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第三幕 覚心 Heart of Awakening

19.阿南姫の呪詛

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 伊達領、須賀川城の天守閣にて、10人の武装した伊達武者と額の右側から青く鋭い角を生やして、両手の指から青い爪を伸ばした一人の女性が対峙していた。

「──阿南姫殿、正気にお戻りくだされ……貴殿は伊達政宗のおば君(ぎみ)でござろう。このような狼藉は──」
「──お黙りなさい、無礼者」

 阿南姫と呼ばれた女性は人差し指を伊達武者の一人に向けるとその青い爪先に水滴を作り出した。渦を巻いた水滴は弾かれるように射出されると、伊達武者の首に当たって穴を開ける。

「っ!? カッ、ハッ……ガハッ……!」

 出血する首を両手で抑えた伊達武者は目を見開いて畳に倒れ伏し、口から吐血して血溜まりを作った。

「──須賀川城は、二階堂の城。すなわち二階堂に嫁いだ私の城です。仙台城で居眠りをしている政宗に伝えなさい。阿南姫が鬼となって帰城したとッ……!」
「鬼……!」
「やはり、鬼に身を堕としていたか……! 者どもッ! 躊躇するなッ! かかれェッ!」

 刀と槍で武装した9人の伊達武者が一斉に阿南姫に向かって斬り掛かると、阿南姫は呆れたようにため息を付きながら、黄色い両目に浮かぶ青い"鬼"の文字を光らせた。

「──波羅の力の前には無力ッ!」

 声を上げた阿南姫は右腕に大量の水を作り出して纏わせると、薙ぎ払うように奮って鋭い刃状の水しぶきを伊達武者の集団に向かって飛ばした。

「……がぁッ!?」

 刃状の水しぶきが胴体に当たった伊達武者たちが皆一同に目を見開いて声を漏らす。次の瞬間、ズバッ──と胴体が裂き切れて9人の伊達武者が一斉に出血した。
 ドサドサドサ──と畳に倒れ伏していく伊達武者たちの姿を見下ろしながら阿南姫はうっすらとした笑みを浮かべながら口を開いた。

「まったく、これじゃ誰が政宗に伝えるのよ……」
「……くかかかか……八天鬼の力、使いこなしておるようじゃのう、阿南姫殿」

 特徴的なしゃがれた老人の声を聞いた阿南姫は、開かれたふすまから黄金の錫杖を突きながらやってくる役小角の姿を見た。

「行者様、おいでになられたのですか」
「うむ……昨日の今日でさっそく楽しんでおるという風の噂を聞きつけてのう」

 役小角は、倒れ伏している伊達武者を見回すと、満面の笑みを浮かべた顔で阿南姫を見た。

「どうじゃ、波羅の力、気に入ったかの?」
「はい。まさしく、たった一日で憎き伊達めから須賀川城を奪還することが叶いました。感謝しております、行者様」

 そう言って阿南姫はうやうやしく頭を下げると、役小角はうんうんと頷いて懐から空になった波羅と書かれた小瓶を取り出した。

「かねてからおぬしの存在は知っておったよ、阿南姫殿。おぬしは伊達の一族に生まれながら誰よりも伊達を深く憎んでおる……」
「はい、その通りでございます。私は伊達晴宗の長女として生まれました。弟は伊達輝宗、伊達政宗の父親にございます……若き日の私は父上の命によって蘆名の武将、二階堂盛義のもとに嫁がされました。政略結婚、確かに望んだ婚姻ではありません、ですが私は二階堂のもとでやるべきことを見つけたのです……」

 阿南姫は話しながら須賀川城の天守閣から遠くに望む広大な猪苗代湖と磐梯山の荘厳たる景色を眺めた。

「それは、伊達と蘆名の両家に一滴の血も流すことなく、和睦し一体となること……私はそれを夢見て、子を産みました。平四郎……彼は見事に子の居なかった蘆名家の跡継ぎとなり、蘆名盛隆となったのでございます……! これで、伊達と蘆名は一体となれる……! 私の、"女としての戦い"は成就したのだ! ああ、なんと嬉しかったことか……!」
「…………」

