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第三幕 覚心 -Heart of Awakening-
24.暗躍の役小角
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石田三成の居城、近江は佐和山城。佐和山の上にそびえ立つ見事な五重の天守閣を持つ佐和山城の一室にて、特徴的なしゃがれ声が響いた。
「──三成に過ぎたるものが二つある、島の左近と佐和山の城……確かに、この城はおぬしにはもったいないのう」
黄金の錫杖を突いた役小角が満面の笑みを浮かべながら正座する石田三成の姿を見下ろしながらそう言った。
「太閤殿下が私めに与えてくださった城にございます。私に過分な城であることは、重々承知の上」
三成は力なくそう言って顔を伏せると、役小角は部屋の隅に置かれた行灯が照らす橙色の明かりに顔を照らしながら口を開いた。
「して、三成殿……来たる天下分け目の大戦(おおいくさ)、毛利輝元を西軍の総大将に据えるとは……正気か?」
「あ、ああ……行者殿……すまぬ」
満面の笑みを浮かべながらも、その声音には一切の慈悲心がない役小角の言葉を受けて、三成はただ平伏するように頭を下げた。
「知っておるだろうが、あの男は毛利家の延命だけを考える狭量にして矮小な男……本気で此度の大戦に毛利家の命運を掛けていると思うておるのか?」
役小角は深淵の宇宙を奥底に秘めた漆黒の眼を細めて、頭を下げ続ける三成に向けて冷たく言葉を投げかけた。
「行者殿の申し上げることはよくわかる……しかし、私には総大将を務める自信がないのだ……この大戦で西軍を率いて勝利する自信が……最近では腹の調子も……」
「何を腑抜けたことを言っておる、三成殿……おぬしをここまで支えてきたわしの立場はどうなる」
「こればかりはどうにもならぬのだ……すまぬ……」
三成は役小角から向けられる圧力と恐怖によって涙をこらえながら土下座をした。
「……まぁ、よい。腹の痛みに効く良い霊薬が手元にある。これを飲んでその弱気な考えを今一度改めるがよろしい」
「れ、霊薬とは……流石は伝説の修験者にして陰陽師であられる行者殿……かたじけない」
役小角は白装束の懐に手を入れると、透明な液体が入った小瓶を取り出した。
顔を上げた三成は笑みを浮かべながら両手を差し出して小瓶を受け取る。
「この霊薬は一息に飲むのが寛容。ちびちびと飲むでないぞ」
「相わかった……!」
三成は威勢よく声を発して頷くと、小瓶の蓋を開けて役小角に言われた通り一息にあおって飲み干した。
そして次の瞬間、三成の口内と喉と胃に燃えるような激痛が走った。
「ぐぅッ……!?」
ガマガエルの断末魔のような声を漏らした三成は小瓶を手落とし、胸を両手で抑えると、眼球が飛び出さんばかりに両目を見開いた。
そして、ついに痛みに耐えきれなくなり畳の上に倒れ込んでしまう。
「行者……どの……ぐッ! ……腹が……があアッ!」
「わしはのう、西軍の総大将は三成殿しかありえんと考えておったのだ……それゆえ、今日まで協力してきた」
絶望の表情を浮かべ、口から泡を噴きながらながら畳の上をのたうつ三成を見下ろしながら告げた役小角。
「──今宵よりは、わしが石田三成となろうぞ」
「ぐ……! ぐふう──」
満面の笑みを浮かべた役小角の顔を見上げながら顔が青ざめた三成は、最期に大きな泡を一つ吐いて絶命した。
「安心せい三成殿。これでもう腹の痛みは感じん……くかかかか。しかし、なんだのう。明智光秀のほうがまだ肝が座っておったぞ……まったく、この戦国の世も腑抜けた輩が増えてきた……困りものじゃて」
役小角はそう言って三成の亡骸を見下ろしながらしゃがむと、三成の顔をグッと持ち上げて口をガバッと開いて三成の口内に向けて大声で叫んだ。
