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第三幕 覚心 Heart of Awakening
18.曇天雷鳴
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「……はぁ……はぁ……はぁ……」
巨大な白い火の玉と化した羅刹般若から距離を離した桃姫は、荒い呼吸を繰り返しながら鬼蝶の最期を見届けた。
その濃桃色の瞳には白い波紋がわずかに浮かぶのみで、全身に纏っていた白い闘気も消え失せていた。
"仏炎"は超常なる力の鬼を浄化すると共に燃やし尽くすと、その後にはわずかな黒い灰だけを残して夜空へと消えていった。
地面に倒れ伏す政宗に寄り添う五郎八姫も閉じた右目から血を流しながらその光景を固唾を呑んで見届けた。
「…………」
桃姫は跡形もなく燃え尽きた羅刹般若の黒い灰の中にただ一つ、翠色をした物体を見つけて近づいた。
「……雉猿、狗」
桃姫は呟くと黒い灰の前にひざまずく、そして手でかきわけ、雉猿狗の魂、三つ巴の摩訶魂を両手で拾い上げた。
三つ巴の摩訶魂は光と熱を完全に失っており、くすんだ翡翠の色を放っていた。
「……う、うう……うううッ」
桃姫は顔を伏せると嗚咽を漏らしながら胸の中に三つ巴の摩訶魂を抱き入れた。
五郎八姫がその様子を呆然と眺めていると、政宗が腕を引っ張った。
「いろは……」
政宗は自身の眼帯を外しており、それを五郎八姫に差し出す。
「……父上殿」
五郎八姫はそれを受け取るとギュッと握りしめた。
「いろは。今この時からお前が伊達の当主だ……これからはお前が伊達家を率いるのだ……」
「父上殿……っ」
政宗のかすれた声音からは、否応なしに間もなく命の灯火が消えることが感じ取れた。
五郎八姫は右手で眼帯を握りしめ、左手で政宗の手を握りしめると、右目から血を左目からは涙を流した。
「いいか、よく聞け。桃姫は日ノ本の希望だ。わかるな……? これから先、どんなことがあろうとも、お前は桃姫の刀となり、桃姫の力となるのだ……」
「はい……! はいっ……!」
政宗は片目で五郎八姫を見ながら告げると、五郎八姫も片目で政宗を見ながら頷いて声を返した。
「……いろは、お前はもっと……強くなれる……そのことを、決して忘れ……る……な……」
「──ッッ」
政宗は五郎八姫に握り返していた手から力を失い、そして見つめていた黒い瞳からも光を失った。
五郎八姫は力を失ったその手を強く握りしめ、曇天が包み始めた夜空に向かって吼えるように泣いた。
「嗚呼あああああッッ!!」
「……ううう……ううううッ……」
政宗の手を握りしめながら叫んで泣く五郎八姫と三つ巴の摩訶魂を胸に抱きしめながら嗚咽を漏らして泣く桃姫が背中合わせで燃える仙台城を背景に連なりあった。
その瞬間、雷鳴が空に走り、堰を切ったような大雨が地上に降り注いだ。
二人の泣く声は雷鳴と雨音にかき消され、ただずぶ濡れになっていく二人の姿だけがあった。
仙台城炎上から三日後、あの日から続く曇天雷鳴の空の下、伊達家の歴代当主が眠る瑞鳳殿に伊達政宗が祀られ、傘を差した桃姫と五郎八姫がその前に立っていた。
「…………」
二人とも最愛の人を失ったあの日から言葉数が少なくなっていた。ふと、五郎八姫が桃姫の首に赤い紐で掛けられた三つ巴の摩訶魂に目をやった。
そのことに気づいた桃姫は、胸元の上に吊るされた三つ巴の摩訶魂に触れて口を開いた。
「……雉猿狗の熱を、感じたんだ」
桃姫の言葉を受けて政宗の眼帯を右目につけた五郎八姫が桃姫の横顔を見た。
「……鬼蝶を燃やしているとき……太陽の熱……雉猿狗の熱を感じたんだ……雉猿狗は、まだ、ここにいる……生きている。そう、信じたいんだ」
そう言って、桃姫が三つ巴の摩訶魂を手に握る。しかし、それは冷たい翡翠の結晶であり、太陽の熱は感じられなかった。
「拙者も……拙者も、父上殿が本当に死んだとは、思ってないでござる……だって、あの天下無双の伊達政宗が、天守閣から落下死したなんて……たちの悪い冗談でござろう?」
「そうだね……」
五郎八姫は厳かな瑞鳳殿の閉じられた扉を見ると、少しだけ笑みを浮かべながら言った。それを聞いた桃姫もほんの少しばかり笑みをこぼしながら答えた。
「だから、父上不在の間だけ、拙者は伊達家の当主となる。そして、いつの日か、当主の座を返すのでござるよ」
「……うん」
桃姫と五郎八姫が言葉を交わしていると、キィー──という鳴き声と共に一羽のハヤブサが雨が降る灰色の空から舞い降りた。
「あっ、梵天丸……!」
五郎八姫が空を見上げて言うと、伊達政宗の愛鳥であるハヤブサの梵天丸が五郎八姫が差し出した腕に止まってキィ、キィと鳴いた。
「おぬし、今までどこに行ってたでござるか……?」
「……っ」
五郎八姫が梵天丸の頭と体を撫でながら声を掛けていると桃姫は梵天丸が飛んで来た方向の煙雨の向こうから一本の傘を差した二人の影がこちらに向かって歩いて来ていることに気付いた。
「──そうか……雉猿狗と伊達政宗が……そうか……」
かすかに聞こえるしゃがれた老人の声、同じ背格好の二人の影だが、片方は傘の代わりに杖を突き、頭部が異様にふくれあがっていた。
「……っ、ぬらりひょんさん、夜狐禅くん……っ!」
桃姫が声を上げると、梵天丸とたわむれていた五郎八姫も二人の姿に気づいた。
「……おう……桃姫、伊達の娘……」
「……桃姫様、五郎八姫様」
傘を差した夜狐禅がぬらりひょんが濡れないようにしながら瑞鳳殿の前まで歩いてきた。
「ぬらりひょんさん、あの、鬼ヶ島で……ご無事でしたか……?」
桃姫があの日のことを思い出してたずねるとぬらりひょんは鼻で笑いながら口を開いた。
「わしを誰だと思うておる。奥州妖怪頭目ぞ……まったく、あのような妖怪に片足突っ込んだ怪僧など屁でもないわい」
「そうですか……? 頭目様が危うく封じられそうになったところを、僕が夜狐変化をして窮地を脱したような気が……」
「余計なことは言わんでよい……! とにかく、わしらは問題ないわい……しかし──」
夜狐禅の言葉にぬらりひょんはそう言って返すと、杖を握る手に力を込めながら瑞鳳殿を見た。
ぬらりひょんは深くため息をつくと、ザー──と雨脚が強まり、沈黙が瑞鳳殿を包みこんだ。
桃姫、五郎八姫、ぬらりひょん、夜狐禅の四人が黙祷をしていると不意にぬらりひょんが白濁した眼を見開いて振り返った。
「……何奴ッ!」
ぬらりひょんが声を上げて杖頭を引き抜いて中の仕込み刀を構えて声を上げると、黒装束に身を包んだ三人組が雨降る参道に姿を現した。
「──失敬。驚かせるつもりはございませぬ。我ら政宗公の懐刀、黒脛巾(くろはばき)組にございまする」
片膝を突いた三人のうち真ん中の一人が顔を上げてそう告げると、五郎八姫が片目を見開いて声を上げた。
「黒脛巾組……! ぬらりひょん、心配ござらぬ。彼らは父上殿に仕える忍び集団でござる……拙者もその姿を見るのは初めてでござるが……」
「──いかにも、お初にお目にかかりまする五郎八姫様。私が”首衆”を率いる首飾り、暗殺任務を主としておりまする。続いて、私の右に控えまするが”腕衆”を率いる腕飾り、破壊工作を主としておりまする。同じく、私の左に控えまするが情報収集を主とした”耳衆”を率いる耳飾りにございまする」
そう言って首飾りを名乗った真ん中の壮齢白髪の男が頭を下げた。右隣の腕飾りは筋肉質の男で左隣の耳飾りは細身の女であった。
その名を冠したように黒装束で身を包みながらも伊達の家紋が彫られた金の首飾り、金の腕飾り、金の耳飾りをそれぞれが身につけていた。
「我ら黒脛巾組は、三日前の鬼による襲撃の折、本丸周辺の鬼人兵との戦いにその人員を割かれ、肝心の政宗公を護るという職務を果たせずにおりました……無念」
「かたじけない」
「申し訳ございませぬ」
首飾りの言葉を受けて、腕飾りと耳飾りも頭を下げて五郎八姫に向けて謝った。
「本来なれば、己の命を捨てて贖罪と成すべきところ、しかし、伊達家当主は五郎八姫様へと代わりもうした……今や我らの命は五郎八姫様の手中にございまする。ゆえに今一度、我らにご命令くだされ──腹を切るべきか、引き続き、伊達家のために働くべきか」
「……うむ。そういうことでござるか」
首飾りの言葉を受けた五郎八姫は頷いて返すと、一歩二歩と歩みを進めて黒脛巾組の前に立った。
傘を差した五郎八姫はずぶ濡れになってひざまずく三人を見回すと、おもむろに腕に乗った梵天丸を空中に放った。
黒脛巾組の三人は思わずそれを見上げると、不思議なことに梵天丸が雲を割るようにして朝日が瑞鳳殿に降り注いだ。
「今、梵天丸は雲を割るという仕事を果たしたでござる……おぬしらはいつまでそこで暇をつぶしているつもりでござるか?」
「……っ、ハッ!」
黒脛巾組の三人は五郎八姫の顔を見上げて息を呑むと、頭を下げ、声を発してから立ち上がった。
「今すぐ任務に当たらせて頂きまする……当主殿!」
首飾りはそう言って五郎八姫に向かって拱手すると、瑞鳳殿を去っていこうとする。
その時、一人の女忍びが瑞鳳殿に向かって走り込んできた。
女忍びは耳飾りに向けて耳打ちすると、耳飾りは目を見開いて血相を変えた。
そして、五郎八姫に向かって口を開いた。
「当主殿……! 行方をくらましていた阿南姫様が突如として須賀川城に現れ、城を占拠したとのことでございます……!」
「……ッ!? 阿南のおば様が……ッ!?」
耳飾りの報告を聞いた五郎八姫は驚愕しながら声を上げ、首飾りと腕飾りが顔を見合わせて頷き合い、すぐさま瑞鳳殿の参道から駆け出す。
桃姫とぬらりひょん、夜狐禅は五郎八姫の震える背中を見ながら、ただならぬことが起きたのだと察知した。
巨大な白い火の玉と化した羅刹般若から距離を離した桃姫は、荒い呼吸を繰り返しながら鬼蝶の最期を見届けた。
その濃桃色の瞳には白い波紋がわずかに浮かぶのみで、全身に纏っていた白い闘気も消え失せていた。
"仏炎"は超常なる力の鬼を浄化すると共に燃やし尽くすと、その後にはわずかな黒い灰だけを残して夜空へと消えていった。
地面に倒れ伏す政宗に寄り添う五郎八姫も閉じた右目から血を流しながらその光景を固唾を呑んで見届けた。
「…………」
桃姫は跡形もなく燃え尽きた羅刹般若の黒い灰の中にただ一つ、翠色をした物体を見つけて近づいた。
「……雉猿、狗」
桃姫は呟くと黒い灰の前にひざまずく、そして手でかきわけ、雉猿狗の魂、三つ巴の摩訶魂を両手で拾い上げた。
三つ巴の摩訶魂は光と熱を完全に失っており、くすんだ翡翠の色を放っていた。
「……う、うう……うううッ」
桃姫は顔を伏せると嗚咽を漏らしながら胸の中に三つ巴の摩訶魂を抱き入れた。
五郎八姫がその様子を呆然と眺めていると、政宗が腕を引っ張った。
「いろは……」
政宗は自身の眼帯を外しており、それを五郎八姫に差し出す。
「……父上殿」
五郎八姫はそれを受け取るとギュッと握りしめた。
「いろは。今この時からお前が伊達の当主だ……これからはお前が伊達家を率いるのだ……」
「父上殿……っ」
政宗のかすれた声音からは、否応なしに間もなく命の灯火が消えることが感じ取れた。
五郎八姫は右手で眼帯を握りしめ、左手で政宗の手を握りしめると、右目から血を左目からは涙を流した。
「いいか、よく聞け。桃姫は日ノ本の希望だ。わかるな……? これから先、どんなことがあろうとも、お前は桃姫の刀となり、桃姫の力となるのだ……」
「はい……! はいっ……!」
