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第一章

3話 緋色の瞳

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―――それから四日後。

私は、スキップでもするかのような様子で二人目の兄メルリお兄様の部屋へと向かっていた。



「子猫ちゃん♪ 子猫ちゃん♪」



お母様との約束である安静をとり、医者からもOKがでたため、

助けた猫を預かってくれていたメルリお兄様の元へ引き取りにきたたのだった。



前世でもそうだが、今世でも猫はどうしても大好きで仕方ない私は、

可愛い子猫との再会を前にとても有頂天なのだった。

これまでも猫を飼いたいと思っていたが、

縁がなくなかなか飼えずにいた矢先、あの事件があり飼えることになったのだ。

これはもう縁でしかないと、大事に飼うと誓い名前も安静にしている間考えに考え抜き決めた。



部屋にはちゃんと子猫のための餌の器やベットなど準備は万全だ。

最初はマリアが全て準備しようとしてくれたのだが、自分がわがままを言ったのだからと自分がやるとお願いした。

張りきった様子のカメリアの様子をみて準備を手伝ってくれていたマリアに

微笑まれながら何度も『本当にお嬢様は猫がお好きなのですね』と言われたものだ。





「……っと、ダメダメ。少し落ち着かないと」



メルリお兄様の部屋の扉の前につくと一呼吸整え、コンコンと控え目にノックする。



「メルリお兄様、私……カメリアです。お部屋に入ってもよろしいですか?」

「ええ。もちろん。入って大丈夫ですよ」



メルリお兄様の返事を聞くと、扉を開けて部屋へと入る。



「ごきげんよう、メルリお兄様。ご心配とご迷惑をおかけしてしまいごめんなさい」

「謝らなくて大丈夫ですよ、リリ。それよりももう大丈夫ですか?」

「ええ、もうこの通り元気です!」



私を愛称で呼ぶメルリお兄様は、元気になったと笑顔をみせる私にふっと笑みを浮かべると優しく抱き寄せる。



「わ……っ、お兄様?」

「……我がワイズラック家の大切な小さなお姫様。本当によかった」



優しく大きな腕に閉じ込められながら聞いた安堵の声に

やはり自分が思っていたよりも周りに心配をさせていたのだと感じ心がとても苦しくなる。



「……ごめんなさい。お兄様」

「わかってくれたら大丈夫です。もうあんな危ないことをしないでくださいね」

「はい、もちろんです」



私が何度もうなずくと、

反省した気持ちが伝わったのかメルリお兄様は、身体を離して窓際へと向かい、すぐに何かをかかえて戻ってくる。



「……そんなお姫様が身を挺して守った子猫は此処にいますよ」



そういって差し出されたのは、確かに四日前に私が身を挺して守ったあの白い子猫だった。

窓際で寝ていたであろう子猫はみぃみぃとなく。

その可愛さに思わず感嘆の声が漏れる。



「ああ、なんて、可愛らしいのかしら……!」

「ふふ、相変わらずリリは猫が好きだね」



私が頬に熱を感じながら大事に大事に子猫を抱えると、メルリお兄様はクスクスと笑う。



「リリ、もうその子の名前は決めたのですか?」

「ええ。フェリクスと名付けようと思ってます」



安静にしていた三日間の間他の名前を考えたが、一番最初に頭をよぎったこの名前に決めた。

折角救えたこの命が、幸せな人生を過ごせるようにと願いを込めて。

自分の名前だとわかってか、子猫はごろごろと喉を鳴らし私に顔をこすりつける。



「あら、気に入ってくれたのかしら」

「そうかもしれませんね」



そう答えると、メルリお兄様と視線が合い思わず笑いあうのだった。







……





「――それでは、メルリお兄様。失礼いたします」

「ええ。リリ、また晩餐で会いましょう」





暫くの間メルリお兄様との時間を過ごした後。

メルリお兄様に訪問者が来るということで、私はフェリクスを抱きかかえて部屋を退室することにした。

部屋をでると廊下で控えていたマリアと部屋へと戻る。

メルリお兄様の来客がくるということだからか、慌ただしく使用人達が準備に追われていた。



(こんなに慌ただしくしているということは……また高貴な誰かなのかしら)



度々ワイズラック家には定期的に人が家を訪ねてくる。

その相手は、今日のようにメルリだったり、父や長兄であるローエンだったりするのだが

たいていは身体の弱く登城中々出来ないメルリを訪ねに来る人が多い。

そしてこの半年ごろから、2週間に1度定期的に訪ねてくる人が居る。

その人が来る日は、いつも以上に準備に追われているので勝手に高貴な誰かが来ているのだと思っている。

……そう、勝手に。





「マリア、今日の来客の方は一体どなたなのかしら」

「……さあ、わかりません」

「そう……さ、フェリクス。ここが今日からお前の部屋よ」





私がその返答に眉を寄せるも、追及せず連れてきたフェリクスにそう声をかけて床へと降ろすと

マリアは安堵した様子でフェリクスのお水をもってくるといって部屋を出ていく。

カメリアは少し警戒した様子で部屋を見て回るフェリクスを微笑ましく見守りながら、ため息をつく。





(……なんでいつも皆隠すのかしら)





