日向の花 _生贄となった英雄_

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01 王と側近

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煌びやかな執務室で側近は主人に報告した。

「生贄が来ました。」

ラルはマリンブルーの前髪の隙間から主人であるノアの顔色を伺った。
ノアは太陽のように艶めく黄金の髪に触れ、スカイブルーの瞳を黄金の睫毛で隠し溜息をつく。

「人間は私をなんだと思っている。」

「人々を救う神様というやつですかね。」

ラルは穏やかな笑顔で首を少し傾け、主人に同情するように眉を下げた。

「その神様とやらは若い女をもらって喜び、人間に幸福を与えると?程度の低い話だな。」

主人はもう一度大きく息を吐いて椅子を回転させ、窓の外を眺めた。
そこからは彼の世界の一部が広がる。
豪邸を下っていけば石造りの家々が連なり馬車が走り、市場では肉や野菜、日用品などが売られ賑わいをみせている。そこでは日々、天人と呼ばれる人々が怒り悲しみ笑う。
人間からすればここは神々の世界だと思われているが、文明こそ違えど感情を持った人々の営みは人間界と何ら変わりはない。

「死んでいたら処理しておけ。」

「今回はどうですかね。」

ラルは生贄への哀れみの感情を見せたがノアは興味がないと目を逸らす。

「顔くらいご覧になってはいかがですか?」

「死に顔をか?俺は5日後の会議に向けて寝る間もなくてな、遠慮しておく。なにか特異なことがあれば報告を。」

ノアは机に体を戻すと山積みになった書類に目を通し始めた。
彼の言う通りこの世界の王である彼は忙しい。自身のことに構っていられない程に、身を削ってこの世界をより良くしようと改革を進めてきた。そんな彼にこれ以上無駄に時間を割くわけにはいかない。

「次の報告は、訃報になりそうですね。」

側近は暗い表情を浮かべると静かに扉を閉めて退室した。
彼のいなくなった扉を見ながら王は呟く。

「相変わらず弱者に弱いな。」

弱者の苦労を知っている彼は最側近であるにもかかわらず街に出かければしばしば姿を消し、いたかと思えばいつも迷い子の捜索や老人の荷物持ちなどをしている。もちろん王の実力やその場での自分自身の必要性を考慮した上での行動であり、互いに過ごした年月と信頼関係の上に成り立っているものでもあった。

王は深呼吸をすると筆を進める。
それは王として少しでも多く、少しでも早くかつての彼のような人々を救うために。

ノアが玉座に君臨して10年余り。
極悪非道な先王により上流階級のみが裕福に暮らしていた時代は終わり、階級制度の廃止や社会保障の整備など世界は急速に変わっていった。
その日を生きるために必死だった平民は今や市場の賑わいの中心だ。たった10年では階級制度の名残は消えることはないが、少なくとも以前のように平民が搾取されることも無駄死にすることもかなり少なくなった。
ノアは自身が上流階級であったがこの世界の大部分を占める平民たちから絶大な支持を得ており、ラルも平民出身でありながら現在の地位を獲得し、また変わらず弱者に手を差し伸べる行いは人々から賞賛の声が絶えない。

平民にとって地獄のようだったこの世界に息を吹き込んだ二人は、全体のために動く王と目の前の人に手を差し伸べる側近として互いの欠点、手の届かない範囲を補い合っていた。









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