9 / 10
九話 三角関係〜アーロン視点〜
しおりを挟むリンと再会出来た。
再会出来たことは嬉しい……もう二度と会えないと思っていたのだから。
俺は酒場で厄介な酔っ払いと関わった。それがリンだ。あの時のリンと自分の様子を思い出すと今でも可笑しくて吹き出しそうになる。
だが再会の喜びとは裏腹に、彼女に嫌われ拒絶される日が来ることに酷く怯えている。
だって俺は……。
「俺は……なんてことをしてしまったんだ」
リンと知らずに、あんなことをしていたなんて。
素股で何回も……。
男として逃れることの出来ない性欲は俺にだってある。だからって、リンとは知らずに……好きでもない女性にあんなことが出来てしまう俺を彼女は軽蔑するだろう。知らなかったにせよ、リンを騙して夫以外とあんなことをさせてしまった俺を嫌悪するだろう。
最低最悪な男だ。
俺はなんて提案を受け入れてしまったのだろう。トビアスの提案を聞いた時には仰天した。
なのに、俺は提案を受け入れた。男の性とか醜い言い訳をつくって。
リンは気づいていない……このまま黙っていれば、なかったことに出来るのかもしれない。更に醜い考えが頭の中に浮ぶ。
黙っていたとして、その後俺はどうしたいんだ? 俺はこの先、彼女とどうなりたい?
王妃と側妃?
いいや違う。
俺はアーロンとリンとして、リンを好きな俺をリンにも好きになって欲しい。合意の上でリンとしたい。
今は俺の一方的な片想いだ。リンは大切な人と言ってくれていたが、彼女の言う大切な人とは、大切な友ということだ。
このまま友人として一生を終えるのか? まだ気持ちさえも伝えていないのに?
このまま諦めるなんて到底出来ない。俺はもう自分の人生を諦めたくない。あの頃のような幼い子供ではないのだから。
◆
俺はトビアスに相談した。
彼女の夫に相談するなんて非常識だってことくらいわかる。だって仕方がないじゃないか、俺に相談できる友人はリンを除いたらトビアスだけなのだから。
王弟パウロの処分が終わった頃合いを見て俺はトビアスを呼び出した。
「黙っていればバレないと思うけれど。愛する女性を騙して一生黙っているなんて、きっとアーロンには無理なんだろう? それに友という今の関係にも満足していない……だよな?」
自分でもわかっていたことだが客観的に言われると妙に腑に落ちてしまうから不思議だ。
「あぁ……そうだ」
俺とリンとの関係を聞いたトビアスは顎に指を置いたまま庭を眺めた。その視線は庭に向けられてはいるものの、何も見えていないかのように瞳は動かない。
「俺達は重大な秘密を共有している者同士だ。そんな相手にまで隠し事を作るような、こんがらがった生き方はこれ以上したくない」
庭に向かっていた視線が動き、俺を捕らえた。
「正直に言うけど……俺はイエリンが好きだ。側妃として利用しようとした相手だが……今は違う。アーロンの気持ちもわかったうえで言っている」
彼の鋭い眼光の奥の瞳が微かに揺れている。
「俺達が閨で入れ替わっていたことを話すのなら、その場には俺も同席させてくれ……俺も一緒に謝りたい。俺たち二人とも拒絶される覚悟でな」
トビアスは、正義感に強く公平な印象が強い。公明正大な王のように言われているが……いやいやどうして、なかなかの策士で腹黒い男だ。まぁ、そのくらいでなければ王座に座り続けることなんて出来ないだろう。
そんな彼が一緒に謝りたいなんて……トビアスはリンを側妃にして変わった。はっきりリンを好きだと宣言した彼の様子は、俺の中に言いようのない焦りを芽生えさせた。
◆
寝室の扉が開きトビーがいつものように入ってくるが、どこかぎこちない微笑みを浮かべている。
「リンに話したいことがある。もう、知っていると思うが……王妃のことだ」
「ええ、全て聞きました。王妃が……アーロンが女として生きなくてはならなくなった酷い経緯も、王太子妃となった事情も」
「王妃、いや……アーロンと俺が抱える秘密を君も共有することになった。だが、もう一つ……共有して欲しいことがあるんだ」
彼はサイドテーブルの引き出しの中から、趣向を変える時に使う目隠しを取り出し慣れた手つきで布をイエリンに巻いた。
「トビー! 今はそんなことをしている場合じゃないわ。ねぇ、もう一つ共有することって何? 話は終わっていないのよ!」
ベッドが軋む音がした。トビーのいる場所とは反対側からだ。イエリンが動きを止めそちらに顔を向けると、するりと目隠しが外された。
目の前にいたのは、男装をしたアウロラだ。正確にはアーロンだが、自分の知っている茶色の癖毛に眼鏡をかけたアーロンではなく、桜色の髪に深緑の瞳のアーロンが男性の服を着ている。
これがアーロンの本当の姿。
桜色の長い髪は後ろで一つに結ばれて化粧をしていない素顔は美しく中性的ではあるが、やはり男だった。
「アーロン!? どうしてここに?」
「リン、俺は君に謝らなくてはいけないことがある」
驚き目を丸くするイエリンの問いには答えず、アーロンは身を正して向き合う。
「今まで、目隠しを使ってリンに……いろいろ……したのはトビアスじゃない、俺だ。君を騙して酷い行為を……本当に申し訳ないことをした。ごめん、リン」
「リン、これはアーロンの所為じゃない。提案したのは俺だ」
ガバリと頭を下げた二人にイエリンの声がワントーン低くなる。
「でしょうね……トビーの協力なしに、こんなこと出来ないもの」
「リン、聞いてくれ。男同士である俺達に子は出来ない。君を側妃として迎えた第一の理由は勿論、子を成すことだ。だが、それだけじゃない……アーロンは一生女として生きなくてはならない。でも、彼は男だ。男として性を知らないまま一生を過ごすなんて残酷だ。それで君を騙すような提案を俺がしたんだ。発端は俺だ」
「私を側妃にするのに、トビーが強引に決めたって聞いたわ。私はてっきり、あなたが王妃を愛するが故に似た容姿の私を側妃にしたのだと思っていたけど……私を側妃に指名した理由って、もしかして……」
「避妊薬は完璧ではない。万が一、アーロンと君以外の側妃の間に子が出来てしまったら? その子がアーロンに似ていたら? 桜色の髪は君達の一族にしか現れない。その髪色の子が生まれたら……アーロンの秘密がバレる危険性は万が一にもあってはならない。そんな危険を回避するには……」
「同じ髪色の私なら……万が一、アーロンの子が出来ても、側妃である母親似の子供ということで不審に思う者はいない」
大きな溜息をつきアーロンをチラリと見る。
「でも、その心配はないわ。だって、アーロンは私の中に……挿入していないもの」
「は!? アーロン、本当なのか?」
アーロンは両手で顔を覆うが赤く染まる耳は隠せていない。
「……ああ、最後まではしていない。トビアスの妃を汚すことは出来ないと思ったし、忘れようとしても心の中にはリンがいて……こんな気持ちのまま最後までとか俺には無理だった。性欲が落ち着けば……必要以上に側妃を傷つけることはしたくないと思った。騙している時点で何を言ってるんだって感じだけど」
「最後までしていないからって、罪が軽くなる理由になるかしら? そもそも私を騙して、いやらしいことをして性的に満足していたのでしょう? 最初から事情を話してくれれば……受け入れていたのに」
「へ?」
「へ?」
素っ頓狂な声をだすと、俯いていた二人は同時に顔を上げた。
「だって! アーロンは最悪の環境から抜け出すために王妃として生きていくことを選ぶしかなかった。そんなアーロンに男であることを諦めろなんて言える? ……多分、散々迷った挙句に受け入れたと思う」
「そ、それはつまり……今の状況を許し、このまま受け入れてもらえると?」
イエリンにギロリと睨みつけられトビアスは視線を落とす。
「リンは、俺が可哀想だから受け入れてくれるの? 俺のことが好きじゃなくても」
グッと眉根を寄せ苦しそうに見つめてくるアーロンにイエリンは首を傾げる。
「私にとってアーロンは大切な人よ。何度もそう言っているじゃない」
「君の言っている大切って……友人として飲み友達としての俺だろう?」
「あなたって意外と鈍いのね」
「……え、待って。そ、それって……リンも俺のこと?」
イエリンは苦笑いをしながらも頬を染め頷く。
「好きよ」
アーロンは涙目になり、驚きのあまり半開きになったままの唇は震えていた。
「……そうか、良かったなアーロン。俺は二人の邪魔をして……」
言葉に詰まるトビアスの表情は硬い。
「トビー? 何を言っているの?」
イエリンは慌ててトビアスの手を握った。
「トビーは私の初めての人で特別な人よ。私に閨事があんなのに気持ちいいと教えてくれたのもトビーだし、男と言うものを教えてくれたのはトビーよ」
恥ずかしいことを言っているのは、わかっているが本心なのだから仕方がない。今更隠す間柄でもないだろう。
相手は私を騙していた負い目がある。この際、強気に出ておこう。イエリンは更に正直な気持ちをぶつけていた。
「アーロンもトビーも私にとっては大切で特別な人。好きなの、二人とも。だからもう、誰も邪魔じゃない! いなくなったら悲しいから、もうそんなこと言っちゃ駄目! いいわね、トビー? アーロンもよ?」
「じゃあ、このままの三人の関係を受け入れてもらえるのか?」
言質を取りたいのかトビアスは確認を怠らない。
「ええ、受け入れるわ」
とてつもない秘密を共有し、王の側妃である自分が王妃の側妃にもなる…こんな、だいそれた提案を受け入れた。
意外にも『受け入れる』と言葉にさえしてしまえば、戸惑いや不安を一気に飛び越えられた。そして、覚悟が決まったからか、どこか清々しい気持ちになっている自分にイエリンは驚きを隠せなかった。
10
お気に入りに追加
1,080
あなたにおすすめの小説
【R18】抱いてくださらないのなら、今宵、私から襲うまでです
みちょこ
恋愛
グレンデール帝国の皇帝であるレイバードと夫婦となってから二年。シルヴァナは愛する夫に一度も抱かれたことは無かった。
遠回しに結ばれたいと伝えてみても、まだ早いと断られるばかり。心だけでなく身体も愛して欲しい、日々そう願っていたシルヴァナは、十五歳になった誕生日に──
※この作品はムーンライトノベル様でも公開中です。
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
【R18】愛するつもりはないと言われましても
レイラ
恋愛
「悪いが君を愛するつもりはない」結婚式の直後、馬車の中でそう告げられてしまった妻のミラベル。そんなことを言われましても、わたくしはしゅきぴのために頑張りますわ!年上の旦那様を籠絡すべく策を巡らせるが、夫のグレンには誰にも言えない秘密があって─?
