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第二話

その日 3

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その日 3

 目的地に向かっている時、クラインが当然の疑問を口にする。

「というか、これ使って、先生を呼んだ方が早いんじゃぁ……」

 当然の選択肢である。だが、そうはいかないのが現実の厳しい所。

「という訳にもいかんのだよ。公的には『上』は『下』に関与しない、なもんで…なんだかんだ言ってもあの人ら、公人だろうからなぁ…かと言って、今のオレらの財力じゃ、上に行って使えそうな冒険者を雇って連れて来る、みたいなマネはできんしな。義憤とか、同情とか、そういうのだけでは人は動かせん。残念だけどな」

 疑問が解消したぐらいの時、目的地と思われる坑道の前に到着した。

 直線状になっている下水道の奥まったところ。いたのは男女2人。各々、男の方は重装系ファイター、女の方は魔法使い然とした姿をしており、ほぼ間違いなく見た目通りの役割を担っているのは想像に難くない。

 もう少し詳しく観察すべく、まずは男の方を見る。

(男の方は、ギリシャとかローマの重装歩兵っぽい装備だな。羽付きで頬の所まで防御してる兜。身体全体を覆える四角の大盾(スクトゥム)。ロニカ=セグメンタと呼ばれる当時のフルプレートに相当する鎧。ちゃんと小手まで装備しているあたり、かつてそのせいでローマ軍が大敗した戦訓を生かした後期型か。通常、レギオンを編成して長槍(ピロム)による槍衾を作るんだけど、ああいうのは狭い場所では取り回しが難しいから、場所に合わせてグラディウス(ローマ時代のショートソード)を使ってきてるのはもうそれだけで熟練者の風格だな)

 続いて、女の方に視線を移す。

(この世界の魔法使いは、全員、エロい恰好をしないといけない縛りか何かあるのか? ぱっと見はラテン系のエロい踊り子系のお姉さん? まぁ、戦士がローマ系だし、おんなじローマの方から来てるんだったら、ラテン系なのも分からんでもない。しっかし、相変わらず、乳袋ぱ~ん! 突いたら割れそう……腰は服を緩く止めてる腰紐のせいでキュッって絞られてるのもあるんだろうけど、ほっそ。そっからまたどっかり安産型か。杖とつば広帽子がなかったら、普通に夜職系といっても信じるで、オレ)

「・・・君?」

「ぁぁ、あいつらか…」

「やな…何しかまずはこの距離を詰めんとな」

 戦闘前提なので、最低限のやり取りだけで意思疎通。

「なら、ボクが」

 クライン、キャスト:シールドメイデン

 シールドメイデン、重装ファイターの傍に出現

「あっ、すげぇ。もうそんな魔法使えるのか」

 しかし、君がクラインの成長に感慨を感じる間もなく、

「これで時間稼ぎが

 ザンザンザン

 シールドメイデン、耐久限界! 消滅!

「は?」

 本当に、驚愕した。

 君達は、このシールドメイデンを毎日の訓練の中、4人がかりでようやく倒しているというのに、目の前の戦士は、もののついでとでも言わんばかりに、楽々切って捨てたのだ。

「おい、嘘だろ・・・いっちゃん防御力が高いシールドメイデン、3発かよ」

 これ以上ないぐらい明確な実力差を見せつけられた。この差を見てなお何を思うのか? 軽く他の仲間達の様子をうかがう。

 これと、戦うのか?
 いかに脱出手段が確保されているからといっても。
 いかに人道的立場による義憤が今回の行動の源泉であったとしても。
 彼我の実力差がここまで違う相手と、命のやり取り…ではなく、ほぼ無抵抗で何の意味もなく倒され、何もなしえることなく、そこで人生が終わるとしても。
 そこまでしてやるような戦闘なのか?
 「相手が強いからやめる、相手が勝てそうだからやる」というのは真の正義ではなく、ただのご都合主義でしかない。そんな事は分かっている。
 それでも、自分や仲間の命を天秤にかけてまで、その正義を貫くのか?

「ライトニング!」

 後ろの魔法使いがメンド臭そうに唱えた魔法により、強制的に意識を目の前の2人の方に引き戻される。
 先の魔法は君達を狙ったものではない。そもそも眼中にすらないのだろう。雷撃が君達をかすめ、後ろのドヤ街に着弾する。

 この一撃により、半強制的に意思を固めさせられる。もうここまで来てしまったら、泣こうが喚こうが無傷で済むなんて事はない。何であれやるしかないと。それが自分たちが選択した行動に対する責任なのだから。

 まずはこれ以上、後ろの街を魔法で狙わせる訳にはいかない。

「・・・なんしかやったらぁ!!」

 シグトゥーナ、キャスト:ミストウォール
 霧の壁を出現させる魔法。ディスペル(魔法解除)のような魔法をかけるか、強風で一気に吹き飛ばす、火力で蒸発させる、ような手段を使うか、持続時間が経過するまでこの霧の壁を消去できない。霧の濃度は壁を出す時に術者が指定する。視界3m程度の薄霧から30cmも見えないぐらいの濃密な霧でも可能である。

 これにより視線を切り、後ろの街を魔法の目標から外す。もちろん目くら撃ちでも撃てなくはないが、それではまともな戦果が期待できないのぐらいは向こうだって判断できるだろう。

