日向の花 _生贄となった英雄_

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02 生贄の人形

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ラルは生贄が召喚される部屋の前に憂鬱な面持ちで立ち、過去の記録を思い出す。
前回、半世紀前の生贄はパニック状態に陥り、割った花瓶の破片で首を切って死んでいた。
前々回も首を吊って自殺。その前は飛び降りだ。
異世界へ来たとはいえ、それが早急に自死を選択決定させるほどの理由とは思えなかったが、他に理由も思い当たらなかった。
ごくりと息を呑んだラルが重厚感のある扉をノックする。

「……………。」

2、3秒にも満たないその間に嫌な汗がじんわりと滲み、心臓が何度も脈打った気がした。
今回も駄目だろうという諦めと、もしかしたらという薄い希望。そんな希望のせいで聞こえたのかと思うような「はい。」と言う小さな声。

「!」

ドクン、と一度大きく鳴った。ストレスから解放されたときの高揚感。ラルはできる限り平然を装って「失礼します。」とドアノブにかけた手に力を入れた。

「ラルと申します。今日から貴女のお手伝いをさせていただきます。」

自分の見た目と声、口調は相手に恐怖を与えることはないと自覚はあったが、いつも以上に穏やかな声色で声をかけて顔を上げるとベッドの上に彼女はいた。 

「皇(すめらぎ)レイです。よろしくお願いします、ラルさん。」

細めた目元からはノアの髪色と同じ黄金の瞳が見え、薄い唇は弧を描いていた。肩までのシルバーグレーの髪と白くきめの細かい肌は光を反射し、神々しくも儚く彼女の美しさを引き立たせた。

「…ラルさん?」

「っ、申し訳ありません。こんなにも落ち着いておられる方は初めてで、驚いてしまいました。」

咄嗟の嘘も見透かされたようで彼女は右手を口元に持っていき、クスリと笑う。

「私も驚いています。本当に違う世界に来るなんて。しかもこんなに優しそうな方に会うなんて。」

か弱く品を感じさせる彼女が首を傾げる姿だけで可愛らしいと思った。

「どのような者を想像されていましたか?」

彼女は人形のように綺麗な笑みのまま口を開いた。

「言い伝えでは醜く怒り狂った恐ろしい神様が生贄を犯し、生きたまま食い尽くすと言われています。」

散々な言われようの主人に同情する。

「確かに、先代の王はそうだったかもしれませんね。卑劣で醜い男でした。しかし現王は違います。残酷さも備えておりますが、慈悲深いお方です。」

彼女は一瞬瞼を大きく上げるとふっと力を抜いて愛おしさを含んだ笑みを見せた。

「王様は幸せですね。こんなにも忠誠を誓ってくださる部下がいて。それだけで孤独から救われますね。」

女神のような笑みに相手が本当に人間なのか疑った。
こちらの世界にも人間の信仰する神々のようなものが存在し、生贄信仰などはないものの空想する姿は人間界とそう違いはなかった。

「…そうですね、王は孤独です。」

幼い頃からノアを知っているラルは、汚れる前の純粋無垢の彼の笑顔を思い出した。高貴な服を着た彼はこっそり平民であるラルの崩れかかった家に来て、いたずらな笑みを浮かべるとラルの手をひっぱり近くの森へ行くのだった。

「どんなに慕われる王でも反発勢力は無くなりませんし、権力の恩恵を受けようとする者が寄ってくることは仕方のないことです。」

「まだお若いでしょうに、不思議な方ですね。」

ラルは生きた人間には初めて会ったが人間の寿命は天人と大きくは変わらないため、見た目ではおおよそ20代前半だろうと踏んでいたのが、それにしては言動が落ち着きすぎているとミスマッチさを感じた。

「見た目よりも長く生きていますから。」

「童顔と言うことですか?」

彼女はまた、綺麗に笑う。

「あの、着替えの服をいただけますか?私汚い姿で来てしまって、食べられなかったら困ると思って勝手にシャワーをお借りしたのですが…食べられないなら恥ずかしいので服を着たいです。」

ラルは絵画のような美しさに彼女が最初から胸元までシーツを上げて押さえていることに気がつかずハッとする。

「申し訳ありませんでした。この屋敷には女性がいないもので、僅かにあるものがレイ様に合うかわかりませんがすぐに持ってきます。」

「私の前の生贄の方は?」

自分でも言葉を放った後に失言だったと思ったが、それ以上に自分がこのか弱い女性相手に動揺していることが信じられなかった。

「亡くなりました。」

放っておいても彼女がすぐに疑問を持つことであり、彼女ならば伝えたところで今更パニックを起こすこともないだろうと事実を伝えると、「そうなんですね。」と言ってそれ以上聞いてこなかった。
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