※この作品は、個人企画『女の子だって溺愛企画』参加作品です。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
旦那様、仕事に集中してください!~如何なる時も表情を変えない侯爵様。独占欲が強いなんて聞いていません!~
あん蜜
恋愛
いつ如何なる時も表情を変えないことで有名なアーレイ・ハンドバード侯爵と結婚した私は、夫に純潔を捧げる準備を整え、その時を待っていた。
結婚式では表情に変化のなかった夫だが、妻と愛し合っている最中に、それも初夜に、表情を変えないなんてことあるはずがない。
何の心配もしていなかった。
今から旦那様は、私だけに艶めいた表情を見せてくださる……そう思っていたのに――。
政略結婚した夫の恋を応援するはずが、なぜか毎日仲良く暮らしています。
野地マルテ
恋愛
借金だらけの実家を救うべく、令嬢マフローネは、意中の恋人がすでにいるという若き伯爵エルンスト・チェコヴァの元に嫁ぐことに。チェコヴァ家がマフローネの家を救う条件として出したもの、それは『当主と恋人の仲を応援する』という、花嫁側にとっては何とも屈辱的なものだったが、マフローネは『借金の肩代わりをしてもらうんだから! 旦那様の恋のひとつやふたつ応援するわよ!』と当初はかなり前向きであった。しかし愛人がいるはずのエルンストは、毎日欠かさず屋敷に帰ってくる。マフローネは首を傾げる。いつまで待っても『お飾りの妻』という、屈辱的な毎日がやって来ないからだ。マフローネが愛にみち満ちた生活にどっぷり浸かりはじめた頃、彼女の目の前に現れたのは妖艶な赤髪の美女だった。
◆成人向けの小説です。性描写回には※あり。ご自衛ください。
【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜
まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください!
題名の☆マークがえっちシーンありです。
王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。
しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。
肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。
彼はやっと理解した。
我慢した先に何もないことを。
ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。
小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。
【R18】陛下、お慕いしております
野地マルテ
恋愛
ラーファは恋をした。相手は半年前に政略結婚をした夫、ヴィンダード。ヴィンダードは一国の王だったが、母親の身分が低く、姉の息子が成人したら退く予定になっていた。期間限定の王だとしても、為政者として懸命に務めを果たそうする誠実なヴィンダードに、ラーファは次第に惹かれていく。
◆性描写回には※あり
◆ムーンライトノベルズに掲載したものに、一部エピソード(補足・設定)を加えています。
冷血皇帝陛下は廃妃をお望みです
cyaru
恋愛
王妃となるべく育てられたアナスタシア。
厳しい王妃教育が終了し17歳で王太子シリウスに嫁いだ。
嫁ぐ時シリウスは「僕は民と同様に妻も子も慈しむ家庭を築きたいんだ」と告げた。
嫁いで6年目。23歳になっても子が成せずシリウスは側妃を王宮に迎えた。
4カ月後側妃の妊娠が知らされるが、それは流産によって妊娠が判ったのだった。
側妃に毒を盛ったと何故かアナスタシアは無実の罪で裁かれてしまう。
シリウスに離縁され廃妃となった挙句、余罪があると塔に幽閉されてしまった。
静かに過ごすアナスタシアの癒しはたった1つだけある窓にやってくるカラスだった。
※タグがこれ以上入らないですがざまぁのようなものがあるかも知れません。
(作者的にそれをザマぁとは思ってません。外道なので・・<(_ _)>)
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※作者都合のご都合主義です。作者は外道なので気を付けてください(何に?‥いろいろ)
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる