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第三幕 覚心 Heart of Awakening

27.関ヶ原の戦い

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 関ヶ原の西、城山の頂上に築城された玉城の本丸にて、陣幕で囲った陣地に結集した西軍の武将たち。
 北に笹尾山、南に松尾山、東に桃配山と、山々に囲まれているのが関ヶ原の特徴である。

「諸君、知っての通り、太閤殿下の逆賊、悪将徳川家康は我が佐和山城を攻め落とし、勢いそのまま大阪城までをも攻め立てるという計画が露見した」

 三成の顔の皮を被った役小角が篝火の炎で顔を橙色に照らして、勢揃いした武将たちを見回して歩きながら声を発した。
 夜空の下、椅子に座った武将たちは緊張の面持ちで役小角こと石田三成の一挙手一投足に注目した。

「ゆえに亡き太閤殿下の正当なる御意志を汲んだ私、石田三成は、日ノ本東西分け目の要衝、この関ヶ原にて布陣を張り、逆賊にして悪将、徳川家康めを返り討ちにすると決めたのであるッッ!!」
「──オオオオオッッ!!」

 役小角が握り拳を高く掲げて宣言するように叫ぶと、西軍の武将たちが雄叫びを上げて賛同した。

「先刻、忍びから得た情報によれば、我ら西軍の結集を知った家康率いる東軍はすでに動き出しており、東の桃配山にて陣を張り始めているとのことである」

 役小角は背後の陣幕に貼られた関ヶ原の地図を手に持った軍配で示しながら言葉を続けた。

「よって、我ら西軍も夜明けまでに各方面に陣を張る。大谷殿はこの玉城にて、私は北の笹尾山にて、小早川殿は南の松尾山城にて……それぞれに武将を振り分け、東の桃配山に向けて三方向の陣を張る」

 役小角の言葉を受けて、角を隠すための白頭巾を被った大谷吉継が力強く頷いて返し、齢18歳の小早川秀秋は冷や汗をかきながら辺りをきょろきょろとうかがった。

「そして明日の朝、この関ヶ原にて、日ノ本の雌雄を決する大戦(おおいくさ)が幕を開ける──諸君、覚悟のほどはよろしいかッッ!!」
「──オオオオオオオッッ!!」

 役小角の鬼気迫る問い掛けを受けた武将たちは、椅子から立ち上がると夜空に向かって拳を振り上げながら咆哮した。
 そうしていると、開いた陣幕の入口から酒樽が四つ積まれた荷車が足軽の手によって運ばれてきた。
 武将たちがざわつきながらその様子を見ていると役小角こと石田三成が笑みを浮かべながら軍配を振って声を上げた。

「さぁ! 皆の衆! 景気づけに一杯行こうではないか。越後から取り寄せた最高級の酒だ。諸君らの兵も呼びつけ、全員で一杯ずつ飲むのだ──さぁ、さぁ」

 役小角は漆黒の眼を三成の顔の皮の奥で歪ませながらそう言って西軍の武将たちに飲酒を勧めるた。
 荷車を運んできた足軽たちが酒樽を降ろすと、武将たちが上機嫌で槌を振るって蓋を叩き壊し、ひしゃくで一杯ずつ酒を飲んでいった。
 浮かれた武将たちは自軍の兵を引き連れてくると、全員に一杯ずつひしゃくで酒をすくって飲ませていく。

「……こんなにもうまくいくものでしょうか……それがしが提案しておきながら、驚いております」
「……くかかか……まったくだのう」

 陣幕の端っこで役小角と大谷吉継が祝杯を上げながら騒いでいる西軍の武将たちを眺めながら小さな声で話し合った。

「……して、この戦どうなると思う」
「……苦戦は強いられますでしょう。徳川葵紋の旗印の元に団結している東軍と比して、西軍が烏合の衆であることは事実なので……」
「……ほう、大谷殿。やはり、おぬしは聡いな」

 役小角が言うと、大谷吉継は己の手を突き出し、篝火の炎に照らしながら口を開いた。

「しかし、この鬼の力……この超常なる鬼の力さえあれば、西軍は歴史を変えることが叶います」
「……うむ」
「……鬼の酒を振る舞っていただき、感謝しております」

 役小角は吉継に頷いて返すと、吉継は酒を飲む西軍の武将や兵を見ながら感謝の言葉を述べた。
 すると、吉継は陣幕から早足で出ていこうとする小早川の姿を視界に入れた。
 吉継は役小角の隣から離れて歩きだすと、陣幕の外で小早川秀秋の背中に声を掛けた。

「小早川殿」
「うっ……!?」

 不意に声を掛けられた小早川が体をこわばらせた。

「一滴も酒を飲んでいないように見えるが? 兵を呼んで、皆にも飲ませると良い。あの勢いでは、すぐに酒がなくなってしまうぞ」
「……いや、大谷殿。私と、我が隊は遠慮しておく。これより南の松尾山城に布陣を引く必要がある……い、戦が始まる朝までに仕上げなければいけない。酒に酔っていてはまずいだろう……し、失礼する」

