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見合い相手
しおりを挟む離縁して三年が経った。
再婚しろと煩い周囲の騒音を躱すのは二年が限界だった。
侯爵家の嫡男で一人息子の自分が、跡取りを残すということがいかに大切であるかは理解している。
いざとなったら親族から養子でも貰えばよいと考えていたが、どうも祖母と父母は諦めが悪いようだ。
一回目の結婚が失敗に終わったことへの周囲の落胆は思った以上に大きかったようで、暫くは静寂の中に身を置くことが出来た。
しかし数ヶ月も経つと状況は暗転した。
離縁の原因は夫である俺の異常行動ということになったのだ。
妻を束縛して執着のあまり軟禁していたとか…歪んだ性癖の持ち主で妻が逃げたとか…最近では独占欲の強い狂気的な男、執着心の塊の猟奇的な男という悪評が定着しつつあるようだ。
皆、腫れ物に触るような態度だった。
お陰で再婚話も出ず平和な一年だったが…二年目になると世話好きな親族が再婚相手にどうかと動き出し、三年目にもなると遂に両親が動き出す。
そうなると厄介だ。
両親は悪評高き息子に嫁いでも良いという希少な令嬢三人を探し出し、その中から俺に選べと強要してきたのだ。
のらりくらりと逃げるのは、もう限界だと悟った。
実質、両親はその中の二人のどちらかで決まるだろうと考えていたらしい。
残る三人目は祖母がゴリ押ししてきた人物らしかった。
祖母は祖父亡き後王都を離れ、余生を静かに過ごしたいと海沿いの田舎町の別邸に移り住んでいたのだか…どうやら、そこで見つけた令嬢らしい。
父母が薦める令嬢は二人とも家柄も見目も良い都会的で洗練された貴族の令嬢といった感じだ。
代り映えしないな……。
「お二人とも、あなたに嫁げるなら離婚歴や…噂なんて…気にしないとおっしゃてるのよ。どこに出しても恥ずかしくない美しいお嬢さんよ」
母は満足そうに釣書に付いた絵姿を俺に見せる。
「はぁ…そうですね…」
二人の令嬢の絵姿を見て、眉間に皺を寄せる。
結婚前も結婚してからも舞踏会や、サロンで女達に舐めまわすように見られるのは不快で仕方なかった。
その、ねっとりとした視線を思い出すと今でも虫唾が走る。
似たり寄ったりの容姿の令嬢達が遠巻きにひそひそ話をしながらこちらを伺う様子には辟易としていた。
しかし、離縁してからというもの以前とは違った好機の視線に晒された。
軽蔑の言葉と蔑むような視線。ある程度の悪評は覚悟していたが、侯爵家の嫡男で周囲から褒め称えられた容姿と才能を持った自分が今までの人生で受けたことのない視線に全く傷付かなかったと言えば嘘になる。
しかも、人の噂も七十五日というが噂は収まるどころか想像力豊かな者達によって更に面白可笑しく語られることが増えていった。
手渡された絵姿を閉じ横に置く。
「まぁ。好みの容姿ではなかった?…確かに…レナータに比べてしまうと劣るかもしれないけれど……あら、ごめんなさい」
元妻の名前を口走ってしまったことに慌て、母は気まずそうに視線を落とす。
レナータは子供の頃から美少女と評判だった。
結婚してからは社交界の薔薇と称えられていたのだから、比べられる方も堪ったものではないだろう。
父は慌ててもう一枚の絵姿を差し出す。
「この子はどうだい?お婆様のお薦めの令嬢だ」
「あなた、でもそれは……」
「いいだろう…この際、子をもうけるのには適材だぞ…多産の家系だ」
こそこそと内緒話のように声を潜めるが、いかんせん目の前である。
良く聞こえている。
多産の家系?
赤毛に黒い瞳。
大きく丸い瞳は目尻が上がっていてどこか猫を連想させた。
時折、庭を横切っていく野良猫を思い出した。
「……この令嬢と、会いましょう」
「おお!そうかそうか。早速先方に使者を送ろう。お婆様もお喜びになる!」
彼女の容姿が好みだとかそういった訳ではない。
他の二人よりマシだった。
ただそれだけだ。
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