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プロローグ

修学旅行と少しの義憤

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雨の日の冒険から9年が経ち僕は高校2年生になった。

背は175cmで中肉中背。少しだけ茶色がかった黒髪で前髪は少し眉にかかるくらいの長さだ。まぁいわゆる一般的な日本人の高校生だ。

今日は修学旅行で沖縄にきている。これからトレッキングを行う予定で、原生林の入り口でガイドさんの説明を聞いている。

昨日は神社や首里城などの観光スポット巡りと、琉球空手の演武を見た事もあって、ふいに父と過ごした道場や近所の神社を思いだし、小学生3年生の雨の日から今日に続く出来事に思いを馳せていた。

――武神館ぶしんかんという古武術を教える道場の師範だった親父は「世界で俺を待っている弟子たちに武術を教えてくる。すぐ戻ってくるけどその間は、蒼空そらが母さんやさくらちゃんを守るんだぞ。」と言い残しあの雨の日からすぐに飛行機事故にあって亡くなった。

親父がいなくなって道場にも通わなくなり、僕はただなんとなく日々を過ごしていた。

さくらとは、小学生の時は一緒に遊ぶ事もあったが、あの雨の日の冒険より印象に残る思い出はない。

思えばさくらは父さんを亡くした僕を元気づけようと、やたらと僕の家に来たり、帰り道に話しかけたりしてくれていたのかもしれない。

そんなさくらも父親の海外転勤とかで、中学に上がると同時に海外へ引っ越してしまった。

引っ越しの日には「そら君。遠く離れてもずーっと友達だよ。そら君は私の英雄ヒーローなんだから!」と泣き出しそうな笑顔でさくらに言われたが、「お、おう。」としか少し物心のついた僕は返す事ができなかった。

さくらが引っ越してからも初めのうちは、SNS等で連絡をとりあったり、さくらの投稿を見て近況を把握してはいたが次第に昔とのギャップを感じるようになっていた。

海外のなれない地で生活していても、さくらの口角をにっと上げて思いっきり笑う太陽のような笑顔は相変わらずだった。

そして無邪気さを残しつつも、その目には理知的な賢さも感じさせるようになり、年を重ねるにつれ美人という形容詞が似合うようにもなっていた。

写真に写る友人達も、映画でしか見る事がない外国人達で僕とは全く別世界の人間になってしまっている気がした。

僕はというと、小学生以来は特に人と争う事もなく、それなりに平和な高校生活を送っている。

テレビなどでいじめのニュースを見たり、「昔は悪かったけど今は更生しました。」みたいな美談を聞くと、天道の顔がよぎったりして嫌な気持ちにはなるが、自分で何かを変えようという気にはならない。

「弱きものを助けろ。困っている人がいたら手を差し伸べろ。たとえ相手が怖くても立ち向かえ。誰よりも強くて優しい男になって世界を変えるんだ。」という父さんの言葉は今でも胸に残っているが、それ以上に現実を知ってしまったのだ。

例えばいじめを止めに入ったところで、いじめている主犯格が成績の良いやつや、教師のお気に入りだと、良くてけんか両成敗。
もしくは、学校側にとって都合が悪いといじめ等無かったと黙認される事となる。
自分や学校の保身しか考えない教師や大人にはほとほと愛想が尽きる。
そして、同じように何も行動できない自分にも・・・。

でも誰かの役に立ちたいとか、どこかで英雄にあこがれる僕は、現実ではなく仮想世界にその想いを向け次第にゲームにはまっていた。

特に剣や魔法をつかって世界を救い、やがて英雄と呼ばれるようなオンラインRPGが大好きだ。

あちらの世界のフレンドとの前線攻略も、僕の修学旅行のせいで少し止まってしまっているな・・・なんて考えていた時。

――「おい!朝日奈。聞いているのか!」

と、思考を現実に引き戻すように教師の声が響く。

「は、はい!」

裏返った声でとっさに返事をする僕をくすくす笑うクラスメイト達。

どうやらガイドさんが、トレッキングコースの説明や、途中にある滝は危ないから飛び込まないように等の注意事項を話している最中だったようだ。

ひと通りガイドさんの説明が終わり、各自好きにトレッキングコースを選んでいいとの事で自由行動となった。

僕は比較的簡単なコースを選び、背の高い木々や南国特有のシダ植物、歩くとじわっと水がにじみでてくるような地面、苔の生えた岩や聞きなれない鳥の鳴き声等、原生林の自然を満喫しながらトレッキングを行った。