 阿南姫は破顔して実に嬉しそうに胸に手を当てて語った。役小角もまた目を細め、満面の笑みを浮かべてその話を聞いた。

「しかし、夢の期間はたった10年しか続かなかった……平四郎が、暗殺されたのでございます……当主不在となった蘆名では跡目争いが勃発……伊達と蘆名の距離は急速に離れていきました……私はそれでも、抗った……まだ、伊達と蘆名が一体になることは出来ると……その希望を完全に破壊したのが、伊達、政宗の存在でございます」
「……かかかかっ」

 阿南姫は声を震わせると、怒りと憎悪に顔を歪ませて歯噛みした。役小角はその横顔を見て嬉しさのあまり笑い声を漏らす。

「平四郎がこの世を去ってから5年の後、伊達政宗率いる大軍勢は幾度となく蘆名領に攻め入り、そして遂には蘆名を攻め滅ぼしてしまった……嗚呼ああっっ!!」

 阿南姫はその場に崩折れると、顔を青い爪が伸びる手で覆って涙を流した。役小角は歩み寄ってその肩に手を置いた。

「辛かったのう、辛かったのう……だからこそ、わしは昨日、放心状態で山中を放浪するおぬしを見つけ出し、波羅の鬼薬を飲ませて八天鬼人としたのだ」
「はい、感謝しております……このような素晴らしい力を授けて頂いて……」
「しかしのう、阿南姫殿、わしはこのような噂も聞いたぞ……蘆名を滅ぼした伊達政宗は、おばであるおぬしに伊達家に戻ってくるように幾度も説得したと……なぜ、伊達に戻らんかったのだ?」

 役小角の言葉を聞いた阿南姫は青い爪の隙間からのぞかせた鬼の目をカッと見開いた。そして、グッと振り返って役小角を見る。
 その形相はまさしく鬼そのものであり、憎悪と怨嗟にまみれていた。

「──なぜ、私が政宗に降らねばならないのです?」
「……ンぬっ」

 役小角は思わず肩から手を離してたじろいだ。その異様な迫力は千年の時を生きる役小角ですら戦慄させる女の恐ろしさがあった。

「──私は二階堂に嫁ぎ、"女の戦い"をしました。一人の女の人生を掛けた戦いでございます。それを情け容赦なく破壊したのは伊達の政宗。あの甥っ子の"全て"を死滅させねば、私は死んでも死にきれませぬ」
「……阿南姫殿、知っておられるとは思うが、政宗はすでに──」

 役小角の言葉をさえぎるように阿南姫はスッと立ち上がると、役小角の眼前に顔を近づけて黄色い両目に浮かぶ青い"鬼"の文字を光らせながら告げた。

「──政宗の"全て"を死滅させるのでございます」

 役小角より背の高い阿南姫は身をかがめるようにして役小角の深淵の瞳を覗き込みながらそう告げると、身を起こした。

「……昨日、行者様が教えてくださった、羅刹変化……その超常たる鬼の力を用いれば、それが可能かと思います」
「……うむ……阿南姫よ、先程のおぬしの目を見て、わしはおぬしをこう呼ぶことにしたよ……鬼の波の姫、"鬼波姫"と」
「ふっ。"鬼波姫の戦い"、どうぞお楽しみくださいませ」

 鬼波姫の言葉を受けた役小角は黄金の錫杖を掲げて挨拶とすると、チリンチリンと金輪を鳴らしながら天守閣から立ち去っていった。
 その後ろ姿を見送った鬼波姫は、須賀川城の天守閣の窓の外に広がる猪苗代湖と磐梯山が連なる雄大な景色に視線を移してから静かに口を開いた。

「──八天鬼人、鬼波姫……この波羅の力……伊達を滅ぼすため、存分に使わさせて頂きます」

 宣言するようにそう言った鬼波姫は、決意を固めたように青い唇を閉じて、青い"鬼"の文字が浮かぶ瞳を光らせるのであった。
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