そう。

勝手に予想しているのは、誰も誰が来ているのか教えてくれないのだ。





従者であるマリアが知らされていないわけがないのに、

来客がある際、誰が訪ねてきているのか聞いてもその高貴な方の場合は答えてくれない。

直接父や母、兄たちに聞いても皆『お前はまだ知らなくていいのだよ』と言って答えてくれない。

そう言われると余計に気になるというものだが、

何か失礼でもして家族に迷惑をかけてはいけないと部屋から出れずにいた。





「はぁ……」





ため息をつくとフェリクスが頬ずりをしてくれたため

私は機嫌を取り直すと、高貴な誰かのことは忘れてフェリクスと遊ぶことに集中することにするのだった。









……







「カメリア様、そろそろおやつはどうですか?」

「そうね。是非いただきたいわ!」





暫く部屋でフェリクスと遊んだり本を読んでいるとマリアから声を掛けられる。

その提案に頷くとマリアは、にっこりと微笑みおやつをとりに部屋を出ていく。

その一瞬の隙だった。





「フェリクス!」





マリアが扉を開けたタイミングでフェリクスが飛び出してしまう。

マリアの制止を振り切り、私は追いかけるために部屋を飛び出す。

廊下を歩いていた使用人達に驚いた様子でフェリクスは階段を下りて行ってしまう。





「フェリクス、待ってってば!」

(どこかまた飛び出しては大変!!)





途中で母や兄に出会っても怒られないような速度で歩きながら

慌てて階段を降りると、少し扉が開いていた書斎にフェリクスが入っていくのが見える。

その後ろを追いかけて書斎の扉を開けると、

興奮した様子のフェリクスを誰かが捕まえてくれているのが視界に入る。





「ああ、ごめんなさい!! その子は――」





慌ててその人物の元へと駆け寄ると、綺麗な緋色の瞳と目がかち合う。

その瞬間に胸がどくんと高鳴り、息をのむ。





「……こいつはお前の猫か?」





その返答にどうにか私はこくりと頷くと、

緋色の瞳の男性は捕まえてくれていたフェリクスを私に返してくれた。

そこで扉が開いた音が後ろで聞こえ振り返ると、入り口にメルリお兄様が立っていた。





「殿下、お待たせしました……と、どうしてここにリリが?」

「ああ、メルリ卿。この猫がこの部屋に入ってきたんだ」





驚いた様子のメルリお兄様は、こちらへと歩みを寄せると、

緋色の瞳の男性はフェリクスを指さし何も言えずにいる私の代わりに説明をしてくれた。





「なるほど、それはご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。

 リリ、挨拶をちゃんとしましたか?」





怪訝な顔をしたメルリお兄様の言葉にはっと我に返ると、慌てて淑女の礼をその人へと向けて名乗る。



「私……ヴォワトール公爵家長女カメリアでございます。

 ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません」



深々と頭を下げると、緋色の瞳の男性は首を横に振る。



「いや、気にするな。私がいると思わなかったから驚いただろう」



優しくそう答えると、本当に気にしていない様子でその人はメルリお兄様に向き直る。





「それと、メルリ卿が戻ってきたということは馬車の準備が出来たんだな」

「はい。こちらへどうぞ」

「ああ。わかった。……ではな。カメリア嬢。猫を大事にな」

「は……はい」



どうにかカメリアがそう答えると、

緋色の瞳の男性はこくりと頷くとフェリクスを私の掌にのせるとメルリお兄様と共に書斎を出ていく。

扉が完全に締まった後、気が抜けてその場に膝から崩れ落ちる。





(……心臓が止まるかと思った)

(ああ、何かがひっかかると思っていたのはこのことだったんだ)





三日前何か心にひっかかるものがあった「それ」が、

「何だったのか」彼と目が合った瞬間に気づいた。





「……まさかここが、オトセカの世界だったなんて」





前世の記憶が戻ったあの夜。

夢の世界へと落ちる間際に思い出した一枚絵の人物は、先ほどの緋色の瞳の男性――ランベルト殿下だった。





あの一枚絵の人物であるランベルト殿下――

――……この国、ボーべニア国の第一王子ランベルト・サンスラントルキ殿下は、

前世の私が死ぬ直前まで嵌っていた女性向け恋愛ゲーム「音色奏でる世界で~truth Kiss~」のメイン攻略相手。

あの一枚絵は、そんなメイン攻略相手のランベルトがヒロインと初めて出会うシーンででてくる絵で前世の私が一番気に入ってるスチルだった。





(……そんなことを、ランベルト殿下に直接会って気づくなんて)

「それもこれも、転生したのがこの微妙な立ち位置のせいだから?」





そう。私が転生した人物は、オトセカというゲームのメインメンバーである悪役令嬢でもヒロインでもない。

完全なモブでもない。そう、ゲーム中ヒロインの手助けやピンチにたまーに出てくる人物――ヒロインの親友という本当に微妙な立ち位置であるカメリアなのだった。





「嬉しいような……悲しいような……」





天井を見上げながら呟く私の声に反応するかのように

胸の中にいるフェリクスが不思議そうににゃぁんとなくのだった。



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