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九話 三角関係〜アーロン視点〜

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 リンと再会出来た。

 再会出来たことは嬉しい……もう二度と会えないと思っていたのだから。

 俺は酒場で厄介な酔っ払いと関わった。それがリンだ。あの時のリンと自分の様子を思い出すと今でも可笑しくて吹き出しそうになる。

 だが再会の喜びとは裏腹に、彼女に嫌われ拒絶される日が来ることに酷く怯えている。

 だって俺は……。

「俺は……なんてことをしてしまったんだ」

 リンと知らずに、あんなことをしていたなんて。

 素股で何回も……。

 男として逃れることの出来ない性欲は俺にだってある。だからって、リンとは知らずに……好きでもない女性にあんなことが出来てしまう俺を彼女は軽蔑するだろう。知らなかったにせよ、リンを騙して夫以外とあんなことをさせてしまった俺を嫌悪するだろう。

 最低最悪な男だ。

 俺はなんて提案を受け入れてしまったのだろう。トビアスの提案を聞いた時には仰天した。

 なのに、俺は提案を受け入れた。男の性とか醜い言い訳をつくって。

 リンは気づいていない……このまま黙っていれば、なかったことに出来るのかもしれない。更に醜い考えが頭の中に浮ぶ。

 黙っていたとして、その後俺はどうしたいんだ? 俺はこの先、彼女とどうなりたい?

 王妃と側妃?
 いいや違う。

 俺はアーロンとリンとして、リンを好きな俺をリンにも好きになって欲しい。合意の上でリンとしたい。

 今は俺の一方的な片想いだ。リンは大切な人と言ってくれていたが、彼女の言う大切な人とは、大切な友ということだ。

 このまま友人として一生を終えるのか? まだ気持ちさえも伝えていないのに?

 このまま諦めるなんて到底出来ない。俺はもう自分の人生を諦めたくない。あの頃のような幼い子供ではないのだから。







 俺はトビアスに相談した。

 彼女の夫に相談するなんて非常識だってことくらいわかる。だって仕方がないじゃないか、俺に相談できる友人はリンを除いたらトビアスだけなのだから。

 王弟パウロの処分が終わった頃合いを見て俺はトビアスを呼び出した。

「黙っていればバレないと思うけれど。愛する女性を騙して一生黙っているなんて、きっとアーロンには無理なんだろう? それに友という今の関係にも満足していない……だよな?」

 自分でもわかっていたことだが客観的に言われると妙に腑に落ちてしまうから不思議だ。

「あぁ……そうだ」

 俺とリンとの関係を聞いたトビアスは顎に指を置いたまま庭を眺めた。その視線は庭に向けられてはいるものの、何も見えていないかのように瞳は動かない。

「俺達は重大な秘密を共有している者同士だ。そんな相手にまで隠し事を作るような、こんがらがった生き方はこれ以上したくない」

 庭に向かっていた視線が動き、俺を捕らえた。

「正直に言うけど……俺はイエリンが好きだ。側妃として利用しようとした相手だが……今は違う。アーロンの気持ちもわかったうえで言っている」

 彼の鋭い眼光の奥の瞳が微かに揺れている。

「俺達が閨で入れ替わっていたことを話すのなら、その場には俺も同席させてくれ……俺も一緒に謝りたい。俺たち二人とも拒絶される覚悟でな」

 トビアスは、正義感に強く公平な印象が強い。公明正大な王のように言われているが……いやいやどうして、なかなかの策士で腹黒い男だ。まぁ、そのくらいでなければ王座に座り続けることなんて出来ないだろう。

 そんな彼が一緒に謝りたいなんて……トビアスはリンを側妃にして変わった。はっきりリンを好きだと宣言した彼の様子は、俺の中に言いようのない焦りを芽生えさせた。

 





 寝室の扉が開きトビーがいつものように入ってくるが、どこかぎこちない微笑みを浮かべている。

「リンに話したいことがある。もう、知っていると思うが……王妃のことだ」

「ええ、全て聞きました。王妃が……アーロンが女として生きなくてはならなくなった酷い経緯も、王太子妃となった事情も」

「王妃、いや……アーロンと俺が抱える秘密を君も共有することになった。だが、もう一つ……共有して欲しいことがあるんだ」

 彼はサイドテーブルの引き出しの中から、趣向を変える時に使う目隠しを取り出し慣れた手つきで布をイエリンに巻いた。

「トビー! 今はそんなことをしている場合じゃないわ。ねぇ、もう一つ共有することって何? 話は終わっていないのよ!」

 ベッドが軋む音がした。トビーのいる場所とは反対側からだ。イエリンが動きを止めそちらに顔を向けると、するりと目隠しが外された。

 目の前にいたのは、男装をしたアウロラだ。正確にはアーロンだが、自分の知っている茶色の癖毛に眼鏡をかけたアーロンではなく、桜色の髪に深緑の瞳のアーロンが男性の服を着ている。