 小早川秀秋は顔だけ大谷に向けてそう言うと、早足で歩き去っていった。
 大谷吉継は遠ざかるその背中を白頭巾の隙間に浮かぶ鬼の目で見続けていた。
 一方その頃、天照神宮の千歩階段を登りきった桃姫と五郎八姫は、雨に降られてもなおくすぶった火を燃やし周囲を赤く照らす本殿の前で立ち尽くしていた。

「…………」

 雨脚は弱まったものの、全身ずぶ濡れになった桃姫と五郎八姫は沈黙し、ただ呆然と変わり果てた本殿の姿を眺め続けた。

「……いろはちゃん、朝になるまでここに居てもいいかな……」
「あい。どこまでも付き合うでござるよ、もも」

 沈黙を破るように桃姫が言葉を発すると、隣に立つ五郎八姫はそう言いながら頷いて返した。

「……ありがとう」

 桃姫が静かに感謝の言葉を述べる。そして二人は、本殿の脇に立つしめ縄が巻かれた神木の根本に座ると、身を寄せ合いながら目を閉じてしばしの休息を取った。

「──桃姫様──桃姫様」
「……ん……」

 聞き慣れた優しい声に呼び起こされた桃姫が目を開くと、視界を覆った黄金の光のあまりの眩しさに目を細め、桃姫は眉の上に手で傘を作った。
 そして、徐々に目が眩しさに慣れていくと、朝露を燦めかせた朝日を浴びた本殿の姿が視界に入った。
 不思議なことに本殿は燃やされる以前の姿をしており、その本殿の前に太陽のような穏やかな笑みを浮かべた雉猿狗が立っていた。

「……雉猿、狗……」

 桃姫が誰よりも会いたかった人の名を声に出すと、雉猿狗は黄金の光に全身を包まれながら口を開いた。

「──桃姫様──雉猿狗は常に──あなた様と共におります」

 そう告げた雉猿狗は、背後の本殿を振り返って見た。そして、おもむろに右手を持ち上げると、本殿の扉に向かって指を差す。
 桃姫がその光景を濃桃色の瞳を瞠目させながら見届けると視界全体が雉猿狗の体から放たれる黄金の極光に飲み込まれていき、そして目覚めた。

「……雉猿狗っ……!」

 神木の根元で声を上げながら目を開いた桃姫は、地平線から昇ってきた朝日に照らされながら、かすかに煙を上げる壊れた本殿を視界に捉えた後、隣で寝息を立てる五郎八姫を見た。

「いろはちゃん……いろはちゃん、起きて……」
「ん……んん……」

 桃姫が五郎八姫の肩をゆすりながら声を掛けると五郎八姫は声を漏らしながら寝ぼけ眼を開いた。

「……雉猿狗が教えてくれる。私たちが行くべき場所を」
「……ん……え?」

 桃姫は真剣な眼差しで五郎八姫にそう告げると、立ち上がって本殿に向かって歩き出した。
 五郎八姫は目をこすりながらその背中を見たあと、立ち上がって桃姫の後を追った。

「……な、何をするでござるか……? もも……」
「……ッ!」

 本殿の階段を登り、扉に手を掛けた桃姫の背中に向かって五郎八姫が声を発すると、桃姫は覚悟を決めて扉を開き、祀られている鏡を現出させた。
 鏡に桃姫の顔が映ると、桃姫は鏡に両手を伸ばして取り出した。
 
「……もも、もも……!」

 桃姫の行動に五郎八姫が困惑しながら声を発すると、両手で鏡を抱え持った桃姫が参道の中央に鏡を置いて、その鏡面を上に向けた。
 そして桃姫は、力強い濃桃色の瞳を鏡に映したあと、後ろに退いて太陽の光を鏡に当てた。
 次の瞬間、鏡の黄金で作られた枠が輝き出し、鏡面自体が黄金の光を放ち始める。

「──教えて、雉猿狗……アマテラス様……私たちは、どこに行けばいいの……」

 両手を合わせて天に祈りを捧げた桃姫の問い掛けに呼応するように鏡が黄金の光を強めると、その光を収束させ、一本の光の波紋として鏡から解き放たれて天へと伸びた。

「……っ!」
「……ッ!?」

 桃姫と五郎八姫が驚愕しながら光の波紋が伸びた先、青空を見上げると、次の瞬間、光の波紋が稲妻のように空を駆け抜けながら北西へと伸びた。
 桃姫と五郎八姫がその光の波紋を目で追った。伊勢の天照山から北西へと伸びる光の波紋である。

「……雉猿狗とアマテラス様が言ってる……あの光の先に行きなさいって……」

 桃姫が胸元の三つ巴の摩訶魂を手にしながらそう言うと、五郎八姫が口を開いた。

「……あの方角は……関ヶ原でござる──」

 五郎八姫が言うと、参道に置かれた鏡面は黄金の光を失っていき、代わりに青空を映し出した。
 そして、稲妻のように伸びていた光の波紋も段々と光の粒子となっていき、霧散して消え去るのであった。
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