 それに対応し、魔法使いの方が更に何かをしようとした時、戦士の方が片手を振って制止する。

「ま、長話をする気はねぇが…せっかく、クライアントから確実に監視されなくなったんだ。少しぐらいサボっても問題あるめぇ」

「それもそうね……こんなどうでもいい仕事なのが先に分かってたら、もっとテキトーにやってたのにね…」

 目の前の2人が、戦闘継続自体はするし最低限の警戒は続けるものの、明らかに、1段階、警戒レベルを落とした。どうやら、何が何でも戦う、みたいなタイプではなさそうだ。

「? ん? ぉ?」

「なに、流れ、変わった?」

 絶望的な戦闘になるのを覚悟しつつ、無理やりでも戦意を奮い立たせていた分、この変わりように、やや毒気を抜かれる。

「どうも、思ってたよりは『お話』ができそうな人っぽいな・・・あの~、古北方ドイツ語は大丈夫ですか?」

 いきなり不意打ちされる事はないだろうと、君も片手を上げてクライン達を制し、対話モードに入る。

「ああ、問題ない。2~3か国語ぐらい話せるのが普通だからな」

「それは助かる。こちらはウプサラからの依頼で、下の街に対していろいろと便宜を図ってくれという仕事を請け負っている。感じからして、そちらも仕事であの街を攻撃しろ、という依頼を請け負っているようだが、間違いないか?」

「まぁ、命令にいろいろと尾ひれはひれはついているが、大まかにはその認識であっている」

「一応聞いておくが…我々としてはあの街の住人をこれ以上無意味に殺戮して欲しくないのだが…」

「それはできない相談だな。むしろ実力差から言うなら、今、お前たちがこのまま立ち去るのであれば、見逃してやろう。あの街の住人ではなく、こちらの邪魔をしないのならば、わざわざ殺す必要はないからな」

「(まぁ、それはそうなんだよなぁ…とはいえ、時間稼ぎの事もあるし、できる所までは対話してみるか)なるほど。とはいえ、そこまで熱心にやるつもりはない、と」

「いや、だって『仕事』なんざそんなモンだろ。やりたくてやってるならともかくな」

 時代が変わっても、そういう人の本質的な部分は変わらない。それには思わず同意してしまう。

「オレはチェンタウロ=カッシーノ、元とはいえセンチュリオンだ。向こうのはエマニエル。元ノクティルカーエ(訳注:夜に輝く者の意。ローマで娼婦を指す表現の1つ)で、センチュリオンの時からズルズル付き合ってたらこうなった、という感じだ」

「うげっ!? センチュリオンかよ! 強いはずだ」

「センチュリオンって、そんなにすごいの?」

「ああ~、君らはこの辺の事しか知らんやろうからなぁ……」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

訳注:センチュリオンとは

 センチュリオンとは、日本語では一般的に「百人隊長」と訳される役職である。

 古代ローマで一般的な陣形である1列100人×60列のシールドウォールによるボックス陣形(この6千人で1レギオンという編成単位になる)。この陣形で敵に激突する際の最前列を形成する最精鋭の60人に与えられる役職なのだ。

 権力としては更に上位の役職が存在するが、純然たる戦闘力だけを問われた場合、最前線で敵の攻撃を一手に引き受けつつ、前進を続ける役目を担うセンチュリオンには敵わない。

 なお、古代ローマ帝国は時代にもよるのだが、紀元0年付近では、このレギオンを約30程(総兵力14~15万ぐらい。計算が合わない? それは、いつの時代でも軍が定数を満たすのは難しいからだ)所有していた。

 第二次世界大戦後戦後すぐに作られた世界最初のMBTであるイギリスの傑作戦車センチュリオンにその名を遺す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「という事だ」

「つまりは『選ばれし者』ってか?」

「いや、ただ選ばれし者ってだけじゃなくて、更に勝ち残り続けたって事だからな。フツーにヤバい・・・というか、そこまでの人が、なんで今、こんな所に?」

「まぁ~、その辺はこっちもいろいろあるんだよ・・・儲け話があるからって、せっかく、北溟の地(当時、ローマから見たらスカンジナヴィア半島は北溟、北の冥界と思われていた)まで来たってのに、ボーナスタイムはとっくの昔に終わってやがった。で、こんなクソみてぇなクライアントの下でアホ臭ぇ仕事させられるなんざ、運がねぇ」

「まぁ何となくは分かってきた。だったら、もうそんな仕事、放棄してもいいんじゃね?」

「残念だが傭兵ってのは、つまりはそういう仕事だ。雇い主の意向によっちゃ、こんなクソみたいな仕事でもやるしかねぇ。それにオレらだってリスクがない訳じゃねぇんだ。極論っちゃ極論だが、本当にここにカルト教団みたいな奴らが巣食っていて、ちょ~TUEE~悪魔とか呼び出してたら、やられるのはオレらなんで。実際、ローマの地下道はそういう奴らが定期的に暗躍するし」

「ホントかよ、ローマ」

「まぁ、パックスロマーナ(ローマによる平和)は伊達じゃねぇんで、そんな奴らは事が起こる前には掃除されるけどな・・・さて、そろそろお話はおしまいだ。さすがにそろそろ仕事に戻らんとな」

「最後に一応、もう一度だけ。戦わずに後ろの街を見過ごす、はできませんかね?」

 君のその提案に対して、チェンタウロは言葉ではもう返さない。グラディウスとシールドを構え直して、再び戦闘態勢となる事でその意思を示す。エマニエルの方も、それに呼応するように軽く杖を構え直す。

 つまりは君達の意思を押し通すつもりがあるなら、実力でこいということだろう。

(まぁ確かに正論すぎるぐらい正論だわな・・・オレらの目的はドヤの人らが逃げられるだけの時間を少しでも稼ぐ事なんで、後は、やれるだけやるしかない)

 仲間達の意思は……確認するまでもなく、3者3様、戦闘態勢に入ったようだ。

「・・・若いな・・・」 

 2,3呼吸の後、本格的な戦闘状態に突入した。
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