こんなに五感を感じながら、歩くなんていつぶりだろうか。

――また、あの雨の日の冒険をふと思いだす。

やけに今日はあの日の事を思い出すな。

そんな事を考えながら歩いて、ガイドから説明があった滝にさしかかった時の事だ。

「おい。てめー。なにおれの女嫌らしい目で見てんだよ。この変態野郎。」

「マジきもいんだけどこいつ。さいあくー。」

「い、いや!僕は見てないよ。たまたま僕の前を歩いていただけで・・・。」

「お?じゃこいつが嘘ついているって言うのかよ。お前にケツをいやらしい目でずっと見られていたって言うんだよ。なぁひかり?」

「うん。視線感じて振り返るたびにずっと私のお尻みてたんだよこいつ。」

「それは歩いていて前を見ていただけで、別にお尻を見ていたわけじゃ・・」

「あー?おれの女に魅力がないってことかよ、てめー!」

隣のクラスの何人かが揉めているようだった。

内容から察するに、自分の彼女のお尻を見られたとかで、不良が気の弱そうな男にいちゃもんをつけているようだ。

会話の理不尽さはどこか天道を思い出させるようで、素通りできない気持ちになり、もう少しなりゆきを見守る。

「そうだ!おまえこの滝に飛び込めよ。そしたら許してやるよ。俺テレビで芸人がこの滝に飛び込むやつ見たから大丈夫だって!」

「それいいねー。飛び込んだら私も先生にはチクんないであげるよ。セクハラで停学とかになったらあんたも嫌でしょ?せっかく勉強だけはがんばってんのにねー。」

「え・・。こんな高いとこから無理だよ・・。それに、本当にお尻なんて見てないのに。」

「まだ言うかてめーはよ。つべこべうっせーんだよ。殴られてから飛び込むのと、自分から飛び込むの選ばせてやるよ。それにテレビでは専門家指導の下安全にはどうたらって書いてあったけど、俺は専門家みてーなもんだから安心しろよ。ただし、殴る専門家な!?ぎゃーはっは!」

なんて理不尽さだ・・!

あの雨の日以来平和に生きてきた僕だったが、何故だろう今日は我慢できなかった。

自然の中を歩き、さくらとの帰り道を思い出したからかもしれない。

目の前のいじめっこが天道を思い起こさせるやつだったからかもしれない。

ただ、これを見過ごしたら僕の中の大切な何かが永遠に失われてしまう気がした。

お守りがわりにネックレスにして、肌身離さず持っているさくらからもらった空色の石。

この石がぼうっと光った気がした。・・気のせいか温かさを感じ勇気をもらう。

一呼吸おいて僕は不良たちといじめられっ子の間に入りながら言う。

「おい!おまえらもうやめろよ。その子は見てないって言っているじゃないか!それに滝から飛び込む必要なんてないだろう。」

「あー?なんだ、おまえ。お!隣のクラスのオタク君か。オタク同士かばいあうのか!」

「きゃはっ!マジうけるんですけど!」

「・・・君。もうあっちにいきなよ。僕がこいつらと話すから先生のとこへ行きな。こういうやつらは話すだけ無駄だから。」

「え。でも・・。」

「いいから。もう大丈夫だよ。」

「う・・うん。わかった。ありがとう!」

「おいおいおい。なにこっち無視して勝手に話進めてくれちゃっている訳?しかも話すだけ無駄とかお前完全になめてんな。」

いきなり割ってはいってきた僕に対して不快感を隠そうともせず好戦的な不良と小馬鹿にしてくる女。

とりあえず無視して、飛び込みさせられる可能性を無くす為にいじめられていた子を遠くに逃がす。

その様子を見た不良はこぶしをバキバキならしながら僕ににじり寄ってくる。

しばらくまともに運動もしていないし、武術もちゃんと習うのを辞めてしまった僕はけんかになったら勝てないだろう。

けど、あの子を逃がす事ができたからそれでもいい。

それで間違っていないよね?父さん、さくら。

殴られる事を覚悟した僕だったが、予想に反して拳は飛んでこずに、えり元を掴まれ上に持ち上げられそうになる。

テレビとかで見る不良がよくやるあれだ。

「おい!てめー。せっかくの楽しみどうしてくれんだ、こら!それにおれの女が嫌な思いしてんのどう責任とってくれんだよ。」

楽しみ?結局こいつらは、人をいじめて楽しみたいだけなんだ。なんでそんな事を平気でしようと思うんだ。

僕がそんな事を一瞬考えている間にもえり元を掴み恫喝してくる。

その拍子にさくらからもらった空色の石のネックレスがちぎれてしまう。

「あっ!それは!」

「なんだ?そんなにこの石が大事なのかオタク君。」

僕の必死な表情を見て、にたぁっと下卑た笑みを浮かべる不良。

「なら、ちゃんと大事に持っておくんだな!」

言いながら不良は滝つぼへと向かって空色の石を投げる。

あの空色の石は、僕が勇気を振り絞って戦った、あの雨の日の冒険の思い出。

父さんから「お前は間違っていない。」という言葉をもらって嬉しかったあの日の思い出。

そして、さくらから英雄と言われた事の証。僕の、ちっぽけだけど大切な誇りの象徴。

――僕は全速力で駆け出し、一切ためらう事なく滝つぼへと跳躍した。

「え、あ!おい!本気で飛び込むなんて!!」

「きゃーーー!!」

何やら騒ぐ不良たち、その声も滝の轟音にかき消されすぐに聞こえなくなる。

そのまま僕は滝が作る激しい水流に巻き込まれ、上下左右の感覚が無くなる。

大量に水を飲んでしまったが水面に顔を上げる事ができず息継ぎができない。

視界の端に空色に光る石が見えた。なんとか手を伸ばそうとするが、やがて意識が遠のき僕の視界は真っ暗に埋め尽くされた。
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