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05 旧貴族

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レイが来てあっという間に5日が経った。
ラルは会議当日ということでレイに夜まで来れそうにないと言ったが、レイは快くいってらっしゃいと声をかけてくれた。

会議中ラルはノアの後ろに立ち続ける。それでも準備で走り回り指示を出すラルにとって会議中こそ少しゆっくりできる時間だ。

連日の寝不足で珍しくノアは日頃より気が立っている様子だった。そこに彼を貶める機会だと言わんばかりに反発勢力の旧貴族の重臣たちが難癖を付けてくるのだから、王になってからの方が心労が多いことだろう。

そもそもノアは感情的になりやすい性格だ。幼少期の彼は広報誌の取材を受けるほど可愛らしく天使のような見た目であったが、自身の正義に反することがあればよく相手に殴りかかっていたものだ。彼の相手はもっぱら貴族で、貴族が平民から物資などを略奪する場面を目にした日にはラルが制止する前に飛びついていた。

それでもノアが許されていたのは彼が上級貴族の息子だったからだ。
よく彼は『血を受け継いだだけの無能がその地位を自らの手で得たような顔をするなと。』と言っていたが、10歳にもなると『俺も親の地位があってこそだな。』と言い始め、13歳になる年からは両親を失ったラルを養子に迎え、親元を離れて陸軍幼年学校に入学した。
幼児期からの上級貴族としての教育により、周囲から一歩とは言わず抜きん出た存在であったが、この頃からそれまでより一層実力というものを追い求めるようになった。

恐らく大きなきっかけとなったのはラルの父親が貴族に殺害されたことだろう。

その貴族は長年にわたり富を得てきた名家だった。その名家の次男坊は道端で転んだ老婆を介抱するラルの父親が馬車が通るのに邪魔だったというだけの理由でその場で老婆ともに首を切った。
殴り込みに行こうとするノアを両親と使用人は必死で止めた。いつの時代もどのコミュニティでも派閥は存在するが、この度の相手は同等かそれ以上に力を持った家であり、中立派でできる限り穏便に過ごしてきたノアの家は彼らに手を出すことすなわち王を敵に回すことを避けたがった。

ノアの両親はラルを養子に迎え入れることでノアの怒りをなんとか収めたつもりでいたが、ノアの中でその炎は常に燃え続けていた。

ラルは昔を思い出し、よくあの天使の皮を被った危険生物がここまで落ち着かれたものだと感心した。

しかしその過程で大切な時期や感情を切り落としてきてしまったことも事実だ。有能な彼に寄りつこうと大人も子供も本音を隠したつもりで媚を売った。その端麗な容姿と階級だけで幼少期から言い寄る女性は多く、5歳のノアに16歳の女性が執拗に言い寄ったこともあるそうで、それがトラウマとなり部下にもほとんど女性がいない。

「そういえばテイラー家がそちらについたようで。」

御年80になるネルソン家の当主が生物の悪行を全ての皺に入れ混んだ表情でノアを挑発する。ネルソン家も人身売買や強制労働などで巨額の富を築いていた貴族だった。

「利害が一致したものでな。どうだ。貴方もこちら側に来るか?」

ノアはその整いすぎた顔に生意気な笑みを浮かべた。

不穏な空気が流れ始めると王側の勢力の小心者の連中がラルに視線を送り始める。だが今更この程度の焚き付けなどノアに効果はない。それを是非ネルソン家当主にもご理解いただきたいところだった。

「では私にはどのような色目を使われるのか楽しみですな。」

「男に迫られる趣味がおありだとは、驚きだな。」

「もちろんそんな趣味はありませぬぞ。しかし興味があるのです。貴方様がどのようにその艶麗な容姿を利用して勢力を集めておられるのか。」

「そのご年齢でよく喋りお元気であることはいいことだが、やはり脳の機能は低下しているようだな。その妄言が多くの者を敵に回している自覚はあるのか?」

「ああ、これは失礼いたしました。」

口ではそう言っているが引き下がる気すらない強気な姿勢にノアもラルも違和感を覚えた。

「ところで生贄が来たようですが、ノア様はとても熱を入れているようで、毎晩就寝前に生贄の部屋に行かれているようではないですか。全く人間の女に」

ラルは地面を蹴り上げ会議室を飛び出た。

「ラル!!」

主人の声も届かぬほどに足先から頭まで血が上るのに時間はかからなかった。
皆まで言わずともネルソンの考えていることは嫌でもわかる。人間を攫うことなど彼には金魚を捕まえるより容易いだろう。

「……ラル、様…?」

一瞬にして静まり返った室内で一人が信じられないと言った表情で声を漏らした。

ラルは温厚で気さくであり、ジャジャ馬と言われていたノアの綱を握る理性と言われていた。

その彼がものすごい形相で出ていき、ノアは老ぼれを睨んだ。

「私はこのくだらん会議の準備で一度も生贄に会っていない。生贄の部屋に行っていたのはラルだけだ。あいつは弱者に優しい男だから色々と気にかけていたのだろう。生贄を攫って私を脅すつもりだったか?残念だったな。お陰で貴様を処理しても、私は『女に狂って重臣を殺した王』とは言われない。」

「お、お待ちください!!」

ノアが右手を挙げると控えていた近衛兵が一斉に動き始める。

「そいつを捕らえて牢に入れろ。殺してくれと悲願しても決して殺さない程度に拷問し、関係者を全て炙り出すんだ。無論会議は中断、日程は後日再調整し連絡する。」

兵士に抵抗する老ぼれを横目にノアも急いでラルの後を追った。




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