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八話 出逢い〜トビアス視点〜

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 俺がアウロラに出会ったのは妃候補の令嬢達を集めた茶会だったと思う。
 正確にいえば、その茶会では彼女を認識してはいなかった。

 何故なら、俺が目を留めたのはアウロラと同じ髪色と瞳の色を持つ別人だったからだ。
 そう、俺の意識は茶会の間中、フワフワとした淡い桜色の髪を揺らし、はにかみながら笑う小さな女の子に向いていた。

 茶会の後、俺はあの子に会いたいと懇願して遂に彼女の家を訪問する機会を手に入れた。
 
 だが、どういう手違いがあったのか俺が訪れたのはヴェルレ公爵家。引き合わせられたのは、暗い表情で俯く桜色の髪と深緑の瞳の別人だった。
 
 アウロラは同じ年齢の令嬢達に比べて線が細く、ちゃんと食べているのか心配になるくらいで、俯く彼女の顔色は酷く青褪めていた。

 後で知ったが、お茶会で自分が目を留めたのは同じ髪色と同じ瞳の色の別人、イエリン・コトール。コトール侯爵家の令嬢だった。

 人違いで対面した相手だが流石に直ぐに帰るとも言えず、俺は子供ながらに気まずい状況をどうにかしようと立ち上がった。

 この時の俺は、自分は何でも出来る優れた人間だと放漫な自信を持ち始めていた。勉強より体を動かすことが得意だったことも相まって俺は彼女の手を引いて庭を散策することにした。そして、悪戯っ子だった俺は周囲の大人達の目から逃れる為に手を引いて走った。

 大人達を簡単にまいて植え込みに隠れると、直ぐ近くに大きな樟が目に入った。女の子の前でいい格好をしたいのは何歳になっても男のくだらない見栄だ。木登りが得意だった俺は、彼女を木登りに誘った。そして躊躇する彼女を半ば無理矢理引き上げた。

 最初は怖がっていたものの次第に彼女の表情は明るくなった。

「やってみたかったの」

「木登りを?」

 嬉しそうに頷く彼女の顔からは、さっきまでの青褪めた顔色は消え嬉しさのあまり頬が高揚していた。

 大人達が庭園内を探し回る様子を木の上から眺め二人で笑った。

 一通り楽しむと、そろそろ降りようという俺の提案に彼女は渋った。余程木登りが気に入ったのだろう。そんな彼女をどうにか説得し、先に降りた俺が彼女の体を支えようと手を伸ばした。
 アウロラの両足は地面についたものの彼女のドレスのスカートが枝に引っ掛かり盛大に捲れ上がった。下半身はズロースが丸出しのあられもない姿になりアウロラは悲鳴をあげた。

「きゃぁ!」

 視界全てがスカートで覆われた彼女はジタバタと暴れ、どんどんズロースが食い込んでいく。その時、オレは信じられないものを見た…彼女の股間に。
 股の辺りにある膨らみは自分と同じではないか?そう、女の子にはついておらず、男にしかないものだと聞いていたのに。それが彼女のそこにはあるように見えたのだ。

 俺は彼女に近づき、その膨らみを触ってみた。

「う、ひゃあ!」

 間違いない。アウロラの悲鳴なんて聞こえない程、俺は不思議な新しい発見に興奮していた。

 子供というのは興味をそそること直面すれば欲求を押さえられないし、そのため残酷なことも平気でするものだ。その時の俺も然り。俺は強い興味に突き動かされ彼女を助けることもそっちのけでズロースに手をかけ一気に引き下ろした。

「やっぱり」

 可愛いモノがぶら下がっていた。 
 アウロラを助け無事スカートを降ろすと俺はアウロラに聞いた。

「アウロラは男だろう? なんで、ドレスなんか着て女の子の振りなんかしているの?」

 子供であるが故、それはもう直球だった。
 アウロラはポカンとしたまま目を瞬かせた。

「私は女の子よ……何を言っているの?」

「男だろ。でなきゃ、おちんちんがついている訳ないだろう!」

「おちんちんて……」

「アウロラの股についているだろう? それは男にしかない筈だ! 俺にも同じモノがついている。多少大きさは違うけどな」

「女の子よ……私、女の子だもん……」

 アウロラは酷く狼狽し出会った時より青い顔をしていたっけ。


 その後も彼女のことが気になって仕方がない俺は、何度もヴェルレ公爵家に足を運んだ。

 彼女が自分の本当の性別を知り、苦しむようになってからも通い続けた。公爵家で恐怖に支配された生活に恐れ戦き息を潜めて暮らすアウロラの秘密を共有することで、俺達の間には強い友情と絆が芽生えていった。

 アウロラの父であるヴェレル公爵はアウロラを本当の女の子、娘だと思っていた。
 アウロラが男である秘密を知るのは公爵夫人と出産の時アウロラを取り上げ、その後始末された産婆。そして公爵夫人の腹心の侍女でアウロラの乳母でもある女性と、夫人が雇い後に始末されたアウロラ専属の医師だけだった。

 友を早く救いたい一心で俺はアウロラを王太子妃にした。

 心の病を患っていた公爵夫人は、この頃にはアウロラを本当の女の子だと思い込んでいるようだった。

 しかし、男同士だ……王と王妃として公務をこなし仲睦まじい夫婦を演じることは出来ても子を成すことは出来ない。俺達に子が出来なければ側妃を娶ることが当然の流れだろう。世継ぎがいないという国を揺るがす問題は側妃の存在によって解消されるかもしれない。

 だが、アウロラはどうだろう。最悪の環境からは救い出せたものの、生涯女として生きなければならないことは変わらない。アウロラは男だ、人並みに性欲だってあるだろう。それを一生、自らの手で慰め続けるのは憐れでならない。男としての性くらい果たさせてやりたい。

 俺は最悪の環境からは救い出せたものの、女として生きなければならない彼の人生を本当の意味で救うことは出来なかった。
 救うと言いながら実は彼をさらなる困難に巻き込んだだけではないのかと自責の念に駆られていた。

 そして、俺は罪滅ぼしをするかのように側妃をアウロラと共有することを考えついた。
 共有……避妊の成功率が低いことを考えれば、それは危険な行為だ。万が一、側妃とアウロラとの間に子が出来てしまったら……俺と側妃の間に生まれる子が王妃にそっくりな容姿ではならない。桜色の髪はヴェレル公爵家の血筋の者にしか現れない珍しい髪色だからだ。

 そう……彼と同じ桜色の髪と緑の瞳を持つ別人、イエリン・コトールの存在が全ての問題を解決に導くものだった。コトール侯爵家とヴェレル公爵家は血縁関係にあり、その血筋の所為で珍しくも美しい髪色を持つ二人が誕生したのだから。

 アウロラと側妃の間に子が出来たとしても、子の見た目が側妃であるイエリンに似ていれば周囲には俺の子として受け入れられるだろう。
 
 イエリンは俺達を救う救世主に他ならない。救世主イエリンを逃すことは出来ない。俺は六年もの間、イエリンの見合いや交際を裏から手をまわしことごとく潰していった。
 
 俺は最低の男だ。
 イエリンの六年間を思うと申し訳ないという言葉では片付けられない。

 今思えば、俺の初恋の相手はイエリンだった。
 そして、アウロラ……イエリンと同じ呼び方をすれば……彼、アーロンの初恋の相手もイエリンだったのだと思う。

 アーロンが週に一度くらいの割合で王宮を抜け出し街に出ていることは知っていた。

 敢えて何も聞かなかった。ほんの数時間だけ叶う男としての彼の時間を奪いたくなかった。かといって何かあったら拙い、潜入調査が専門の騎士には王の影武者ということにして秘密裏に護衛につけ、男の格好をして出かける彼の後姿を見送った。



 あれは、翌日の公務に備え内々の打ち合わせを二人でしていた時だった。

「もう知っているとは思うけれど、俺が時々王宮を抜け出していること」

 勘の鋭いアーロンのことだ、いつかは勘づかれるとは思ってはいたが。

「気づいていたのか?」

「トビーが護衛をつけていたことくらい最初から気づいていた。このまま知らない振りをしようと思ったけど……もう、街には出歩かないから。まぁ、心配しなくていいって意味で報告」

「どうした? ただの護衛だ。別に監視していたわけでもないし、今までどおり自由にしたらいいさ」

「いや、行く意味がなくなったから。もう、いい」

 何かあったのか聞くべきだろうか、詮索せず深入りしないようにと考えていたのだが。アーロンのこんなに切なく苦しそうな顔を見るのは初めてで正直、好奇心が湧いた。

「意味か……何かあったのか聞いても?」

 暫く黙り込むと小さな溜息をついた。

「よく一緒に飲んでいた友人が、もう店には来られなくなるそうだ……だったら、もう行く意味もないし……行く気も起きない」

「友人ね……」

 護衛騎士からアーロンが毎回同じ女性と一緒に飲んでいるという報告は受けていた。
 深追いしそうになるのを必死で堪えた。彼が友人だと言うなら、そうだと肯定しておこう。彼の中で友人であることで折り合いをつけようとしている。彼が傷つかない方法がそれならば、これ以上詮索するのは野暮と言うものだ。

「そうか……また、行きたくなったら自由にしたらいい」

 思いつめた表情のアーロンの肩を軽く擦った。







 イエリンを側妃に迎えて暫く経った頃、事件は起きた。正確に言うなら起こさせた。

 弟パウロは婚約当初からアウロラに懸想していた。それを利用し罠に嵌め、王妃に対する乱暴未遂、不法薬物の密売と使用で流刑に処したのだ。

 即位してからも貴族の中にはパウロを国王にと推す一派が水面下で活動していることは把握していた。アウロラの件をきっかけに奴等の活動を押さえ込むことに成功し残務処理も終わった。
 
 漸く一息ついたところにアーロンから伝えられたの内容は俺にとって衝撃的なものだった。

 アーロンが話していたがイエリンだったなんて……平静を装いながら激しく動揺した。

 初恋の相手だったとしてもイエリンを重大な役割を担う駒として冷静に携えていたつもりだったのに…俺はイエリンの共有を提案した頃にはなかった彼女への感情に戸惑うようになっていた。



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