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闘志

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目が覚めると隣にジョアキンの姿はなかった。
結婚式での疲れが予想以上に大きかったのか爆睡していた。
差し込む陽を見ると既に昼に近くにはなっているようだった。

「う…初日から寝坊なんて…やっちゃったわ…」

焦って起き上がると、見計らったかのように侍女が入ってくる。

「あ、あの…侯爵…旦那様は?」

「侯爵様は朝早くから王宮に向われました。何でも…急ぎの仕事があるからと…」

「そ、そう…」

見合いの時を思い出し相変わらず忙しいのだろうと納得する。

遅い食事を済ませると、執事に邸内を案内され使用人達との挨拶を終えれば他にすることもなくボーっと庭を眺めた。
侯爵夫人として学ぶべきものが沢山待ち構えていると思っていたので拍子抜けしてしまう。

何でも大奥様、ジョアキンの母から新婚時代はゆっくりと二人だけ時間を過ごせるようにとの配慮らしかった。
要するに子作りに大切な時間の邪魔はしないと言いたいのだろう。
自分が侯爵家に嫁いできた本来の役割なのだから異議を唱えることもない。

しかし、昨晩は旦那様も自分もただ普通に睡眠をとっただけだ。
子供が出来ることはしていない筈だ。
閨事について、いくら無知な自分でも同じベッドで睡眠をとったくらいで懐妊しないことくらいはわかる。

ということは今日の夜は何かあるのだろうか。

そんな不安と期待が入り混じるエメリの想いをよそに、結婚式以降二人が顔を合わせることはなかった。

ジョアキンはエメリが寝静まった深夜に帰宅しエメリが起きる前の早朝に邸宅を離れ王宮へ向かう生活が始まったのだ。

エメリはいつものように一人で目覚めベッドの隣を見つめた。
確かに帰って来て自分の横で寝ていることは間違いないらしい。
ジョアキンが寝ていたであろう場所のシーツには皺が寄り触れると仄かに温かい。
忙しい忙しいと言いながらも帰宅し一緒のベッドで寝るのだから変なところにだけ律儀だ。

仕事が忙しいから先に休むようにと毎日やって来る使者からの伝言にも、いい加減苛立ちを覚えた。

そんな生活が一ヶ月続けば忙しい夫の健康を心配していたエメリも、流石に変だと気付き始める。
いくら忙しいとはいえ、こんなに家にいないになんてあり得るのだろうか。

「…最初から気に入ってもらっているとは思っていなかったけれど…最終的に結婚を申し込んできたのは侯爵様の方からよね…いくらお婆様に無理矢理させられた結婚とはいえ…子供じゃないんだから…このままでいい筈がないのよ…」

エメリはいつもの定位置で庭を眺めながらブツブツと呟く。

今思いつく原因を全て挙げてみる。
本当に死ぬほど忙しい。
純粋にエメリが気に入らない。
好きな女がいる。
実は男が好き。

どんな理由があろうとも結婚した以上、エメリは自分の役割を全うしなければならない。
子供が出来なければ他に妾を持つということも考えられるし…悪くすれば離縁し三人目の妻を迎えることだって考えられる。

子が出来ないことを理由に離縁されれば再婚も難しくなるだろう。
既に何人もの子がいる人の後妻となるとか…考える程、自分に待ち受けている未来に暗い雲が立ち込める。

先ずは、子を授かるための行為…閨事を遂行しなければ埒が明かない。
このまま子を出来ぬことを理由に離縁されるなんて嫌だ。

グッと拳を握ったエメリの瞳には闘志がみなぎった。

エメリは侍女のローラを呼んだ。

結婚と同時にエメリ付きに抜擢されたローラは優秀な侍女だ。

結婚してから自分の身の回りの世話を焼き親身に接してくれるローラは口も堅く、信頼できる人物だとこの一ヶ月で充分わかっていた。
この賢い侍女なら、もう自分と旦那様の間に肉体的繋がりがないことは薄々気付いているだろう。

エメリは覚悟を決めてローラに全てを話した。
そして赤くなりながらローラにアドバイスを求めたのだ。

ローラの母はジョアキンの乳母で幼い頃からこの侯爵邸で生活しており、ローラとジョアキンとは幼い頃からよく知った中でもあるのだ。
夫も侯爵家の使用人として働いているローラはエメリより七歳年上で既に結婚し子供が一人いた。

「元々、私を気に入って結婚に至った訳ではないのは理解しているの…でも、このままでは子を授かることも出来ないし…」

俯きながら唇を噛む。

「そもそも旦那様から見れば七歳も年下の私なんて子供っぽくて女性として見れないとか?…だとしたら…自分なりに努力できないかと思って…大人の色気?女性として色っぽい仕草や演出?というものがあれば教えて欲しいの」

「まぁ!エメリ様は充分にお可愛らしくていらっしゃいます!まだ、お若いので色気というのは…でも、その若さこそ武器になります!男はエメリ様のように若く純真で初心な女を好きな者が多いのですから!」

「でも、旦那様はそうではないのでしょう…そもそも、見合いの時から私を嫌っていると思うくらいよ」

「いいえ…そんなことはございません!侯爵様は元来女性には素っ気ないお方なのです。逆にエメリ様とは毎晩同じベッドでお休みになっているのですから嫌っているなどあり得ませんわ」

きっぱりと言い切るローラ。

「女性に素っ気ないって……前妻の方を執着が強すぎるくらい愛していたのでしょう?…女嫌いというのとは違うのかなって…だから嫌われているとか…興味を持たれてないのか…まあ、興味を持たれていないくらいなら頑張りようもあるのかもしれないけれど」

「前の奥様とは幼き頃からのご友人でございましたし…女嫌いという訳でございません。ご親族やごご友人達の中には勿論女性もいらっしゃいますし、愛想よくはなくとも…普通に接していらっしゃいました。ただ…あの見栄えのする容姿ですから…大変女性に人気があり…女性達の熱い視線を遮るために一層愛想がなくなってしまわれて…」

「……そう、では…私にも挽回の余地があるということかしら…」

「勿論でございます!」

「……では…協力してもらえる?…ローラ、あなたの力が必要だわ!」

エメリは縋るようにローラの手を強く握り締めた。
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