 これがアーロンの本当の姿。
 
 桜色の長い髪は後ろで一つに結ばれて化粧をしていない素顔は美しく中性的ではあるが、やはり男だった。

「アーロン!? どうしてここに?」

「リン、俺は君に謝らなくてはいけないことがある」

 驚き目を丸くするイエリンの問いには答えず、アーロンは身を正して向き合う。

「今まで、目隠しを使ってリンに……いろいろ……したのはトビアスじゃない、俺だ。君を騙して酷い行為を……本当に申し訳ないことをした。ごめん、リン」

「リン、これはアーロンの所為じゃない。提案したのは俺だ」

 ガバリと頭を下げた二人にイエリンの声がワントーン低くなる。

「でしょうね……トビーの協力なしに、こんなこと出来ないもの」

「リン、聞いてくれ。男同士である俺達に子は出来ない。君を側妃として迎えた第一の理由は勿論、子を成すことだ。だが、それだけじゃない……アーロンは一生女として生きなくてはならない。でも、彼は男だ。男として性を知らないまま一生を過ごすなんて残酷だ。それで君を騙すような提案を俺がしたんだ。発端は俺だ」

「私を側妃にするのに、トビーが強引に決めたって聞いたわ。私はてっきり、あなたが王妃を愛するが故に似た容姿の私を側妃にしたのだと思っていたけど……私を側妃に指名した理由って、もしかして……」

「避妊薬は完璧ではない。万が一、アーロンと君以外の側妃の間に子が出来てしまったら? その子がアーロンに似ていたら? 桜色の髪は君達の一族にしか現れない。その髪色の子が生まれたら……アーロンの秘密がバレる危険性は万が一にもあってはならない。そんな危険を回避するには……」

「同じ髪色の私なら……万が一、アーロンの子が出来ても、側妃である母親似の子供ということで不審に思う者はいない」

 大きな溜息をつきアーロンをチラリと見る。

「でも、その心配はないわ。だって、アーロンは私の中に……挿入していないもの」

「は!? アーロン、本当なのか?」

 アーロンは両手で顔を覆うが赤く染まる耳は隠せていない。

「……ああ、最後まではしていない。トビアスの妃を汚すことは出来ないと思ったし、忘れようとしても心の中にはリンがいて……こんな気持ちのまま最後までとか俺には無理だった。性欲が落ち着けば……必要以上に側妃を傷つけることはしたくないと思った。騙している時点で何を言ってるんだって感じだけど」

「最後までしていないからって、罪が軽くなる理由になるかしら? そもそも私を騙して、いやらしいことをして性的に満足していたのでしょう? 最初から事情を話してくれれば……受け入れていたのに」

「へ?」
「へ?」

 素っ頓狂な声をだすと、俯いていた二人は同時に顔を上げた。

「だって! アーロンは最悪の環境から抜け出すために王妃として生きていくことを選ぶしかなかった。そんなアーロンに男であることを諦めろなんて言える? ……多分、散々迷った挙句に受け入れたと思う」

「そ、それはつまり……今の状況を許し、このまま受け入れてもらえると?」

 イエリンにギロリと睨みつけられトビアスは視線を落とす。

「リンは、俺が可哀想だから受け入れてくれるの? 俺のことが好きじゃなくても」

 グッと眉根を寄せ苦しそうに見つめてくるアーロンにイエリンは首を傾げる。

「私にとってアーロンは大切な人よ。何度もそう言っているじゃない」

「君の言っている大切って……友人として飲み友達としての俺だろう?」

「あなたって意外と鈍いのね」

「……え、待って。そ、それって……リンも俺のこと?」

 イエリンは苦笑いをしながらも頬を染め頷く。

「好きよ」

 アーロンは涙目になり、驚きのあまり半開きになったままの唇は震えていた。

「……そうか、良かったなアーロン。俺は二人の邪魔をして……」

 言葉に詰まるトビアスの表情は硬い。

「トビー? 何を言っているの?」

 イエリンは慌ててトビアスの手を握った。

「トビーは私の初めての人で特別な人よ。私に閨事があんなのに気持ちいいと教えてくれたのもトビーだし、男と言うものを教えてくれたのはトビーよ」

 恥ずかしいことを言っているのは、わかっているが本心なのだから仕方がない。今更隠す間柄でもないだろう。
 相手は私を騙していた負い目がある。この際、強気に出ておこう。イエリンは更に正直な気持ちをぶつけていた。

「アーロンもトビーも私にとっては大切で特別な人。好きなの、二人とも。だからもう、誰も邪魔じゃない! いなくなったら悲しいから、もうそんなこと言っちゃ駄目! いいわね、トビー? アーロンもよ?」

「じゃあ、このままの三人の関係を受け入れてもらえるのか?」

 言質を取りたいのかトビアスは確認を怠らない。

「ええ、受け入れるわ」

  とてつもない秘密を共有し、王の側妃である自分が王妃の側妃にもなる…こんな、だいそれた提案を受け入れた。

 意外にも『受け入れる』と言葉にさえしてしまえば、戸惑いや不安を一気に飛び越えられた。そして、覚悟が決まったからか、どこか清々しい気持ちになっている自分にイエリンは驚きを隠せなかった。


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