「──やはり、わしの千年悪行こそが日ノ本には必要とみた……! くかかかかかッッ!!」
その様子を佐和山城の廊下で聞いていたのは石田三成の親友にして参謀、大谷吉継であった。
「……っ」
吉継は業病を隠す白頭巾の下でしとどに脂汗をかいた。とんでもないことが起きていると全身に震えが走った。
生唾を呑み込んだ吉継は、きびすを返すと廊下を静かに音を立てないように注意しながら歩き出した。
その時、後方のふすまがガッ──と開かれる音がして吉継の全身の神経が強張った。
「──大谷殿」
背中に声を投げかけられ、脂汗をブワッ──と噴き出した吉継が慎重に後ろを振り返った。
開いた戸から顔を出した役小角が満面の笑みを浮かべながらちょいちょいと手招きをした。
「──おぬしに話がある」
「……くッ」
そう言って顔を引っ込めた役小角。吉継は白頭巾の下で歯噛みしながら覚悟を決めると、開かれたふすまの前まで歩き、部屋の中に足を踏み入れてから後ろ手でふすまを閉めた。
吉継の視界が畳に倒れ伏して絶命した親友の三成の姿を捉えた。次いで、笑みを浮かべて吉継を見る役小角に視線を合わせると吉継はその場に正座した。
「……行者殿、それがし、盗み聞きなどという無礼な真似をするつもりはなく……その──」
「──聞かせたのじゃよ。おぬしにの」
やっとのことで口を開いた吉継に対して役小角が返した言葉は意外なものであった。
「わしはかねてより、おぬしのことを高く評価しておるのだ。三国志においても龐統のような知恵の回る軍師が乱世の趨勢を決めた。おぬしは日ノ本における龐統じゃよ」
「は……そのような、ありがたきお言葉……恐悦至極……」
吉継は感服したように声を出すと役小角の前に頭を垂れた。
「"国取り"には参謀役が必要不可欠……大谷殿、おぬしにその大任が務まるかの?」
「は、はァ……! しかと、お任せくだされ。この大谷吉継、行者殿の右腕として必ずや御役に──」
「──行者ではないッ! わしは──石田三成だ」
「は……」
役小角の一喝に唖然としながら口を開いた吉継。役小角はスッ──と歩きだすと石田三成の亡骸の前にしゃがみこんだ。
「…………」
吉継はその光景を戦慄しながら見た。吉継に背中を向けた役小角は三成の亡骸の顔に両手で触れながら何やらやっているのだが、吉継の位置からは伺い知れなかった。
役小角は三成の顔に触れた手を自身の顔に何度も触れて、その行為を繰り返した。そして、スッ──と立ち上がると、吉継はギョッとした。三成の顔の皮膚が剥がされていたのだ。
「──どうじゃ。大谷殿。わしが、いや──私が三成に見えるか」
役小角は振り返ると、石田三成となった顔で笑みを浮かべながら吉継を見下ろして言った。
「……っ、は、はァ……! まさしく、それがしの旧友、三成殿の面相……にございます」
「かかか、世辞とはわかっていながら嬉しいものじゃな」
吉継は震えながらも声を発すると、役小角は自身の三成となった顔を枯れ木のような手で撫でながら言った。
「して大谷殿、おぬし、長年病に苦しんでおるようだのう?」
「は……治療法のない、忌まわしい宿痾、業病にございます……」
吉継の言葉を受けて、役小角は三成となった顔で漆黒の眼を細めた。
「──治療法がないと、この私の前で申したのか? 千年善行において、治せぬ病など無くなったわ」
役小角はそう言うと、懐から黒い液体が入った小瓶を取り出した。
「ほれ……こいつをグイッと飲むがよろしい」
「……ッ」
役小角が差し出す怪しい小瓶を見たあと、吉継はちらりと畳に倒れ伏して絶命した顔の皮を失った親友の亡骸を見た。
そして、その脇に転がる空の小瓶。
「……ぐっ」
「恐れるでない、大谷殿……おぬしを気にいっていると言ったよな……?」
「う、うう……ぐぅ……」
三成の顔をした役小角のあまりにも深淵の闇を含みすぎた漆黒の眼を覗き見た吉継は、自身には拒否権がないのだと悟って黒い液体が入った小瓶を役小角から受け取った。
そして、吉継は震えながら小瓶を見ると、"怒羅"の文字が書かれていることに気づいた。
「ふぅ……! ふぅ……! んグッ!」
吉継は呼吸を荒くし、脂汗を顔から噴き出しながら蓋を開けると、役小角が見下ろす中、怒羅の鬼薬を一息に飲み干した。
「かッ! がハァッ!! ガァァアアッッ!!」
器官に燃えるような熱さを感じて、両手で喉を抑えた吉継がカッと目を見開きながら咆哮するように叫んだ。
「くかかか……いつ見てもよいのう、人が鬼になる瞬間は」
役小角は満面の笑みを浮かべながら小声で漏らすと、吉継は前に倒れ込んで、畳に顔を押しつけた。
「熱い! 熱いッッ! 体がッ! 中から焼けてしまうッッ!!」
吉継は叫びながら被っていた白頭巾を力任せに自身の頭から剥ぎ取った。
「ガぁ! がッ、がハっ……がぁ……ああ……あぁ……はぁ……」
吉継の発作が治まると、呼吸を整えながら畳から顔を上げる。役小角は満足気に頷きながら口を開いた。
「うむ……どうじゃ、"怒羅の八天鬼人"となった心地は」
「怒羅の……八天、鬼人……」
つぶやくように繰り返した吉継の顔からは業病による一切の瘢痕が失われていた。
むしろその肌は健康的なつややかさを誇っており、額の左右から伸びる黒い角、黒い"鬼"の文字が浮かんだ黄色い瞳を除けば、その顔立ちは伊達男のそれと言えた。
「おぬしが飲んだのは、"怒羅の八天鬼薬"。本来であれば、織田信長に飲ませようと思うて煎じた代物じゃ……くかかか。鬼の力は、いまおぬしの物となった。その力、この三成の参謀役として存分に活かすが良い──くかかかかかッッ!!」
三成の顔をした役小角は吉継に告げて大いに笑った。吉継は自身の顔に手で触れながら、そして部屋の隅に置かれた鏡に鬼として生まれ変わった自分の顔を映し見ながら口を開いた。
「これが……これが鬼の力……これは──みなが味わうべき、至高の力ですな」
「──ふっ、わしは遠慮しておくかのう」
自分の顔を映した鏡を見ながら吉継がうっとりしたように言うと、役小角は首を横に振りながら小さな声で呟いた。
「──三成に過ぎたるものが二つある、島の左近と佐和山の城……確かに、この城はおぬしにはもったいないのう」
黄金の錫杖を突いた役小角が満面の笑みを浮かべながら正座する石田三成の姿を見下ろしながらそう言った。
「太閤殿下が私めに与えてくださった城にございます。私に過分な城であることは、重々承知の上」
三成は力なくそう言って顔を伏せると、役小角は部屋の隅に置かれた行灯が照らす橙色の明かりに顔を照らしながら口を開いた。
「して、三成殿……来たる天下分け目の大戦(おおいくさ)、毛利輝元を西軍の総大将に据えるとは……正気か?」
「あ、ああ……行者殿……すまぬ」
満面の笑みを浮かべながらも、その声音には一切の慈悲心がない役小角の言葉を受けて、三成はただ平伏するように頭を下げた。
「知っておるだろうが、あの男は毛利家の延命だけを考える狭量にして矮小な男……本気で此度の大戦に毛利家の命運を掛けていると思うておるのか?」
役小角は深淵の宇宙を奥底に秘めた漆黒の眼を細めて、頭を下げ続ける三成に向けて冷たく言葉を投げかけた。
「行者殿の申し上げることはよくわかる……しかし、私には総大将を務める自信がないのだ……この大戦で西軍を率いて勝利する自信が……最近では腹の調子も……」
「何を腑抜けたことを言っておる、三成殿……おぬしをここまで支えてきたわしの立場はどうなる」
「こればかりはどうにもならぬのだ……すまぬ……」
三成は役小角から向けられる圧力と恐怖によって涙をこらえながら土下座をした。
「……まぁ、よい。腹の痛みに効く良い霊薬が手元にある。これを飲んでその弱気な考えを今一度改めるがよろしい」
「れ、霊薬とは……流石は伝説の修験者にして陰陽師であられる行者殿……かたじけない」
役小角は白装束の懐に手を入れると、透明な液体が入った小瓶を取り出した。
顔を上げた三成は笑みを浮かべながら両手を差し出して小瓶を受け取る。
「この霊薬は一息に飲むのが寛容。ちびちびと飲むでないぞ」
「相わかった……!」
三成は威勢よく声を発して頷くと、小瓶の蓋を開けて役小角に言われた通り一息にあおって飲み干した。
そして次の瞬間、三成の口内と喉と胃に燃えるような激痛が走った。
「ぐぅッ……!?」
ガマガエルの断末魔のような声を漏らした三成は小瓶を手落とし、胸を両手で抑えると、眼球が飛び出さんばかりに両目を見開いた。
そして、ついに痛みに耐えきれなくなり畳の上に倒れ込んでしまう。
「行者……どの……ぐッ! ……腹が……があアッ!」
「わしはのう、西軍の総大将は三成殿しかありえんと考えておったのだ……それゆえ、今日まで協力してきた」
絶望の表情を浮かべ、口から泡を噴きながらながら畳の上をのたうつ三成を見下ろしながら告げた役小角。
「──今宵よりは、わしが石田三成となろうぞ」
「ぐ……! ぐふう──」
満面の笑みを浮かべた役小角の顔を見上げながら顔が青ざめた三成は、最期に大きな泡を一つ吐いて絶命した。
「安心せい三成殿。これでもう腹の痛みは感じん……くかかかか。しかし、なんだのう。明智光秀のほうがまだ肝が座っておったぞ……まったく、この戦国の世も腑抜けた輩が増えてきた……困りものじゃて」
役小角はそう言って三成の亡骸を見下ろしながらしゃがむと、三成の顔をグッと持ち上げて口をガバッと開いて三成の口内に向けて大声で叫んだ。
「──やはり、わしの千年悪行こそが日ノ本には必要とみた……! くかかかかかッッ!!」
その様子を佐和山城の廊下で聞いていたのは石田三成の親友にして参謀、大谷吉継であった。
「……っ」
吉継は業病を隠す白頭巾の下でしとどに脂汗をかいた。とんでもないことが起きていると全身に震えが走った。
生唾を呑み込んだ吉継は、きびすを返すと廊下を静かに音を立てないように注意しながら歩き出した。
その時、後方のふすまがガッ──と開かれる音がして吉継の全身の神経が強張った。
「──大谷殿」
背中に声を投げかけられ、脂汗をブワッ──と噴き出した吉継が慎重に後ろを振り返った。
開いた戸から顔を出した役小角が満面の笑みを浮かべながらちょいちょいと手招きをした。
「──おぬしに話がある」
「……くッ」
そう言って顔を引っ込めた役小角。吉継は白頭巾の下で歯噛みしながら覚悟を決めると、開かれたふすまの前まで歩き、部屋の中に足を踏み入れてから後ろ手でふすまを閉めた。
吉継の視界が畳に倒れ伏して絶命した親友の三成の姿を捉えた。次いで、笑みを浮かべて吉継を見る役小角に視線を合わせると吉継はその場に正座した。
「……行者殿、それがし、盗み聞きなどという無礼な真似をするつもりはなく……その──」
「──聞かせたのじゃよ。おぬしにの」
やっとのことで口を開いた吉継に対して役小角が返した言葉は意外なものであった。
「わしはかねてより、おぬしのことを高く評価しておるのだ。三国志においても龐統のような知恵の回る軍師が乱世の趨勢を決めた。おぬしは日ノ本における龐統じゃよ」
「は……そのような、ありがたきお言葉……恐悦至極……」
吉継は感服したように声を出すと役小角の前に頭を垂れた。
「"国取り"には参謀役が必要不可欠……大谷殿、おぬしにその大任が務まるかの?」
「は、はァ……! しかと、お任せくだされ。この大谷吉継、行者殿の右腕として必ずや御役に──」
「──行者ではないッ! わしは──石田三成だ」
「は……」
役小角の一喝に唖然としながら口を開いた吉継。役小角はスッ──と歩きだすと石田三成の亡骸の前にしゃがみこんだ。
「…………」
吉継はその光景を戦慄しながら見た。吉継に背中を向けた役小角は三成の亡骸の顔に両手で触れながら何やらやっているのだが、吉継の位置からは伺い知れなかった。
役小角は三成の顔に触れた手を自身の顔に何度も触れて、その行為を繰り返した。そして、スッ──と立ち上がると、吉継はギョッとした。三成の顔の皮膚が剥がされていたのだ。
「──どうじゃ。大谷殿。わしが、いや──私が三成に見えるか」
役小角は振り返ると、石田三成となった顔で笑みを浮かべながら吉継を見下ろして言った。
「……っ、は、はァ……! まさしく、それがしの旧友、三成殿の面相……にございます」
「かかか、世辞とはわかっていながら嬉しいものじゃな」
吉継は震えながらも声を発すると、役小角は自身の三成となった顔を枯れ木のような手で撫でながら言った。
「して大谷殿、おぬし、長年病に苦しんでおるようだのう?」
「は……治療法のない、忌まわしい宿痾、業病にございます……」
吉継の言葉を受けて、役小角は三成となった顔で漆黒の眼を細めた。
「──治療法がないと、この私の前で申したのか? 千年善行において、治せぬ病など無くなったわ」
役小角はそう言うと、懐から黒い液体が入った小瓶を取り出した。
「ほれ……こいつをグイッと飲むがよろしい」
「……ッ」
役小角が差し出す怪しい小瓶を見たあと、吉継はちらりと畳に倒れ伏して絶命した顔の皮を失った親友の亡骸を見た。
そして、その脇に転がる空の小瓶。
「……ぐっ」
「恐れるでない、大谷殿……おぬしを気にいっていると言ったよな……?」
「う、うう……ぐぅ……」
三成の顔をした役小角のあまりにも深淵の闇を含みすぎた漆黒の眼を覗き見た吉継は、自身には拒否権がないのだと悟って黒い液体が入った小瓶を役小角から受け取った。
そして、吉継は震えながら小瓶を見ると、"怒羅"の文字が書かれていることに気づいた。
「ふぅ……! ふぅ……! んグッ!」
吉継は呼吸を荒くし、脂汗を顔から噴き出しながら蓋を開けると、役小角が見下ろす中、怒羅の鬼薬を一息に飲み干した。
「かッ! がハァッ!! ガァァアアッッ!!」
器官に燃えるような熱さを感じて、両手で喉を抑えた吉継がカッと目を見開きながら咆哮するように叫んだ。
「くかかか……いつ見てもよいのう、人が鬼になる瞬間は」
役小角は満面の笑みを浮かべながら小声で漏らすと、吉継は前に倒れ込んで、畳に顔を押しつけた。
「熱い! 熱いッッ! 体がッ! 中から焼けてしまうッッ!!」
吉継は叫びながら被っていた白頭巾を力任せに自身の頭から剥ぎ取った。
「ガぁ! がッ、がハっ……がぁ……ああ……あぁ……はぁ……」
吉継の発作が治まると、呼吸を整えながら畳から顔を上げる。役小角は満足気に頷きながら口を開いた。
「うむ……どうじゃ、"怒羅の八天鬼人"となった心地は」
「怒羅の……八天、鬼人……」
つぶやくように繰り返した吉継の顔からは業病による一切の瘢痕が失われていた。
むしろその肌は健康的なつややかさを誇っており、額の左右から伸びる黒い角、黒い"鬼"の文字が浮かんだ黄色い瞳を除けば、その顔立ちは伊達男のそれと言えた。
「おぬしが飲んだのは、"怒羅の八天鬼薬"。本来であれば、織田信長に飲ませようと思うて煎じた代物じゃ……くかかか。鬼の力は、いまおぬしの物となった。その力、この三成の参謀役として存分に活かすが良い──くかかかかかッッ!!」
三成の顔をした役小角は吉継に告げて大いに笑った。吉継は自身の顔に手で触れながら、そして部屋の隅に置かれた鏡に鬼として生まれ変わった自分の顔を映し見ながら口を開いた。
「これが……これが鬼の力……これは──みなが味わうべき、至高の力ですな」
「──ふっ、わしは遠慮しておくかのう」
自分の顔を映した鏡を見ながら吉継がうっとりしたように言うと、役小角は首を横に振りながら小さな声で呟いた。
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