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初夜
しおりを挟む結婚式を三日後に控え邸内は騒がしい。
二度目なので質素に必要最小限にと言っておいた筈なのに…溜息をつきジョアキンは沈鬱な表情で書類に目を通していく。
ダークブラウンの髪に自分と同じ金色の瞳を持つ男は机に寄りかかり嬉しそうに目を細めて見下ろしてくる。
「なあ、ジョアキン。花嫁ってまだ十九歳だって!?三年間独身を楽しんで、ついに再婚となったら相手は七歳も年下って…羨まし過ぎるだろ。三日後の夜は楽しみだなぁ?」
従兄弟のライアンはジョアキンより一つ年上で女性関係も派手な男だ。
だが不思議なことに女には恨まれない。
要は根っからの遊び人だ。
上手く不特定多数の女性を渡り歩いている夫を妻も放任主義なのか許してしまっているということがジョアキンは理解できないでいた。
考えてみたら…結婚式の煩わしさばかりに捕らわれていたが、その夜にもやらなければならないことがあった。
理解している。
この結婚は子孫を残すためのものであり子を授からねばならぬ。
更に深い溜息をつく。
「わかっているさ、やればいいんだろ?務めは果たすさ…」
「え、なに?その投げやりな態度。男として楽しみでならない筈だろ普通。見合いして決めた相手だし気に入ったんだろ?まさか…まだ元妻に執着しているのか?…おい…本当にやめておけよ!おまえの親友と再婚した女だぞっ」
ライアンを睨みつけると立ち上がった。
「いい加減にしてくれ。レナータの話は関係ないだろ…いつまでこんなこと言われなくちゃならないんだ…」
ライアンはジョアキンの鋭い視線を受け、たじろぎ顔を引きつらせる。
「そう怒るなよ…ジョアキンの再婚の話を聞いて……前向きになれたのかと思っていたのに、あまりにおまえが冷めているから心配になってさ」
「……多産の家系らしい。お婆様のお薦めの令嬢だったし、それに…俺に対して色目を使ってこない田舎娘で丁度良かった。ただそれだけだ」
「はぁ、ジョアキン…一度失敗したからって…やけくそになっている訳じゃないよな?それとも元妻以外は女とも思ってないのか?俺は子供を産む道具とし女性を扱う考え方は好きじゃない」
ライアンは珍しく真剣な表情で眉間に皺を寄せる。
「流石、女好きの言うことは違うな」
皮肉たっぷりに言ってやるがライアンには通じていないらしい。
「ジョアキン、おまえ拗らせてるなぁ。俺だって貴族社会で好きな相手と結婚できるなんて簡単には考えてはいないけどさ…少しでもこれからの結婚生活を良いものにしようとか思わないのか?今は何とも思っていなくとも結婚してから互いに惹かれて始まる恋ってのもあるんだぞ」
力説してくる従兄弟が鬱陶しくて堪らない。
そんなの只の理想論だ。
「あちこちの女と遊びまくっているおまえに言われたくない」
「………うん、そうだよな…でも、俺は俺で…いろいろあるのよ?結構一途なんだけどな…理解されないというか…」
一瞬、ライアンの顔が曇ったことにジョアキンが気付くことはなかった。
その夜、ジョアキンはベッドに横になると徐に下着を下ろした。
局部をそっと握りゆっくりと上下させる、最後に性行為をしたのは結婚前にライアンに連れていかれた高級娼館だった。正直、娼館に行っても楽しいと思ったことなど一度もないが最新の記憶がそれなのだから仕方がない、その時の様子を思い浮かべながら目を閉じる。
暫くして…ジョアキンは、うんともすんとも言わない自分のものを見つめた。
すぅっと血の気が引いた。
勃たない……。
離縁し独身になってからも誰とも付き合うことなく娼館にさえ行くこともなかった。
自慰をしたのさえ、一体いつのことだっただろう…思い出すことすら出来ない。
結婚と同時に侯爵となり、領地を治めることに奔走していたのも本当だし、王太子殿下の腹心としての働きも期待されていた。
忙しいが故に、そういった気持ちさえも疲れに押し流されてしまっているものと思っていた。
「それにしたって長過ぎだ」
ベッドの上で頭を抱えた。
翌日、王立図書館の片隅で分厚い本を熱心に読むジョアキンの姿があった。
その目は血走り、呪文でも唱えるようにぶつぶつと何かを呟いている。
性機能障害に関する医学書だ。
精子を出さない状態が続くと、寝ながらに夢精という方法で無意識に精子が体内から吐き出される。
結婚してからというもの夢精などしたことがない。
「これも問題なのか?…若い頃ならまだしも…夢精など…」
ジョアキンは遠い目になる。
夢精した経験くらいはある。
朝は大変なことになるし使用人にバレないように後始末をするのに苦労した十代の頃を思い出した。
夢精さえもしない自分の体には何か異常が起きている。
専門医の診察が必要だろう。
ジョアキン自身、それはよく理解している…が、しかし…結婚を二日後に控える新郎がこんな理由で医者にかかったと世間にバレれば、またどんな噂が広がるのだろう。
ガリガリと頭を掻く。
そして何もできないまま結婚式当日を迎えた。
夫婦の寝室の扉を開けるとエメリはベッドの淵に腰掛け俯いていたが、ジョアキンが入って来たのを見て慌てて立ち上がった。
部屋に入ったジョアキンはエメリと視線を合わせない。
「疲れただろう。今日は何もするつもりはない。ゆっくり休め」
早口にそう言うと、さっさとベッドに入りエメリに背を向けた。
エメリに一言も発言させる時間を与えない実に素早い動きだ。
エメリは暫くポカンと口を開けたままベッドの横に棒立ちになった。
何もするつもりはない…何もしないと言うのだから今夜は普通に眠りについてよいということだろう。
そもそもエメリは閨で何をするのか詳しくは聞いていない。
授業で雌しべと雄しべの話は教わった…その程度なのだ。
母からは旦那様にお任せしなさいとだけ言われていた。
そう、旦那様にお任せしなさいと言われたからには旦那様の言うとおりに休むのが正解だ。
エメリはのろのろとベッドに潜り込んだ。
家族以外と同じベッドに入るなんて初めてだ。
しかも隣に寝ているのは見とれるほど美しい男。
緊張をほぐすために何回か深呼吸を繰り返し少し落ち着くと、すぐに瞼が重くなり意識が朦朧としてくる。
怒涛の一日を終えた自分はジョアキンの言葉どおり相当疲れているようだ。
「おやすみなさい…旦那様」
こちらに背を向けるジョアキンの広い背中を見つめて小さく呟くと目を閉じた。
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