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09 暗い夜*
しおりを挟むレイがベッドでボディクリームを使いマッサージをしているとノアが浴室から出てきた。
髪はきっちりと乾かされており普段とそこまで変化はないことから髪のセットは最小限なのだろう。相変わらず美しい容姿の男がバスローブを身に纏っていた。
その容姿で気が強く権力もあるとなれば女性は放っておかないでしょうね。
長くはない人生だったがあちらで生きていても彼以上の美形に出会うことはなかっただろう。
「何をしているんだ?」
「ボディクリームを塗っています。」
見れば分かるだろうと、揶揄われているのかと思ったが、彼は真剣だった。
「なぜ塗るんだ?」
「肌の乾燥を防ぐためです。」
「…そういえば母がそういったものを塗っていたような気がするな。それはラルが準備したものか?」
「はい。」
ノアはふっと笑い、敵わないなと溢した。
レイは彼がボディクリームをよく知らないのも納得した。彼が本気であろうと遊びであろうと王の女性ともなれば、少しでも彼に気に入られようとそういった仕込みは目の触れないところでするもので、普通は塗ってから寝室に来るのだろう。
レイも彼に気に入られたいとは思っている。彼の性格は知らないが、物珍しさとこの見た目から興味を持ってもらえたのだろう。だがそれはいつまで続くか分からない。この生活は必ず終わりが来るものだ。一時の休息としては十分すぎる夢。その夢の間にこの世界で自立するための準備をしなければならず、その準備期間は出来る限り長い方がいいからだ。
だがあちらの世界で常にストレスフルの生活から緊張の糸が切れたレイは少しばかり気が抜けていた。
レイは彼の容姿も中身も地位も興味はなく、彼の心を得る必要もない。気に入ってもらい長くここに置いてもらうのが最善策だが、正直今放り出されても生きていける自信はあった。
つまり彼にそれほど関心がないことがこういった態度に出てしまった。誰しも自分に全く興味がない相手にあまりいい気分はしないだろう。
もう少し早くクリームを塗っておくべきだったと思ったが、彼は好奇心がある人物だと分かっていたためこの機会に普段と違う経験をさせて気を引こうと提案をした。
「ノア様も塗りますか?私が塗りますよ。」
ついでにマッサージもして愛人ではなくマッサージ師として置いてもらうのは大いに有りだ。心身を削る必要がない。
ノアは少し考えると「いや。今日は遠慮しておく。」と断りレイの隣に座った。
レイの心にふっと影が落ちる。
まあそんなことより自分に求められているものは初めからこれだろうとレイは猫のようにノアに擦り寄った。
「……いいのか?」
いいもなにも、この体はこの人のものだ。
「はい。」
唇が重なるとノアはレイの体を支えながらゆっくりベッドに押し倒した。
本当にこの人は女性に紳士的なんだ。
差し出された舌に抵抗もなく絡ませる。
「んっ…。」
ごく自然に出た風を装って、甘い息を押さえ気味に吐いた。
本当に、反吐が出そうだ。
男を悦ばすこの顔も体も声も、大嫌いだ。
レイは愛のある行為を知らない。
ただただ体と心を蝕まれる行為。
唯一レイが求めた相手がいたが、あれはただの傷の舐め合いだった。
真っ暗な世界に沈んでいく。
これから私は言い伝えのように犯され食われ、心を殺される。
何度も殺されたはずなのに、この体は生きている。
いっそ感情の全てを奪ってくれればいいのに、喜怒哀楽は無くならない。
ただ、満たされない。
それほど多くは望んでいないつもりだ。
誰かと恋に落ちて結婚して子供を授かってずっと一緒に暮らしたい。
そんな幼い頃に描いた平凡な夢を思い出し、昔の自分に謝罪した。
私はいつまで経っても空っぽだ。
「…やはりやめておくか…?」
「……え?」
自分でも少し抜けた声が出たことに気づいたが、彼の表情は真剣だ。
「無理をしているのではないか?」
これは自分だけを大切にしてくれていると女性側は思うだろうとレイは感心した。
だが食うなら一思いに食ってくれ。
愛などくれないくせに、愛するような素振りを見せられるのは不快だ。
「…久しぶりで緊張しているんです。」
白い腕を彼の首に回し、初な少女のように顔を赤らめた。
「…ならば俺と同じだな。」
彼の優しい唇が降ってくる。
「レイ。」
彼の舌も指先も腕も声も、何もかもが優しい。
初めはそれが酷く居心地が悪くて虚しく、この時はそれが何だったのかも分からなかった。
月明かりで照らされた室内で甘い声が夜の影に溶けていった。
「んんっ!!」
「ここがいいのか?」
レイは天才は変態だとはよくいったものだとふわついた頭で考えていた。
ノアはレイの全身をくまなく触っては彼女の反応を確認して記憶する。
天才の探究心は恐ろしいと身をもって感じさせられた。
だがノアはレイが彼に触れようとするとスッと体を退けて彼女の体に口付けた。
これは数多の女性を虜にしてしまうだろうと、これが無自覚だとすれば恐ろしいものだとレイは彼の腕に触れた。
「………ください……。」
「どうした?」
「…もう、ください……。」
体が欲しているのがよく分かる。
彼を受け入れるために体は十分すぎるほど準備ができている。
「痛みなどあれば教えてくれ。」
この状態で痛みなど感じるはずがない。
「っ…………大丈夫か?」
ノアが初めて顔を歪め、目が合ったのが気まずかったのか彼はレイを抱きしめた。
男性が女性のよがる表情を好む理由が今なら分かると頷ける。
そんな馬鹿げたことを考えながら快感に身を任せて高すぎる天井をぼんやりと眺めていた。
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