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08 御伽話*
しおりを挟むその夜、部屋の移動と入浴を済ませたレイはノアの部屋の机で絵本を読んでいた。5日で基本的な文字や文法は覚えたが、まだ辞書を片手に捲りながらの為ラルは絵本を勧めたのだった。
今夜の絵本は物語自体は王道で、貧しい暮らしをしていたヒロインが王子と出会い色々あって結ばれるものだった。そして絵本の最後はこうだ。
『王子様とお姫様は、仲良く暮らしました。』
よくある文面だ。
「王子様がお姫様と恋に落ちる前に邪魔者は出ていかなきゃなー。」
背伸びをすると背後に気配を感じ咄嗟に本を掴んで立ち上がろうとしたが、手首を掴まれ本は落ち、唇の感触と共に目の前に彼の伏せられた長い金色のまつ毛があった。
「お前がお姫様になればいい。」
レイは笑顔で口を手の甲で拭き、落ちた本を拾って机に置いた。ついでに勉強道具の片付けもした。
「私は強引な男性は得意ではないので。」
「嫌いでないのなら望みはあるな。」
夜の奇襲も今まで無傷だったレイはやはり彼が別格だと認めざるを得なかった。実力で圧倒的に敵わないと思ったのは初めてだ。
彼にとって私の抵抗など、無意味な物だろう。
「…おかえりなさいませ、ノア様。」
「堅苦しいから辞めろ。ラルと同じように話せ。」
「流石に王様に敬語なしは周りの目もありますしましてや生贄の分際で。」
「私がいいと言っているのに何故拒む。周りにお前は特別だと示せばいい。それでも襲うなら殺すまでだ。」
うわ、暴君。その言葉は心の中だけに収めた。
「女性に夢中な王はあまりいい印象はありません。」
女性によって崩壊した権力者は意外と多い。
「それは娼婦や不倫などの後ろめたい場合だ。それが妻ならば、ただの愛妻家だ。」
「結婚相手はしっかり選んだ方がいいですよ。不倫しないでいいように。候補は沢山おられるでしょう。」
彼が動くと感じたが、もう抵抗はしなかった。
片付けられた机の上に抱き上げられ、そのまま倒される。持ち上げられた右足の内腿に彼の唇が触れ、久しぶりの感覚に思わず体がぴくりと反応した。
下を見ると美しい顔をした暴君が優しく内腿に口づけを繰り返す。
彼の強引さとは裏腹に触れる全てが壊れ物を扱うかのようで、自分が大切にされているような錯覚を覚える。もちろん数時間前に初めて会った相手にそのような感情を抱かれるわけがないことを理解できないほど愚かではない。
「…優しくしないでください。」
彼は彼女を抱きしめた。
「お前の人生を見た。」
どうやって、と当然の疑問は湧いたが彼は人間が神と呼ぶ存在だ。何かしらの超能力があるのが小説の王道だろう。
「…同情ですか。慰めなら必要ありません。」
「何故逃げなかった。」
「私はここに逃げてきましたよ。」
「だがそれは、望んだ結末ではなかっただろう。」
「これでよかったんです。私にはあの世界は生きずらかったんです。」
戦の才能を開花させた彼女に汚い大人たちはあれこれ理由をつけて仲間や家族を天秤にかけて操った。
彼女の優しい心を最大限に利用したのだ。
そんな心や責任感など捨ててしまえばいつでも逃げ出せたかもしれない。それでもできなかったのは、彼女が他人を守る力を持った優しい人間だったからだ。隣で笑う仲間を失うくらいなら、自分が手を汚せばいいだけだった。
しかし徐々に周囲も国家が彼女を利用していることに気がついた。そして乱暴で利己的な政治への不満もあり、最終的には彼女に救われた人々によって巨大な軍部の過半数が国家に反旗を翻した。
「私の国は、まだ混乱の中でしょうね。」
「そうだな。」
「私は国家を崩壊させたことに後悔はありません。当然その過程で多くの血が流れました。でも私は、かつての平和を知っている人々が生きている間に平和を取り戻したかった。倫理観を失った、あの国家なら尚更。永遠に続く平和は存在しないのは知っています。でも私は、数十年の平和が欲しかったんです。」
「お前以外の人間のために、か。」
「いくら禁断の薬に関わった者、資料を消し去ったとしても、人間の域を超えた私の体は滅びなければいけません。」
「しかし皮肉なことに神様とやらは、お前を死なせてはくれないようだな。レイ。」
「捨て猫でも名前を呼ぶと愛着が湧きますよ。」
「構わない。しかし、平和のための戦争か。」
「分かってます。平和のための戦争など存在しないと。争いは新たな争いを生む。一時の平和のために多くの命が犠牲になる。でも血を流さなければ、痛みを感じなければわからないんです。私たちはどうしようもなく、愚かだから。」
「…ここも同じだ。現に私もレイと同じ方法でこの平和を実現した。」
「心とはなんと不要なものでしょうね。」
ノアは彼女を抱き抱え、ベッドに移動させた。そして目も合わさないまま背中を向ける。
「私は体を流してくる。」
「お願いします。私少し潔癖症なところがあるので。」
悪戯に笑う彼女の目は、潤んでいた。
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