114 / 149
第四幕 伝心 -Heart of Telling-
5.荒羅刃刃鬼
しおりを挟む
29年前──鬼ヶ島にて。
桃太郎による鬼退治の虐殺を経て、役小角は幼い温羅巌鬼が広場で黒牛をむさぼり喰う様子を満面の笑みで眺めたあと、おもむろに振り返って鬼ノ城へと入っていった。
そして、城内の随所に転がる鬼女たちの亡骸を一瞥しながら片合掌で供養し、黄金の錫杖の金輪をチリンチリン──と鳴らして"奥の間"へと歩んでいく。
「──ふむ、桃……ようやりおったのう」
役小角は仏刀で斬り伏せられた鬼女と子鬼が散らばる"奥の間"の惨状を見回して嘆息すると、黄金の屏風の前に敷かれた布団に向けて声を発した。
「──のう、鬼の子よ。いつまで隠れておるつもりじゃ……桃太郎はもうおらんぞ」
「……っ」
役小角の問い掛けに布団がモゾ──と動くと役小角は黄金の錫杖を突きながら布団の前まで移動した。
そして、黄金の錫杖の頭を布団の下に差し込むと、グッ──と持ち上げる。
「……ひっ」
悲鳴を上げ一瞬だけ顔を見せた朱色の肌をした子鬼が持ち上げられた布団を両手で掴んで、くるまるように丸まった。
そして、布団の上からでもわかるほどにガタガタと震えながら、その隙間から役小角の顔色を窺うようにのぞき見る。
「──おぬし、"八天鬼荒羅"の息子だな?」
役小角が子鬼の顔を見て看破すると、子鬼は驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと身を包んでいた布団をほどいた。
姿を見せた子鬼は、赤子同然の温羅巌鬼よりもだいぶ成長しており、齢にして10歳の鬼といったところだった。
「……トト様のこと、知ってるのか……?」
燃えるような赤い髪を持ち、黄色い三本角を額から生やした子鬼は怯えながらも尋ねると、役小角は静かに頷いてから口を開いた。
「……よぉく知っとるよ。"八天鬼、荒羅"。特級の鬼で構成された八天鬼の中でも、ひときわ強く。そして、ひときわ悪い鬼だの。くかかかか」
「……そ、そうだ! トト様は、どんな鬼よりも強くて悪いんだ……! だから、鬼ヶ島の首領にふさわしいのは、温羅様じゃなくて、トト様なんだ……!」
役小角の言葉を受けて、子鬼は鬼の目を爛々と輝かせながら鬼の牙を剥き出して自慢するように話した。
「ほう、そうかそうか……しかし、温羅と荒羅はどちらも桃太郎によって退治された。鬼ヶ島に残されたのは温羅の息子と荒羅の息子のみ……さて、鬼ヶ島の新しい首領はどちらがふさわしいのかのう」
「俺だ! 俺に決まってる! なぜなら巌鬼より俺のほうが強い! 巌鬼はどこだ! 今すぐ行って俺の手下にしてやる!」
子鬼は威勢よく叫ぶと役小角の横を走って"奥の間"を出ていこうとする。しかし、すかさず役小角は黄金の錫杖を足元に伸ばして子鬼を転ばした。
子鬼は鬼女の亡骸に倒れ込むと、"鬼の睨み"で役小角に振り返った。
「っ……何だ! 何をする! 俺は刃刃鬼様だぞ! 八天鬼最強、荒羅の息子! 荒羅刃刃鬼(あらはばき)様だぞッッ!!」
荒羅刃刃鬼と名乗った子鬼は、幼いながらも恐ろしい"鬼の睨み"を役小角に向けて咆哮するように叫んだ。
──刃刃鬼か……こいつはちと厄介だのう……。
──荒羅ゆずりの凶暴性もあるが、何より育ち過ぎてるがゆえに、手懐けるのが難儀しそうじゃ……。
──うむ……後々の火種となり得ることを考えれば……ここで、始末しておくべきか……?
役小角は内心で自問自答しながら鬼女の亡骸に寄りかかった刃刃鬼を細めた漆黒の眼で見定める。
刃刃鬼は沈黙したまま見下ろしてくる役小角から得も言われぬ恐怖を感じながらも、"鬼の睨み"を向け続けた。
──殺すか。
結論を出した役小角は黄金の錫杖の頭をスッ──と持ち上げて刃刃鬼に向ける。その瞬間、不穏な気配を感じ取った刃刃鬼はフッ──と"鬼の睨み"を解くと、怯えた表情になって背後の鬼女の亡骸にすがった。
「……カカぁ! カカ様ぁ!! 俺、死にたくねぇ!」
刃刃鬼は鬼女の物言わぬ体を揺さぶりながら泣き叫ぶように呼びかけた。
役小角はその光景を見て、少しだけ心が揺れ動いて、黄金の錫杖の頭が下りた。
その瞬間、刃刃鬼はニヤリと笑みを浮かべて体をひねる。
そして、勢いそのまま役小角に向けて咆哮しながら飛びかかった。
「──グラァァアアアッッ!!」
「──滑稽」
少しだけ漆黒の眼を見開いた役小角は、両手の鬼の爪を伸ばして迫り来る刃刃鬼に向けて吐き捨てるように言うと、手にした黄金の錫杖で軽く振り払うように刃刃鬼の側頭部を殴りつけた。
「ッぐぎッッ!!」
軽い動作に対しては余りに大きすぎる衝撃にうめき声を発した刃刃鬼は、鬼の目をひん剥きながら床の上を転がって沈黙する。
「──滑稽、滑稽、烏骨鶏。中々に面白い悪鬼だわいの──考えが変わった。おぬしは温羅坊の"予備"として生かす」
よだれを垂らして舌を伸ばしながら倒れた刃刃鬼を満面の笑みで眺めながら役小角は言うと、白装束の懐から呪札の束を取り出して、"奥の間"に呪札門を開いた。
「──しかし、近くにおられるとだいぶ厄介じゃ──刃刃鬼、おぬしには四国に飛んでもらうぞ──オン!」
役小角は黄金の錫杖の頭を刃刃鬼に向けて声を上げると、ふわりと浮かばせたその体を呪札門の先に見える四万十川の川沿いに放り投げるように飛ばした。
「っうぎっ……!」
四万十川の砂利の上に落とされた刃刃鬼はうめき声を上げると、倒れ伏したまま、呪札門の向こう側に見える役小角の顔を見た。
「──刃刃鬼よ、せいぜい"予備"としての務めを果たすのじゃぞ……くかかかかかッッ!!」
役小角はそう言って高笑いしながら呪札門を閉じると、刃刃鬼だけが見知らぬ四国の土地に残された。
「ぐゥ……! 俺は……"予備"なんかじゃ……ねェ……」
起き上がろうとして力が入らず、仰向けになった刃刃鬼は、真っ赤に染まった四国の夕焼け空を睨みつけながら憎々しげにそう言うと目を閉じて気を失った。
そんな様子を四万十川西岸の鬱蒼とした森の中から妖怪の赤い目が見ていたのであった。
桃太郎による鬼退治の虐殺を経て、役小角は幼い温羅巌鬼が広場で黒牛をむさぼり喰う様子を満面の笑みで眺めたあと、おもむろに振り返って鬼ノ城へと入っていった。
そして、城内の随所に転がる鬼女たちの亡骸を一瞥しながら片合掌で供養し、黄金の錫杖の金輪をチリンチリン──と鳴らして"奥の間"へと歩んでいく。
「──ふむ、桃……ようやりおったのう」
役小角は仏刀で斬り伏せられた鬼女と子鬼が散らばる"奥の間"の惨状を見回して嘆息すると、黄金の屏風の前に敷かれた布団に向けて声を発した。
「──のう、鬼の子よ。いつまで隠れておるつもりじゃ……桃太郎はもうおらんぞ」
「……っ」
役小角の問い掛けに布団がモゾ──と動くと役小角は黄金の錫杖を突きながら布団の前まで移動した。
そして、黄金の錫杖の頭を布団の下に差し込むと、グッ──と持ち上げる。
「……ひっ」
悲鳴を上げ一瞬だけ顔を見せた朱色の肌をした子鬼が持ち上げられた布団を両手で掴んで、くるまるように丸まった。
そして、布団の上からでもわかるほどにガタガタと震えながら、その隙間から役小角の顔色を窺うようにのぞき見る。
「──おぬし、"八天鬼荒羅"の息子だな?」
役小角が子鬼の顔を見て看破すると、子鬼は驚いたように目を見開いたあと、ゆっくりと身を包んでいた布団をほどいた。
姿を見せた子鬼は、赤子同然の温羅巌鬼よりもだいぶ成長しており、齢にして10歳の鬼といったところだった。
「……トト様のこと、知ってるのか……?」
燃えるような赤い髪を持ち、黄色い三本角を額から生やした子鬼は怯えながらも尋ねると、役小角は静かに頷いてから口を開いた。
「……よぉく知っとるよ。"八天鬼、荒羅"。特級の鬼で構成された八天鬼の中でも、ひときわ強く。そして、ひときわ悪い鬼だの。くかかかか」
「……そ、そうだ! トト様は、どんな鬼よりも強くて悪いんだ……! だから、鬼ヶ島の首領にふさわしいのは、温羅様じゃなくて、トト様なんだ……!」
役小角の言葉を受けて、子鬼は鬼の目を爛々と輝かせながら鬼の牙を剥き出して自慢するように話した。
「ほう、そうかそうか……しかし、温羅と荒羅はどちらも桃太郎によって退治された。鬼ヶ島に残されたのは温羅の息子と荒羅の息子のみ……さて、鬼ヶ島の新しい首領はどちらがふさわしいのかのう」
「俺だ! 俺に決まってる! なぜなら巌鬼より俺のほうが強い! 巌鬼はどこだ! 今すぐ行って俺の手下にしてやる!」
子鬼は威勢よく叫ぶと役小角の横を走って"奥の間"を出ていこうとする。しかし、すかさず役小角は黄金の錫杖を足元に伸ばして子鬼を転ばした。
子鬼は鬼女の亡骸に倒れ込むと、"鬼の睨み"で役小角に振り返った。
「っ……何だ! 何をする! 俺は刃刃鬼様だぞ! 八天鬼最強、荒羅の息子! 荒羅刃刃鬼(あらはばき)様だぞッッ!!」
荒羅刃刃鬼と名乗った子鬼は、幼いながらも恐ろしい"鬼の睨み"を役小角に向けて咆哮するように叫んだ。
──刃刃鬼か……こいつはちと厄介だのう……。
──荒羅ゆずりの凶暴性もあるが、何より育ち過ぎてるがゆえに、手懐けるのが難儀しそうじゃ……。
──うむ……後々の火種となり得ることを考えれば……ここで、始末しておくべきか……?
役小角は内心で自問自答しながら鬼女の亡骸に寄りかかった刃刃鬼を細めた漆黒の眼で見定める。
刃刃鬼は沈黙したまま見下ろしてくる役小角から得も言われぬ恐怖を感じながらも、"鬼の睨み"を向け続けた。
──殺すか。
結論を出した役小角は黄金の錫杖の頭をスッ──と持ち上げて刃刃鬼に向ける。その瞬間、不穏な気配を感じ取った刃刃鬼はフッ──と"鬼の睨み"を解くと、怯えた表情になって背後の鬼女の亡骸にすがった。
「……カカぁ! カカ様ぁ!! 俺、死にたくねぇ!」
刃刃鬼は鬼女の物言わぬ体を揺さぶりながら泣き叫ぶように呼びかけた。
役小角はその光景を見て、少しだけ心が揺れ動いて、黄金の錫杖の頭が下りた。
その瞬間、刃刃鬼はニヤリと笑みを浮かべて体をひねる。
そして、勢いそのまま役小角に向けて咆哮しながら飛びかかった。
「──グラァァアアアッッ!!」
「──滑稽」
少しだけ漆黒の眼を見開いた役小角は、両手の鬼の爪を伸ばして迫り来る刃刃鬼に向けて吐き捨てるように言うと、手にした黄金の錫杖で軽く振り払うように刃刃鬼の側頭部を殴りつけた。
「ッぐぎッッ!!」
軽い動作に対しては余りに大きすぎる衝撃にうめき声を発した刃刃鬼は、鬼の目をひん剥きながら床の上を転がって沈黙する。
「──滑稽、滑稽、烏骨鶏。中々に面白い悪鬼だわいの──考えが変わった。おぬしは温羅坊の"予備"として生かす」
よだれを垂らして舌を伸ばしながら倒れた刃刃鬼を満面の笑みで眺めながら役小角は言うと、白装束の懐から呪札の束を取り出して、"奥の間"に呪札門を開いた。
「──しかし、近くにおられるとだいぶ厄介じゃ──刃刃鬼、おぬしには四国に飛んでもらうぞ──オン!」
役小角は黄金の錫杖の頭を刃刃鬼に向けて声を上げると、ふわりと浮かばせたその体を呪札門の先に見える四万十川の川沿いに放り投げるように飛ばした。
「っうぎっ……!」
四万十川の砂利の上に落とされた刃刃鬼はうめき声を上げると、倒れ伏したまま、呪札門の向こう側に見える役小角の顔を見た。
「──刃刃鬼よ、せいぜい"予備"としての務めを果たすのじゃぞ……くかかかかかッッ!!」
役小角はそう言って高笑いしながら呪札門を閉じると、刃刃鬼だけが見知らぬ四国の土地に残された。
「ぐゥ……! 俺は……"予備"なんかじゃ……ねェ……」
起き上がろうとして力が入らず、仰向けになった刃刃鬼は、真っ赤に染まった四国の夕焼け空を睨みつけながら憎々しげにそう言うと目を閉じて気を失った。
そんな様子を四万十川西岸の鬱蒼とした森の中から妖怪の赤い目が見ていたのであった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる