桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

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第四幕 伝心 -Heart of Telling-

5.荒羅刃刃鬼

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 29年前──鬼ヶ島にて。
 桃太郎による鬼退治の虐殺を経て、役小角は幼い温羅巌鬼が広場で黒牛をむさぼり喰う様子を満面の笑みで眺めたあと、おもむろに振り返って鬼ノ城へと入っていった。
 そして、城内の随所に転がる鬼女たちの亡骸を一瞥しながら片合掌で供養し、黄金の錫杖の金輪をチリンチリン──と鳴らして"奥の間"へと歩んでいく。

「──ふむ、桃……ようやりおったのう」

 役小角は仏刀で斬り伏せられた鬼女と子鬼が散らばる"奥の間"の惨状を見回して嘆息すると、黄金の屏風の前に敷かれた布団に向けて声を発した。

「──のう、鬼の子よ。いつまで隠れておるつもりじゃ……桃太郎はもうおらんぞ」
「……っ」

 役小角の問い掛けに布団がモゾ──と動くと役小角は黄金の錫杖を突きながら布団の前まで移動した。
 そして、黄金の錫杖の頭を布団の下に差し込むと、グッ──と持ち上げる。

「……ひっ」

 悲鳴を上げ一瞬だけ顔を見せた朱色の肌をした子鬼が持ち上げられた布団を両手で掴んで、くるまるように丸まった。
 そして、布団の上からでもわかるほどにガタガタと震えながら、その隙間から役小角の顔色を窺うようにのぞき見る。

「──おぬし、"八天鬼荒羅"の息子だな?」

 役小角が子鬼の顔を見て看破すると、子鬼は驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと身を包んでいた布団をほどいた。
 姿を見せた子鬼は、赤子同然の温羅巌鬼よりもだいぶ成長しており、齢にして10歳の鬼といったところだった。

「……トト様のこと、知ってるのか……?」

 燃えるような赤い髪を持ち、黄色い三本角を額から生やした子鬼は怯えながらも尋ねると、役小角は静かに頷いてから口を開いた。

「……よぉく知っとるよ。"八天鬼、荒羅"。特級の鬼で構成された八天鬼の中でも、ひときわ強く。そして、ひときわ悪い鬼だの。くかかかか」
「……そ、そうだ! トト様は、どんな鬼よりも強くて悪いんだ……! だから、鬼ヶ島の首領にふさわしいのは、温羅様じゃなくて、トト様なんだ……!」

 役小角の言葉を受けて、子鬼は鬼の目を爛々と輝かせながら鬼の牙を剥き出して自慢するように話した。

「ほう、そうかそうか……しかし、温羅と荒羅はどちらも桃太郎によって退治された。鬼ヶ島に残されたのは温羅の息子と荒羅の息子のみ……さて、鬼ヶ島の新しい首領はどちらがふさわしいのかのう」
「俺だ! 俺に決まってる! なぜなら巌鬼より俺のほうが強い! 巌鬼はどこだ! 今すぐ行って俺の手下にしてやる!」

 子鬼は威勢よく叫ぶと役小角の横を走って"奥の間"を出ていこうとする。しかし、すかさず役小角は黄金の錫杖を足元に伸ばして子鬼を転ばした。
 子鬼は鬼女の亡骸に倒れ込むと、"鬼の睨み"で役小角に振り返った。

「っ……何だ! 何をする! 俺は刃刃鬼様だぞ! 八天鬼最強、荒羅の息子! 荒羅刃刃鬼(あらはばき)様だぞッッ!!」

 荒羅刃刃鬼と名乗った子鬼は、幼いながらも恐ろしい"鬼の睨み"を役小角に向けて咆哮するように叫んだ。

 ──刃刃鬼か……こいつはちと厄介だのう……。
 ──荒羅ゆずりの凶暴性もあるが、何より育ち過ぎてるがゆえに、手懐けるのが難儀しそうじゃ……。
 ──うむ……後々の火種となり得ることを考えれば……ここで、始末しておくべきか……?

 役小角は内心で自問自答しながら鬼女の亡骸に寄りかかった刃刃鬼を細めた漆黒の眼で見定める。
 刃刃鬼は沈黙したまま見下ろしてくる役小角から得も言われぬ恐怖を感じながらも、"鬼の睨み"を向け続けた。

 ──殺すか。

 結論を出した役小角は黄金の錫杖の頭をスッ──と持ち上げて刃刃鬼に向ける。その瞬間、不穏な気配を感じ取った刃刃鬼はフッ──と"鬼の睨み"を解くと、怯えた表情になって背後の鬼女の亡骸にすがった。

「……カカぁ! カカ様ぁ!! 俺、死にたくねぇ!」

 刃刃鬼は鬼女の物言わぬ体を揺さぶりながら泣き叫ぶように呼びかけた。
 役小角はその光景を見て、少しだけ心が揺れ動いて、黄金の錫杖の頭が下りた。
 その瞬間、刃刃鬼はニヤリと笑みを浮かべて体をひねる。
 そして、勢いそのまま役小角に向けて咆哮しながら飛びかかった。

「──グラァァアアアッッ!!」
「──滑稽」

 少しだけ漆黒の眼を見開いた役小角は、両手の鬼の爪を伸ばして迫り来る刃刃鬼に向けて吐き捨てるように言うと、手にした黄金の錫杖で軽く振り払うように刃刃鬼の側頭部を殴りつけた。

「ッぐぎッッ!!」

 軽い動作に対しては余りに大きすぎる衝撃にうめき声を発した刃刃鬼は、鬼の目をひん剥きながら床の上を転がって沈黙する。

「──滑稽、滑稽、烏骨鶏。中々に面白い悪鬼だわいの──考えが変わった。おぬしは温羅坊の"予備"として生かす」

 よだれを垂らして舌を伸ばしながら倒れた刃刃鬼を満面の笑みで眺めながら役小角は言うと、白装束の懐から呪札の束を取り出して、"奥の間"に呪札門を開いた。

「──しかし、近くにおられるとだいぶ厄介じゃ──刃刃鬼、おぬしには四国に飛んでもらうぞ──オン!」

 役小角は黄金の錫杖の頭を刃刃鬼に向けて声を上げると、ふわりと浮かばせたその体を呪札門の先に見える四万十川の川沿いに放り投げるように飛ばした。

「っうぎっ……!」

 四万十川の砂利の上に落とされた刃刃鬼はうめき声を上げると、倒れ伏したまま、呪札門の向こう側に見える役小角の顔を見た。

「──刃刃鬼よ、せいぜい"予備"としての務めを果たすのじゃぞ……くかかかかかッッ!!」

 役小角はそう言って高笑いしながら呪札門を閉じると、刃刃鬼だけが見知らぬ四国の土地に残された。

「ぐゥ……! 俺は……"予備"なんかじゃ……ねェ……」

 起き上がろうとして力が入らず、仰向けになった刃刃鬼は、真っ赤に染まった四国の夕焼け空を睨みつけながら憎々しげにそう言うと目を閉じて気を失った。
 そんな様子を四万十川西岸の鬱蒼とした森の中から妖怪の赤い目が見ていたのであった。
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