政宗は片目で五郎八姫を見ながら告げると、五郎八姫も片目で政宗を見ながら頷いて声を返した。
「……いろは、お前はもっと……強くなれる……そのことを、決して忘れ……る……な……」
「──ッッ」
政宗は五郎八姫に握り返していた手から力を失い、そして見つめていた黒い瞳からも光を失った。
五郎八姫は力を失ったその手を強く握りしめ、曇天が包み始めた夜空に向かって吼えるように泣いた。
「嗚呼あああああッッ!!」
「……ううう……ううううッ……」
政宗の手を握りしめながら叫んで泣く五郎八姫と三つ巴の摩訶魂を胸に抱きしめながら嗚咽を漏らして泣く桃姫が背中合わせで燃える仙台城を背景に連なりあった。
その瞬間、雷鳴が空に走り、堰を切ったような大雨が地上に降り注いだ。
二人の泣く声は雷鳴と雨音にかき消され、ただずぶ濡れになっていく二人の姿だけがあった。
仙台城炎上から三日後、あの日から続く曇天雷鳴の空の下、伊達家の歴代当主が眠る瑞鳳殿に伊達政宗が祀られ、傘を差した桃姫と五郎八姫がその前に立っていた。
「…………」
二人とも最愛の人を失ったあの日から言葉数が少なくなっていた。ふと、五郎八姫が桃姫の首に赤い紐で掛けられた三つ巴の摩訶魂に目をやった。
そのことに気づいた桃姫は、胸元の上に吊るされた三つ巴の摩訶魂に触れて口を開いた。
「……雉猿狗の熱を、感じたんだ」
桃姫の言葉を受けて政宗の眼帯を右目につけた五郎八姫が桃姫の横顔を見た。
「……鬼蝶を燃やしているとき……太陽の熱……雉猿狗の熱を感じたんだ……雉猿狗は、まだ、ここにいる……生きている。そう、信じたいんだ」
そう言って、桃姫が三つ巴の摩訶魂を手に握る。しかし、それは冷たい翡翠の結晶であり、太陽の熱は感じられなかった。
「拙者も……拙者も、父上殿が本当に死んだとは、思ってないでござる……だって、あの天下無双の伊達政宗が、天守閣から落下死したなんて……たちの悪い冗談でござろう?」
「そうだね……」
五郎八姫は厳かな瑞鳳殿の閉じられた扉を見ると、少しだけ笑みを浮かべながら言った。それを聞いた桃姫もほんの少しばかり笑みをこぼしながら答えた。
「だから、父上不在の間だけ、拙者は伊達家の当主となる。そして、いつの日か、当主の座を返すのでござるよ」
「……うん」
桃姫と五郎八姫が言葉を交わしていると、キィー──という鳴き声と共に一羽のハヤブサが雨が降る灰色の空から舞い降りた。
「あっ、梵天丸……!」
五郎八姫が空を見上げて言うと、伊達政宗の愛鳥であるハヤブサの梵天丸が五郎八姫が差し出した腕に止まってキィ、キィと鳴いた。
「おぬし、今までどこに行ってたでござるか……?」
「……っ」
五郎八姫が梵天丸の頭と体を撫でながら声を掛けていると桃姫は梵天丸が飛んで来た方向の煙雨の向こうから一本の傘を差した二人の影がこちらに向かって歩いて来ていることに気付いた。
「──そうか……雉猿狗と伊達政宗が……そうか……」
かすかに聞こえるしゃがれた老人の声、同じ背格好の二人の影だが、片方は傘の代わりに杖を突き、頭部が異様にふくれあがっていた。
「……っ、ぬらりひょんさん、夜狐禅くん……っ!」
桃姫が声を上げると、梵天丸とたわむれていた五郎八姫も二人の姿に気づいた。
「……おう……桃姫、伊達の娘……」
「……桃姫様、五郎八姫様」
傘を差した夜狐禅がぬらりひょんが濡れないようにしながら瑞鳳殿の前まで歩いてきた。
「ぬらりひょんさん、あの、鬼ヶ島で……ご無事でしたか……?」
桃姫があの日のことを思い出してたずねるとぬらりひょんは鼻で笑いながら口を開いた。
「わしを誰だと思うておる。奥州妖怪頭目ぞ……まったく、あのような妖怪に片足突っ込んだ怪僧など屁でもないわい」
「そうですか……? 頭目様が危うく封じられそうになったところを、僕が夜狐変化をして窮地を脱したような気が……」
