2 / 10
02 生贄の人形
しおりを挟むラルは生贄が召喚される部屋の前に憂鬱な面持ちで立ち、過去の記録を思い出す。
前回、半世紀前の生贄はパニック状態に陥り、割った花瓶の破片で首を切って死んでいた。
前々回も首を吊って自殺。その前は飛び降りだ。
異世界へ来たとはいえ、それが早急に自死を選択決定させるほどの理由とは思えなかったが、他に理由も思い当たらなかった。
ごくりと息を呑んだラルが重厚感のある扉をノックする。
「……………。」
2、3秒にも満たないその間に嫌な汗がじんわりと滲み、心臓が何度も脈打った気がした。
今回も駄目だろうという諦めと、もしかしたらという薄い希望。そんな希望のせいで聞こえたのかと思うような「はい。」と言う小さな声。
「!」
ドクン、と一度大きく鳴った。ストレスから解放されたときの高揚感。ラルはできる限り平然を装って「失礼します。」とドアノブにかけた手に力を入れた。
「ラルと申します。今日から貴女のお手伝いをさせていただきます。」
自分の見た目と声、口調は相手に恐怖を与えることはないと自覚はあったが、いつも以上に穏やかな声色で声をかけて顔を上げるとベッドの上に彼女はいた。
「皇(すめらぎ)レイです。よろしくお願いします、ラルさん。」
細めた目元からはノアの髪色と同じ黄金の瞳が見え、薄い唇は弧を描いていた。肩までのシルバーグレーの髪と白くきめの細かい肌は光を反射し、神々しくも儚く彼女の美しさを引き立たせた。
「…ラルさん?」
「っ、申し訳ありません。こんなにも落ち着いておられる方は初めてで、驚いてしまいました。」
咄嗟の嘘も見透かされたようで彼女は右手を口元に持っていき、クスリと笑う。
「私も驚いています。本当に違う世界に来るなんて。しかもこんなに優しそうな方に会うなんて。」
か弱く品を感じさせる彼女が首を傾げる姿だけで可愛らしいと思った。
「どのような者を想像されていましたか?」
彼女は人形のように綺麗な笑みのまま口を開いた。
「言い伝えでは醜く怒り狂った恐ろしい神様が生贄を犯し、生きたまま食い尽くすと言われています。」
散々な言われようの主人に同情する。
「確かに、先代の王はそうだったかもしれませんね。卑劣で醜い男でした。しかし現王は違います。残酷さも備えておりますが、慈悲深いお方です。」
彼女は一瞬瞼を大きく上げるとふっと力を抜いて愛おしさを含んだ笑みを見せた。
「王様は幸せですね。こんなにも忠誠を誓ってくださる部下がいて。それだけで孤独から救われますね。」
女神のような笑みに相手が本当に人間なのか疑った。
こちらの世界にも人間の信仰する神々のようなものが存在し、生贄信仰などはないものの空想する姿は人間界とそう違いはなかった。
「…そうですね、王は孤独です。」
幼い頃からノアを知っているラルは、汚れる前の純粋無垢の彼の笑顔を思い出した。高貴な服を着た彼はこっそり平民であるラルの崩れかかった家に来て、いたずらな笑みを浮かべるとラルの手をひっぱり近くの森へ行くのだった。
「どんなに慕われる王でも反発勢力は無くなりませんし、権力の恩恵を受けようとする者が寄ってくることは仕方のないことです。」
「まだお若いでしょうに、不思議な方ですね。」
ラルは生きた人間には初めて会ったが人間の寿命は天人と大きくは変わらないため、見た目ではおおよそ20代前半だろうと踏んでいたのが、それにしては言動が落ち着きすぎているとミスマッチさを感じた。
「見た目よりも長く生きていますから。」
「童顔と言うことですか?」
彼女はまた、綺麗に笑う。
「あの、着替えの服をいただけますか?私汚い姿で来てしまって、食べられなかったら困ると思って勝手にシャワーをお借りしたのですが…食べられないなら恥ずかしいので服を着たいです。」
ラルは絵画のような美しさに彼女が最初から胸元までシーツを上げて押さえていることに気がつかずハッとする。
「申し訳ありませんでした。この屋敷には女性がいないもので、僅かにあるものがレイ様に合うかわかりませんがすぐに持ってきます。」
「私の前の生贄の方は?」
自分でも言葉を放った後に失言だったと思ったが、それ以上に自分がこのか弱い女性相手に動揺していることが信じられなかった。
「亡くなりました。」
放っておいても彼女がすぐに疑問を持つことであり、彼女ならば伝えたところで今更パニックを起こすこともないだろうと事実を伝えると、「そうなんですね。」と言ってそれ以上聞いてこなかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
働かなくていいなんて最高!貴族夫人の自由気ままな生活
ゆる
恋愛
前世では、仕事に追われる日々を送り、恋愛とは無縁のまま亡くなった私。
「今度こそ、のんびり優雅に暮らしたい!」
そう願って転生した先は、なんと貴族令嬢!
そして迎えた結婚式――そこで前世の記憶が蘇る。
「ちょっと待って、前世で恋人もできなかった私が結婚!?!??」
しかも相手は名門貴族の旦那様。
「君は何もしなくていい。すべて自由に過ごせばいい」と言われ、夢の“働かなくていい貴族夫人ライフ”を満喫するつもりだったのに――。
◆メイドの待遇改善を提案したら、旦那様が即採用!
◆夫の仕事を手伝ったら、持ち前の簿記と珠算スキルで屋敷の経理が超効率化!
◆商人たちに簿記を教えていたら、商業界で話題になりギルドの顧問に!?
「あれ? なんで私、働いてるの!?!??」
そんな中、旦那様から突然の告白――
「実は、君を妻にしたのは政略結婚のためではない。ずっと、君を想い続けていた」
えっ、旦那様、まさかの溺愛系でした!?
「自由を与えることでそばにいてもらう」つもりだった旦那様と、
「働かない貴族夫人」になりたかったはずの私。
お互いの本当の気持ちに気づいたとき、
気づけば 最強夫婦 になっていました――!
のんびり暮らすつもりが、商業界のキーパーソンになってしまった貴族夫人の、成長と溺愛の物語!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる