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第四幕 伝心 Heart of Telling

7.四国の鬼大王

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「……な、なんだぁ……こりゃぁ……」

 刃刃鬼から遅れること10分、猿猴(えんこ)の砦に到着した武装した川獺(かわそ)たちはその光景を見て愕然とした。

「──遅かったなァ、もう終わっちまったぞ」

 返り血を浴びて、朱色の体を真っ赤に染めた刃刃鬼が、手に握った瀕死の猿猴の頭を握りつぶす。

「──俺が強過ぎるのか、この猿どもが弱過ぎるのか、まるで歯ごたえがなかったぜ」
「……ううっ」

 川獺たちは刃刃鬼の言葉を聞きながら凄惨な状態になっている砦を見回して声を漏らした。
 森の木々の間に組まれた猿猴の砦。その端々に物言わぬ猿猴の残骸が飛び散ってぶらさがっていた。

「最初の数十匹を軽く蹴散らしただけで、残りは悲鳴を上げながら森の奥に逃げていっちまった……ったく、こんなのがのさばってるなんて、よほど平和だったんだな、四国ってのは」

 刃刃鬼はそう言って、握りしめた猿猴の死骸を口元に運ぶと、ぼたぼたと垂れる鮮血を喉を鳴らして飲み始めた。

「んぐんぐ……! ぷはっ、悪くねェ、悪くねェ……! ──あぐッ、がぶッ!」

 そして、遂には猿猴の肩に喰らいついてその肉を噛みちぎっては飲み込んでいく刃刃鬼。
 川獺たちはその狂気の光景を戦慄しながら小さく口を開いた。

「妖怪の肉を……喰らってる……」
「鬼からしたら、妖怪も獣も変わらんのだろう……」
「私ら、とんでもねぇバケモンを拾っちまったんでねぇのか?」
「今更どうすることもできねぇ……"刃刃鬼様"に従って、川獺が生き残ることを第一に考えるしかねぇ……」

 川獺たちがひそひそ声で話し合っていると、刃刃鬼が猿猴の残骸を放り投げて、地面に捨てる。
 そして、川獺たちの元まで歩いてくると、川獺たちがザザッ──と一斉に道を開けた。

「さァてと……おいッ! 残ったのはてめぇだけだッ! さっさと変化を解けッ!」

 刃刃鬼は石化したままの児啼爺(こなきじじい)に向けて吼えるように声を向けた。

「──それとも、俺と力比べするかァ?」

 そう言って笑みを浮かべた刃刃鬼は、両手を広げて児啼爺の石化した頭を掴もうとする。

「ひぃぃ……! 参った、参ったぁ……! わしの負けじゃ! わしの負けっ!」

 悲鳴を上げながら石化を解いた児啼爺が、半べそをかきながら尻もちをついて両手を上げた。
 刃刃鬼の鬼の爪による初撃を喰らったハゲ頭の左右には大きな斬り裂き傷が出来ていた。

「降参する……! 四国から出ていく! 許してくれぇ……!」
「刃刃鬼様っ、騙されないでくださいませ……! そいつは平気で嘘をつきます!」
「余計なことを言うなぁあっっ!!」

 両手を合わせて命乞いをする児啼爺に対して川獺が声を上げると、児啼爺はハゲ頭に血管を浮かばせながら激昂した。

「俺はジジイに嫌な思いをさせられててな、お前みたいなジジイは端から生かしちゃおけねェんだ──」

 刃刃鬼は役小角の顔を思い浮かべながらそう言うと、鬼の爪を伸ばした両手を児啼爺に向けて伸ばしていく。

「──ま、待てぇっ……! おぬしにわしの"知恵"を貸そうっっ!!」
「あン……?」

 児啼爺は血走った目を大きく見開きながら、わめくように叫んだ。

「おぬしの"鬼の力"と! わしの"知恵"があれば! もはや止められる者はこの四国にはおらんぞっっ!! さすればおぬしは四国の王! 鬼大王になれるのじゃっっ!!」
「──四国の鬼大王」

 刃刃鬼はその言葉を味わうように口にすると、目を閉じて両手を降ろした。

「刃刃鬼様、そんなやつの言うこと信じちゃいけねぇ……!」
「ッ!」

 川獺が声を上げると、児啼爺が水を差すなとでも言いたげにキッと睨みつけた。

「……俺はこいつの言うことを信じたわけじゃねェ……俺は俺の"自力"だけを信じている。ああ、確かに俺は"自力"で"四国の鬼大王"になれるだろうよ──」
「──だが、わしなら"もっと早く"、おぬしを鬼大王にできる」

 刃刃鬼の言葉を受けた児啼爺は立ち上がってそう告げると、まだ年若く、成熟してない鬼である刃刃鬼の顔を見上げながら右手を伸ばした。

「──その言葉、気に入ったぜ」

 刃刃鬼はニヤリと笑いながら右手を伸ばして児啼爺と固い握手を交わした。しかし、その余りの握力の強さに児啼爺は脂汗をかきながら引きつった笑みを浮かべた。

 ──い、命拾いした……! まったく、わしの肝を冷やしおって……!
 ──利用してやる……徹底的に利用してやるぞ、鬼の小僧め……!

 児啼爺はニンマリとした笑みを浮かべながら内心では、"鬼の力"を利用して成り上がることを考えていた。
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