日向の花 _生贄となった英雄_

pote

文字の大きさ
上 下
8 / 10

08 御伽話*

しおりを挟む



その夜、部屋の移動と入浴を済ませたレイはノアの部屋の机で絵本を読んでいた。5日で基本的な文字や文法は覚えたが、まだ辞書を片手に捲りながらの為ラルは絵本を勧めたのだった。

今夜の絵本は物語自体は王道で、貧しい暮らしをしていたヒロインが王子と出会い色々あって結ばれるものだった。そして絵本の最後はこうだ。

『王子様とお姫様は、仲良く暮らしました。』

よくある文面だ。

「王子様がお姫様と恋に落ちる前に邪魔者は出ていかなきゃなー。」

背伸びをすると背後に気配を感じ咄嗟に本を掴んで立ち上がろうとしたが、手首を掴まれ本は落ち、唇の感触と共に目の前に彼の伏せられた長い金色のまつ毛があった。

「お前がお姫様になればいい。」

レイは笑顔で口を手の甲で拭き、落ちた本を拾って机に置いた。ついでに勉強道具の片付けもした。

「私は強引な男性は得意ではないので。」

「嫌いでないのなら望みはあるな。」

夜の奇襲も今まで無傷だったレイはやはり彼が別格だと認めざるを得なかった。実力で圧倒的に敵わないと思ったのは初めてだ。

彼にとって私の抵抗など、無意味な物だろう。

「…おかえりなさいませ、ノア様。」

「堅苦しいから辞めろ。ラルと同じように話せ。」

「流石に王様に敬語なしは周りの目もありますしましてや生贄の分際で。」

「私がいいと言っているのに何故拒む。周りにお前は特別だと示せばいい。それでも襲うなら殺すまでだ。」

うわ、暴君。その言葉は心の中だけに収めた。

「女性に夢中な王はあまりいい印象はありません。」

女性によって崩壊した権力者は意外と多い。

「それは娼婦や不倫などの後ろめたい場合だ。それが妻ならば、ただの愛妻家だ。」

「結婚相手はしっかり選んだ方がいいですよ。不倫しないでいいように。候補は沢山おられるでしょう。」

彼が動くと感じたが、もう抵抗はしなかった。

片付けられた机の上に抱き上げられ、そのまま倒される。持ち上げられた右足の内腿に彼の唇が触れ、久しぶりの感覚に思わず体がぴくりと反応した。

下を見ると美しい顔をした暴君が優しく内腿に口づけを繰り返す。

彼の強引さとは裏腹に触れる全てが壊れ物を扱うかのようで、自分が大切にされているような錯覚を覚える。もちろん数時間前に初めて会った相手にそのような感情を抱かれるわけがないことを理解できないほど愚かではない。

「…優しくしないでください。」

彼は彼女を抱きしめた。

「お前の人生を見た。」

どうやって、と当然の疑問は湧いたが彼は人間が神と呼ぶ存在だ。何かしらの超能力があるのが小説の王道だろう。

「…同情ですか。慰めなら必要ありません。」

「何故逃げなかった。」

「私はここに逃げてきましたよ。」

「だがそれは、望んだ結末ではなかっただろう。」

「これでよかったんです。私にはあの世界は生きずらかったんです。」

戦の才能を開花させた彼女に汚い大人たちはあれこれ理由をつけて仲間や家族を天秤にかけて操った。

彼女の優しい心を最大限に利用したのだ。

そんな心や責任感など捨ててしまえばいつでも逃げ出せたかもしれない。それでもできなかったのは、彼女が他人を守る力を持った優しい人間だったからだ。隣で笑う仲間を失うくらいなら、自分が手を汚せばいいだけだった。

しかし徐々に周囲も国家が彼女を利用していることに気がついた。そして乱暴で利己的な政治への不満もあり、最終的には彼女に救われた人々によって巨大な軍部の過半数が国家に反旗を翻した。

「私の国は、まだ混乱の中でしょうね。」

「そうだな。」

「私は国家を崩壊させたことに後悔はありません。当然その過程で多くの血が流れました。でも私は、かつての平和を知っている人々が生きている間に平和を取り戻したかった。倫理観を失った、あの国家なら尚更。永遠に続く平和は存在しないのは知っています。でも私は、数十年の平和が欲しかったんです。」

「お前以外の人間のために、か。」

「いくら禁断の薬に関わった者、資料を消し去ったとしても、人間の域を超えた私の体は滅びなければいけません。」

「しかし皮肉なことに神様とやらは、お前を死なせてはくれないようだな。レイ。」

「捨て猫でも名前を呼ぶと愛着が湧きますよ。」

「構わない。しかし、平和のための戦争か。」

「分かってます。平和のための戦争など存在しないと。争いは新たな争いを生む。一時の平和のために多くの命が犠牲になる。でも血を流さなければ、痛みを感じなければわからないんです。私たちはどうしようもなく、愚かだから。」

「…ここも同じだ。現に私もレイと同じ方法でこの平和を実現した。」

「心とはなんと不要なものでしょうね。」

ノアは彼女を抱き抱え、ベッドに移動させた。そして目も合わさないまま背中を向ける。

「私は体を流してくる。」

「お願いします。私少し潔癖症なところがあるので。」

悪戯に笑う彼女の目は、潤んでいた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極悪皇女が幸せになる方法

春野オカリナ
恋愛
 ブルーネオ帝国には、『極悪皇女』と呼ばれる我儘で暴虐無人な皇女がいる。  名をグレーテル・ブルーネオ。  生まれた時は、両親とたった一人の兄に大切に愛されていたが、皇后アリージェンナが突然原因不明の病で亡くなり、混乱の中で見せた闇魔法が原因でグレーテルは呪われた存在に変わった。  それでも幼いグレーテルは父や兄の愛情を求めてやまない。しかし、残酷にも母が亡くなって3年後に乳母も急逝してしまい皇宮での味方はいなくなってしまう。  そんな中、兄の将来の側近として挙がっていたエドモンド・グラッセ小公子だけは、グレーテルに優しかった。次第にグレーテルは、エドモンドに異常な執着をする様になり、彼に近付く令嬢に嫌がらせや暴行を加える様になる。  彼女の度を超えた言動に怒りを覚えたエドモンドは、守る気のない約束をして雨の中、グレーテルを庭園に待ちぼうけさせたのだった。  発見された時には高熱を出し、生死を彷徨ったが意識を取り戻した数日後にある変化が生まれた。  皇女グレーテルは、皇女宮の一部の使用人以外の人間の記憶が無くなっていた。勿論、その中には皇帝である父や皇太子である兄…そしてエドモンドに関しても…。  彼女は雨の日に何もかも諦めて、記憶と共に全てを捨て去ったのだった。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活

ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。 「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」 そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢! そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。 「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」 しかも相手は名門貴族の旦那様。 「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。 ◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用! ◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化! ◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!? 「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」 そんな中、旦那様から突然の告白―― 「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」 えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!? 「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、 「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。 お互いの本当の気持ちに気づいたとき、 気づけば 最強夫婦 になっていました――! のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

処理中です...