上 下
2 / 44

見合い相手

しおりを挟む

離縁して三年が経った。

再婚しろと煩い周囲の騒音を躱すのは二年が限界だった。

侯爵家の嫡男で一人息子の自分が、跡取りを残すということがいかに大切であるかは理解している。
いざとなったら親族から養子でも貰えばよいと考えていたが、どうも祖母と父母は諦めが悪いようだ。

一回目の結婚が失敗に終わったことへの周囲の落胆は思った以上に大きかったようで、暫くは静寂の中に身を置くことが出来た。

しかし数ヶ月も経つと状況は暗転した。
離縁の原因は夫である俺の異常行動ということになったのだ。
妻を束縛して執着のあまり軟禁していたとか…歪んだ性癖の持ち主で妻が逃げたとか…最近では独占欲の強い狂気的な男、執着心の塊の猟奇的な男という悪評が定着しつつあるようだ。

皆、腫れ物に触るような態度だった。

お陰で再婚話も出ず平和な一年だったが…二年目になると世話好きな親族が再婚相手にどうかと動き出し、三年目にもなると遂に両親が動き出す。
そうなると厄介だ。
両親は悪評高き息子に嫁いでも良いという希少な令嬢三人を探し出し、その中から俺に選べと強要してきたのだ。
のらりくらりと逃げるのは、もう限界だと悟った。

実質、両親はその中の二人のどちらかで決まるだろうと考えていたらしい。
残る三人目は祖母がゴリ押ししてきた人物らしかった。

祖母は祖父亡き後王都を離れ、余生を静かに過ごしたいと海沿いの田舎町の別邸に移り住んでいたのだか…どうやら、そこで見つけた令嬢らしい。


父母が薦める令嬢は二人とも家柄も見目も良い都会的で洗練された貴族の令嬢といった感じだ。
代り映えしないな……。

「お二人とも、あなたに嫁げるなら離婚歴や…噂なんて…気にしないとおっしゃてるのよ。どこに出しても恥ずかしくない美しいお嬢さんよ」

母は満足そうに釣書に付いた絵姿を俺に見せる。

「はぁ…そうですね…」

二人の令嬢の絵姿を見て、眉間に皺を寄せる。

結婚前も結婚してからも舞踏会や、サロンで女達に舐めまわすように見られるのは不快で仕方なかった。
その、ねっとりとした視線を思い出すと今でも虫唾が走る。
似たり寄ったりの容姿の令嬢達が遠巻きにひそひそ話をしながらこちらを伺う様子には辟易としていた。

しかし、離縁してからというもの以前とは違った好機の視線に晒された。
軽蔑の言葉と蔑むような視線。ある程度の悪評は覚悟していたが、侯爵家の嫡男で周囲から褒め称えられた容姿と才能を持った自分が今までの人生で受けたことのない視線に全く傷付かなかったと言えば嘘になる。

しかも、人の噂も七十五日というが噂は収まるどころか想像力豊かな者達によって更に面白可笑しく語られることが増えていった。


手渡された絵姿を閉じ横に置く。

「まぁ。好みの容姿ではなかった?…確かに…レナータに比べてしまうと劣るかもしれないけれど……あら、ごめんなさい」

元妻の名前を口走ってしまったことに慌て、母は気まずそうに視線を落とす。
レナータは子供の頃から美少女と評判だった。
結婚してからは社交界の薔薇と称えられていたのだから、比べられる方も堪ったものではないだろう。

父は慌ててもう一枚の絵姿を差し出す。

「この子はどうだい?お婆様のお薦めの令嬢だ」

「あなた、でもそれは……」

「いいだろう…この際、子をもうけるのには適材だぞ…多産の家系だ」

こそこそと内緒話のように声を潜めるが、いかんせん目の前である。
良く聞こえている。

多産の家系?

赤毛に黒い瞳。
大きく丸い瞳は目尻が上がっていてどこか猫を連想させた。

時折、庭を横切っていく野良猫を思い出した。

「……この令嬢と、会いましょう」

「おお!そうかそうか。早速先方に使者を送ろう。お婆様もお喜びになる!」

彼女の容姿が好みだとかそういった訳ではない。
他の二人よりマシだった。
ただそれだけだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

散りきらない愛に抱かれて

泉野ジュール
恋愛
 傷心の放浪からひと月ぶりに屋敷へ帰ってきたウィンドハースト伯爵ゴードンは一通の手紙を受け取る。 「君は思う存分、奥方を傷つけただろう。これがわたしの叶わぬ愛への復讐だったとも知らずに──」 不貞の疑いをかけ残酷に傷つけ抱きつぶした妻・オフェーリアは無実だった。しかし、心身ともに深く傷を負ったオフェーリアはすでにゴードンの元を去り、行方をくらましていた。 ゴードンは再び彼女を見つけ、愛を取り戻すことができるのか。

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

純潔の寵姫と傀儡の騎士

四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。 世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

隠された王女~王太子の溺愛と騎士からの執愛~

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
グルブランソン国ヘドマン辺境伯の娘であるアルベティーナ。幼い頃から私兵団の訓練に紛れ込んでいた彼女は、王国騎士団の女性騎士に抜擢される。だが、なぜかグルブランソン国の王太子が彼女を婚約者候補にと指名した。婚約者候補から外れたいアルベティーナは、騎士団団長であるルドルフに純潔をもらってくれと言い出す。王族に嫁ぐには処女性が求められるため、それを失えば婚約者候補から外れるだろうと安易に考えたのだ。ルドルフとは何度か仕事を一緒にこなしているため、アルベティーナが家族以外に心を許せる唯一の男性だったのだが――

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

ただの政略結婚だと思っていたのにわんこ系騎士から溺愛――いや、可及的速やかに挿れて頂きたいのだが!!

藤原ライラ
恋愛
 生粋の文官家系の生まれのフランツィスカは、王命で武官家系のレオンハルトと結婚させられることになる。生まれも育ちも違う彼と分かり合うことなどそもそも諦めていたフランツィスカだったが、次第に彼の率直さに惹かれていく。  けれど、初夜で彼が泣き出してしまい――。    ツンデレ才女×わんこ騎士の、政略結婚からはじまる恋のお話。  ☆ムーンライトノベルズにも掲載しています☆

処理中です...