から吹っ飛んでいた。

エメリは追及の手を緩めない。

「私との間に子をもうけるのはお嫌ですか?」

「子を授かることが重要なのは俺だってわかっている…だが…その…したくても…出来ない…のだから…」

モゴモゴと口籠る。

「はあ?…何を小声で仰っているのか…男らしくないったら…もっと大きな声でなければ聞こえません!」

「クソッ!!!…できないんだよ!!体がおかしくなっているんだっ!……勃たない…病気かもしれない…」

エメリは眉間に皺を寄せ首を振る。

「何を言っているのですか?言い訳にしては下手過ぎます。病気なら医師に診てもらうべきでは?」

「それに…たたないって、何がですが?たたないと子作りできないのですか?」

「おまえ…本当に何も知らないのだな……知らなすぎるにも程がある…何を教わって来たんだ?」

「雄しべと雌しべでしょう?ちゃんと学んでおります!」

「なるほど…雄しべ、ね…」

ジョアキンは切ない目で自分の下半身を見つめる。

「人の…男の体に雄しべの代わりとなるものがあることは知っているんだろうな?」

キョトンとした顔で見つめ返す。

「代わり?」

ジョアキンは参ったと言うように天を仰ぐ。

「はあー、頑張ると大口を叩いている割には…お粗末すぎないか?」

知識がない子供だと馬鹿にされていると感じたエメリは怒りと恥ずかしさで頭に血がのぼり顔が真っ赤になる。

「じゃあ!見せてくださいっ。だって私、頑張るって言ったでしょう?!頑張るためにも雄しべが何かも知らないままではいけないと思うのです!」

「……見せろって…おまえ…」

ジョアキンが見つめる先をエメリも見つめた。

「そこに、あるのですか?」

そこは男性が排泄するためのものがある筈だが、他にも何かあるのだろうか?
エメリは手を伸ばした。

「おいっ!やめろ!この痴女めっ」

エメリの手を掴み真っ赤な顔で睨みつけた。

ビクッとエメリの体が揺れた。

「み、見せてはくれないのですか?…教えてはもらえないのですか?」

「おまえは俺の前で裸になれるのか?」

自嘲気味に笑う。

「…ご要望とあれば…」

エメリが薄いネグリジェの胸元のリボンを解こうとすると、また手を掴まれた。

「男の前で簡単に裸になるなっ。初めてなのだろう?恥ずかしくはないのか!?」

「は…恥ずかしいですよ…でも、私がここに嫁いできたのは子供を産むためで…あなたの子を授からなくては…ならないのでしょう?…皆が私に期待している…それに応えなくては………」

ツウーっと涙が頬を伝った。

「…………泣くな」

「な、泣いてなんか!泣いてなんかいません!!……っ…」

もう一筋、涙が頬を伝うとジョアキンは指で涙を拭った。

まだ十九歳の子供だ。
なのに、当然のように自分の置かれた立場を理解し受け入れようと頑張っている。
本当は望みもしない結婚だろうに。
ジョアキンは往生際の悪い自分が急に恥ずかしくなった。

閨事について知識がないにしても、知ろうと努力するし、数回しか会ったことのない男の前で裸になろうとするなんてな…本当は怖いくせに。
握ったエメリの手は震えていた。

「………わかった」

徐にジョアキンは膝立ちになると自分の下履きに手をかけた。
エメリはコクリと喉を鳴らしながらも目を逸らさなかった。

下履きの中から姿を現したものを見つめ、目を見開き息を潜めた。

「これが、おまえの言うところの雄しべだ。男が興奮するとこれが大きく膨らみ硬くなる。その先は雄しべと雌しべの受粉と一緒だな」

「か、形が変わるということですか?……その…その辺りに排泄物を出すところもあると聞いたのですが…」

「同じものだ。これだ」

ジョアキンはフニャリと下を向く自分のモノを指さした。

「だが、これが大きく膨らみ硬くならないと用をなさない」

「…興奮すると膨らむ…私には興奮していないということですか?」

今まで見たことのないグロテスクな身体の一部を目の前にし声のトーンが落ちる。

「それも、関係性があるのかわからない……」

初夜から数えて一ヶ月もの間ジョアキンも何もしなかった訳ではない。
勃起不全や精力減退に効くと言われる薬草を片っ端から煎じて飲んだが効果はなかった。
次に考えられるのは精神的トラウマという線だが、一回目の結婚前まで正常に反応していた下半身を思い出すとトラウマというのも考えにくい。

エメリが言った通り興奮しないから勃たないのか、興奮しても勃たないのか実際にはまだ試せていない。
自慰で下半身がうんともすんとも反応しないのが自分の想像力が十代の時より乏しいからなのか、それとも他に原因があるのかも掴めていない。


この国には通常の医師とは別に魔法を使った診療と治療を行える医師がいる。
魔法医師だ。
魔法医師は国の管理下ある。

侯爵家の主治医は魔法医師であり魔法診療が可能だ。
しかし祖母や父母に話が漏れる可能性があるので二の足を踏んでいたのだが…そうも言っていられないだろう。
ジョアキンはエメリの涙を見て覚悟を決めた。

黙り込んだジョアキンを見て、エメリはそっとジョアキンの下半身に手を伸ばした。

指先が柔らかなものに触れる。

「……!?…お、おい!」

「柔らかい…」

エメリの目尻の上がった大きな丸い瞳は本当に仔猫みたいだ。
上目遣いでじぃっと瞳を覗き込まれ下腹部が甘くズクンと疼いた。



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