「余計なことは言わんでよい……! とにかく、わしらは問題ないわい……しかし──」
夜狐禅の言葉にぬらりひょんはそう言って返すと、杖を握る手に力を込めながら瑞鳳殿を見た。
ぬらりひょんは深くため息をつくと、ザー──と雨脚が強まり、沈黙が瑞鳳殿を包みこんだ。
桃姫、五郎八姫、ぬらりひょん、夜狐禅の四人が黙祷をしていると不意にぬらりひょんが白濁した眼を見開いて振り返った。
「……何奴ッ!」
ぬらりひょんが声を上げて杖頭を引き抜いて中の仕込み刀を構えて声を上げると、黒装束に身を包んだ三人組が雨降る参道に姿を現した。
「──失敬。驚かせるつもりはございませぬ。我ら政宗公の懐刀、黒脛巾(くろはばき)組にございまする」
片膝を突いた三人のうち真ん中の一人が顔を上げてそう告げると、五郎八姫が片目を見開いて声を上げた。
「黒脛巾組……! ぬらりひょん、心配ござらぬ。彼らは父上殿に仕える忍び集団でござる……拙者もその姿を見るのは初めてでござるが……」
「──いかにも、お初にお目にかかりまする五郎八姫様。私が”首衆”を率いる首飾り、暗殺任務を主としておりまする。続いて、私の右に控えまするが”腕衆”を率いる腕飾り、破壊工作を主としておりまする。同じく、私の左に控えまするが情報収集を主とした”耳衆”を率いる耳飾りにございまする」
そう言って首飾りを名乗った真ん中の壮齢白髪の男が頭を下げた。右隣の腕飾りは筋肉質の男で左隣の耳飾りは細身の女であった。
その名を冠したように黒装束で身を包みながらも伊達の家紋が彫られた金の首飾り、金の腕飾り、金の耳飾りをそれぞれが身につけていた。
「我ら黒脛巾組は、三日前の鬼による襲撃の折、本丸周辺の鬼人兵との戦いにその人員を割かれ、肝心の政宗公を護るという職務を果たせずにおりました……無念」
「かたじけない」
「申し訳ございませぬ」
首飾りの言葉を受けて、腕飾りと耳飾りも頭を下げて五郎八姫に向けて謝った。
「本来なれば、己の命を捨てて贖罪と成すべきところ、しかし、伊達家当主は五郎八姫様へと代わりもうした……今や我らの命は五郎八姫様の手中にございまする。ゆえに今一度、我らにご命令くだされ──腹を切るべきか、引き続き、伊達家のために働くべきか」
「……うむ。そういうことでござるか」
首飾りの言葉を受けた五郎八姫は頷いて返すと、一歩二歩と歩みを進めて黒脛巾組の前に立った。
傘を差した五郎八姫はずぶ濡れになってひざまずく三人を見回すと、おもむろに腕に乗った梵天丸を空中に放った。
黒脛巾組の三人は思わずそれを見上げると、不思議なことに梵天丸が雲を割るようにして朝日が瑞鳳殿に降り注いだ。
「今、梵天丸は雲を割るという仕事を果たしたでござる……おぬしらはいつまでそこで暇をつぶしているつもりでござるか?」
「……っ、ハッ!」
黒脛巾組の三人は五郎八姫の顔を見上げて息を呑むと、頭を下げ、声を発してから立ち上がった。
「今すぐ任務に当たらせて頂きまする……当主殿!」
首飾りはそう言って五郎八姫に向かって拱手すると、瑞鳳殿を去っていこうとする。
その時、一人の女忍びが瑞鳳殿に向かって走り込んできた。
女忍びは耳飾りに向けて耳打ちすると、耳飾りは目を見開いて血相を変えた。
そして、五郎八姫に向かって口を開いた。
「当主殿……! 行方をくらましていた阿南姫様が突如として須賀川城に現れ、城を占拠したとのことでございます……!」
「……ッ!? 阿南のおば様が……ッ!?」
耳飾りの報告を聞いた五郎八姫は驚愕しながら声を上げ、首飾りと腕飾りが顔を見合わせて頷き合い、すぐさま瑞鳳殿の参道から駆け出す。
桃姫とぬらりひょん、夜狐禅は五郎八姫の震える背中を見ながら、ただならぬことが起きたのだと察知した。
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